浜辺は熱く燃えている
どうしてこうなるかなあ?
軽く嘆息をして、白峰は雲一つ無い青空を見上げる。燦々と輝く太陽は、今日も暑くなることをこれでもかと告げていた。
視線を目の前に戻す。少し離れたところに、ミィレが経っていた。少し気恥ずかしそうに、苦笑を浮かべている。自分も、こんな表情を浮かべているのだろうと、白峰は思った。
この状況は、アサの「ミィレも、格闘技をやっているのよ」という言葉から始まった。となると、どっちが強いのか見てみたくなるのは、分かる。好奇心が大いにそそられる問題だ。
で、合気道の説明をしていたら「あなた達、ちょっと手合わせしてみなさいよ」とこうなった次第である。
練習をサボっていたつもりは無いが、こうして実際に人間を相手にするのは、結構久しぶりだ。体が動くといいけれど。
そんなことを考えながら、ミィレを観察する。
なるほど、確かに格闘技をやっていたと言われても不思議ではない。今までは服の下で隠れていたので分からなかったが、水着になると分かる。
筋肉質とまでは言わないが、無駄な肉を感じない、引き締まった肢体をしている。
体格は女性としては、少し身長が高めかも知れない。170 cmに届くかどうかといったくらいだろうか? 白峰よりは低いので、あまり気にしたことも無かったが。
同じくらいの身長で、鍛えていない男が相手だと、ミィレには勝てないんじゃないだろうか? そんな風に感じる気迫というか雰囲気を感じる。
彼女に言ったら怒られそうだが。緑を基調として、どこか迷彩柄を連想させるカラフルな水着が、女子プロレスラーのリングコスチュームに見えてくる。ある意味では、格好良さを感じる。
まあ、その方が変に意識しなくて有り難いんだけど。とか思うが。
相手をしろというのなら。相手が武術の素人ではないというのなら。男だとか女だとか、そんなことで手加減を考えるのは失礼だろう。
さて、と。白峰は大きく息を吐いた。心を落ち着ける。
「それじゃあ、いきますよ」
「はい、どうぞ」
白峰は目を細めた。同時に、ミィレの気配も変わる。ピリリとした緊張感が漂った。
数秒、待つ。
しかし、ミィレから仕掛けてくる気配は無い。それどころか、彼女は何ら構えのようなものすら取っていない。
どういう事だ? と、いぶかしんだが、一つ推測が出た。
ミィレが習得しているのは、要人を守るための護衛術だと聞かされた。打撃技や蹴り技のようなものを主体とした武術ではない。それもあって、こういう試合が組まれることになったわけだが。
つまりは、ミィレの武術というのは積極的に攻めていくことを想定していないということかも知れない。
じゃあ、仕方ないか。
白峰はすたすたと自然にミィレへと歩いて行った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
勝負の決着は一瞬で着いた。
白峰が何気なく歩いてミィレに近付く。
そして、彼女に後一歩近付くと密着するのではないかというあたりで、ミィレが動いた。
と、思ったら。白峰が彼女の腕を掴み、ミィレを横に振り回すようにしたかと思うと、そのままミィレを投げ飛ばしたのだった。
「凄いわね。ねぇサガミ? カイドウ? シラミネがやったのってどういう事なの?」
「いや、悪いけどうちも格闘技は詳しくないから、あれがどういう理屈でどういう真似なのかさっぱり分からん。だから、説明出来んわ。でも、合気道やとだいたい、あんな感じやで」
「そうですね。白峰さんも説明していましたけど。力を使わずに、相手の力を利用するんです。それで極めたり投げたりします。そのとき、相手の力を利用するためにああやって体を相手の横に移動したりして、円の形を意識するような動きをするんですよ。でも詳しいことは、白峰さんから聞いた方が早いと思いますよ」
「なるほど」
アサは頷く。また、同様にルウリィやゴルンも頷いていた。特に、ゴルンが興味深そうだった。
「なんか、ミィレはんめっちゃ悔しがってないか?」
「ここから見ても、物凄いのにむくれていますね」
「あの子、ああ見えて意地っ張りだから」
くすくすと、アサが笑う。
砂浜から立ち上がったミィレが、白峰に対して人差し指を立てて見せ「もう一回」と言っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今度の勝負も、決着は一瞬だった。
近付いてくる白峰に対し、間合いに入ったところでミィレが動いた。
と、次の瞬間には白峰は顔面から浜辺に突っ伏していた。白峰の背後にミィレが回り込み、彼を背中から押し倒したように見える。
『ふむ。素晴らしい 影 脚 ですね』
「影脚?」
感心したように頷くゴルンに、佐上は訊いた。
ちなみに、自慢の従者が一本取り替えしたことに、アサも満足げに頷いている。
『シクラ。ミィレ さん 使っている 格闘 の 技術 の 一つ です。脚 力 抜く。体 大きく 落とす。そのまま 早く 相手の 後ろへ 回り込む』
「なるほど?」
とは言いつつも、佐上にはさっぱりどういう理屈か分からなかった。かろうじて、見えていたのはミィレの体が沈み込んだと思ったら、右脚を大きく前に出して白峰の左脇下をすり抜けて。そのまま体を半回転させて白峰の背後に立った形を作り、彼の背中を押した。という感じだろうか?
仕掛けるタイミングやミィレの沈み込みによって、白峰はミィレの腕あるいは体のどこかを掴むことが出来なかったという事なのかも知れない。
そして、間合いを詰める為に使った力に、更に余計な力が加えられて白峰はバランスを崩して倒れた。
ちなみにアサの説明によると、ミィレの使っている武術の起源はというと。大昔に王宮から家出してイシュテンのあちこちを放浪した王子がいたのだが。彼を護衛したというか、連れ戻しに追いかけ回した従者が編み出したものらしい。何でも「如何にも要人です」と見破られるような雰囲気を出して彼の側にいると、絡まれて仕方ないからと編み出されたのだそうな。
故に、基本的に構えは取らないのだと。
そして、威圧的な空気を作りたくない場合の護衛の技として便利だと今日まで伝えられている。ミィレも、アサを守るためにこの武術を習い始めたのだそうな。
「あ、今度は白峰さんがむくれていますね」
「相当悔しかったんかな?」
さっきのミィレと同様に、白峰が人差し指を立てて見せ「もう一回」と言っている。
ミィレは「引き分けだから、もういいじゃないですか」と言っているが。白峰は引き下がるつもりは無いらしい。
『何か あれ です ね』
「何や?」
佐上が声の主を見ると、ルウリィがにやにやと笑みを浮かべていた。
『男 『一回だけ 一回だけ だから』 『すぐに 終わるから』 とか 女に 必死に 頼むのは 情熱的 に 見えない? 拒否 仕切れない 女 も 慣れなくて 可愛い みたいな』
何を言っとるんやこの人は? と、小首を傾げるが、すぐに思い至る。
「やめたらんかいっ!」
『おふっ!?』
気付くなり、佐上はルウリィの脇腹に大阪仕込みの「なんでやねん」なツッコミを叩き込んだ。
同時に、ルウリィはゴルンにアイアンクローを食らってもいたが。
これを書くために、色々と武術の動画を見たりしましたが。
正直言ってどれもヤムチャ視点でした(白目)。




