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海水浴のために

 白峰と月野は、渡界管理施設の中でPCと向かい合っていた。

 今日も残業ではあるが、これもあと数日の辛抱だと思えば、まだ耐えられる。

 先日、月野も言っていたが、忙しさのピークもそろそろ過ぎつつある。異世界側による、こちらの国々との挨拶巡りも終わりに差し掛かっている。


 ただまあ。正直言って、アサからの海水浴の申し出は有り難かった。こんな機会でも無ければ、休む口実は見つけられなかっただろう。聞くところによると、異世界側にもこれを機に休んで海水浴に参加する人間がいるそうだ。

 白峰も体力には自信があるつもりだったが、実際に連日の仕事を続けていると堪えるものを感じる。というか、ミィレに言われて思い返すと、大分ストレスも溜まっていたような気がする。


 とはいえ、この忙しさもゲートで世界が繋がった直後の対策室に比べれば、まだ幾らかマシなのかも知れない。当時、彼らが忙しかった分が、今の自分達に回ってきているのだと思えば、帳尻は合っているように思える。

 ぐっと、白峰は両を上げ、背中を伸ばした。今日はあと一時間くらい頑張れば、海水浴に向けた前倒し分も含めて、ノルマを達成出来るだろう。


「白峰君」

「あ、はい。何でしょうか?」

 唐突に、月野から声を掛けられた。


「少し気になったのですが、君は最近、食事とかどうしているんですか? 遅くまで残っているようですが、大丈夫なのですか?」

 月野の無感情な声色に、一瞬身構えたが。その後に続く内容が、こちらの心配だったことに白峰は安堵した。


「はい、大丈夫です。最近は、一応、自炊もしていますから」

「そうですか。それは結構です。ちなみに、どんなものを作っているんですか?」

「カレーと肉じゃがです」

 これは、ミィレに叩き込まれたし、何度も練習したので、ちょっと自信が付いてきた。


 しかし、月野からの返事は無い。てっきり、称賛とまではいかなくても、こう認めて貰えるような言葉が返ってくることを期待したのが。

 数秒の沈黙の後、月野が口を開く。


「えっと? 他には?」

「カレーと肉じゃがだけですが。マズいですか? あ、ちゃんとパンも買ってますし。生野菜も摂ってますよ?」

 月野から溜息が聞こえてくる。


「栄養バランス的には問題ないと思いますが。他の料理も覚えた方がいいと思いますよ? 引き受けて貰えるか分かりませんが、またミィレさんにお願いしますか?」

 白峰は呻いた。


 彼女にカレーと肉じゃがを教わった日々を思い出す。正直言って、悪い気がしないところもあったが。かといって、また頼むというのは恥ずかしい。

 ミィレがそれで断るとは思えないが。少しは、自分に呆れるかも知れない。それは何だか嫌だ。もし頼むとしても、もう少し努力した結果を見せたい。


「いえ、もうちょっと自分でもレパートリーを増やせるように努力します」

「そうですか。その方が、私もいいと思います」

 少し安心したように、月野が頷く。

 取りあえず、炒め物あたりならまだ何とかなるだろうから。そっちから挑戦しよう。


「しかし、それにしても、覚悟はしていましたけど仕事量多いですね。来年になると、人数も増えて楽になったりするんですかね?」

 白峰は部屋の空き机を見た。今後に、六人くらいの増員ならこの部屋でも受け入れられそうだ。

 少し間を置いて、月野が答えてくる。


「残念ですが、そんなことはありませんよ。人員が増えても、それに比例して部署全体の仕事が増えるだけです。個人が受け持つ仕事量に変化は無いと考えた方がいいでしょう。少なくとも、私の経験ではそうでした」

「まあ、そういうものですよね」

 淡い希望が打ち砕かれ、白峰は天井を見上げる。


「そういえば、少し気になっていたんですが。月野さんから見て、どんな感じですか? 異世界の人達と地球各国の人達とのやりとりって。何か、外交的に問題が起きそうなところとか、特に彼らと親交が篤くなりそうな国ってありました?」

「そうですね。その件については、私からはあまり何とも言えません。まだ、ほとんど挨拶を交わした程度ですからね。概ね、どの国もお互いに自国の紹介をして終えたような具合ですが」

 しばし、月野は言葉を選んだ。


「ただこれは、同行して頂いた各地域の局長にも伝えましたが。彼らは何らかの力というか、優位性を誇示するような自国紹介をした国にはあまりよい印象を抱いていなかったように思えますね。あとは、媚びたような態度を見せた国にもですか。無論、彼らもそうあからさまに態度には出していませんし、様々な国との挨拶に同席させていただいて、私が少し、そう感じたという程度ですが」

「へえ? それが本当なら、どうしてなんでしょうね?」


「まずは彼らが、何を軸に外交をしているのか? という点ですかね? それが『力』ではないという可能性が考えられます」

「力では無い?」

 月野は頷いた。


「まさか、彼らも現実的な力を無視して外交をするとは思えませんが。まずは、挨拶を交わして信用に値するかどうかを見極めようとしていた節があります」

「なるほど」

「自らの優位性を誇示する。あるいはへつらう。これはどちらも力を基準にして、上下関係を見ているという態度に他なりません。とすれば、これは力によって態度がころころと変わる可能性が高いという訳です。白峰君。例えばですが、力が上か下かで相手を判断し、それによって態度を変える人間を信用出来ますか?」


「出来ません」

「でしょうね。私も信用しません。それと同じ話です」

 月野が溜息した。


「ただ、今まさにそういう情報を纏める依頼が来ているんですが。自分しか出来る人間がいないのは分かりますが、なかなか片付きませんねこれ」

「ええと。お疲れ様です」

 月野が自分に声を掛けてきたのは、自分に対する心配もあるのだろうが。目の前の仕事から、少しでも気晴らしがしたかっというのもありそうだ。

 月野の仕事が早く片付くことを祈ることしか出来ないのが、白峰には歯痒かった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 て~れれれっれ~てってって~♪ て~れれっれれ~♪ てて~て~♪ てて~て~っ♪

 佐上は脳内で、有名なボクシング映画のBGMを流していた。

 自室で下着姿になり、両脚を軽く浮かし、何度も交差させる。


「ふんっ! ふんっ! ふんぬっ!」

 今やっている運動以外にも、様々なメニューをこなす。ただし、決してオーバーワークだけはするなとルウリィから厳命されている。


 実際、渡されたメニューはそのギリギリを見極めた量なのだろう。

 すべてをこなすと、全身から汗が噴き出て、腹筋もかなり堪えているように感じる。

 しかし、それでいて次の日になると腹筋は筋肉痛を起こすこともなく回復していた。


 一日に三十分に届くかどうかという運動量だが、徹底的に腹を鍛え続けたおかげで、少しは腹筋が引き締まってきたような気がする。

 出来れば、これをもっと早く始めていればと思うが、後悔しても始まらない。今は、今出来ることに全力を尽くすのみだ。


 ぷに腹は全治二ヶ月を言い渡されている。なので、海水浴が終わっても、このメニューは続けていくつもりだ。

 さらには、ルウリィに聞くとバストアップに効果的なメニューも存在するという。これは、海水浴が終わったら是非とも挑戦してみたい。

 ついでに、まだぷに腹がこの程度で収まっていて、他の部位に影響が出ていないだけマシだともルウリィには言われている。


 待っとれや海っ! 絶対に、うちは負けへんでっ! あと、バストアップっ!

 佐上は暑く燃えていた。

相変わらず、場合によっては投稿が不安定になるかもな状況です。すみません。

あと、来週は私用により、土曜日ではなく、日曜か月曜の投稿になるかも知れません。

早いところ、水着シーン書きたいんですけどね。

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