女として。意地と見栄
佐上は椅子に座り、緊張した面持ちで、服をまくり上げ、腹を見せた。
向かいに座り、佐上の腹を見る彼女もまた、真剣な表情をしている。
佐上の腹に、彼女の手が押し当てられる。色々と、強弱を変えながら、一つずつ、丹念に、何かを確かめていくように。
『弱め 息 吸う して』
指示に従い、佐上は息を吸った。
『吐く して』
続いて。息を吐く。
『腹 力 込める』
ぐっとお腹に力を込めた。
その状態で、強くまた腹に手を押し当てられる。
『見る。終わり です。服 着て』
佐上はまくり上げた服から手を離した。
目の前の女性は、沈痛な面持ちを浮かべていた。
「ど、どないでしょうか? うちは、うちの腹は?」
数秒。重苦しい沈黙。
しかし、それでも黙ってはいられないと、彼女は口を開いた。
『残念 です けれど』
「そんなっ!?」
ぐにゃりと、佐上は目の前が歪んだ気がした。
「つまりそれはもう、手遅れっちゅうことですか?」
その問いに、彼女は頷いた。
彼女が、額に手を当て、肩を震わせる。うっすらと、その目からは涙が滲んでいるかのようだった。
『何故 こんなに まで 放置 した です か?』
がっくりと、佐上は項垂れる。
「だって。だって、仕方なかったんや。ここ、美味いもんいっぱいあるし。仕事続きでストレスも溜まってたし。それで、つい――」
佐上は目に腕を当てて泣いた。
ちょっとの油断だった。しかし、その油断が積み重なった結果。ぷにっとしたお腹が出来上がってしまった。
「こんな腹で、どないして海に行けっちゅうんや」
『でも 行く 約束 した です ね?』
「うん」
目の前の女。ルウリィ=ミルクリウスの問いに佐上は頷いた。
「うちも、アサの友達や思うとるし。友達として、やっぱりこういう風に遊べないのは寂しいと思うし。断って、アサをがっかりさせたくないし」
『せめて 仮定 一月 前 ぎりぎり 可能。しかし。十日 無理』
「お願いします。そこを何とか。何とかして下さい。うち、何でもしますからあ。あんさんだけが頼りなんですうぅ」
佐上はルウリィの肩を掴み、頼み込む。
美容の鬼で、■■歳とは思えない美貌を保っているルウリィなら、何かいい方法を知っているのではないかと。そんな一縷の望みに賭けて、佐上は海に行く約束をしたのだった。
そんな訳で、ルウリィに頼み込んで、仕事帰りに彼女の部屋で相談に乗って貰った結果がこれである。
アラサーがアサやミィレ、海棠のような若い娘に混じってというだけでも、堪えるものがあるのに。この腹。
それが、月野に見られようものなら。まあ、あいつもいい歳やし、腹は出てきているとは思うが。あのアホがまた、これを見て「本当に、そういうご予定って無いんですよね?」「医者に診て貰っていいですか?」とか言い出さないかと。
その挙げ句、結局はただのぷに腹だと発覚しようものなら、何かこう、女としての沽券に関わる気がする。月野は口には出さないだろうが、内心の評価を下げてきそうな。
『美しい 毎日 努力 結果 分かる ですか? すぐ、結果 無理』
「はい」
がっくりと、佐上は肩を落とした。
実際、その通りなのだ。美容と健康の原則は地球も異世界も変わらない。日々の努力と節制の積み重ねである。健康的で、スリムな体を手に入れたいのなら、適度な運動と栄養バランスの取れた食事、規則正しい生活を続けるより他無い。
海に行く事なんて無いだろうと高をくくり、怠った罰が、このぷにっとした腹である。
『反省 して ます か?』
「はい」
これからしばらく、ご飯は腹八分目にしよう。徹底的に守って。数ヶ月単位で、地道に肉体改造をするしかない。
ルウリィは、深く溜息を吐いた。
『一つ だけ 方法 ある。しかし とても 難しい です。しかも 気休め 効果 です』
「なん……やと?」
ルウリィの言葉に、佐上は思わず手を握った。
『サガミ=ヤコ。 あなた 何でも する 言った ですね?』
「ああ、言うたで」
『その 言葉 本当 ですか?』
「ああ、ほんまや」
手があるというのなら、微かでも希望があるというのなら、何だってしてみせる。
今、佐上の心は真っ赤に燃え上がっていた。
『厳しい 戦い なる です。分かる です か?』
ルウリィの目が、貫くような視線となって佐上を射貫く。
それに対し、佐上は「望むところ」と言わんばかりに大きく頷いた。
ルウリィの年齢については、外交機密のため、今後も公開する予定はありません。
今週、ちょっと文字数少なめですね。すみません。
あと、個人的な事情で、一ヶ月ほど投稿が不安定になる可能性が、少しあります。
ネタ切れとか創作意欲とか、そういうのとは全然別の問題なので、打ち切りとかはご心配なさらないで下さい。
何事も無ければ、これまで通り週一投稿ですが。
ちなみに自分、気付けばリングフィットを3か月以上続けていたりします。
あれ、本当に効果ありますねえ。




