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【外伝的小話】結婚式見学

いつぞやの「結婚について話がしたい」の続きというか、伏線回収。

 先日、結婚について教えて欲しいと伝え、簡単に説明をしてもらったが。

 結局のところ、イシュテン国において、結婚の方法というのは大雑把に見れば日本とあまり変わりが無いようだった。


 法的には、愛する二人が役所に婚姻届を提出して、それで終わりである。

 役所から指定のフォーマットをサンプルとして貰ったが。身分の管理、確認をするために必要な項目というのは、整備された社会となると、同じ形へと統一されていくものなのかも知れない。


 婚姻関係が結べるのは、この国では男女ともに17歳になってからだ。とはいえ、実際にその歳で結婚するような男女はほとんどいない。大半がまだ進学し、学生生活を送っているためである。

 自活し、互いに健全な家庭を築くことが可能であると証明出来なければ、婚姻は認められないという決まりがあり、そういった年頃の男女はまだ、その条件をクリアすることが難しい。

 更に言えば、たとえ成人していたとしても、ハードルは高くないにしても、一定の財産や収入といったものを証明出来なければ、婚姻は認められなかったりもする。


 この制度で、婚姻率や出生率はどうなのかと訊いてみたが。それらも、意外と悪くない数字だった。財産や収入という条件があることで、二の足を踏む恋人が多いのではないかと白峰は思ったのだが。逆に、この程度の世帯収入があれば、一緒になってやっていけるんだという保証のような意味合いになっているらしい。

 勿論、この制度を日本に持ってきて、そのまま出生率やらなんやらの問題が解決するなどとは、欠片も考えていないが。


「あの? シラミネさん? 大丈夫ですか?」

「うへえ」

 心配するミィレの声に、白峰は呻き声で返事を返した。

 額には大粒の汗が浮かび、それを何度もハンカチで拭う。


「東京もですけど、ルテシア市も夏は随分暑くなるんですね」

「でも、トウキョウの方が暑いってお嬢様は仰ってましたよ?」

「ええまあ、それは確かに。こっちの方が、湿度が低い気がしますし」


 しかし、それでも暑いものは暑い。体感にして、30℃を少し超えたくらいではないだろうか?

 馬車を降りて、教会へと向かう。法的な話ではなく、宗教的な話について、司祭に学びに行くのだ。

 白峰は思い返すと、こうしてミィレと二人きりでルテシア市を歩くのは久しぶりのような気がした。当日の結婚式の様子も見ることが出来るというので、海棠やアサも見学に来たがってはいたのだが、それぞれ別の仕事で来られなかった。


「失礼な質問だったらすみません。シラミネさんの着ているその服って、夏用なんですか? ああいえ、その。夏用なのにそんな色の濃い服を着込むと暑いんじゃないかって思ったので」

「夏用ですよ。一応。えっと、ちょっと失礼しますね」

 白峰はスーツの上着を脱いだ。そして、背中側の生地を見せる。

「ほら。この服はこんな具合に背中が薄くなっているんです。だから、風通しも良くて軽いっていう。夏用なんですよ。冬用とかになると、ここがもっと厚手になって、風を通さないんです」


 しかし、ミィレは半眼を浮かべた。

「でも、その程度の工夫じゃ、あまり効果が無いんじゃないですか?」

 白峰は苦笑を浮かべた。

「実際、そうかも知れませんね。暑いものは暑いですし。日本だと、そもそも夏はこうした上着を着ない人や、屋内だと脱いでしまう人の方が多いです」


「じゃあ、どうしてシラミネさんはそんな暑い思いをしてまで着ているんですか?」

「きちんと、上着を着るのが、この仕事着の正しい着方だからです。さっきは、日本だと着ない人が多いって言いましたけど。それはあまりの暑さに負けてしまうためで、本来こういう仕事着は上着を脱いでシャツを見せるのだらしない格好なんですよ。自分はこの下にもう一枚下着を着ていますけど、本当はそれもよくなくて。このシャツが下着そのものというか。なので、上着を脱ぐと、言わば下着姿をそのまま周囲に晒すという、ちょっと性的な格好になってしまいます。ものによっては、肌が透けて見えてしまいますし」

 ますます訳が分からないと、ミィレは眉根を寄せた。


「この仕事着が、日本本来の文化のものではなく、日本以外の国から伝わってきたものだっていうのは、前に説明したかと思います」

「はい、聞いた覚えがあります」

「この仕事着が生まれた国は、元々日本よりもずっと涼しい国でした。そのまた近くの国で、色々とその土地に合わせて、生地を薄くしたり工夫も生まれましたけど」


「どうして、日本の人が、そんな国で生まれた仕事着を暑い思いをしてまで来ているんですか?」

「昔、こういう服を着て仕事をしていた人達の国々が、世界の中心だったからです。その慣習に合わせ、対等に渡り合うために彼らの格好を取り入れ、そのままそれが定着したという形です。日本を含め、世界中にですが。まあ、結局こうして暑い思いをしているのだから、まだまだ日本は取り込めきれていないのかも知れませんけど」

「でしたらこう、せめて色だけでももっと明るく薄い色になったりしないんですか? 例えば、今私が着ているような感じに」

 言って、ミィレは着ている服の肩を摘まみ、何度か軽く振った。


 ミィレが着ているのは、シルエットこそこれまで着ていた服と変わらないが、白地の部分が大きく増えている。また、素材も薄手で軽く、風通しの良さそうな感じに見える。透けるほどにまで薄いということはないのだが。

 これはこれで、彼女に似合っていると思った。


「それがですね。男性用のこういう服に白を使うと、それこそ結婚式用の装いになってしまうんですよ」

「ええ?」

「だから、仕事着としては使えないんですよね。普段着なら、そういう上着もありなんですけど。個人的には、お洒落感が強過ぎて、着こなすのは難しいと思います。それだけ白は、特別な意味を持ちやすいということかも知れません。今の日本では、大きく分けて日本式と西洋式で式を挙げる人達が多いですけど。女性の婚礼衣装の場合、どちらでも純白だったりします」

「なるほど」


 得心がいったと頷くミィレに、白峰は嘆息して見せた。

「しかし。正直言って、こちらの夏の暑さを甘く見ていました。アサさんから、東京に比べたらマシって聞いていたので。なら一夏くらい、何とかなるだろうと思っていたんですが。秋冬用の仕立ては注文しましたけど。もっとこう、こちらの世界でこういう場で失礼に当たらない服そうってどんなものか教えて貰えると有り難いです」

「そうですねえ。私も男性の服は詳しくは無いので、ティケア様に訊いてみます。ティケア様、今はもっと涼しい格好でお仕事されていますよ?」

「すみません。よろしくお願いします」


 とか何とか話しているうちに、教会に到着した。

 教会の正門に人だかりが出来ている。

 何事かと思ったら、人だかりの中から一組の男女が出てきた。


 男は薄い青緑色の衣装を着て、女は赤い衣装を着ていた。

 服の格好は、男の方はティケア達が着ていた仕事着に似ていて、それでいてもっとスタイリッシュな印象を与え。

 女の方は、薄紅色のフリルが多く飾り付けられたドレスだった。薔薇か何かに包まれているような、そんな印象を受けた。


 それはともかく、自分達が見学させて貰える式の時間はもっと後のはずだったのだが。

「ちょっと、早く来すぎちゃいましたかね? ひょっとして、前の組の人達なんじゃ」

「そうかも知れませんね。あと、あの方達の式も時間が延びてしまったのかも知れません」

「では、お邪魔しないように、もう少し待ってから中に入りましょうか」

「そうですね」


 ふと白峰が隣を見ると、じっと、食い入るようにミィレが花嫁を見詰めていた。

 この国の女性にとっても、花嫁衣装というのは、憧れの対象なのかも知れない。

 話しかけたら邪魔してしまいそうだなと思いながら、白峰は黙って、彼女の横顔を見詰めていた。

自分のスーツの知識は、ほぼ「王様の仕立て屋」で得たものです。


うーん、本当はこのエピソードでもっとあれやらこれやらの設定を書きたかったのに。

その前準備のところまでしか至っていないなあ。

まあ、後々回収出来るタイミングはあるからいいか。自分がその時になって忘れてなきゃいいけど(遠い目)。

と言うわけで、こっちもこっちでどこかで話が繋がることになると思います。


あ、次回から本編(と言っても、これまたガチガチに本編とは言い難いですが)に戻ります。

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