魔法の神話と歴史
プログラム魔法という報告を受けた、アサの両親の反応となります。
執務室の中で、アサ=ユグレイは虚空を見上げ、大きく息を吐いた。
隣では、妻であり秘書でもあるキリユが、送られた報告書を読んでいる。
報告書が届いたのが、定時間際だったのは幸いだった。各所への伝達を止め、一晩考える言い訳になる。こんな重要な話に、定時も何も無いと言われればその通りかも知れないが。
キリユが皿を手に持ち、「実行」と口にする。
横目で彼女の表情の変化を見るに、彼女もまた同じものを視たのだろう。
「また、大きな話を送ってきたものだよね」
「え、ええ」
彼女の声は震え、動揺を隠せていない。
まさか、プログラム魔法などというものが見付かったなどとは。
想定外の事態が起きるというのは、この仕事をしている以上は度々直面してきた。ときには最悪の事態を未然に回避出来るような予防策を練り、またときには柔軟に対応をしてきたが。
いや、既に異世界と繋がるという奇跡が起きているのだ。何が起きたとしても、不思議では無かったのかも知れない。
送られた皿には、彼女が試してみたという魔法が施されていた。報告書に書いてあった通り「実行」と言うと、頭の中に言葉が浮かんだ。
「念のために訊くけれど、君の頭の中にはどんな言葉が思い浮かんだんだい?」
「『お父様、お母様。お元気ですか? 私は元気です』と」
「疑っていたつもりは無いけれど、やはりこの報告書は事実のようだね。僕の頭の中でも、そう思い浮かんだよ。まあ、キィリンが元気そうで何よりとは思うけれど」
何という言葉が思い浮かぶかは手紙に書かれていなかった。実際に試して確認して欲しいと書かれていた。そして、報告書通りに、二人とも同じ言葉が頭の中に浮かんだのだ。
偶然と片付けるのは、あまりにも苦しいだろう。
報告書には、この魔法の魔法意思についても添付されていた。いや、それは意思と呼んで良いものか少し疑問は残る。何故なら、意思とはこのように文字として記述出来るものではないからだ。
この魔法意思は、あちらの世界で、プログラム言語と呼ばれるコンピューター用の言語の一種を記述していると報告書には書かれていた。また、思い浮かぶ言葉を変えたいのであれば、どの部分を変えればよいのかも説明されていた。
各自で、再現実験をしてみて欲しいとも書いてある。
「まったく、どうしたものかね。これは」
「各所に報告しないのですか?」
「それは勿論するさ。問題は、その影響の話だよ」
「それは、まあ」
「ルテシア市の外交官達は、キィリンも含め情報の開示をする方針を訴えている。確かに、長期的な視点では、技術的なメリットが大きい可能性が高い、僕も賛成するよ」
「言っておきますけれど、現場の判断を根拠に迎合するというのでは、監視になりませんよ?」
「分かっているよ。彼らがこうして、僕達に判断を仰いできたというのは、彼らの手に余る部分があるという判断があるからだ。彼らもまた、僕らというお墨付きが欲しいからこそこうして詳細な報告を送ってきているのだから、判断をそっくりそのまま彼らに投げ返すつもりは無いよ。それでは責任の押し付け合いであって、意味が無い」
問題は、デメリット。というか、不安材料の方だ。
「ただ、報告書にもあるけれど、宗教に対する影響は大きいだろうね」
ここの影響が読み切れないからこそ、彼らがこっちに判断を仰いだというのも大きいだろう。
「何故、あちらの世界で生まれたプログラム言語などというもので、魔法が施せるのか。という問題ね」
「そうだ。宗派によって違いはあるけれどね。概ね魔法というものは、神々が僕達に世界をより良く生きるために遺した意思であり知恵として解釈されている」
「そして、私達も死ねば意識は神の意思即ちマナとなり、やがて再びマナは命となって宿る」
「ああ。だからこそ、僕達はマナを尊び、マナに感謝して魔法を使う。マナは神の意思であり、また僕達の命の源でもあるからだ。それを忘れ、マナを蔑ろにした結果、神話の時代は終わりを告げ、神代遺跡は眠りにつき、多くの魔法が失われたと言われている」
神代の終焉というものが、本当にあったのかは分からない。神話である以上、真偽は不明だ。
「これまで、魔法というものはあくまでも神々が遺した奇跡だった。しかし、それがプログラム言語という汎用性の高い方法によって実現される。うん、何と言えばいいのかな。技術に成り下がっていくような。そんな気がしてならない」
「その先が、神代の終焉の再来に至らないか? そう考える人が出てきそうということでね」
「そういうことだよ。というか、僕自身。どこかでそんな恐れが気になって仕方ない。精々、行事を慎ましやかに行う程度の信仰心しか無い僕でさえこんな気分になるんだ。信心深い人達は、どう思うかとね」
「強い反対が予想されるということですか?」
「いや。流石に原理主義者でも無い限り、そんな強硬な態度は取らないだろうと思う。あちらの人達に、マナに対する畏敬の念を払って貰えるように説明して、また僕達も信仰を忘れないように約束すれば、大きな動揺は起きないだろう」
原理主義者に対する警戒を考えなくてもいいという話にはならないが。
「でも、あちらの世界を神代より更に昔の『神のいない鉄の国』と重ねて見ている人達もいる」
「魔法と神は、どこから来たのか? その問題に対して、魔法も神も鉄の国が生み出した技術である。その説に結びつく可能性が高まったということ?」
「そういうことだよ。まあ、彼らが僕らの言う『神のいない鉄の国』と関係があるとは思えないけどね」
「何故ですか?」
「彼らが、魔法について全く知らなかったからだよ。娯楽創作としては、似たような概念はあるそうだけれどね。彼らの技術に実現方法が無い以上、彼らがこの世界の魔法に対して、何らかの影響を与える、あるいは影響を受けた可能性は無いと思う」
しかし、キリユは黙し、眉根を寄せる。
ユグレイはそんな彼女の態度が気になった。
「君は、何か思うところがあるのかい? 関係があると思っている?」
「直接の関係があるとは、私も思いませんけれど」
「けれど?」
しばしの間を空けて、彼女は続けた。
「彼らって、コンピューターのような、私達には及びも付かない技術を作り上げたんですよね? つまりは途方も無い時間を掛けて、夢を実現したんでしょう?」
「まあ、そうだね」
「だから、ひょっとしたら彼らも『魔法』という夢を実現させる可能性があるのでは。そんなことを考えたのよ」
「なるほど」
それは、有り得るのかも知れない。あと、どれくらいの時間が必要なのかは、分からない。出来たとして、自分達の世界と出会わずに、自力で辿り着けたのかも分からないが。
かつて、あったかも知れない伝説の『鉄の国』。本当に彼らが魔法や神を創ったというのなら。それは、何を望んだ結果なのだろうか。ふと、そんなことをユグレイは思った。
再び、ユグレイは大きく息を吐いた。肩の力を抜こう。
「ともあれ、僕達だけでさえこうして色々と考えさせられるような話ではある。でも、結局。話は戻るけれど、どんな形であれ魔法というものを理解することは神に近付くことであり、真実から目を逸らしてはいけない話だ。その上で、この報告は人類の発展に大きく寄与する可能性がある。だから報告する。また、意見交換と調整は必要だけれど、宗教的影響を小さくするために、マナへの畏敬の念を払うことを約束する。この方針で話を進めていくことにしよう。細かいところは、これから詰めていくけれど」
「今日も、残業になりそうね」
「そうだね」
とはいえ、娘も頑張っているのだ。負けていられないと思う。
彼女が根を詰めすぎていないか、心配でもあるが。
「でも、その前に一服したいから、お茶を淹れて貰えないかな?」
「ええ、分かったわ」
笑顔を浮かべ、部屋から出て行くキリユを見送って。
ユグレイは頭を空っぽにして休めるべく、目を瞑った。
魔法研究関係の話は、一旦ここで小休止となります。
次回からは、しばらく番外的な話を続けて、こっち関係の話に戻る予定です。
ちなみに、異世界側の大雑把な歴史としては。
「前神代(神のいない鉄の国時代)」→「神代」→「神代崩壊後」→「前帝国時代」→「帝国統一時代」→「現代」となります。
この辺、みっちりと書くことは無いと思いますが。これまで出てきた歴史っぽい話の整理になれば幸いです。
前帝国時代以前の記録って、そもそもろくに残っていないから、歴史家も追いようが無いという裏設定もありますが。
んでもまあ、ここ数百年の、帝国統一時代から現代までの流れについては、後々ちょっと触れるかも知れません。




