新しい魔法
こんなん、どうしたらいいんや?
突如として直面した問題に、佐上は頭を抱えた。
とてもじゃないが、自分の手に余る。それだけははっきりしている。
テーブルの上に並べた幾つもの食器。それが、こんなことになろうとは、思いもしなかった。
いや、「まさか」とは思ってやったことではあるのだが。
「でも、そんなまさかがほんまになるとか、ありえへんやろ」
深く溜息を吐く。
黙っていようか? そんな考えが頭をよぎる。
しかし、その考えはすぐに却下した。
自分がこんなもん、ずっと秘密に出来る性分かと思うと、絶対に無理やと思った。どう隠そうとしたところで、態度がおかしくなってバレるだろうし。仮に隠しおおせたとしても、秘密を抱えるストレスに耐えられるかというと、そんな自信は無い。
「やっぱり、相談するしか、無いわなあ」
しかし、誰に?
佐上はたっぷり、一時間ほど悩んだ挙げ句、消去法で彼を選択した。
スマホを取り出し、メールを作成する。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日の夜。
仕事も終わって、佐上は月野の部屋へと訪れた。
白峰や海棠に見付かると面倒なことになりかねないので、終業後には月野と別れ、自宅に一度帰ってからここに来ている。
女一人で、同じく独り住まいの男の部屋に、しかも夜更けに尋ねるというシチュエーションに、佐上も何も思わないわけではないが。背に腹はかえられない。
それに、月野が自分を襲うとも思えない。その程度には、彼のことは理解しているし信用しているつもりだ。
相談相手の候補としては、白峰や海棠、アサなども考えたが。年齢や立場を考えて選択肢から外した。
部屋のドアをノックすると、すぐに月野が出迎えてきた。
「すまん。邪魔するで」
「邪魔するなら、帰って下さい」
無感情に、無表情に。拒絶の言葉が月野から返ってくる。
それに対し、佐上は半眼を向けた。
「おどれ? それ、ボケのつもりか?」
「はい。少しでも佐上さんの緊張をほぐそうかと思いまして」
佐上は大きく肩を落とし、溜息を吐いた。人選、間違えたかも知れん。やっぱりアホや、こいつ。
「ダメでしたか? 関西の方では鉄板のネタだというイメージだったのですが」
確かに、テレビでよくやっている、地元で馴染みのあるネタである。様式美と言ってもいい。
「だからって、真顔でやんなや。そんな態度取られたら、うちやなかったら、マジで泣くぞ?」
取りあえず、こいつは相変わらずのようで、そこだけは少し安心したけれど。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
佐上は鞄の中から食器を取りだし、居間に置かれた卓の上にそれらを並べていく。
「この食器が、どうかしたんですか?」
「うん、まずはおどれにも、ちょっと試して欲しいことがあるんや」
「はあ」
「このな、皿を持って目を瞑って『実行』って言ってみてくれへん?」
「どういうことですか?」
「やってみたら分かる。いや、分からんかもやけど」
首を傾げながらも、月野は素直に従った。
差し出された皿を手にして、目を瞑る。
「実行」
彼は、そう言った途端、ぎょっとした表情を浮かべた。
一方で、佐上は顔をしかめる。
「ああ、その反応。やっぱりおどれにも視えたんか」
「はい。『Hello World』という文字が頭に浮かびましたが。佐上さん? これは、どういう?」
「なんやろな? どう言ったらいいのか分からんけど。ある意味、『新しい魔法』ってヤツになるんかも知れん。うちも、全然理屈分からへんのやけどな」
「一体、何をやったんですか?」
「ああうん。順番に、最初から説明するわ」
佐上は頭を掻いた。
「こないだ、うちが神代遺跡に触って気絶して、それから医者に診て貰ったときは何ともなかったんや。というか、後遺症みたいな、そんな困るようなもんでもないんやけど、昨日こっちに戻って来てから、少しその影響が出たっぽいもんを感じたんや」
「影響とは、どんなものですか?」
「なんや。妙に魔法意思がはっきりとイメージ出来るというか、プログラムに例えるとソースコードにバグが無くて、きちんとコンパイルを通るかどうか分かるみたいな。そんな、すとんとした感覚が魔法を使うとあるんよ」
「生活に困るようなものでは、ないんですね?」
「うん、そんなんではまったくないわ」
佐上は頷いた。
「で、素人考えなんやけど。魔法とプログラムって似ているって思っていたんやけど、こんな感覚になって、その思いも強くなってな? ほら、特定のインプットに対して、決まったアウトプットを出すところとか、似てるやん? で、ものは試しって、その皿に、初歩的なプログラミングのソースコードをイメージしてみたんや」
「その実行結果が、先ほどの『Hello World』だと?」
「そうや。プログラム言語にも色々あるけれど、まあどれも最初は『Hello World』って表示させるソースコードが教科書に載るわな」
次に、佐上はマグカップを月野に渡した。
「こいつには、二つ数字を思い浮かべて『実行』って言ってみ? そしたら、足し算された結果が出てくるはずや。暗算出来んような数字で試した方がええで?」
「分かりました」
続いて、月野はマグカップを持って「実行」と言った。
「これは、足し算するプログラムを組んだ。そういうことでいいのでしょうか? 結果は、多分合っていたと思います」
「ああ、その通りや。そんくらい、応用が利く。下手したらもっとや。ほんまに意味が分からんわ。こういう真似も、プログラムはそれ用の関数が用意されて、それで初めて出来るんやで? そんなもんも無いはずの魔法が、なんでこんな真似出来るんかと。真面目に考えれば考えるだけ、訳が分からんくなるわ。しかも、他の皿とかにはネットで調べた他のプログラム言語を組み込んでみたけど。それも同じ様な結果になったわ。魔法って、何なんや一体」
佐上の言葉に、月野は何も言わなかった。何を言えばいいのか、彼にも分からないのかも知れない。
「まあ、でもつまりな? これ、地球上のプログラム言語で、コンピューターと化した魔法を実現することが出来るかも知れない。そういうことになるんよ」
「あっ!?」
結論を説明すると、再び月野が驚愕の声を上げた。
佐上は額に手を当てて、視線を落とす。
「相談っていうんはな? うち、ほんまどうしたらいいんかなって」
「どういうことですか?」
「これが、とんでもない発見やゆうことは、アホなうちでも分かる。さっき、こっちの世界で魔法のコンピューターが作れる可能性がある言うたけど。発表したら色んな人に有益なことも分かっとるんや。みんなに教えるべきなんやと、分かってるんや」
「そう、出来ない理由があるんですか?」
佐上は頷いた。
「うちな。恐いんや」
「恐い? ですか?」
「そうや。うちは、偉い学者なんかやない。どこにでもおる、平々凡々な小市民なんや。まだ相手はおらんけど、いつか優しい旦那様捕まえて、子ども産んで、小さいながらも楽しい我が家みたいなもん作って、そんな人生を送りたいんや。それが、変に祭り上げられて、もうそういう生活に戻れんようにならんか、恐いんや」
「高額の宝くじが当たってしまったけれど、それがかえって身を滅ぼす原因にならないか恐い。みたいな感じですか?」
「まあ、それに似ているかも知れんな」
佐上は小さく苦笑を漏らした。
「分かりました」
佐上は顔を上げ、月野を見る。
「佐上さんが恐い思いをせずに、その上でこの情報をどうすべきか、考えましょう」
「うん。ありがとな」
無表情に、けれどもどこまでも真剣な眼差しを浮かべる月野に、佐上は心が少し軽くなった気がした。
この後滅茶苦茶○○した。
佐上「相談な? 相談やぞ?」




