変わりゆくもの
今回も、ちょっと番外的な話になります。
その後のマスコミとか、そっち関係のお話です。
月野は桝野に呼び出され、彼の執務室にいた。
佐上の意識は回復し、後遺症も無いことは既に伝えられている。見舞いに行った海棠からも、彼女は元気そのものだったと聞かされた。正直言って、その報告にはかなり安堵したものだった。
「すまねえな。わざわざ呼び立てて」
「いえ、それは構いませんが」
正面の席に座る桝野は、頭を掻いた
「正直、君をこうして呼び出したのは単なる俺の我が儘だ。古い頭だと言われたらその通りだし、テレビ会議の形式でも良かったのかも知れないが。それだと拾いきれないニュアンスみたいなものがありそうな気がしてな」
「いえ、私もそういうものは、分かる気がしますから」
単なる報告や連絡なら、電話でもメールでも様々な方法がある。顔が見たいのならばそれこそ、桝野が言ったようにテレビ会議というのも一つの手段だ。しかし、それでは生の対話に対して、間に機械を挟んだが故の微妙な隔たりがある。例えば、声や表情による、その場の温度感の感じ方などだ。
「しかし、ということはそれだけ重要な話だと、そういうことでしょうか?」
訊くと、桝野は微苦笑を漏らした。
「いや、それなりに意味はあるかも知れないが。そんな構えるような話じゃない。さっきも言っただろ? 単なる俺の我が儘だって。今の生活になって、そんで今回の事件もあって、何か影響が出ていないか、久しぶりに直に様子を見てみたかったってだけだよ」
「つまりは、私達を心配してくれてということだと?」
「あー。まあ、そう面と向かって言われるとなあ」
桝野は苦笑を浮かべて、そっぽを向いた。言わせんな恥ずかしい。とまあ、そんな心境なのだろう。
月野は頭を下げる。
「いえ、ありがとうございます」
「そうか。下らない理由で呼びつけやがってと思われなくて、俺も助かる。最近の若い連中、どうもそういうところあるらしいからなあ」
「白峰君や海棠さんは、局長に対しては、そうは考えないように思いますけどね。結局は、それまでにどれだけの付き合いを構築していたかが大きいかと思います」
「そういや、雑誌やら何やらでもそんな記事、見掛けたことあるな。昔ながらの管理職は、いきなり地位や肩書きで言うこと聞かせようとするから、若い連中が従わないし反発するんだって」
「その上で、『昔の自分は』って自慢話に持っていくと、好感度が一気に下がるそうですね。良くも悪くも、彼らは個性的というか自分の世界や価値観を大事にしていて、そこから外れる地位や肩書きは絶対的に従うほどの価値は無いようです。職場での役割分担の違いくらいにしか、考えてないらしいですね。『一緒に飲みに行って関係を構築する』という順番ではなく、『関係を構築してから、その上で飲んで更に深める』と、逆の順番がいいみたいに思えますね」
「年功序列の社会でもなくなって、転職してしまえば上司も職場も取り替えがきくようになったしなあ」
そういう意味では、人を動かすのに権力よりも、人間性の方がこれからの時代では大きな意味を持つのかも知れない。
「あっちではその辺、どうなんだ? 何か、聞いたこと無いか?」
「この一例だけで、全部がそうだとは言えませんけれど。先日、色々とあって白峰君ともう一人、例のイル=オゥリさんと飲みに行ったと報告しましたが」
「ああ、例の海棠さんに懸想している警官か。例のマスコミ騒ぎの切っ掛けの一人にもなった」
「そうです。彼によると、上司からは飲みに連れ出されて、そういうときは愚痴を聞いて貰えたりするそうですね」
「社員が集まっては、上司の悪口を言い合って鬱憤晴らしをする日本とは、えらい違いだな」
「いやまあ、向こうでもそういう集まりはあると思いますが」
そして、日本でもそういう上司はいるものだと、月野は思う。というか、思いたい。
「ちなみに、その二人、その後に何か進展はあるのか?」
「状況が状況ですし、白峰君が言うには、海棠さんを攻略する場合、いきなり距離を詰めるのはリスクが高そうだという話なので。兎に角慎重にと助言したのもあって、特に進展は無いようですね。自然に友だち付き合い出来ているように見えるという意味では、進展したと言えると思いますが」
「なるほどな」
コツコツと指先で机を叩いて、桝野は頷いた。
「おおかた、話を聞く限り、佐上さんが倒れたことを除けば、概ね問題なく過ごせているようだな」
「そうですね。そんな風に私も思います」
と、桝野は嘆息を吐いた。
「一方で、こっちはちょっと問題があってな。意見を聞きたい」
「分かりました」
どうやら、こっちが本題だろう。
「ちなみに、一言で問題と言われましても。どの件でしょうか?」
「マスコミの件だ。向こうから来てくれた記者と、こちらの大手マスコミとの軋轢が強いという話のな」
どうにも、両者の中は険悪だ。最初のうちこそ、友好的に大手マスコミからの接触に応じていた異世界の記者達だが、取材方法のやり方やジャーナリズムの価値観の違いで、相容れなくなっている。
ちなみに、各記者が発行した記事は自動翻訳という形でwiki経由で掲載されている。月野の目から見ても客観的且つ質の高い記事で、主にネットで情報を収集する層からも評価が高い。
「その件ですか。確か、今では異世界の記者も団結して、小規模ながら新聞社のような組織を立ち上げようとしているとか」
「ああ。日本の法人とするには、法整備が行き届いていないからそれは無理で。異世界側による国際報道機関みたいな位置付けで調整しようとしている。そこまでは、君にも担当して貰っているから、分かっているよな?」
「はい」
「そしたら、今度はこっちの世界からも同様の機関を向こうに用意出来るようにしろと。そういう話になった。ある意味では、当然の流れだな」
「そうですね」
「で、ここからが問題だ。いずれ、そういう組織が必要なのはこっちとしても同じ考えだ。ただ、どんな人間をどうやって用意すればいいか。それが問題だ」
「その先駆けとして、海棠さんには勉強して貰っているんですけどね。組織の設立を早急に、という話でしょうか?」
「いや、何だかんだと理由を付けて引き延ばすことは可能だろう。俺の予想では、まあそれでも数年ってところだろうが」
ふむ。と、月野は顎に手を当てて思い出す。
「でしたら、まず人の選別について提案があるのですが」
「どんなだ?」
「まず、立候補可能な記者をフリーのジャーナリストに限定します」
「理由は?」
「異世界のジャーナリストと大手マスコミとの軋轢もそうですが。海棠さんの話によると、大手マスコミの記者よりも、フリーのジャーナリストの方がまだ信用出来るようです」
「何故だ?」
「大手マスコミだと、個人の信念やジャーナリズムよりも、まず会社の主義主張に染められてしまうようなんですよ。思想から何から。会社の方針だとか、デスクの結論ありきで記事を作ることを要求されるので」
ああ、と桝野も呻く。
「そういや、どっかの議員もSNSでそんなこと呟いていたな。連中、結論ありきで記事を作ろうとするとか、そのためのインタビューを集めようとするとか」
「そんなのジャーナリズムじゃなくて、サラリーマン根性でしょうが。とか、海棠さんは憤っていましたけどね」
月野は肩を竦めた。そして、そこは彼女に同感だ。
「そして、そんな会社の方針にどうしても従えなくて、自分の信念で情報を集めて、責任持って名前も出して記事にする。そういうフリーのジャーナリストはまだマシだそうです。それでも、思想の偏りなどが無いか、過去にどんな記事を書いていたのか、素行に問題は無いか、選別時にチェックが必要になると思いますけどね」
「なるほど。業界経験者の意見も参考に考えると、方針としては悪くなさそうだな」
桝野は頷く。これを叩き台としても、そこから更に幾度ものブラッシュアップや調整が必要となるだろうが。
「しかし、大手マスコミはこれからどうなっちまうもんかねえ? これまでにもじわじわと広がってきたマスコミ不信に、先日の騒ぎ、そしてどうも異世界のマスコミの質の高さから、客離れが加速するんじゃないかって分析も出ているが」
「桝野局長は、どうお考えなのですか?」
「出来ることなら、言い訳探しを止めてこれを機に、これ以上国民から見限られないような仕事をするように立ち直って欲しいもんだがな。情報の信頼性を異世界に握られるというのは、国の運営として危うい。君はどう思う?」
月野はしばし、虚空を仰ぎ見た。
「そうですね。結局は、先ほどの上司の話と同じだと思います」
「というと?」
「時代の変化に固執して、その変化を無理に押しとどめようとすれば、結局は時代に取り残されて衰退し、滅びる。それだけだと思います。これまでの歴史でも、色々と例がありますが。我々も、他人事ではないと思いますけどね」
ある意味、マスコミは既に情報ではなく不動産で収益を上げるような体たらくとなってしまっているようなので、月野は桝野のようには希望は言わなかった。
「時代の変化か」
しみじみと、桝野が呟く。
「俺達は、あの異世界と付き合っていくという時代の変化に、耐えられると思うか?」
「耐えられますよ」
月野は即答した。
「やけに自信たっぷりに言うな」
「少なくとも、自分が知る限り、私達はよりよい未来を目指して力を尽くしているんです。そうして、先人も何度となく訪れた変化に耐え、この国を支えてきたんです。私達に出来ないはずが、ありませんよ」
「そうだな」
桝野は静かに、満足げに笑みを浮かべた。




