ゲート解析
今回から、また魔法関連の話に戻ります。ゲートの調査開始。
いよいよ、この日がやって来た。
異世界と繋がるゲートを発生させている。そう、考えられる神代遺跡の調査の日だ。
神代遺跡は、未知の魔法の集合体だ。その一部だけでも、理解し実用化に落とし込めれば、それだけでも大きく世界が変わり得る。未知の魔法を使えるようになるのにも、長い時間は必要だが。
故に、大昔はこれらに触れることが出来る人間も限られていた。
しかし、大陸規模の大戦と帝国の誕生、それに伴う各国相互の監視によって、体制は大きく変わった。平たく言えば、知見が各国に共有されるようになったのだ。また、接触出来る人間が増えたこともあり、幾ばくかは、前帝国時代よりも新たな魔法の発見、実用化の効率は上がった。
それでもなお、この変化は異世界のここ数百年に比べれば微々たるものだろうと、アサは思わずにいられないが。
ともあれ、こうして各国からの魔法学者、そして異世界の学者達も集まったのだ。この神代遺跡について調査するのも、当然の話である。
渡界管理施設の中に、大勢の人間が入り、ゲートを囲んでいた。
アサは人口密度が高い中で立ち尽くしながらも、努めて普通の表情を浮かべていた。
今日は、正式にマナの測定器を異世界に持っていって、そちらでの結果を確認することにもなっている。それは「ゲートの向こうでは、魔法は使うことが出来ない」ということを意味する。
その影響は、これまでの外交から、悪い方向に傾かないだろうと想定してはいるが、それでも不安は残る。
「それにしても、不思議ですね」
不意に隣から声を掛けられ、アサはびくりと肩を震わせた。
「ちょっと? シラミネ? 急に声出さないでよ。驚くじゃない」
「ああ、これはすみません」
軽く、シラミネは頭を掻いて首を下げた。
「でも、意外って何が?」
「マナですよ。前もって説明は受けていましたけど、本当に神代遺跡って、マナを大量消費しているとか、そういう訳じゃないんですね」
「ああ、そのこと?」
彼の手には、測定器が握られていた。
神代遺跡は、未知の魔法が複雑に絡み合った結果として動いていると仮定されている。ならば、それに応じてマナも大量に消費されていると考えるのは普通の発想だ。
「そうなのよね。この点については、昔から世界中の学者が悩んでいるところよ。前にも言ったけれど」
「こちらの物理学者の先生方も不思議がっていますね。マナと魔法の間には、エネルギー保存の法則が適用されていないって」
「その通りよ。魔法が絡まない現象であれば、エネルギー保存の法則が成り立つことはこっちの世界でも分かっていたことよ。けれど、魔法には必ずしもそんな関係は成立しないの。単純に熱を生み出す魔法とかなら、熱量とマナ消費量に比例的な相関関係があるようにも見られているけど」
「でも、それもあくまでもこういうマナ測定器による主観的な判断でしかないから、真偽は不明。なんですよね?」
「そうよ」
人知を超えた理で動いている。故に神の御業なのだと。故に魔法と呼んでいるのだ。
シラミネは軽く息を吐いた。
「今回のこの調査から、何か便利な魔法の発見とか、出ると思いますか?」
その問いに、アサは肩を竦めた。
「さあ? 正直言って、私にはさっぱりよ。何か見付かればいいとは思うけれど、それを実現するのって難しいもの」
彼らの目の前で、学者達が順番にゲート下の神代遺跡に触れていく。目を閉じて、頭に浮かぶイメージを確認するように。
そして、数分ごとに手を離して、次の人間に交代する。皆、一様に、触れた後は何かを確認するような、思い返すような。そんなしかめ面を浮かべていた。
「どんな魔法意思何でしょうね? あれ?」
「さあ? そのときにならないと分かんないわね」
神代遺跡が起動している魔法は、触れることでその魔法意思を知る事が出来る。ただし、それは神代遺跡の魔法全体のほんの一部に過ぎないと言われている。神代遺跡が振りまく、膨大な魔法意思のほんの一部を知ったところで、神代遺跡を再現出来るかというと、そういう訳にもいかない。
「でも、注意しているけど、あまり長く触れ続けたらダメよ? 危ないから」
「分かっていますよ。大体、数十秒から1分程度ですよね。それ以上は、流れ込む膨大な魔法意思のせいで、頭に悪影響が出る可能性があるからって。もっとも、限界になって手を離すことになるようですけど」
「まあね」
「実際に、事故が起きたことはあるんですか?」
「後遺症が出た例はいくつかあるわね。測定器も持っていないのに、マナに過敏になったり。よく分からない文字が浮かんだり消えたりが、一生続いた人もいるそうよ」
「結構、危険な作業なんですね。これ」
「そうよ」
だから、そんな不幸な事故が起きないように、複数人の立ち会いが必要なのだ。
「次は、サガミさんの番ですね」
「そうね」
自分達の順番は、もう少し後だ。
サガミが恐る恐る、神代遺跡に触れる。別に強要した話でもないが、折角だし、好奇心には勝てないしと。そんなわけで彼女も体験することにしたそうだ。
サガミは大きく息を吐いて、その場にしゃがみ込んだ。右手で神代遺跡に触れる。
彼女は目を閉じた。
そして、ぷつりと表情が消える。
アサはサガミが神代遺跡に触れ始めてから、時間を数えた。
その時間が、30秒を超える。大体の人間は、ここで辛そうな表情を浮かべ始める頃だ。
しかし、サガミの表情は変わらない。
そこに、アサは少し違和感を覚えた。
続いて、時間を数えていく。
1分を超えた。
それでも、サガミはそのまま神代遺跡に触れたままだ。
「あの? アサさん?」
シラミネの声に、緊張が混じる。
アサも嫌な予感が全身を満たしていくのを感じていく。しかし、これくらいならばまだ。耐える人はいる。
更に、刻々と時間が経過していく。10秒、20秒、30秒。
どうする? 流石にもうこれ以上は、限界かも知れない。
周囲からもざわめきの声が上がり始めた。
アサとシラミネも、顔を見合わせる。
「サガミさんっ!」
その瞬間、大声が響き渡る。
飛び出した影がサガミに覆い被さり、抱き寄せ、押し倒して無理矢理に神代遺跡から彼女を離した。
サガミを抱き締め、床に倒れていたのは、ツキノだった。
「すみません。佐上さん。大丈夫ですか?」
ツキノが彼女を起こそうとする。
しかし、サガミの反応は無い。いつもなら、ツキノを突き飛ばして怒鳴り返しそうなものなのに
彼女は完全に脱力して、糸の切れた人形のように、首がポッキリと傾いていた。
アサは自分の顔から、血の気が引くのを自覚した。
「すみません。白峰君。病院。――をお願いしますっ!」
ツキノの声に我に返ったのか。シラミネはゲートの向こうへと駆け出していった。




