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異世界と技術者達

かなり久しぶりの登場ですが、翻訳機を作った柴村技研の柴村社長。

そして、塚原最先端製作所の蔵田社長。

佐上弥子の関係者の話となります。

やや、外伝的な立ち位置の話なのですが。

 柴村は「塚原最先端製作所」の奥へと案内された。

 自分の会社も他所様のことは言えないが、相変わらず、どこにでもある町工場にしか見えないところである。


「失礼します。柴村様をお連れ致しました」

 案内してくれた技術者が、部屋の中へと声を掛ける。

「分かりました。どうぞ、入って貰って下さい」


 直ぐに、部屋の中から返事が返ってきた。

 「それでは」と案内してくれた技術者は軽く会釈し、踵を返す。

 それを少しだけ見送って、柴村は社長室兼応接室へと入った。


「邪魔するで~」

「はい、ようこそいらっしゃいました」

 塚原最先端製作所の社長。蔵田はにこやかな笑みを浮かべ、出迎えた。

 しかし、柴村は軽く顔をしかめる。

 その反応に、蔵田も小首を傾げた。


「蔵田はん。そういうときは、『邪魔するなら帰ってや』って返してくれんと困るわ」

 軽く嘆息する。

「ええっ!? いや、そんなこと言われても。何度も言ってますけど、僕はそういうノリ、無理ですって」

 困り顔を浮かべる蔵田に、柴村は苦笑を浮かべた。彼がこっちに移って長いが、こういうところは本当に変わらない。


「ああ、分かっとるて。からかってすまんな」

 こういう真似をするのは、あまり良くないことだとは思うが、それでもついつい、反応が面白くてやってしまう。

 蔵田も慣れたもので、真面目に怒ったりはしてこない。

 よっこらせと、柴村は蔵田の前の席に座った。


「しかし、今日は忙しいところ邪魔してすまん。何しろ、このご時世、落ち着いて話せる場所、あらへんし。長電話っちゅうわけにもいかんしなあ」

「まあ、確かに」

 しみじみと、蔵田は頷いた。


 一時期よりは少し落ち着いただが、今になってもまだマスコミのマークは続いている。一方で、産業スパイと思しき影は益々濃くなっているように思える。

 引き抜きの話を持ちかけられた社員も、既に何人か出てきた。「どうせ、最初の待遇は良くても、知りたいことを吸い尽くしたら、後はポイなんだろ」と断ってくれたらしいが。


 大手の企業での話だが、実際にそうやって技術流出しては捨てられた人間の末路も知っているので、彼らもおいそれと甘い話には乗らないようだ。それでも乗るようなら、自分の器が足りないと、そう思うしか無いのだが。残ってくれたという、ただそれだけで嬉しくなる。

 若い頃は、さして戦国武将の言葉なぞ興味は無かったつもりだが。近頃は「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」などという言葉が胸に刺さるようになったように思う。


「それで、早速なんやけど。異世界の人達も、パソコンを購入することにしたって話は伝えたやろ?」

「はい」

「ほんで、キーボードやとか、文字の設定ソフトなんかは、うちらが作ったもんを使ってくれるっちゅう話になったわけや」


「こういうときってあれですよね。技術者としては『こんな事もあろうかと』とか、言いたくなりますよね」

「実際は、全然ちゃうんやけどな。まさか、売れるとは思わんかったし」

 二人で苦笑する。

 実際、狙って作っていたものではない。キーボードは研究と、異世界言語の仕事をする上での能率アップのためにしたことだ。ソフトも、既に用意したものを改造したものに過ぎない。


「多分、今はうちらが適当に空いた文字コードに異世界の文字を設定している感じやけど。後々は、頭のええ人らが正規の規格を用意して、そっちに統一するっちゅう話になるやろうしなあ」

「そうですねえ」

「せやけど、このアイデアは特許という形でがっちり残しているし、他の企業さんもそこは無視出来ん」

「あとは、他にどんなニーズがあり、その要望に応えられるのか? ですね?」


「せや、ほんの僅かなリードかもしれんけど、少しでも意地を見せたる必要がある」

 経営者をしてきて分かってきたことがある。それは、舐められたらいかんということだ。ときには力でねじ伏せられ、苦汁を舐めてきたこともあった。しかし、それでも、確固とした個を持ち、自立した態度を取り続けなければ、良いように使われ続けるだけと成り果てる。挙げ句は、しゃぶり尽くされて潰れる。


 そんな惨めな気持ちで自分は働きたくないし、社員にも働かせたくはない。

 ふと、蔵田が目を細めた。

「しかし、いいんですか?」

「何がや?」


「信頼して貰えるというのは、嬉しいですけど。僕は一応、これでも蔵田の人間です。そして、塚原最先端製作所の社長です。依頼を漏らすような真似はする気はありません。せやけど、蔵田の家には恩もあるんです。僕の言いたいこと、分かって貰えますか?」

 つまりは、盲信はしてくれるなと、そういうことだ。

 今の気持ちはどうであれ、状況が彼にそれを許さないことも、有り得ることだ。


 どんなに親しくしようと、所詮は他人、他所の企業だ。守るべきものの優先度を考えて、柴村技研という会社が彼にとって身内を上回ろうはずが無い。

 柴村は深く息を吐き、じっと蔵田を見詰めた。蔵田もまた、真っ直ぐに見詰め返す。

 柴村は笑みを浮かべた。こいつは力強い、いい目をしている。


「ああ。うちもそんなことは、百も承知や。その上で、話をしに来ているんや」

 数秒の沈黙の後、蔵田は軽く息を吐いた。

「どうやら、そのようですね」

 覚悟は、伝わったようだ。


「ほんで、話を戻そうか?」

「はい」

「佐上が言うには、異世界の人、パソコンにはかなりの興味を持っているそうや。なんや、食い殺されるやないかっちゅうくらいの食い付きっぷりだったらしい」

「ネットでもそういう噂、出ていますね。異世界から来た記者の人達も、相当に興味を持っているとか」


「ああ」

 柴村は頷く。

「そして、早速の購入や。つまりは、異世界の人もパソコンというものの有用性を知るのは時間の問題やということや」


「あるいは、その普及も、ですか? いや、流石にそれはゲートの大きさから考えて、輸出も難しいと思いますが」

「かも知れん。せやけど、問題は発想や」

「発想。ですか?」


「せや。技術っちゅうのは、不思議なもんや。全く関係ないと思っていた数学と物理の知識が一致を見せて、そこから発見に繋がるように、思いもよらんかった、そういうつもりじゃなかった研究や開発が、まるで違うものに活かされたりもする。つまり、パソコンを進化させるために生み出してきた発想が、あちらの世界にも活かされるようになるんやないかってな? まあ、パソコンだけに限らんけど」


「そのとき、あちらの世界の人達はどんなものを作るだろうか? どんなものを欲しがるだろうか? その相談。という話ですね?」

「せや。まあ、大仰な事言っているけど、ネットに出回っている魔法工学みたいなもん、どんだけ実現性や、あと、直近のニーズがありそうか? みたいなんを整理したいんや。そして、それを先にうちらが押さえる」


「大手も、既に動いていそうな気はしますけどね」

「せやろな」

 柴村は鞄から紙の束を取り出した。中身は、「魔法工学」の検索結果の中から、彼が気になったアイデアのリストだ。

「せやけど、こういうことやっていると。うちらも、連中と競い合っているんやっちゅう気にならんか?」


 にやりと、柴村は笑みを浮かべた。

 蔵田も白い歯を見せる。

「なりますね」

 この高揚感があるから、技術者は止められない。

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