魔法研究に必要なもの
学術的なお話で盛り上がる学者や学生達。
その一方で、外交官達にはまた別のお仕事があると。
ルテシア大学の講義室。
白峰やアサを初めとして、外交関係者達は机を囲んだ。
議題は、これから魔法に対する研究をどのように行っていくか? その確認だ。もっとも、実際のところはどのように研究していけばよいのか、その方針、計画を具体的に考えるのは学者達であり、外交関係者がやることといえば、そのためのサポートということになる。なので、そのサポートとして、何がどう必要になるのか? を話し合うことになる。
一方で、学者達は別室の大講義室で、学生達も交えて交流会を行っている。学術的な話から、日常的な雑談まで話題は尽きないのだろう。部屋は割と離れているのだが、歓談の声は絶えない。
日本の方でも、東京の大学に訪れた学者達はこうして囲まれることが多いらしい。
もっとも、それ故に彼らを囲もうと、大学同士が火花を散らしているという噂も聞いている。何しろ、「我が大学は異世界の学者を招いています」というだけで入学希望者が溢れかえりそうなのだ。血眼にもなるというものだろう。
ルテシアの場合は、大学はここしか無いのだが。それはそれで、全世界から入学希望者が溢れかえりそうなので、市長も頭を抱えているとのことだ。ティケアがそんな愚痴を聞かされているらしい。
白峰としては、管轄外なので、何とか穏便に収まって欲しいものだと思っているところだが。
時間は既に夕食時であり、彼らの前には簡単な食事が置かれている。食事でもしながら、リラックスした状態で話し合おうということになった。ちなみに料理は、学者や学生達の交流会に出されているものの一部を拝借したものである。
「――結局のところ、まずは魔法について、基礎から学びましょう。そういう話になりました。これは、日本に来られた生物学者の先生方と同じですね」
そう、白峰は説明した。
「その人達も、今物凄く勉強に追われているって話聞いているけどね」
アサが乾いた笑みを浮かべ、虚空を見上げた。
何しろ、地球上の現代生物学は科学を主とし、化学知識を基にした分子生物学が主流となっている。一方で、異世界側の生物学は博物学が主流である。これは、金属を使った化学実験が可能であったか否かの差であり、無理も無い話だ。
ただ、だから異世界の生物学は遅れているなどと侮るような者はいない。少なくとも、一流の学者にはいない。異世界の生物の生態、膨大な農学の知見など、興味深い知識は山のようにあるのだ。その教えを請うことに、興味を惹かれはしても、馬鹿にする者は「知識を求める者」として底が浅いとしか言いようがないだろう。
しかし、だとしてもやはり異世界側の生物学者は地球上の科学から勉強をしないといけない訳で。現在、猛勉強中なのだ。
もっとも、流石は優秀な頭脳の持ち主というべきか、あるいは強い意欲がそうさせるのか、次から次へと知識を吸収しているそうなのだが。
と、ディクスが小首を傾げた。
「いや、私にはその説明は少し足りないように思えるね」
「と、言いますと?」
白峰が訊くと、ディクスは頷いた。
「白峰さん。私達の世界では、数学を原理、原則から再確認して構築するという分野がある。あなた達の世界には、そのような分野はありますか? 実を言うと、あるような話を彼らの世間話から聞いたのだがね」
「はい。そういう分野は私達の数学にもあります。自分自身は、到底説明出来ない分野ですけれど。まず、『1とは何か?』 など、そういうことを厳密に定義するという話などだったかと」
「そうです。そして、彼らが挑もうとしているのは、魔法の研究の準備として、数学の前提を確認するかのように、現在分かっている知見を整理しよう。そのように私には聞こえました」
「なるほど、自分もディクスさんの言うことは正しいと思います」
中世以降、科学というものは、結局のところ膨大な実験結果から法則性を見つけ出し、数式に落とし込むことで発展してきた。実験結果が、条件によって法則からズレが発生するようならば、その僅かなズレさえも、何故起こるのかを仮説と実証で証明する。つまりはその繰り返しだ。
科学的アプローチといっても、結局のところは地道な実験結果の集合と、論理的な考察の積み重ね。そして、その積み重ねが現代の科学へと到達し、これから先を積み重ねていく。
その科学的アプローチから再確認しよう。それは、科学者として普通の考えだろう。
「とすると、その実験結果も整理しようっていうことね。でも、結構大変よ?」
「だとすると、そこがこの世界での、魔法の研究の壁になっている。ということでしょうか?」
「そうね。その一つではあるわね。人一人が検証出来るデータの数には限りがあるもの」
アサは肩を竦めた。
「ふむ。なるほど。そうなると――」
月野は顎に手を当てた。
「あら? ツキノは何か考えがあるのかしら?」
セルイが目を細める。それはどことなく、挑発的な視線に見えた。
「いえ、大した話ではありませんよ。ただ、そうなると人が考えられる頭の限界を超えた力が必要になる。そういうことですねと」
「まあ、その通りね。そちらには、何かいい手でもあるの?」
「はい。簡単に言えば、私達が既に使っている翻訳機です。これは、私達の世界ではコンピューターと呼ばれているものですが。まさに人が個人で考える力を超えたところまで考えることを手助けしてくれる道具なのですよ。翻訳する仕事も、その一部です」
佐上が手を挙げる。
「あー、なんや? つまりは、スパコンを持ってきて、取りあえず実験結果のデータを全部入力して、そこから色々と集計しよう。みたいな話か?」
月野は頷いた。
「簡単に言えば、その通りです。実際に大きなコンピューターを持ち込むことも、今の時点では不可能だと思うので。せいぜいが普通のパソコン程度だと思いますけど」
「でも、パソコンは欲しいと言ってきそうやな。確かに」
あと、大量のバッテリーも。
この点、安定した電力供給方法の確立も急務になりそうだ。
「ちょっといいかしら?」
「何でしょうか?」
セルイが手を挙げる。
「少し話がずれるから、後でもいいけれど。そのパソコンというものについて、詳しく説明して貰えないかしら?」
にっこりと、セルイが笑う。
ただ、何となくだが。白峰にはその笑顔は物凄く危険な気がした。例えばそう、素晴らしいご馳走を見つけた肉食獣のような。絶対に食い付いて離さないぞという鋼の意志を宿しているような。
ふと思い出す。大学時代に、某アニメにハマった友達が自分を朝までアニメ談義に付き合わせたときの笑顔だ。あれはあれで、楽しい思い出だったが。
「うん。ええで~」
などと、安請け合いする佐上を見る。白峰は何となく、胸の中で念仏を唱えた。
すみません。
来週は自己都合により休むかも知れないです。




