科学者と魔法
魔法とはどのようなものであるか?
地球の科学知識を使って研究をするとしても、まずは一度経験してから計画を考えた方がいいだろう。そこから始めることとなった。
研究への参加を希望する科学者は多かったが、そこは業績と人格を基準に五十人程度まで選別を行った。専門は、主に量子物理学と数学の学者であるが、他の複数の分野にも強い人材が、選考には割合優遇されているかも知れない。
世界中から集まった科学者は、ルテシアの大学に集まった。
大講義室の一室で、各は集められた魔法の道具を手に取っている。いずれも、家庭用品であり、そういう意味ではこれから彼らがここで生活する上でも、馴染み深いものになっていくだろう。
学者の一人は、何の変哲も無い、ただの立方体を手に持っていた。
何か仕掛けでも無いのだろうかと、しげしげとその学者は陶製の物体を撫で回し、そして睨んでいたが。やがて、ものは試しと言葉を発した。
それに応えるように、手にした物体は電球のように光を発した。実際、灯りとして使う道具である。発光させてから、適当な台に置くため、立方体となっている。
うむむむ。と、学者は眉をひそめていた。
一方で、競技用に軽い魔法弾と障壁を扱うための杖を手にした学者ははしゃいでいた。同じ道具を持った相手と、魔法使いごっこに興じ、どこかの映画で見たようなワンシーンを繰り広げていたりする。
そして、その様子を写真で撮っている学者もいた。
他にも、用意された品について、次から次へと使い方を聞いては試していく学者もいた。アプローチ方法は人によって様々ということなのだろう。
ただ、白峰が眺めている限り、インチキだと騒ぎ立てるような人物だけはいなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
小一時間ほどそのように魔法を体験して貰った後、彼らには席に着いて貰った。
一方で、壇上にはルテシア大学の教授達と白峰が立っている。
「あなた達の世界には魔法が無い。そして、機械によって文明を発達させたと聞いています。その一方で、私達の世界には、この通り魔法があり、日常的に魔法を使って生活をしています」
「質問よろしいでしょうか? その、魔法についての研究ですが、こちらではどのように進められているのでしょうか? また、何らか、このように作ればこのような魔法が実現出来る。光や熱であれば、強いエネルギーを発生させることが出来るなど、法則性は確立されているのでしょうか? 外交上、お答え出来ないというのなら、無理には訊きませんが」
その質問は、まず間違いなく、この場に来た学者の全員が持っていたものだろう。
壇上の教授が、アサ達に確認をする。
答えたのは、アサだった。
「魔法についての法則性についてですが、残念ですがほとんど分かっておりません。強いて挙げれば、材質、そして製造工程においてどれだけの魔法意思を込めるか? によって、エネルギーは左右されるようです」
「私からもう少し補足説明を。材質ですが、どうやら何でも良いということはありません。生物のようなものを魔法の媒体として使用することは出来ません。魔法意思を込めることが出来ないためです。もしくは、著しく効率が悪いと言えるのかも知れません」
「分かりました。では逆に、効率が良い素材がどのようなものか? そのような傾向はあるのでしょうか?」
しばしの静寂。強張った空気がその場を支配した。
アサが大きく息を吸う。
「それは、金属です」
静かに、しかしはっきりと彼女は答えた。
「この世界は、皆さんの世界に比べて非常に金属が乏しいそうです。しかし、金属が全く存在しないわけではありません。そして、その金属は、他の素材に比べて著しく魔法効率が高い素材です」
「具体的に、どの金属が尤も効率がよいのか? そのような実験結果はあるのでしょうか?」
アサは首を横に振る。
「ありません。何故なら非常に高額な上に、政治的にも難しい話だからです」
「政治的に?」
科学者達の何割かには、首を傾げる者がいた。
「一言で言ってしまえば、大量に金属を使って魔法の道具を作るということは。詳しくは述べませんが、私達の世界において、戦略級兵器の製造を疑われても仕方のない話になる。このように説明すれば、お分かり頂けるでしょうか?」
講義室にどよめきが響いた。
白峰は手を挙げた。
「ちなみに、その戦略級兵器についての情報は、質問しないで頂けると有り難いです。ただ、我々の世界における核兵器のような扱いを想定して頂いた方がよろしいかも知れません」
また、それもあり、金属については用途と量を厳密に管理した上でなければ、地球からの持ち込みが難しいことになりそうだ。また、国際原子力機関を参考に異世界側でも金属の査察組織設立を準備中だという。
数十人程度のスマホぐらいなら、まだどうとでもなるが。
そういう意味では、異世界でスマホに代替する通信手段が欲しいところではある。あと、何年かかるのかは分からないが。
「あと、新しい魔法を創り出すということは、原則出来ません。そういう意味でも、残念ですが私達はこの点は法則性を見つけ出せていないのです」
「どういう事でしょうか? これら、魔法の道具を使ってみましたが。ええと、思い込みかも知れませんが、使うときに頭の中に何というか、世界と繋がったような、特定の感覚が湧き上がりました。それを魔法意思と呼んでいて、魔法道具は魔法意思を込めて作製されていると考えたのですが。認識は合っていますか?」
「はい、正しい認識です。実際の製造については、また別の機会に見て頂きたいと思いますが」
「では、その魔法意思を少し改変して製造を試みる。ということで、何らかの差異や傾向を見つけることは? 無かったのでしょうか?」
「いえ。行っていましたし今も行っております。しかし、成果が出ておりません」
「何故ですか?」
「魔法が起きないためです。職人の個性レベルの話であれば差異はありますが、魔法は起きます。しかし、より大きく意識的に差異を生み出そうとすると、魔法は起きません」
「では、今ある魔法は、ずっと昔から増えてはいないということなのでしょうか?」
「いいえ。それも少し違います」
ルテシア大学の教授は首を横に振る。
「起動した神代遺跡を解析することで、魔法として使えるものが見付かってくることがあります。多くの魔法は、そのようにして実用化されました」
「ですので近いうちに、渡界管理施設内にある神代遺跡についても、調査の協力をお願いします」
そして、質問はまだまだ続いた。
というか、お互いの世界の物理学知識と、数学についての確認へと移っていった。意外なこと、といっては失礼かもだが。異世界側もニュートン力学は超えており、膨大な思考実験の末に量子力学の入り口には既に到達しているようだった。
数学も、数論を百年単位で研究していたらしい。
何を言っているのか、そこでもう白峰にはさっぱりだったが。
ただ、互いに盛り上がっているのは良かったように思う。
後で、台詞とか少し直すかも知れません。




