神の意思と行く末
新章です。魔法研究開始編。
お久しぶりの出番ですが。アサのご両親です。
ソファに腰掛け、アサ=ユグレイは手にした本に目を通していく。
夕食も既に済ませた。リラックスしながら、こうして就寝時間まで過ごす。
テーブルの上に置かれたお茶に手を伸ばした。妻が淹れてくれたお茶は、相変わらず美味い。
「ちょっと、あなた?」
ほんの少し、トゲのある声が頭の上から降ってきた。
本から目を離し、視線を上げる。ちょっぴりむくれた妻の顔が、そこにはあった。
「ええと? 何かな?」
努めて柔らかい笑顔を返す。
キリユの不機嫌の理由が分からない。
「いえ別に? 最近は、ずっと食後はそうして本を読んでばっかりなのね。そう思っただけです」
「ああうん。言われてみれば、確かにそうかも知れないね」
それがどうかしたのだろうか?
何が何だか分からないと、小首を傾げる。しばしの沈黙。
先に折れたのは、キリユの方だった。大仰な溜息を吐いて。
「たまには、私の話を聞いてくれてもいいのではないですか?」
「あ、はい」
分かった。つまりはそれで拗ねていたのか。確かに、ここのところ食後は構ってやれなかった事が多い。仕事でも四六時中一緒にいるわけで、日中に何かと会話はしている。なので、特に話題も無いだろうと思っていたのだが。
「というと、何か僕に話したいことがあるのかい?」
「いえ、別にそう大した話も無いですよ」
何だいそれは。と、ユグレイは思わず半眼を浮かべた。その反応に、愛妻はますますご機嫌斜めになった様だったが。
「ただ、一体何を気になっているのかしらと思ったのよ。ここ最近、宗教書や神話に哲学書。そういう本ばかり読んでいません?」
「まあ、確かにね」
ユグレイは頷く。
「僕も、特にこれと言った目的を持って読んでいるわけじゃないんだ。どちらかというと、ただの気休めみたいなもので。眺めているだけだよ」
「でも、そんな真似をするっていうことは、何か気になることがあるっていうことなの?」
「そう言われれば、そうかも知れないね」
ユグレイは苦笑を浮かべた。
「君も報告書は読んで知っているだろう? まだ、確定というわけじゃないけれど、どうやら僕達とあちらの人達の間でも、子どもが作れる可能性が高いそうだって」
「ええ、知っています。私の予想通りでしたね」
心なしか、自慢げな声色である。こういう些細なところで得意になるというのは、少し子どもっぽい気もするが、これはこれで可愛い。
「うん。これは、お互いを全く同じ人類として認識するためにも、望ましい結果だと思う。思うんだけれどね」
「何か?」
僅かに逡巡して、ユグレイは口を開いた。
「ただ、同時に少し恐くなったんだよ。この、あまりにも出来すぎた偶然にね。僕達の世界では、魔法が当たり前にある。魔法の源となるマナは神の意思として存在し、僕らの願いを叶えてくれる。人知を超えた力がこの世には存在していると、理解している」
「その、人知を越えた力が、私達をどこに導こうとしているのか? それを不安に思った。っていうことなのかしら?」
「そうだね。そんなところだと思う。結局のところ、これらの本はもう頭に入っているし、神の大いなる意思なんて、僕ごときに推し量れるものじゃないと、分かってはいるんだけどさ」
自重する自分に向かって、しかしキリユは微笑みを浮かべた。
「いいじゃありませんか? 例えすべてが分からなくても、小さな人間は小さな人間なりに考え、最善を尽くして生きていけば。あなたがそうして、それらの本を読もうというのも、ひょっとしたら、神の意思の導きなのかも知れないわけですよ?」
「君はいつも、そうやって僕の不安や悩みをさも大したことのない話のように言うなあ」
ユグレイは苦笑を浮かべた。これで、色々と背中を後押しされていることも事実なのだが。
小さく嘆息する。
「これも、予定通りではあるけれど、近々ルテシア市で、あちらの研究者を交えて魔法の研究が開始される」
「そうね」
「魔法を研究すること。それはこれまで、僕達だってやってきた。神の意思を知り、神に近付くため。宗派によって多少の違いはあれど、そのように説かれた上でね」
「しかし、彼らにはそんな思想は無いのよね」
ユグレイは頷く。
「果たしてそれで、僕達が長年解けなかった魔法の真実が解き明かされるのか。解き明かされてしまった場合、僕達は何を思うのか。それもすべて、神の導きなのか。神の意思はいずこにある? 上手く言えないけれど、そんな考えが次から次へと浮かんでね。確かに、君の言うとおり、考えても仕方の無いことなのかも知れない。もう、僕達は動き出してしまった。後戻りは出来ない。それでもまだ、迷いがある。そんなところだね」
更に言えば、同じような不安の声はユグレイ達にも届いていた。主に、宗教関係者や哲学者達からだ。それらの声を説得した上で決断を下している。
キリユから、軽い嘆息が漏れた。
「まったくもう、真面目というか、心配性というか。あなたのそういうところ、嫌いではありませんけれど、少し心配になります」
「ごめん」
「別に、謝らなくてもいいですけど。でも、こんなに何冊も本を持ってくる必要は無いんじゃないですか?」
「ま、まあそうかも?」
改めて、テーブルの上に乗せた本の山を見る。これを実際に読むかというと、流石にそんなことは無い。もし、読みたい部分が出てきたら、そのためにいちいち取りに行くのが面倒くさいと、片っ端から取ってきたわけだ。
「思えば、あの子が生まれたときもそうでしたよね。生まれる前から、片っ端から育児書を買い込んで、人にも聞いて、勉強して。保育士にでもなるつもりなのかと、呆れるくらい」
ユグレイは呻いた。
「その話はもう、いいじゃないか。結果的に、あの子もいい子に育ってくれたわけだし」
「はい、それは認めますよ。私も、子育てに協力的な夫で助かりました」
うんうんと、キリユが頷く。
ただ、当時も何度もキリユからは呆れられていたし、心配されていた。それでしょっちゅう小言を言われていたものだ。
「つまり、私が言いたいのは。あなたは、もう既に十分にやっているんです。神のご意思なんて、私にだって分かりません。けれど、私達がよりよい未来を掴める力を持つに至ったからこそ、あの神代遺跡は起動して、こうして世界が繋がったということではないんですか? 多少のいざこざは起きるかも知れませんけれど、悪いことには成り得ませんよ」
キリユの主張には、何の根拠も無い。だから、論理的には何の説得力も無い言葉だ。
ユグレイは微苦笑を浮かべた。
「まあ、私がこう言ったところで、どうせあなたは止めないんでしょうけれど」
ユグレイは首を横に振った。
「いや、君の勘は当たるからね。少し気が楽になったよ。ありがとう。あと、ほんの少しだけ区切りのいいところまで読んだら、もうそれで止めるよ」
何の根拠も無いけれど、この妻の言うことは信じられるから不思議である。
「あらそう? だったら、その後少し聞いて欲しい話があるのよ。いいかしら?」
「おや? さっきは、話したいことは無いって言っていなかったかい?」
「『大した話ではない』っていうだけですよ」
ああそうかい。と、ユグレイは肩を竦めた。口で彼女に叶わないのは、身に染みて分かっている。
「実はね? 先日、クムハが興味深い話を持ってきたのよ」
ユグレイは首を傾げた。
「クムハが? でも日中に言わなかったということは、仕事以外での話、ということかい?」
「ええ、その通りですよ」
にまぁと、キリユは上機嫌な笑みを浮かべた。ようやく話すことが出来る。その期待でうずうずしている顔だ。
逆に、これはあまり待たせてはマズいだろう。
キリのいいところまでをユグレイは急いで読むことにした。
ちなみにキリユが話してきた内容はというと、ルテシア市内で起きているらしい、不確かな情報だらけの恋愛事情だった。
これはこれで、外交的にどう処理をしたものだろうか?
娘が当事者になっていないことには、心底安心したが。
ぶっちゃけこの二人、とあるアニメの登場人物を意識しています。
そのまんまっていうことはないですが、モデルがあると書きやすいですね。




