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恋愛事情聴取

 今日の仕事も終わり。月野は佐上と共に渡界管理施設を出た。

 あちこちを回って、今日も疲れた。

 こちらも、既に日は暮れている。


「うん?」

 ふと、気になるものが視界に入った。思わず立ち止まる。

「何やねん? 急に、どうかしたんか?」


「ああ? いえ、別に大した話ではないのですが」

「あん?」

 とは言いつつも、月野はその光景から目を離せなかった。

 その様子に、佐上も月野の視線の先を追っていく。


「ああ~」

 どうやら、彼女も見つけたらしい。

 彼らの視線の先。結構離れた街角ではあるが、休みの海棠が男と連れだって歩いていた。その様子はかなり楽しげというか、仲睦まじい。


「いや、あのな? あれは、その……怪しい奴やないで?」

「ええまあ、それは分かりますが。確か、このあたりを警備してくれている警察の方ですよね」

「あ、うん」


「しかし、何故またその警察官の人が海棠さんと?」

「さ、さあ?」

 佐上の声が上擦る。何かを隠しているのがバレバレである。無理に、聞き出すつもりは無いが。


 月野は顎に手を当てた。

 色々と、心当たりはある。海棠はここに来る前に、東京に来た異世界の警察官と出会い、取材をしている。であれば、そのときにまた会う約束をしていても不思議ではない。

 月野は彼がその警察官だとは知らなかったが、白峰に確認してみれば分かることだろう。

 そして、佐上があの警察官と連れ立っていた件についても、何となく見えてきた。


「ふむ。なるほど、つまりはそういう訳ですか」

 月野は脱力し、肩を落とした。大きく息を吐く。何というか、こんな事で自分は佐上に対して馬鹿な誤解をした挙げ句、怒らせてしまったのかと。


「いや、おま? そんなに落ち込むことないやん? 確かに、海棠はんは若いし可愛いけど。な?」

「はい? 一体何の話ですか?」

 佐上の言っていることがさっぱり分からず、月野は怪訝な表情を浮かべた。


「え? そういう訳ちゃうん? だって、こないだお昼を二人きりで食べとるときとか――」

「いや、お昼なら佐上さんとも二人きりで一緒に食べたことあったじゃないですか?」

「そりゃ、確かにそうやけど」


「それに、二人きりで食事という意味なら、他にも佐上さんと私はレストランで夕食をご一緒したこともありますし。初めて出会った次の日ですが」

「あ、うん。はい。そうでした……ね」

 佐上の耳が赤く染まる。忘れていたのか、何を勘違いしていたのか知らないが。


「ええと。でも、あれやで? 多分やけど、何と言えばええんやこの? つまり、あの二人、『そういうご予定』は無いと思うで? せやから、あんま厳しいこと言わんといてやった方がええんとちゃう?」

「ああ、そういう心配ですか?」

 安心して欲しい。そう思って、月野は精一杯に口角を上げた。これで、にこやかに笑えているように見えるはずだ。今こそ、彼女に練習の成果を見せるとき。


「大丈夫ですよ。そんなつもりは、ありませんから」

「そ、そうか。そんならええけど」

 佐上の頬が引き攣った。半眼を向けてくる。


「でも、あれやな。全然話変わるけど。おどれ、無理に笑わん方がええで? キャラ違うっちゅうか、ちょっと不気味やで?」

 思わず呻き声が漏れる。

「分かりました」

 絞り出すように、答える。

 心の中で、少し泣いた。彼女がそう言うのなら、無理するつもりも無いし、別にいいのだが。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 海棠が男と連れだって歩いているのを見掛けた翌日の晩。

 月野は白峰と共に、その男へと接触した。

 白峰に確認したところ、男の名前はイル=オゥリ。月野の予想通り、海棠が以前に取材した相手であった。


 テーブルを挟んだ向こう側で、イルは緊張した面持ちで座っている。

 この様子、どこかで見たなあとか思ったら、海棠に初めて会ったときの事を思い出した。

「いえ、そんなにも緊張しなくてもいいですよ? 別に、我々もあなたを責めるつもりはありませんし、この店はあなたも知っているお店なんでしょう?」


『ええ まあ。はい』

 ぎこちなく、イルが笑みを浮かべた。

 暁の剣魚亭なら、そこまで警戒されることも無いだろうと思ったのだが。


「ただ、ここに来るまでにもお話ししましたが、あなたが海棠さんと仲の良いご様子で、並んで歩いている姿を見掛けたものですから。どのようなお付き合いをされているのか、少しお聞かせ願いたいのですよ」

「は、はい」

 月野は眼鏡のブリッジを指で押し上げた。


「単刀直入に訊きます。あなたは、海棠さんのことをどのようにお考えですか? 将来、彼女と結婚したいとお考えなのでしょうか?」

 途端、ますますイルの表情が強張った。

「月野さん。単刀直入はマズいですよ。上手く翻訳出来ていません。そのまま、刃物を突き付けて脅す様なニュアンスになっちゃってます」

 白峰からツッコミが入った。月野は小さく呻く。


「すみません。さきほどのは翻訳機の間違いです。日本の慣用句です。すぐに本題の話をしたいと月野さんは言ったんです」

 白峰の説明を聞いて、イルの表情は少し和らいだ。


『結婚 分からない。けれど 少し 気になる 確か です。カイドウ 幸せ 一番。無理 言う つもり 無い です。カイドウさん 好きな 人 いるなら 諦める です。昨日 街 案内 約束 終わった。それで 十分 です。これからも 色々 行く 大丈夫 言って くれた ですが』

 そう言って、寂しげにイルは微笑んだ。


「恋人というわけでは、ないのですか?」

『違う です』

 となると、どうやらまだ彼の片思いのようだ。

 月野は顎に手を当て、虚空を見上げる。


『やはり 諦める いい ですか? 世界 違う 結婚 大変 分かる』

「いえ、何もそこまで言うつもりはありませんが」

 視線をイルに戻した。少し軽薄な印象もあるが、警察官だけあって、真面目そうな目付きをしている。


「イルさん。海棠さんは、私達にとって大切な仲間です」

『はい』

「ですので、海棠さんを傷付けるような真似だけはしないで欲しい。私から言うことはそれだけです。海棠さんにとっても、イルさんはこちらで出来たお知り合いですから、無理矢理引き離すような真似はしたくありません」


『では?』

 月野は頷く。

「はい、今のまま誠実にお付き合いをしてくれるのであれば、止めるつもりはありません。ただ、もしも恋人になり、結婚も視野に入るというのであれば、相応の覚悟はして下さい。私達も、出来る限り体制を整えられるよう努力しますが」

『いえ、有り難う です』

 イルは頭を下げた。


「ただ、そんな訳なので、もし何か進展がありましたら、私達二人のどちらかに教えて貰ってもいいでしょうか? 無理にとは言いませんが」

『え? それは はい。分かり ます。恥ずかしい です けれど』

「ちなみに、佐上さんはダメですからね? あの人は、外交官ではないので、あまりこういう問題には関わって欲しくありませんから」

『分かりました』

 イルは頷いた。


「あ、でもアサさんはどうしましょうか? 何となく、この店から話が漏れそうな気もしますけど」

「ああ、そう言われてみればそうですねえ」

 店選びを失敗したかも知れない。

 店の奥を見る。出入り口の縁から、尖った耳が見えた気がした。


「下手に隠した結果、与り知らぬところで余計な動きをされることになってしまっても面倒です。最低限の情報共有はしましょう。他人の恋路を引っかき回すような、そんな人ではないでしょうから」

 しかし、白峰は顔をしかめた。


「自分もそうは思うんですが。でも、少しだけ、嫌な予感もするんですよね。あの人、何だかんだで恋愛ものもお好きらしいんですよ。これは恋愛メインの物語ではないんですが、放浪王子世直し譚の主人公とヒロインとか、憧れらしくて」

「まあ。だとしても……積極的な介入は、自重して貰うようにお願いしましょう」

「そうですね」

 その上で、事務的な報告に徹底した方がよさそうだ。


 しかし、と。イルは首を傾げた。

『カイドウ さん。シラミネさん。少し、思った。恋人 違う ですか?』

 その問いに、白峰は半眼を浮かべた。


「あなたもですか? いや、あの? 何で、そう思ったんですか?」

『いえ、偶然 二人 一緒 夜 並ぶ 歩く 様子 見た だけ です。勘違い すみません。でも、遠く から 見て。別れる とき カイドウ さん シラミネさん 顔 近く 理由』

 途端、白峰は頭を抱えた。耳まで真っ赤になる。


「ただの誤解です。髪にゴミが付いていて、取って貰っただけですから。ちなみにそれ、誰かに話しましたか?」

 唸るような声が、白峰の口から漏れた。

『はい、この店 奥さん に 少し』

 大きく、白峰が溜息を吐く。


「あれは、そういうことですか」

 白峰が心底疲れ切った声を上げた。

 自分の知らないところで、彼に何事かあったらしい。何があったのかは、その後どう聞いても教えてくれなかったが。


 でもまあ、それ以外は、何だかんだで面白おかしく飲むことが出来て良かったように思う。何となくだが、こんな感じで、今後も男三人で集まっては、海棠の攻略会議をしそうな気がした。

これでゲノム解析編は終わりです。多分。

ひょっとしたら、次章以降で色々と後日談が出てくるかも知れませんが。

何か、あれやこれやと、プロット時点ではおまけ程度の扱いだったネタを真面目に書き足していたら、思わぬ長さになってしまいました。

あと、今更だけど、つくづく章タイトル詐欺だったと思う。

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