海棠文香の誘い方
ごめんなさい。お待たせして本当にごめんなさい。
しかも短いという。
来年になったら、ちゃんとこれまで通りのペースに戻れるように頑張りますから。
渡界管理施設を出て、佐上と別れる。佐上は手を振りながら、商店街へと消えていった、その背中をしばし、目で追う。
どうしたものかなあ? と、海棠は頭を掻いた。
結局あの後、佐上からは月野について色々と訊かれたのだが。
それはそれとして、イルが自分を異世界案内に誘ってもいいものかどうか悩んでいるとも、佐上から聞かされた。
別に、約束を忘れたわけではない。どうせ、あの日の取材で、もう二度と会うこともないだろうとかそんなつもりではない。
こうして異世界に来た以上、約束を果たすことは可能になった。
ただ、可能にはなったのだが。何だかんだと、異世界に引っ越してきて色々とやっているうちに、イルに話をする切っ掛けを失ってしまったのだった。実を言うと、これは自分自身としても、気にはしている。
いや、言い訳かな? と、思い直す。どう声を掛けたらいいのか分からなくて、ついつい先延ばしにしてしまった。そして、今では後悔している。あと、それはイルも同様なのだろう。
誘われることは、別に嫌じゃない。そもそも、約束した話なのだから、嫌も何も無い。
しかし、こうなってしまうとどうやって話を切り出したものか、案が思い浮かばなくて困る。
誰かに相談。とも思うが、どうもそんな気にもなれない。変に詮索されそうな気がしてしまう。
一番話しやすそうなのは、強いて挙げれば佐上なのだが、こっちはこっちで「んな難しく考えんなや。すぱ~んと、『お願いします』って言えばええだけやん?」などと、出来もしないことを言い出しそうである。
月野や白峰の場合は、彼らの立場上、自分がイルとどんな感じに接するのかは気になるだろうし。
正直、こうしてイルと接すること無く縁が切れるのは嫌だ。あくまでも友人としてだが、出来ればこれからも、彼とは仲良く付き合っていきたい。
こう、何というか。頑張って、イルから誘ってくれないかなあなどと弱い考えがちらついてしまう。こういう考え方は、まるで男が常に女をリードしなさいと言っているかのようで、男女平等ということを考えるとあまり好きではないのだが。男だろうと女だろうと、言い出すことは恐いのだから。
いや、だから別にデートだとかそういう意識するような話では、全然、全く、違うのだけれど。
などと、脳内でツッコミを入れる。
小さく嘆息して、海棠は自宅へと歩みを開始する。何となく、イルの姿を探した。いつも、どのあたりを持ち場としているのかは大体理解している。
ふと、彼と目が合った。
ギクリと、心臓が痛む。
そして、今日はいつもとは彼の様子が違った。小走りに、近付いてくる。
やばっ!? 心の準備が? 海棠は身を強張らせた。
イルが目の前に立つ。
『すみません 少し 話 大丈夫 ですか?』
「はい。少しだけなら」
怒られるかなあ。今まで、何も言わなかったわけだし。それは彼も同じだと分かっていても、後ろめたい。
「ルテシア 市 住む いい です か?」
『え? あ、はい。住みやすいと思います』
「カイドウ さん。仕事 忙しい です か?」
海棠は小さく頷いた。
「はい。みんな、知りたいこと多いみたいで。要望に応えるのが大変です。やり甲斐も、ありますけど」
でも、やはりここは謝らなければいけないだろう。海棠はイルに頭を下げた。
「イルさん。なかなか、お話出来なくてごめんなさい。その――」
しかし、イルは快活に笑みを浮かべた。
『気に しない。よい です。カイドウ さん 忙しい 知りました。ルテシア 市 知りたい こと 行きたい 場所 あるとき。いつでも 自分に 言う。嬉しい です。自分は カイドウ 仕事 助ける 嬉しい』
仕事?
その言葉に、海棠は安堵する。そうだ。これは、あくまでも仕事なのだ。変に彼を意識する必要などありはしない。あくまでも、彼にはただ、取材に協力して貰うだけなのだから。
ただのお友達として、彼に取材に協力して貰う。それでいいじゃないかと。
「はい。ルテシア市についても、知りたいところとか。私、沢山ありますっ! イルさん。もしよかったら、イルさんの予定とか教えて貰ってもいいですか?」
悩みが解決した途端、明るい声が出た。
イル。まあ、なんだ。強く生きろ。
そういう攻め方なんだろうけど。
そのうち、報われることも……あるといいなあ(他人事のように)。




