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月野渡の尽きない悩み

不用意な一言から、佐上を怒らせてしまった月野。

そんな月野と佐上の様子が気になる海棠は、何があったのか探りを入れる。

 好奇心は猫を殺す。なんて言葉もあるが。

 生まれ持った性なのか、職業病なのか、海棠にはどうにも自重出来そうになかった。

 まあ、一緒に異世界に行っている仲間の心配しているだけ。なので、悪いようにはならないだろうと判断した。


「すみません。お昼ご一緒させて貰っていいですか?」

 声を掛けると、月野は顔を上げ、きょとんとした表情を浮かべた。

「お昼ですか? はい、構いませんが?」

「では、お邪魔します」


 お昼の外務省の食堂。

 それまで一人で食事を摂っていた月野の前に、海棠は座った。

 いただきます。と両手を合わせる。今日は焼き魚定食だ。


「今日は月野さん、唐揚げ定食なんですね。お好きなんですか? 唐揚げ」

「そうですね。今日は何となく、そんな気分だったので」

「美味しいですよね。唐揚げ。単純だけど、お店や家庭毎に微妙に味が違うのも、面白いですし」


「確かに、言われてみればその通りですね。カラリと揚げて皮がさくさくとしているところもあれば、ふわふわにしているところもありますし」

「そうそう。それに味付けも色々とありますし。ちなみに、月野さんは唐揚げにレモンとかかけます?」

「いいえ、レモンは使いません。私は皮がからっと揚がっている方が好きですから。それに、唐揚げは肉汁が美味しいのに、そこにレモン汁が混ざるというのはアンバランスに感じるんですよね」


「ああ、じゃあ勝手にレモンとかかけられたら怒ります?」

 訊くと、月野は顔をしかめた。

「別に、怒りはしませんが。少し嫌な気にはなります。出来れば、そういう真似は止めて頂きたいと思います」

「その気持ち、分かります」

 うんうんと、海棠は相づちを打った。


「でも、月野さんってあれですよね。唐揚げ定食でも何というか、どこかの料亭で食事しているような食べ方するんですね」

「そうですか? 私は、普通に食べているつもりですが?」

「そうですよ。背中をぴしっと伸ばして、何か緊張感漂わせているっていうか?」


 そう言うと、月野は苦笑を浮かべた。

「本当に、そんなつもりは無いんですけどね。ただ、食べ物に感謝の想いを込めて食べるとは、こういうことだ。みたいに教えられて育ったので。その影響かも知れません」

「ははあ。厳しい躾だったんですねえ」


「そうかも知れません。佐上さんからは何度か言われました。『お前、そんな食い方でほんまに美味いんか?』って」

「確かに。佐上さんなら言いそう」

 くすくすと、海棠は笑った。


「じゃあ、その佐上さんですが。昨日、佐上さんと何かありました?」

 瞬間、月野の目が細められた。

「ははあ、それが本題ですか?」

 まずは当たり障りの無い雑談で場を暖めてから本題を切り出す。会話の基本テクニックである。月野も気付いてはいたようだ。


「ええまあ。ほら、いつだったか月野さんも言っていたじゃないですか? 私達は互いの協力や信頼が不可欠だって。なので、余計なことかも知れないけど、一応気にした方がいいのかなって」

「そうですね。その通りです。お気遣い、有り難うございます」

 そう言って、月野は頭を下げてきた。


「しかし、そんなにもこう。何というか、様子がおかしかったでしょうか? 私としては、普段通りのつもりだったのですが」

 そんなことを行ってくる月野に対し、海棠はうろんな視線を向けた。

「いやいや? 逆に何で気付かれないと思うんですか?」

 心底不思議そうに、月野は首を傾げた。


「朝からずっと、月野さんが妙にいつもより雰囲気が重くて。その一方で、佐上さんも月野さんに対して何を意識しているのか、複雑な視線と表情を浮かべてますし」

「どうやら、海棠さんには居心地の悪い思いをさせてしまっていたようですね。本当に、申し訳ありません」


「いえ、それはいいんですけど。本当に何があったんですか? 何か、他の人達の間でも、噂になっているようですよ? 詳細は分からないですけど、ひそひそ話をしている様子とか見掛けましたし」

「私は見掛けていませんが。そうですか。そんなことに」

 月野は大きく溜息を吐いた。

 ちなみに、彼が見掛けていないのも当然である。そういう噂話は女性しか入れない空間で行われていたのだから。


「しかし、何でまたこの話を私に訊こうと? 佐上さんの方が、同じ女性ですから訊きやすかったのではありませんか?」

「それは確かにあるんですけど。今はまだ、佐上さんは感情的に不安定かもと思ったので」

「そういうことですか」

 なるほどと、月野は頷く。


「まあ、でも大したことではありませんよ。ちょっと、また私の言い方が悪かったのか、あの人を怒らせてしまっただけです。一応、もう謝ってはいるんですけどね」

「佐上さんを怒らせた? 一体、何を言ったんですか?」

 訊くと、取り調べを受ける犯人よろしく月野は目を横に逸らした。


「いえ。それはその。何と言いますか。まず、昨日は異世界の人達と男女交際や結婚する場合について、お昼に質問されたんです。そういう質問、確か海棠さんへの取材リクエストにも来ていませんでしたか?」

「ええ。確かに、来てますね」


「そんな感じで、あの人もこの問題には興味を持っていたようなのですが。思わず、変なことを訊いてしまったものですから」

「変なこと?」

 いよいよ以て、月野の顔が強張った。


「その……『そういうご予定でもあるのか?』と。いえ、私も分かっているんですよ? 分かっているつもりですよ? ただ、やはりまだこの問題って色々と壁があるんですよ。なので、思わず心配になってしまいまして。これでも、言葉を選んだつもりだったのですが。気付いたときにはもう遅くて。『うちはそんなふしだらな女とちゃう』と怒らせてしまいました」

「『そういうご予定』って。あー。そういう?」

 海棠はこめかみに人差し指を当てた。頭のいい人だと思っていたけれど、佐上の言うとおり、アホでもあるのかも知れない。


「つまりは、佐上さん自身が当事者になってやしないかと、心配したわけですね?」

「その通りです。我ながら先走り過ぎに思えますが」

「そうですよ。いくらなんでも、心配しすぎです」


 月野は肩を落とした。

「そうなんですよね。私も本当は、さっき海棠さんも言いましたけど。もっとこう、互いに信頼関係を持って仕事が出来たらと思うのですが。どうも、口出しが過ぎるのか、佐上さんを怒らせてばかりになってしまって。私も何とか、したいんですが」

「佐上さんが嫌いとか、苦手だったりするんですか?」


 月野は首を横に振った。

「いえ、とんでもありません。上手くは言えませんが、あの人は性根がいい人ですから」

「じゃあ、好きなんですか?」


 月野は渋い顔を浮かべた。

「そういう単純な二元論ははなはだ語弊を招くと思いますが。好きか嫌いかで言えば、好きですよ?」

「ちなみに、前々から佐上さん以外の人にもそんな感じだったりしたんですか?」


「いいえ? そんなことは無いつもりですが? ただ、どういう訳か……相性の問題なのですかね? 佐上さんに対しては、怒らせるような言い方をしている事が多いようです。おかげですっかり、嫌われてます」

 自嘲の笑みを月野は浮かべた。


 うん? と、海棠の頭の中に何かが閃く。

 月野は佐上のことが嫌いではない。むしろ好き。

 そんな月野は、佐上に対してのみ、過剰に心配性で尚且つ普段とは少し違った態度を取ってしまう。しかも、その理由は自分でも分かっていない。

 単純化しているが、この式から導き出される答えは?

 にへら、と海棠の唇の両端が持ち上がった。


「何ですか? その笑みは?」

「いえいえ、前途多難ですねえと。そう思っただけです。すみません」

 これは、ひょっとしたら面白い話を見つけたのかも知れない。確かに、憶測混じりの邪推で可能性は高いが。記録を取っておくのも、悪くなさそうである。


「でも、そうですねえ。確かに、佐上さんと月野さんの間がギクシャクしたままっていうのは、よくないですよねえ」

「どうすればいいですかね? もし何か考えがありましたら、相談に乗って貰いたいくらいなのですが」

「そうですねえ」

 少しだけ、顎に左手を当てて考える。


「取りあえず、笑顔の練習とかどうですか?」

「笑顔。ですか?」

 海棠は頷く。

「何となくですけど、佐上さんって月野さんのことを恐い人だって思い込んで、それで苦手意識を持っているようなところあるんですよ」


「そうなのですか? その割には、いつもズケズケとものを言ってくるように思うのですが」

「そう見えても、内心ではどこか警戒してるのではないかと。これまでにも、色々と月野さんに指摘を受けて、また何か怒られるんじゃないかと怯えていたりしないかって」

「そこは、確かにあるかも知れません」

 「でしょう?」 と、海棠は頷く。


「そこで、笑顔ですよ。にっこりと、笑顔を浮かべて『恐くないですよ~』って見た目でもアピールすれば、佐上さんが月野さんに抱く印象も変わるんじゃないでしょうか?」

 しかし、月野は唸った。


「言っていることは分かります。特に、佐上さんは関西の人ですからね。偏見かも知れませんが、オーバーリアクション気味にしないと表情が分かりにくいというのも有り得そうですし。しかし、苦手なんですよね。笑顔を浮かべるのって」

「何でですか?」

「いや何でって」


 月野は唇を尖らせた。数秒おいて、答えてくる。

「何だか、気恥ずかしいんですよ。自分のキャラじゃない気がして」

「でも、そのままでいいんですか? 佐上さんと仲良くなりたいんですよね?」

「まあ、そうですね。つくづく、そういう、語弊のある言い方は止めて欲しいですが」

 そんな要望は黙殺する。


「では、少し練習しましょう」

「とは言っても、どうやってですか?」

「ちょっと、笑顔を作ることを心がけて、私と雑談してくれればいいです。私も、インタビューの練習になるので」

「そういうことなら。分かりました。よろしくお願いします」

 さてさて、どうやって攻略していこうか? 海棠の記者魂が燃え上がる。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 佐上は空になった食器を前にして、遠くの席に座る月野と海棠の様子を伺っていた。

 昨日のことについて、ちょっと月野と話がしたかったのだが。

 あの二人、ずっと一緒になって話をしていた。

 しかも、その会話も随分と弾んでいるようだった。


「なんやねんあいつ。海棠はんにはあんな風に笑うんかい」

 苛立たしげに、テーブルの上を人差し指で叩く。あんな風に爽やかな笑顔を浮かべる月野は、今まで見たことが無かった。

 やっぱり若さか? 若くて可愛い子がそんなにええんか? くっそ、デレデレしおってからに。

 いや別に? 嫉妬なんかしとらんけどっ!?

書いておいて何ですが。

月野の笑顔が想像出来ません(おい)。

脳内で「あなたがやれって言ったんでしょう」と月野が恨めしげに睨んでいますけど。

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