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この異世界によろしく -機械の世界と魔法の世界の外交録-  作者: 漆沢刀也
【ファーストコンタクト編】
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払暁の剣魚号

異世界側の移動手段とか、魔法についての追加説明回。

飛空挺っていいですよね。何かこう、言葉の響きが格好いい。

 早朝。日も昇り始めた頃に、シヨイは街外れの飛行場へと向かった。

 一番滑走路の終端。アサ家が保有する飛空艇「払暁の剣魚号」の傍らで、アサ家専属パイロットのクムハが点検を行っている。

 飛空艇の行き先は王都イシュトリニスだ。

 昨日、アサ=キィリンが持ち帰ったタブレットと、アサが深夜にまとめ上げた報告書を運んで貰う。こういった、長距離の移動と軽いものの輸送には飛空艇が使われる。とりわけ、重要かつ緊急の連絡にはだ。


 飛空挺の構造は単純だ。甲革と竹で作った一人乗りの艇部。その前方に漆塗りのプロペラと魔法石を取り付け、そして二葉の翼を艇部の上に乗せている。後部には三枚の尾翼。そして、三つの車輪が底に取り付けられている。

 魔法石に意志を伝えるとプロペラが高速で回転し風を生む。その風によって飛空艇は前に進み、また揚力を得て浮かび上がるという理屈だ。


 主の言っていた「鉄の車」がどのような理屈で動いているのかは分からない。恐らくそれと似たような物は既にこの世界にも存在している。飛空挺の艇部からプロペラと翼を取り除き、代わりに魔法石の動力を車輪に使えばいいだけだ。

 しかし、動力を生む魔法はコストがかかる。またその動力は常に一定で調整が利かない。そして、そのような地上を走る乗り物には安価なコストと動力の制御のしやすさ、荷物の運搬量が求められた。


 運搬量については、ある程度目を瞑るにしても、他の問題はどうにも解決出来ない。故に、一部の金持ちの好事家の玩具ぐらいにしかなっていないのが現状だ。馬車や牛車の代わりにはなれない。

 この「払暁の剣魚号」にしても、これ一機でちょっとした豪邸くらいの値段になる。それも、ほとんどが魔法石の値段によるものだ。

 クムハが艇部へと乗り込んだ。外から見たチェックに問題は無かったようだ。艇部および翼に破れや損壊無し。続いて、コクピットにあるレバーを彼女は動かす。

 彼女の操作に合わせて、補助翼(エルロン)昇降舵(エレベーター)方向舵(ラダー)が動いた。


 飛空挺乗りには、その搭載量の都合などから、小柄な女性が向いているとされる。男性もいないわけではないが、珍しい。

 また、高給取りである飛空挺乗りは、女性の花形職業でもあり、憧れだ。クムハも幼い頃から、飛空挺乗りに憧れていたそうだ。狭き門を通り抜け、実際になれるのはほんの一握りだが、彼女は夢を叶えた側だ。

 クムハは三十代そこそこ。飛空挺乗りとしては、経験も備わり、また体力にも余裕がある。脂の乗った時期だ。


「どうですか? 調子は」

「はい、問題ないですね。あとは、魔法石の様子ですが」

 クムハは、飛空挺の魔法石へと繋がる操縦桿へと手を置き「始動せよ」と伝えた。瞬時に、高速でプロペラが回転を始め、強い風を生んだ。

 飛空挺はまだ飛ばない、艇の尾部にはフックとロープが結ばれ、その先は地面の杭で固定されている。

 10秒ほど、様子を見てクムハは「停止せよ」と伝えた。今度は、慣性の法則に従ってゆっくりとプロペラの回転速度が落ちていく。


「うん。こちらも問題無さそうです。いつでも行けますよ。食料も地図も落下傘も簡易修理資材もすべて問題ありませんから」

「そうですか。それでは、よろしくお願いします。くれぐれも、気を付けるのですよ? 今回、貴女に運んで貰うタブレットとお嬢様の報告書は、いつにも増して重要なものとなります。勿論、重々承知の上とは思いますが」

「はい、気を付けていって参ります」

 真剣な面持ちで、クムハは頷いた。


「しかし、『鉄の車』ですか。ゲートの向こうは、本当にとんでもない世界みたいですね。ひょっとして、『鉄の飛空挺』なんてものもあったりするんしょうか?」

 シヨイはハッとした。言われてみれば、そんな可能性もあるかも知れない。鉄というのはとても重い物質だ。常識で考えれば、そんな鉄の塊が、空を飛ぶわけがないと思うのだけれど。

 でも、あのゲートの向こうの世界に、そんな常識が通じるかは分からない。

「そうですね。あるのかも、しれませんね」

 その答えに、クムハは白い歯を見せて笑った。


「もしそうだったら、どんな飛空挺なんでしょうね? あったら、乗ってみたいです。いや、操縦してみたい! お願いです。一度、あちらから来られる方に、そこはどうなのか聞いてみて貰っていいでしょうか?」

 本当に空を飛ぶことが好きなのだなと、シヨイは苦笑した。彼女にとって今、気にするところが、向こうの世界の得体の知れない技術力ではなく、そこなのだと。


「そうですね。機会があったら、聞いてみることにしましょう」

「本当ですか? 約束ですよ?」

 嬉しそうに、クムハは胸の前で両手を握った。それに、シヨイは頷く。

「それでは、そろそろ私は行きます。シヨイ様。ロープを外して下さい」

 シヨイは飛空挺の尾部へと移動し、ロープを外した。


「はい、外しましたよ」

「ありがとうございます。それでは、行って参ります」

 再び、プロペラが高速で回転を始めた。今度は飛空挺は前へと走り出していく。

 滑走路の半分を通り過ぎたあたりで、「払暁の剣魚号」は大空へと舞い上がった。王都イシュトリニスまでは、何度か着陸を繰り返し、数日の距離となる。


 旋回し、遠ざかっていく「払暁の剣魚号」を見送りながら、ふとシヨイは思う。

 果たして、お嬢様の報告書を読んで、国王陛下、旦那様と奥方様、外交宮や国防宮を初めとした各政務宮はどのような判断を下すのだろうか? と。

 ゲートの向こう側の世界の技術力は、はっきり言ってこちらの常識外だ。それこそ、鉄の飛空挺が存在しても不思議ではないのかもしれない。


 となると、やはり恐ろしいのはその軍事力だ。相手が平和的で友好的な人間達だということは確認出来た。

 しかし、それもいつまで続くかとなると別だ。相手が一枚岩だとは限らない。いつ態度を変えることになるのか、別の思想を持つ人間が力を持つことになるのかは分からない。

 そしてそれは、こちらの方も同じ話だ。ゲート付近にいる自分達だけが友好を望んでも、それが叶えられるとは限らない。


 報告書では、アサは友好路線を唱えている。そしてまた、魔法の存在こそが、この世界にとってのアドバンテージであるとも書いている。

 独断専行気味な判断であることは彼女も承知しているが、魔法の存在については、秘匿せず教えることにした。

 知らなかったこととはいえ、既にシラミネの前で魔法を使って、灯りを点けている。ミィレによると、その様子に彼は驚いた様子だったという。それにより、魔法の存在については、既に疑われていると考えた方がいい。であれば、いつまでも隠すことは出来ない。


 それに、切り札として隠すことで、逆にこちらの戦力を皆無だと判断され、攻め込まれても厄介だ。勿論、教えることによるリスクもあるけれど。

 だから、魔法の存在については教える。だが、具体的に何をどこまで出来るかの説明は、小出しにしていく。当面はその方針でやっていくことを考えている。

 魔法がどこまで出来るのか? それが軍事力としてどこまでの力を持つものなのか? 戦力の差はどのようなものになるのか、互いに判断が付かず探り合いになっている方が、まだ現状を維持する事が出来るだろう。むしろ、過大に見積もってくれるのなら、その方が都合がいい。


 まあ、一度にゲートを通り抜ける事が出来る人数が一人だけということには変わらないのだから、この均衡もすぐには崩れないだろうと思うけれど。

「今日の会合も、上手くやらないといけませんね」

 呟き、シヨイは一番滑走路に背を向けた。

これにて、ファーストコンタクト編は終了となります。

次回からは、言語習得編となります。

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