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外伝的小話:賭けの代償

賭けに負けた男と賭けに勝った女。

 カンカンとドアノッカーを用いてドアを叩いた。

 屋内から、人が近付いてくる気配がする。


「はい、どなた?」

「私です。ライハ=ザルドゥです。先日の件で、伺いました」

 答えると、ドアが開けられた。


「いらっしゃい」

 ルウリィが姿を現した。

 ライハは周囲を見渡す。真夏の昼下がり。三階建てのビルの中にある通路で、周囲に人影は無い。しかし、正直言ってあまり人目に付きたくない状況である。特に、可能性は低いが、知り合いには。


「先日の賭け金を支払いに来ました」

 先日の懇親会。アルミラの代表が果たして『出せるもの』を用意出来るのか?、アサ=キィリンがどのように動くのか? その賭けに負けた。割と強引に失敗する方を選ばされたような気もするのだが。賭けは賭けだ。勝算も、低くは無かったわけだし。

 彼は財布を胸にある内ポケットから取り出す。


「あら? この場で支払って終わりのつもりなの?」

 ライハは首を傾げる。

「そのつもりですが?」


「それもまた、つまらないと思わない? お茶くらいなら、出すわよ?」

「いえ、結構です」

 むしろ、さっさと用件を済ませてこの場を立ち去りたい。精一杯に、渋面を作ってアピールする。


「まあまあ、そう言わずに」

「ちょっとっ!?」

 有無を言わさず、ルウリィはライハの腕を掴み、部屋の中へと引っ張り込んだ。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ライハは椅子に座り、肩を落とした。テーブルの上には冷たいお茶と茶菓子が置かれている。

「何か言いたそうね?」

「それは、もう。色々と」

 一息吐いて、続ける。


「あなたは、他国の外交官に対し、その意思を無視して部屋に軟禁するという行為をどうお考えですか?」

「まあまあ、そんなに堅いこと言わないでよ。私とあなたの仲じゃない」

 正直、誘拐だとか場合によっては国際問題だとも思うのだが。あっけらかんとした表情をルウリィは浮かべてくる。こんな真似、自分がやったらどんな風に扱われるか。これも一種の、男女差別ではないのだろうか?


「どんな仲だというのですか。見たところ、この部屋はあなたお一人ですよね? そういうところに、男性である私一人が訪れるところを誰かが見たら、どう思われるのかと」

「私は気にしないわよ?」

「私が気にするんですっ!」


 信用されている。ということなのかも知れないが、故郷に残してきた家族が知ったらどう思うか。まず知られることは無いと思うが、後ろめたさに心が痛い。

 誓って、目の前の女に心が揺れ動くことは無いが。

 そんな自分を彼女はくっくっと嗤っている。お互いに年齢も50程度だというのに、何を気にしているのかとでも、思っているのだろうか。


「それで? 一体何が聞きたいんですか? 何か用があるから、こういう強引な真似をしたんでしょう?」

「あら? 分かった? 流石ねえ」

 観念したと、ライハは大きく息を吐いた。


「まあ、そんなに長く引き留めるつもりも無いわ。手短に済ませましょう」

「そう願いますよ」

 ルウリィは頷いた。


「こうして、先日の懇親会。アサ=キィリンは見事にアルミラ料理を『出せるもの』にする事に成功したわけだけれど。これはつまり、あなたの目に適ったということでいいのかしら?」

「そうですね。その認識で結構です。ディクスさんにも軽く話を伺いましたが、実に粘り強く愛情を持って、かつ論理的に応じていたようです」


「ということは、これからあちらの世界の国々と折衝をするのにも、彼女に遠慮無く重要な立場を任せられる。あなたはそういう認識でいいのかしら?」

「はい。彼女に限らず、皆さんの様子を伺い、また私も判断を受けながらという形になるのでしょうけれど。お任せしてもよいのではないかと思います。ルウリィさんは、どのようにお考えですか?」

「実力があるというのなら、相応の働きをして貰う事に反対は無いわ。むしろ、その方が望ましいと思ってる。他の人達がどう考えているのかは、分からないけれど」


「それについては、近いうちに、折を見て皆さんで話し合った方がよさそうですね」

「そうね」

 とはいえ、彼らも反対はしない気がする。少なくとも、ここで不和を生み出すことは、誰もが避けたいだろう。


「具体的に、どういう仕事を任せたいとか、そういうのはあるのかしら?」

「今のところ、ありません。こういう言い方をすると語弊を招くとは思いますが。私達は状況に応じて動くべきだと考えていますので。特定の役割に縛られるという考えは、私は持っていません。皆さんと話し合って決めたいと思います」


 尤も、個人的な希望はある。それをアサ=キィリンが飲むかどうかは、別の問題だが。

「ええ、そうね。それでいいと思うわ」

 満足げな表情をルウリィは浮かべてきた。


「話は以上ですか? 出来ればそろそろ、お暇させて頂きたいのですが」

「そうね。出来ればもう少し、世間話をしたいところなんだけれど。それはまたの機会にさせて貰うわ。私も、お仕事の続きがあるしね」

 ライハはお茶を飲み干し、席を立った。


 財布を取り出す。

 正直なところを言えば、彼女は少し、こうして探りを入れてくるように、アサ=キィリンに対して拘りがあるようにも思えるのでその理由を伺いところではあったが。それはまた、機会を伺おう。


「端数は負けて頂いて、これで結構なんですよね?」

「ええ。それでいいわよ」

 ライハは紙幣を彼女に手渡した。


「ところで、このお金の出所はどこなのかしら? 予算? それとも、あなた個人のお金? 答えられないなら、答えなくてもいいけれど」

「私個人のお金です。これで済む程度の金額だったので、よかったですよ。白状すると、お小遣いが減るのはやはり痛いですが」

 これを本国に説明するのは、色々と面倒くさい。


「あらそう? なら、もう少し負けてあげるわよ? 無理言って、引き留めたのだから、その分はね?」

 数秒の逡巡。


「すみません。お願いします」

 痩せ我慢は出来なかった。

 こうして、個人的な繋がりを強化していくのが、シルディーヌのやり口だとは分かっていたのだが。

 強化されるのならされるで、今のところ、悪くもないだろう。

うーん、見事にゲノム要素が出てこない(汗)。今更だけど、章タイトル名の付け方、間違えた気がする。

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