ゲノム解析説明会
月野が佐上を怒らせている一方、白峰達はゲノム解析について説明していました。
ゲノム解析とは、つまりどのようなことを行うのか?
まず、DNAを生体のサンプルから抽出する。
そして、次に抽出したDNAを制限酵素と呼ばれる、特定の配列でDNAを切断する酵素を用いて、DNAを切断する。この制限酵素には、いくつもの種類があるので、何パターンもの切断方法が実行出来る。
切断したDNAの断片の両端に、アダプターと呼ばれるものを追加して、おかしなところで互いにDNA同士がくっつき合わないようにする。
DNAの断片をPCRと呼ばれる方法で、増幅する。
PCRでは、まずDNA断片を一個単位の各種DNAが入った混合液に入れ、高温によって二重鎖構造を解く。次に低温にすることでDNAポリメラーゼと呼ばれる酵素の力を使って、一本鎖に相補する鎖を延ばしていく。この反応を何度も繰り返すことで、DNA断片を指数関数的に増幅する事が出来る。
DNAの断片を増幅した次に、いよいよ配列の読み取りへと移る。
DNAを構成する各種の塩基。A、T、G、C。それらに対し、それ以上伸張出来ないようにした、各種蛍光色素付きのDNA。DNAを伸長するための酵素(DNAポリメラーゼ)。これらの混合液を用意する。
この混合液に、増幅したDNA断片を混ぜる。
この混合液にDNAの伸長反応をさせると、ランダムな長さでそれ以上伸張出来なくなったDNA断片が出来ることになる。
このDNA断片に熱を加えて一本鎖に乖離させ、電気泳動を用いて長さを揃えると、その長さ順にどこで伸長が止まったのか。すなわちそこが何の配列なのかが分かる。
こうした結果を何種類も保存し、そして配列で一致する箇所をつなぎ合わせることで、ゲノム全体の配列を特定する。
「――というのが、ゲノム解析の大雑把な原理になります。もっとも、現代は一連の作業も機械で自動化されて、またより効率のよい方法が使われているようなので、正確には言えないのかも知れませんが」
白峰の前に座る各国の外交官達は、印刷した資料を眺めながら、興味深げに頷いた。
「だから、私達は髪の一部とかをサンプルとして提供するだけでよい。そういう事ね? シラミネ」
「はい。そういう事です。肉体的な危険は一切ありません」
アサの質問に白峰は回答した。
「大雑把な理屈は分かった。いや、ほとんど図を眺めただけだが。どういう事をしようとしているのかは分かる」
「凄いところまで分かるのね。あなた達、これをこの後、学者の先生達にも教えるんでしょ? 質問攻めにされると思うから、覚悟した方がいいわよ?」
「それは、ちょっとこれ以上は説明出来そうにないので、日本に来て貰ったときに、こちらの学者の人から教えてもらうように、頼みます」
白峰は苦笑を浮かべた。
「ちなみに、これはどのくらい前から出来た話なんですか?」
「大体、四十年から五十年くらい前からでしょうか? そして、二十年ほど前から急激にこの分野が伸びたようです。医学や産業にこれらの知見が活かされることが期待されたので」
「なるほどね」
「数十年前までならともかく、今はそういう経緯もあるので、ゲノム配列の解析もかなり速いです。また、提供頂いたサンプルは各国の研究所に送られて大規模に行われるので。もしも、皆さんのゲノム配列が私達と同じ構造で、同じ程度の長さだとしたら。そこまで待たせることなく、結果が出るものと思われます」
「具体的には、どのくらいかしら?」
「憶測に過ぎませんが、数週間から数ヶ月程度になるのではないでしょうか」
とはいえ、各国の競争になるのが目に見えている訳で。下手すればもっと早いかも知れない。
「発表はこの資料にも書いてあるけれど、各研究所での結果が出揃ってからになるのね?」
「そうなります。功績を巡って、無用な混乱を避けたいので」
それでも、裏での凌ぎ合いは行われるだろう。
「それでは、私からも質問いいですか?」
ライハ=ザルドゥが手を挙げた。
「はい、何でしょうか?」
「もし、このゲノム解析の結果。私達とあなた達が生物学的に異なる人間であると証明された場合。どのように付き合うべきか? どのような問題が起こり得るか? ニホンの認識を教えて貰えますか?」
白峰は頷く。
「お手元の資料の、こちらになりますが。こちらが、政府が調査をした皆さんへの現在の意識調査となります。幾ばくかの不安を抱えながらも、対等に人間として認め合った付き合いを望む人が大多数となっています。参考までに、各マスコミによる意識調査も載せましたが、結果はほぼ同じです。これから考えても、生物学的な違いが差別的な問題にすぐに発展する可能性は、低いと思われます」
「確かにね。ちなみに、この結果となった理由というものは、何が考えられるのでしょうか?」
「一つは、これまでのアサさんや衛士の皆さんとのお付き合いの結果です。とても文明的なその姿に、同じ人間として安心し親近感を覚えたというものがあります。二つ目は、日本は海外の人達も多く来る国なので、今更異世界の人達が来たところで、日本以外の国の人達とあまり変わらないという感覚があるようです。いちいち、そんなことで騒ぎ立てるのも格好悪いという意識と言いますか。慣れもあります」
少し間を置いて、白峰は続ける。
「それと、議員の先生やマスコミも、積極的に差別問題が起きないように誘導する発言をしていましたから」
「それは、政府として誘導したという意味ですか?」
「議員の発言については、そういう面もあります。夏に各国の外交官と秘密裏に協議をした際にも、この問題は持ち上がりました。それからですね」
「つまり、差別問題を避けたいというのも、そちらの世界的に見て基本的な態度であると。そう考えてよろしいか?」
白峰は頷く。
「はい。その通りです。確かに、我々の世界では未だに根強く差別問題は残っています。しかし、それ故にそのような問題を避けようという意識は共通してあります」
ライハは唸った。
しばし瞑目して、口を開く。その短い時間に何を考えたのかは分からない。しかし、差別問題について何らかの思いを馳せたように思えた。
「分かりました。教えてくれてありがとうございます」
「では、もしも何かこれから問題が起きそうであれば、そのときに協議に応じて貰うことは可能ですか?」
ディクスが訊いてくる。
「はい。出来る限り誠実に、応じさせて頂きたいと考えています。また、我々の方からもお願いしたいです」
「無論です」
大きくディクスは首肯した。
「あのー。私からも質問いいですか?」
と、それまで無言だった海棠が手を挙げた。
「はい、何でしょうか?」
「すみません。話を。ええと、妨げるような事かも知れませんけど。私も、ここルテシア市に引っ越してきて不思議だったんです。異世界から来たのに、差別的な扱いってされていないなあって。たまに、少し驚かれはしましたけど。これは、どうしてだと思いますか? いえ、決して侮辱したい訳ではないのですが。本当に、不思議なだけで」
「ああ、その話?」
アサが口を開く。
「それならそうね。多分、ここが港町だからっていうのが大きいんじゃないかしら? ここってこの近隣の海路の主要都市なのよ。だから、昔から色々な国の人が来るの。つまり、さっきシラミネが言っていた感覚に近いんじゃないかしら? これまでに見掛けた外国人とあんまり変わらないわよねって。それこそ、慣れというか?」
「ははぁ。そういう事ですか」
「それに、私もこれまでに言ってきたしね。シラミネ達に失礼のないようにって。シラミネ達は野蛮な真似はしてこなかったから、そういう信頼があるのよ」
「なるほど、日本がこれまでやってきたことと、同じなんですね」
「そうそう、そういう事」
うんうんとアサは頷いた。
「あと、もう一つ質問いいですか?」
「何かしら?」
「さっき、外国の人とか言っていましたけど。何かそういう、どこの国の人達か見分ける特徴ってこの世界の人達にあるんですか?」
その質問に、アサを初めとして異世界の外交官達は互いに顔を見合わせた。
「え? 結構違わない? 耳の長さとか? ほら、ディクスさんとか耳長いでしょ?」
「我々、ティレントとその近辺の国だと、こういう大柄な体格の人間が多いですよ」
「ノルエルクでは、肌の色が少し濃い傾向にあるわ」
「イシュテン人だと、アルミラとかとは違って耳の尖り方が小さいわ」
そんな、各の説明に。
白峰は、全然、これまでそれが彼らにとって大きな違いだと思わなかったのだと。そんなことに気付いた。
それは、隣で目を丸くする海棠も同じようだった。
DNAシーケンサーの原理とか、間違っていたら詳しい人教えて下さい。
これ、勉強したのはもうかなりの昔なんです。
以下、PCRとDNA配列の解析の原理について、それなりに分かりやすく書いてあると思ったサイトです。興味ある人はご参考までに。図だけでも、イメージはつくかと思います。
・PCRによるDNA断片の増幅について
https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/life-science/cloning/cloning-learning-center/invitrogen-school-of-molecular-biology/pcr-education/pcr-reagents-enzymes/pcr-basics.html
・DNA配列の読み取りについて
Bio-Science~生化学・分子生物学・栄養学などの『わかりやすい』まとめサイト
1)ジデオキシ法による塩基配列解析の原理と概要
https://lifescience-study.com/1-nucleotide-sequence-analysis-by-dideoxy-method/




