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疑惑の連鎖

 ゲートを抜けて、佐上は秋葉原から戻ってきた。

 日はもう大分陰っている。

 月野と白峰はまだ外務省で仕事だ。国会答弁絡みで色々とやらないといけないらしい。

 海棠も先日の懇親会についての記事を作ったりで、まだ残っている。


 彼らを残して一足先にというのは、少し心苦しい気もするが、そうやって付き合い残業するのもよくないと。

 渡界管理施設も大分出来上がった。ほとんど完成と言っていいのでは無いだろうか?

 仮設住宅のようなものだが、こうして出来上がってくると、やっぱり近いうちに壊すというのも、少し勿体無いように思える。


 施設は秋葉原の交差点のほぼ目一杯にまで広さがあるので、かなり広いと言える。

 間取りは、中央にゲートがあり、それをコの字に囲むように各部屋が並んでいる。

 入り口のすぐ右脇に男女別のトイレが。


 そしてその隣に外務省用の部屋と会議室が並ぶ。

 施設の奥には更衣室があり。

 入り口の左には入出国在留管理庁と警察機動隊が共用で使用する広めの部屋。その更に奥に、渡界時の持ち物を保管するための金庫部屋がある。


・渡界管理施設(仮)の間取り図

挿絵(By みてみん)


 最低限、必要なものは揃っているのではないか? 素人考えなのかも知れないが、佐上にはそう思えた。

 でもって、施設の周りを土嚢で囲っているので、襲撃にもそれなりに対策はされている。

 ちなみに、異世界側も似たような間取りである。


 佐上は施設の脇に立つ柱を見た。明日か明後日くらいに、この柱の上にも中継器が設置される。実験もその時に行う形になるが、おそらくはこれでスマホも使えるようになるはずだ。

 そのまま虚空を見上げて、施設を背にする。


 さて、今晩の食事はどうしようか?

 暑いから、何かさっぱりとしたものが食べたいのだが。こちらにそういう料理、何があるだろうか?


『すみません』

 路地の角に差し掛かったところで、唐突に声を掛けられた。

「あ、はい」

 声の主に目を向けると、男が立っていた。年齢は二十代後半くらいだろうか?


『突然 ごめん。異世界 で 外務省 働いている 人 ですか?』

「そうですが、それが何か?」

 耳の形も違うし、見たら分かりそうなものだと思うけれど。

 男の目的がさっぱり見えず、佐上はうろんな目を向けた。ただ、妙に真剣な目と表情をしているあたり、真面目というか悪人にも見えない。


『あの。突然 こんな 言われて 困る 分かる。しかし、この後 時間 ある?』

「えっ!?」

 佐上は目を丸くした。

『その、名前を 名乗らない に ごめんなさい。僕は イル=オゥリ です。ゲート 警察 してます。覚え あるです か?』


 はて? どうだったかな?

 佐上は記憶を探る。

 ああ、と思い出す。確かにいた。この人は、これまでにも何度も見掛けた顔だ。


『説明 する』

 そう言って、イルは胸元から小さなカードを見せてきた。顔写真も印刷されていて、警察手帳のようなものだろう。

 分かった分かったと、佐上は頷く。その反応に、彼は安堵したようだった。


『あなたに 大切な お願い ある です』

「何ですか?」

 そう訊くと、彼は頬を赤く染めた。

 真剣は表情で見詰めてくる。


『この後 一緒に 食事 どうですか?』

「ふぇっ!?」

 佐上はポカンと口を開けた。


 え? まさかこれ、愛の告白的なヤツ? いやいやまさか? 世界の壁があるんやで? それに、この人うちのタイプとちゃうし? いやまあ、蒼司君とは違ってこれはこれでいいんやけど。年下で少し軽薄っぽくも見えるけど、そのくせ一途みたいな雰囲気とか。

 というか、うちはそんなんでホイホイと付いていくような、そんな軽い女ちゃうんや。ここはもっと、ゆっくりと少しずつ知り合うようなお付き合いをすべきであって?


 でも、こんなにも熱っぽい視線向けられてしまうと。流石に無下にするのは気が引けるっちゅうか?

 どないしよ? 異世界に来て、とうとう春が来てしもうた? ま、まあ最近は少しうちもお化粧に気合い入れること多くなったし? そういう事あっても不思議ではないわな。うん。今、大阪に帰ると何人か同僚がプロポーズしてくるんやないかとか、社長も言っていたくらいやし。


 たっぷり十秒の時間を掛けて、答えを出す。

「変なところに、連れて行かないって約束するのなら。少しくらいは、ええですよ?」

『ありがとうっ!』

 感激したと。実に嬉しそうにイルが両手を握ってきた。そのままぶんぶんと振ってくる。

 どこか、デカいわんこをイメージした。可愛い。


「あのぉ。うちぃ。暑いから、出来れば涼しい食べ物とかいいなあって。イルさん、ご存じないですか?」

 キャラじゃないと思いつつも、佐上は精一杯に(しな)を作ってみせた。

『はいっ! 僕、知っていますよ。行きましょう』

 湧き上がる高揚感を抑え込みながらも、佐上はイルに付いていく。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 短い春だった。

 ちょっと前まで浮かれていた自分を殴りつけたい。

 自己嫌悪に陥りながら、佐上は冷麺を啜る。コシの強い米麺を冷やしパスタにしてダシ汁をぶっかけたような料理で、これはこれで美味い。


 話を聞くに。

 どうやらこのイルという男、例のマスコミ騒ぎのときに海棠が取材した警察官らしいと。

 んで、そのときに海棠に異世界案内をする約束をしたのだが。色々と海棠も忙しそうで言い出せなかったと。

 そういうしているうちに、海棠に彼氏がいるのじゃないかと思い、どうしたものかと。んで、自分に探りを入れに来たと。


『あの、ごめんなさい。 迷惑 ですか?』

「いや、そういう訳やないけど」

 どうやら、不機嫌が表情に出てしまったらしい。別に怯えさせるつもりは無かったのだが。


「んで? 海棠に男がいるかどうか? かあ」

『はい。勿論 外交 問題 あるなら 強引 訊く しない 考え です』

「いや、流石にそんなのが外交の問題になるとか、無いと思うけど」

 それだったら、ミィレも先日の買い物であんなこと訊かないだろう。


「取りあえず、本人はそういう恋人はいないって言うてたで?」

『本当 ですか?』

 少し、イルの表情が明るくなった。

「ほんまや」


『では、気になる 人 とかは?』

「おらんて。今は男より、仕事が楽しくて仕方ないみたいやし」

 その答えに、イルは複雑な表情を浮かべた。


『それなら 彼女の 好きな 傾向 男 知っていますか?』

「それは知らん。さっきも言ったけど本当に、仕事が好きみたいやな」

 もっとも、それはあくまでも本人の弁であって。実際がどうかは誰にも分からない。

 顔をしかめ続けるイルを眺めながら、佐上は溜息を吐いた。


「あんた、海棠はんのこと好きなんか?」

『えっ!? 別に、そんな こと ええと』

 お前、もうちょっと誤魔化すこと覚えた方がいいで?

 イルは胸の前で人差し指を合わせながら、もじもじしている。

 佐上はじっとりとした視線を彼に向けた。こいつは思春期男子か何かかと。でっかい図体して何をウジウジと。男らしく、すぱ~んといかんかい、すぱ~んと。


「何やねん。はっきりせんかい。将来、結婚とかしたいんか?」

 想像したのか、イルは顔を真っ赤にしてくる。

 何をどうしたら、そんな短時間で男をここまで惚れさせることが出来るんだと。しかも、無自覚に? 悪魔か何かかと。海棠に色々と指南して欲しいものだ。

 何となく、あの調子で何人の男を気付かずに落としてきたのかと気になった。


『結婚 とか そんないきなり 考える 早すぎる です。それに 世界 違う』

「まあなあ。そこは確かに壁やなあ。具体的に、どんな壁があるか分からんけど」

 一度、月野あたりに確認してみるか。


『それに シラミネ さん 付き合う かも です』

「うん? 白峰はん? 白峰はんがどうかしたんか? そんな様子、無いと思うんやけどな?」

 海棠は、白峰はむしろミィレとの仲が怪しいとか言っていたくらいだ。

「何か、警察の間でそういう噂でもあるん?」

『噂 違う。僕 見る 間違い かも だけど』

「だけど?」


『前 日。二人 同じ 帰る 見た。そして 二人 別れるとき 顔 近付く』

 え? それってキスか何かということか?

『シラミネ が カイドウ に 好き 言った 可能性 分からない です』

 佐上は首を傾げる。どうも、想像出来ない。

 報道とかで聞いた限り、白峰はそんな手が早いというか、そんな風には思えないのだが。


「髪にゴミでもくっついていたんと違う?」

 勘でしかないのだが。それが、佐上の正直な思いだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 凝った肩を揉みながら、月野は渡界管理施設を出た。時間はもう21時を過ぎている。

 首を回すと、ごきごきと鳴った。

 食事は外務省の食堂で食べてきた。白峰に偉そうに言っておいて何だが、こうも遅くまで働いて自炊する体力は少し厳しい。

 老いた。とは考えたくないが。


 ふと、足を止める。

 視界に、見知った女性が入った。男と一緒に店を出てくる。どうやら、食事をしたらしい。

 男の姿にも、見覚えがあった。確か、このゲートの近くを警備している警察官だ。

 上機嫌に佐上が男の肩を叩き、談笑している。

 月野は思わず顔をしかめた。


 いやいや? まさか、そんな?

 とは思いつつも、そんな可能性は消えるわけではなく。

 ざらりとした焦燥感が沸き立つのを月野は自覚した。

書いておいて何ですが、しなを作る佐上って想像出来ない。

頭の中で、彼女に「おどれがやれって言ったんやろが」みたいに、物凄いのに怒られていますが。

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