湯煙の中で
今回から新章です。
ゲノム解析編。と、言いながらも内容はほとんど詐欺になるかも知れません。
その次からは、いい加減ちゃんと真面目な話になるはずです。
しかし、初っ端から、お風呂回かあ。
ルテシア市にある銭湯にて。
「極楽ですねえ」
「極楽やなあ」
佐上と海棠は湯船に浸かりながら、弛緩した表情を浮かべていた。湯加減は少し温めだが、夏真っ盛りのイシュテンでは、むしろこれぐらいが丁度いい。
懇親会の帰り、折角だからと銭湯に寄ってから帰ることにしたのだ。ちなみに月野と白峰はそのままゲートを抜けて外務省へと直行。懇親会での出来事を報告しに行っている。ご苦労様なことである。
まだ日が落ちきっていない時間帯のせいか、利用客は少ない。ほとんどの人は、まだ仕事なのだろう。
「佐上さんは、ここの銭湯には来たことあるんですか?」
「ああ、もう何度かあるで。というか、うちらの近所やと、ここくらいしかないやん」
「確かに」
ビジネス街にあるせいか、銭湯とは言っても、どこか小洒落た印象を受ける。壁が一面モザイク模様で装飾に凝っているのもそうだが、広さや設備を考えても、スーパー銭湯の方がイメージが近い。
照明も明るいので、女性でも安心して利用が出来る。
「しかし何やな。正直どうなるかと思ったけど、意外と住んでみたら、日本とそんなに変わらんな」
「ですねえ。トイレだけ、もうちょっと何とかして欲しいですけれど」
共同で汲み取り式というのは、少々辛いものがある。特に、病気になったときとかは。
「あれかなあ。人間、どんな世界でも発想は似通うってことなのかもなあ」
「かも、知れませんねえ」
下着や歯ブラシ、髭剃りなんかは日本に有るものとほぼ同じである。多少、材質に違いはあるが。
「でも、鍵はよく分かりませんよね」
「せやなあ。どうなっとるんやあれ?」
鍵、と言っても一見するとただの棒である。
鍵に対応する閂が扉の裏に取り付けられており、「繋げ」「近づけ」という類いの言葉を発することで魔法が起動する。そして、閂が鍵の動きに合わせて移動し、鍵が掛かったり外れたりするという具合だ。
「電磁石みたいですよね。あれ」
「せやな。金属じゃないもんが、ああいう風になるっちゅうのも不思議やけど」
「鍵屋さんに聞いたら、鍵毎に対応する概念層の組み合わせ方が違うとか説明していましたけど。何が何やら」
しかも、そんなものがありふれているわけである。
「さあなあ。魔法は分からんことだらけや。まあ、それも渡界管理施設が出来て、学者の先生らが調べたら少しは分かるかも知れんな」
「そういえば、あの建物も大分出来てきましたね」
「せやな。それに、あともうちょいでスマホも使えるようになるっぽいし」
「問題は充電ですよね。あそこでないと充電出来ないんじゃ、ちょっと辛いです」
「これもなあ。何か、電気が無尽蔵に生み出せる魔法があるんなら、そこも何とか出来るもん作って欲しいわ。何とかならんのかな?」
「今度、月野さん達に言ってみましょうか?」
「せやな」
案外と、既に議題に上っているのかも知れないが。
「ルウリィさんの美容講座、ためになりましたねえ」
「まあ、真似出来る気はせんかったけど」
「確かに」
あれは、美容の鬼や。
もしかしたら、あれをまとめて発表したら、世界中が注目するかも知れんけど。
「スタイル、いいですよねえ」
「せやなあ」
ちらりと、佐上は隣にいる海棠を見た。
「いや? 海棠はん? 君も贅沢言ったらあかんよ?」
こいつ、Cはあるな。くびれるところもくびれとったし。
「え~? そんなことないですよ。それを言ったら、佐上さんだって美人じゃないですか?」
「そうか? うち、全然そんな風に思ったことないんやけど?」
嘘である。とっておきのスーツを着て化粧をしたときは、割とイケているかなあとか思っている。絶対にそんな素振りを見せるつもりは無いが。
「胸も、育たんかったしなあ」
深く溜息を吐く。
「そうですか? 綺麗な形していると思いますけど?」
「ありがと」
でも、堂々とBだと言い張れるくらいには育って欲しかったんや。
「しかし、あれですよねえ」
「何やねん?」
「いえ、ミィレさんですよ」
「ミィレはんがどうかしたか?」
「あの人、Dはありますよね?」
「あるな」
あんな胸が、欲しかった。
「しかも、美人ですよね。アサさんとは違ったタイプで」
「性格もええしな。優しいし。料理上手やし。男って、みんなああいうのが好きなんやろうな」
「服もメイド服っぽいですしね」
「男の夢の結晶か、あの子」
遠い目で、天井を見上げる。
「あの人、白峰さんのこと、どう思っているんですかね?」
「どうって?」
「いえ、あの人達、仲良過ぎじゃありませんか? たま~に感じるんですよね。気のせいかも知れませんけど、二人だけの空間を無意識に作っているような?」
「そういや、こないだも白峰はんの後ろに回って手取り足取り包丁の使い方を教えとったな。スキンシップに抵抗無いんかと思っとったけど」
「多分、胸が背中に当たってましたよね。白峰さん、顔真っ赤でしたよ? 平常心を装ってましたけど」
「あんなんされて平気な男、おるんかな?」
いや、いない気がする。
「というか、あんな真似。佐上さんはします?」
想像する。皇剣乱ブレードの蒼司をモデルに、後ろからこう、抱きかかえて。見つめ合って。
「いや、恥ずかしくてよう出来んわ」
やれるもんなら、めっちゃやってみたいけど。
「ですよね。私も、好きな人でもなければ。というか、好きな人が出来ても、やっぱり恥ずかしいかなあって」
うんうんと、海棠は頷いた。
「なので、怪しいかなあって。まあ、何となくそう思っただけなんですけど」
佐上は首を傾げた。
「でも、前にあの子。アサが自分のすべてみたいなこと、言ってなかったか?」
「確かに、言っていましたけど」
軽く唸って、海棠は続ける。
「私の両親が言うにはですね? 頭のいい人って、総じて自身の恋心に鈍感なんだそうです」
「どういうことや?」
「頭のいい人達って、理性的なんですよ。理性的な人って、本能的な感情とかを抑え込んじゃったり、別の形で処理しがちらしいです」
「いや、意味が分からん」
「例えば、理性的な人って怒ったり泣き喚いたりとかあまりしないじゃないですか? いつでも、論理的に物事を説明してきて」
「あー、まあ確かに?」
「だから、恋とかそういう本能的な欲求も、心の奥底に押し込んじゃって、いつまで経っても自分の気持ちに気付かない。らしいですよ?」
「つまり、ミィレはんもそんな感じやと?」
海棠は頷いてくる。
「記者の勘ですけどね。あの人、何らかの立場を優先しすぎているんじゃないかなあって」
「まあ、実際にアサのお手伝いが大事なんやろうしな。それに――」
「それに?」
「世界が違うっていう現実問題を無視出来るほどのアホは、なかなかおらんやろ。それが具体的にどんな壁なのかは、うちも知らんけどな」
頭を掻く。
「それと、ええけどそんな話、間違ってもうち以外の人間には言うなや? 変にこじれたら面倒くさいし」
「分かってますよ。確証があるわけでもない妄想みたいなものですし。ただ、だったら面白いなあって思っただけですから」
「ん、ならええわ」
「それに、こういうのは、温かく見守るのが楽しいんです」
そこはまあ、同意する。深入りする気は無いけれど。
ミィレは、自分の夢の結晶だったのだろうか?
ちょっと、考え込んでしまう。
いや、確かにメイド好きですけど。




