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新生アルミラ料理

 地方都市だと聞いていたが、なかなかに趣深くそして開発されている街だ。それが、ライハ=ザルドゥのルテシア市に対する印象だった。

 この街に来て数日が過ぎ、散策してはいくつかの料理屋を試してみたが、今のところ外れは無い。


 今日は港に来てみた。部屋を仮の領事館として機能させる準備も、目処が付きそうなことではあるし。

 昼も過ぎた頃合いだが、立ち並ぶ店の前に人が耐える様子は無い。賑わっている。通り過ぎていった店の品揃えを見てみたが、鮮度も悪くないようだ。


 さて、しかし今度の懇親会は何を作ろうか?

 ミルレンシアから遠く離れ、異境の地でグルメを楽しむのも悪くないが、そろそろ故郷の味が懐かしくもなってくる。この地で、それっぽく作れるものは無いかと、探しに来てみたのだが。


「こんにちは。ちょっと、いいかしら?」

 不意に隣から声を掛けられ、ライハは顔を向けた。

 ピンク色の髪をした女性が視界に入る。シルディーヌの外交代表。ルウリィ=ミルクリウスだ。


「あなたでしたか。ルウリィさん、こんにちは。ジョギングですか?」

 見ると、彼女は風通しのよさそうな薄手の服を着ていた。軽く汗をかいているようにも見える。年齢は不詳だが40は超えて50手前のはず。しかし、妖艶な雰囲気と引き締まった体つきのためか、道行く同年代の視線を集めているような気がした。


「ええ、ここまで少しね。長い船旅だったもの。鈍った分、取り戻さないと」

 ライハは微苦笑を浮かべた。この人は船の中でも、駆け回ったりはしなかったものの、美容トレーニングを欠かさなかったというのに。


「精が出ますね。もう、こちらも夏ですよ? 大分、暑くありませんか?」

「そうね。けれど、だからってサボってちゃダメなのよ」

 人は常に美しくあれ。それがシルディーヌ人の人生哲学だ。自身を含め、美の追究にはやはり余念が無い。


「それと、今度の懇親会に使うための食材探し」

「そうでしたか。あなたは、何を作られる予定なのですか?」

 訊くと、彼女はウィンクをして唇に人差し指を当てた。

「秘密よ。当日を楽しみにしていて? 期待は裏切らないわ」

 故郷の同年代がやったら、痛々しいものを少し感じそうだが、彼女がやると許されるようなものを感じるから不思議なものだ。


「あなたは、どうなのかしら?」

 値踏みするように、目を細めてくる。

「私もあなたと同じですよ。食材探しです。何を作るかは、まだちょっと検討中です」

「あら、そうなのね。何か、いいものは見付かったの?」


「そうですね。なるべく、地元でも捕れるようなものに近い食材を探しているのですが。ちょっと限られそうです。まあ、どれもものは良いようですから、あまり心配していませんが」

 それに、日持ちのする作物なら輸入品もあるだろう。そちらを探してみてもいい。


「あらそう、なら私も楽しみにしていて良いのかしら?」

「お手柔らかにお願いします」

 小さく、笑みを返す。


 と、少しルウリィが表情を引き締めた。

「それで? 実際のところ、どうなると思っているのかしら?」

「どう? とは?」

 ちょっと、心当たりが思い浮かばない。

 彼女は軽く嘆息してきた。


「懇親会の事よ。あの子の提案、随分とあっさりと賛成したじゃない。アルミラ料理については、どう考えているの?」

 率直に言って不味い。とは、口が裂けても言えない。

 彼女も思いは同じだろうが、陰口をたたくような真似は、信用されないだろう。


「よく、彼らのことを知って貰えたらと思いますよ」

 なので、当たり障りの無い答えを返した。

 ルウリィは目を細めてくる。


「まさか、料理一つで異世界との関係に有利不利が大きく出るなどとは思っていないけれど、それでも地元であるイシュテンがアピールしやすく、私達にはハンデがあるわ。そして、これもまさかジョークのように戦争になるとまでは思わないけれど、あの子にアルミラを任せることは、どう考えたの?」

 我々の中で不和の種を蒔くつもりか否か? 彼女は、そこの確認というところか?


 ライハは肩を竦めた。

「別に、悪いことは考えていませんよ。ただ、少し確認したいことがあったもので」

「確認?」

 ライハは頷いた。


「彼女。アサ=キィリンがイシュテン外交宮で、現在異世界対策室の責任者を務めているアサ=ユグレイの娘だというのは知っていますか?」

「ええ、知っているわ。それが何か?」


「アサ=ユグレイ殿は、優秀な外交官です。その娘であるキィリンさんもまた、その家庭の教育を受けている。どうやら、試験にも優秀な成績で合格したらしいですしね」

「そうね。で? 何が言いたいのかしら?」

「ニホンとの折衝は、これまで彼女が前に出て、ここまで漕ぎ着けた。それは立派な功績です」

「ええ」


「ですが、彼女はまだイシュテン王都で研修を受けたわけではないのです。パワーバランスその他諸々の都合により、継続してあのお嬢さんには、我々と肩を並べて働いて貰う事になりましたが」

「つまりは、その力量を見たい。そういうことかしら?」


「有り体に言えばその通りです。交渉、折衝、説得。それらの力量がどのようなものかを見ておきたい。ディクス殿に対して、対立するのかそれとも融和するのか? そういうところを見ておきたい。それを踏まえて、どの程度の協力が必要なのかを推し量れないだろうかと。そんなことを少し考えました」

 そう説明すると、ルウリィは呆れたように嘆息した。


「やっぱり、何か企んでいたんじゃない。悪い人よねえ。これだからミルレンシア人って、油断も隙も無いのよ」

「そんな腹黒扱いしないで欲しいのですが」

 苦笑を浮かべる。

 実際、悪意は無いのだからいいじゃないかと思う。


「それで? もしも物別れになったら、どうするつもりなのかしら?」

「そこはそれ、まさか料理一つで決裂はしないでしょうし。どうも資料を見た限り、異世界の彼らも理解に努めようとする人達のようです。大事にはなりませんよ。仮に何かあっても、ディクス殿とアサさんの間も、きちんと何とかしますから」

「そうやって、恩を着せるのね」


「いえ、ですからどうしてそんなにも私を悪者にしたいんですか?」

「悪い人っていうのはね? 自身が持つ悪性に気付かないからこそ、悪い人なのよ?」

「そんな事言われましても」

 もはや、苦笑を浮かべるしかない。

 まあ、昔からミルレンシアはこういう役回りなので、からかわれることが多いのだが。


 ルウリィは表情を緩めた。

「まあ、あなたの魂胆は分かったわ。そんな酷いことは考えていないようで、安心しました」

 これで結構、あの子の事を気に掛けているのかも知れない。似たような年頃の娘を持つ母のようではあるし。


 そもそも、こんな広い街で自分を見つけてくるなどという偶然、そうそうあるのだろうかと。何らかの目的と、その為の準備があったと考えるのが普通だろう。

 だから、ジョギングやショッピングというのも、自分を捕まえに来た口実なのかも知れない。考えすぎかも知れないが。


「でも、実際にアルミラからどんな料理が出てくるのかは気になるわね」

「美味しく出来ていることを期待したいですね」

 結構、厳しいかも知れないが。


「それじゃあ、賭けをしない?」

「賭けですか? 何を賭けると言うんですか?」

「そうね。今度の懇親会の食材費とか、どうかしら?」

 少しばかり、考える。まあ、それくらいの出費なら、仮に負けてもそれ程痛くもないか。


「構いませんが、あなたはどちらに賭けるつもりなのですか?」

「アルミラ料理が美味しくなる方よ」

「あなた、何が何でも私を悪者にしようとしていませんか?」


 悪戯っぽくルウリィが笑みを浮かべる。

 こういうところが、シルディーヌ人の抜け目無さだと思う。

 それと、この勝負は他国にはバレるといけないので。きちんと秘匿を約束して貰おう。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その一方で、アサ邸の厨房。

 アサ達の前には、ディクスが作った料理が並んでいた。

 幸か不幸か、アルミラ料理には決まったレシピというものが無いことがほとんどだ。

 なので、どう作るのかは、作り手にかなり自由な裁量がある。

 つまり、言ってしまえば根本的な味付けなどで、イシュテンの技法を使っても、それはアルミラ料理を名乗れるのである。


 そこで、どうにかして、見栄えや味に拘った改良アルミラ料理を試行錯誤しているのだが。

 見本としては、まあ何とかなるものはアサや料理長は作れたのだが。食材の脂固めは、溶かす食材を粉末にまで砕いて甘味を多くしたり。野菜のグズグズ煮込みは、ほどよい煮え加減と味付けに手直しして。


 しかし、ディクスの作ったものは、何故か彼の故郷の通りの代物だった。

 助けて、ミィレ。

 アサは心の中で涙した。

ライハ=ザルドゥ。

何となく、この話書いていたら、この人は糸目系な気がしてきた。

糸目系=腹黒という偏見。

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