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見栄と料理(1)

今週は二話投稿。その1話目です。

 月野はこめかみに指先を当て、目を瞑った。深く溜息を吐いてくる。

 懇親会で料理を作るのに名指しされたこともあり、白峰は昨日に要望のカレー(?)を作ってはみた。

 そしてルテシア市に戻って、わざわざ部屋に来て貰った月野達に温め直して出してみたのだが、反応はイマイチなようだ。


「何と言えばいいんですかね? 白峰君。君は、世界を滅ぼす気ですか?」

 感情の籠もらない、月野の率直な評価に、白峰は呻いた。


「いやお前、それは流石に言いすぎやろっ! ちょっと辛さがキツくてコクもへったくれもなくて、やたら固い生煮えのよく分からんものが大きさバラバラでぶち込まれて、訳の分からんものになっとるだけやんか? 園児並に酷いってだけで」

 白峰は下唇を噛み、俯いた。肩が震える。


「いやそれ。佐上さんも結構容赦ないと思うんですけど? せめて、ゴミ箱直行という評価くらいに抑えませんか?」

 少し、涙が出そうだった。


「あの、でもこれはこちらの世界でそれっぽい材料を探して作ってみたので。申請して、日本から食材を持ち込めれば少しはマシになるかと思うんですけど」

 食材持ち込みについては、昨日はまだ判断がどうなるか分からなかったので、こちらの世界の食材を使ったのだった。


 ただ、それについては、きちんと管理した上での持ち込みなら、問題ないだろうという話になった。アサ達にも、用途を含め報告は必要だが。

 月野が冷たく、感情の籠もらない視線を向けてくる。ビクリと白峰は肩を震わせた。

「白峰君? 君は今、これがどういう事態か分かっているのですか?」

「えっと。あの、その――」


「我々は今、この異世界と友好的且つ平和的な関係を築くために働いています。分かりますね?」

「はい、勿論です」

「料理というものは、相手を持て成す手段としても重要な役割を果たすものです。それも、分かっていますね?」

「はい」


「では、その重要なファーストコンタクトで、このような劇物を出したらどうなりますか? それは侮辱、敵意と受け止められ信頼を大きく損ないかねない。仮にそうなったときの責任、君には取れるんですか? 何が起きるか、分からないんですよ?」

「すみません」

 白峰は頭を下げた。


「いや、たかがカレーで大袈裟すぎやろ」

 佐上のツッコミが聞こえてきた。


「何故、その場でアサさんに白状しなかったのですか?」

「それはその。実際、食材の持ち込みとかどうなるか分からない点が多かったですし。練習すれば、間に合うかもと思ったからです。最初からこう、弱みを見せたり要求を飲まない態度を見せるというのも、外交的によくないかと迷いました」

 じっと、月野が見詰めてくる。


「個人的な感情を外交判断で誤魔化すのは、感心しませんね」

「えっ?」

「言葉を覚えるときの話もそうですが、君はどうもアサさんに対して対抗心を持った態度を取る事が多いです。競い合い高め合うという意味では、プラスにも働きますからそれはそれでいいのですが。今回のように出来ない事を軽々と約束するという真似は、信頼を損ないかねない行為です。そのようなリスクの判断を適切に処理出来ないあたり、君らしくありません。故に、この判断には私情が大きく判断していると、私には思わざるを得ません」


 何も言い返せなかった。

「とはいえ、まだこうして挽回が可能な時点で、正直に白状した事は評価出来ます。ですので、私からのお説教はここまでにしましょう」

「はい。すみませんでした」

 もう一度、白峰は頭を下げた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その翌日。白峰と月野は共にアサの屋敷へと訪れた。

「――と、いう訳で料理を作る役を白峰とは別の人間に変える事は可能でしょうか?」

 口を開く月野の隣で、白峰は所在なさげに肩を落とした。

 何というか、実際に彼女らがどんな顔をしているのかは見ていないが。というか、見れないが。視線が痛い。


「すみません。どうやら、自分では力不足だったようです」

「私達も、色々と努力はしてみたのですが、なかなか難しいようです」

 机の膝の上に置いた手の指はあちこちが包帯を巻かれている。いずれも、一晩の特訓で付けたものだ。


「事情は分かったんだけれど。どうしてシラミネって、そんなにも料理が苦手なの? 日本の男の人って、みんなこんな感じなのかしら?」

 アサの質問に、月野が答える。

「いえ、そんな事はありません。一昔前はそういうところもあったのですが、現代になって色々と人々の意識は変わっています。男の人でも、ほとんどの人は料理が出来ますよ。学校でも、教えたりしますから」


「つまり、シラミネはその数少ない方の男だったということね」

「そうなります」

 恐る恐る、白峰は顔を上げた。


「自分の生まれ育った場所は日本でもこう、今でも家事は女性がするものという考えが強い場所なんです。それで、自分は家では台所に立つことなく育てられて。それもあって、苦手意識を持ったまま学校に行っても、授業では足を引っ張るからって言われたので。結局、そのままになってしまいました」

「それじゃあ、これまで料理はどうしていたのよ?」


「ずっと、外食とかお弁当を買ったりしていました」

「なるほど」

 ルテシア市で借りた部屋の条件に、食事が出来るお店が近いところを選んだのも、それが理由として大きい。


 少し困ったように、アサは頬を掻いた。内心はどうだか分からないが、上から目線はされていないことに、白峰は少しホッとする。このような場で、彼女らがそんな真似を見せるとは思えないが。

「どうしようかしら? シラミネを指名したのは特に深い理由があったわけじゃないから、他の人でもいいんだけれど」

「何か問題が?」

 アサは頷いた。


「問題っていうほどの事じゃないけれど、この話ってもう他の国の外交官に言っちゃったのよね」

 白峰は小さく呻く。

「と、いうことは事情を説明するからには、自分のこの問題が各国に知れ渡ると?」

「まあ、そうなるわね。って、そこまで落ち込まなくてもいいじゃない?」

 白峰は再び俯いた。


「いえ、大丈夫です。ちょっと、恥ずかしいだけですから」

 こんな事になるのなら、外食と弁当ばかりに頼らず、少しずつでも料理に挑戦すべきだったと思う。あと、変な見栄を張らずに、すぐに言っておけば。

「ひょっとして、シラミネさん。学校でも料理をさせて貰えなかったって言っていましたけど。それで何か、色々と言われたりしたんですか?」


 ミィレの言葉に、白峰は押し黙る。

 「そうじゃないでしょ」「何もしなくていいから」「邪魔しないでくれる?」。そんな言葉が、脳裏に蘇る。調理実習の時間、ただポツンと座るだけで時間が過ぎていく。

「……ええ、まあ」

 溜息交じりに、頷く。


「分かりました。では、もしよろしければ私にお手伝いさせて下さい」

「えっ!?」

 思わず目を見開く。

 アサも、驚いたような表情だった。

「ミィレさん、いいんですか?」


「いつも、シラミネさんには言葉を教えて貰ったり、色々とお世話になってきたんです。これくらい、お礼させて下さい」

 どん。と、彼女は胸を叩いた。

「よろしいでしょうか? お嬢様」


「え~? でも、具体的にどうするの? あなたも知っているけれど、うちの厨房は貸せないわよ?」

「何かあったんですか?」

 アサは少しだけ、黙した。


「ま、まあ、色々と事情があるのよ」

「お抱えの料理人の方にしてみれば、職場を荒らされて欲しくないとか。そんな感じでしょうか?」

 「ええ」と、アサは頷く。


「シラミネさんの家に行くというのは、ダメですか?」

「ダメに決まっているでしょっ! 未婚の若い女を一人で男の部屋に行かせるとか、あなたの両親に何て言えばいいのよ? ミィレもイシュテンの女なら、そこは慎みを持ちなさい」

「はい」

 アサに怒られ、ミィレは肩を落とす。


 月野が手を挙げた。

「少しお聞きしたいのですが、ミィレさんのお仕事は大丈夫なのでしょうか? お気持ちは有り難いのですが、そこを無理させてというのは、我々としても望むところではないのですが」

「一応、そこは大丈夫です。今は余裕がありますから」


 確かに、異世界の各国の体制が整うまでは、それを待つ形になる。立場としては、白峰達も同様だ。動きが無い。なので、事情は何となく分かる気がする。

「では、佐上さんや海棠さんも呼ぶので、それで私の部屋に集まるというのなら、どうでしょうか? 白峰君の部屋は、この人数だと厳しそうなので。ついでに、料理だけではなく私や佐上さん達の言葉の勉強を手伝ってくれると有り難いです」


「うーん。そうねえ」

 コツコツと、、アサは机を指先で叩いた。

「ちなみに、ツキノの部屋ってまだ人が増えても大丈夫なの?」

「そうですね。あと数人くらいなら」

「じゃあ、予定次第だけれど、クムハも誘って貰えないかしら? カレーとか、再現出来ないか色々と試行錯誤しているらしいの」


「そうなんですか? それなら、先日に訪れたときにでも、訊いてくれてよかったのですが」

「目の前の仕事に集中して、忘れていたのかもね?」

 確かに、それは有り得そうだ。

「分かりました。それでは、クムハさんにも声を掛けましょう」

 アサは湯飲みを手に取り、お茶を啜った。


「まあ、この先ずっとシラミネが料理を作れないとなると、それはそれで私も心配だしね」

 息を吐いて、アサは湯飲みを置いた。

「じゃあ、そういう訳だからお願い出来るかしら。ミィレ?」

「はい、お任せ下さい!」

 笑顔で頷くミィレ。

 しかし、そんなミィレを見るアサの視線が、少しばかり恨めしげに見えたのは気のせいだろうか?

料理が苦手だと伝えたときに白峰の頭に浮かんだ、アサとミィレのイメージ。


アサ「あらあら、シラミネったら料理が苦手だったのね」

ミィレ「……お可愛い事(暗黒微笑)」


どこぞの、告らせたいかぐや様。

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