これからの話
現状と今後の整理。
アサと会った翌日の午後、白峰達は予定通り外務省へと戻った。
初期に比べて情勢が大分落ち着いたということ。臨時国会が始まったという事もあり、異世界関連事案総合対策室も大きく縮小された。
そんなわけで、会議室で大勢を目の前に話すということもなく、桝野を初めとした外務省の高官に報告するだけで用事はほぼ終わったのだが。
彼らはそれから小会議室に集まった。
「さて、それでは現状と今後について、少し話し合いたいと思います。何はともあれ、こうして平和的に交流を広げていくという、スタート地点にはたどり着いたわけです。その上で、我々がどのような立場に置かれているのか、状況を整理した方がよいのではないかと思いまして」
月野の言葉に、白峰を初め佐上や海棠も頷く。
「とはいえ、何から話すんや?」
佐上の問いに、月野は頷いた。
「そうですね。まずは、これらの交流が目指すところがどこか? そこでしょうか。これについては、あちらの世界の外交官とも認識を伺わないといけない話ですが」
「というと?」
「今、私達はどのような力が働いたのかは不明ですが、こうして別々の世界が繋がりました。言葉の壁は佐上さん達の協力によって大分乗り越えられるようになりました。互いに友好的な付き合いを望んでいる事も確認出来ました。それで以て今後もそのような関係を続ける事が出来るかどうかは、別問題な訳です」
「えっと? 出来るんとちゃうの? だって、アサもそうやけど、あっちの人達、みんないい人やん?」
佐上と海棠は当惑した視線を月野へと向けた。白峰にも向けられたが、彼は曖昧に笑う。
「別にそのことは疑っていません。しかし、それとこれとは別問題なのですよ。人が色々な価値観や思惑で生きているように、世界各国だってそれぞれの立場があり、思惑があり、価値観を以て存在しています。恐らく、あちらの世界もそうでしょう。そのような複雑に思惑が絡み合う国際情勢の中でも、我々二つの世界はお互いを尊重し合い平和的に付き合う事が出来るのか? それを確認しなくてはいけません」
「それが確認出来たら、そこが私達の目指すところであり。ゴールだと。そういうことでしょうか?」
月野は首肯した。
「具体的には、目標は地球の各国とあちらの世界の各国が国交を樹立出来るようになること。ですかね?」
「え~? そんなん、どうやったら出来るんや?」
佐上の頬が引き攣った。
「基本的には、これまでやって来た事と変わりませんよ。互いの世界を知ってその情報を広める事です。違うのは、今まではほぼ、日本とイシュテンという二ヶ国が細々とコミュニケーションを取ってきただけですが、その枠を広げていく事になります。簡単に言うと世界規模で、ということです。まだしばらくは、こちらはG7のような国や、あちらの……六陽国と言うんですかね? そういう国々が先導する形になるのでしょうが」
「なるほど。アサだけじゃなく、そういう国の人達とも上手くやれるようなら、世界同士で上手くお付き合い出来そうやと、そういうわけやな?」
「そういうことです」
月野の説明に、白峰も続ける。
「もう少し言うと、恐らくあちらの外交官の方も、以前にアサさんが世界各国の外交官と挨拶したように。ほら、佐上さんにも付き添って貰ったような? あのような具合に、こちらの世界の人達と会って貰う形になると思ってます。流石に、何日にも分けてだと思いますが」
「それって、アサもまた日を改めて。みたいな事になるっていうことか?」
「有り得る話だと思います」
「それもそうか。あれ、ほとんど個別には時間取れんかったしな」
うんうんと佐上は頷く。
「そして、そういう世界規模で国交を樹立させるためにも、越えなければいけない壁があります。一言で言えば、体制とインフラです」
「どういうことや?」
「恐らくですが、国交を樹立させる際にも、足並みは揃える必要があると思われます。これまでの交流から判断して、日本とイシュテンが勝手に国交を樹立させたとしましょう。他国から見ると、どう見えると思いますか?」
「何か、凄い抜け駆けに見えるな」
「そういうことです。その結果、日本もイシュテンも変に疑われて国際社会の中、孤立してしまうのは得策ではありません」
「それもそうですね」
なるほどと海棠が頷く。
「そこで、足並みを揃える訳ですが。そこの難しい調整は、外務省のもっと偉い人達や各担当が頑張りますので、正直言って私達はあまり気にする必要はありません」
「お前、ぶっちゃけおったな。そんなキャラやったか?」
佐上が呆れたような声を上げた。白峰も苦笑を浮かべる。
「そして、実際に国交を樹立する件ですが。新たに国交を樹立する際は、国家承認や政府承認といった。相手国を国家として認めるというアクションを取ります。そして、その上で大使館を設置したり、外交使節団の交換を行います」
「え~と? あれ? つまり、日本ってまだイシュテンを国として認めていないってことなん?」
佐上の質問に、月野と白峰は頷いた。
「そうですね。これは、イシュテンから見ても同様です。ただ、既に互いの国家の元首に対して親書を交換していますし、我々はアサさんとも交流しています。ある意味で、イシュテンと日本は黙示的承認は行ったと言えるでしょう。ただ、明示的に国交を樹立させるための条約などは交わしていません。これは、後々に改めて交わさなければいけないものになります」
佐上と海棠は首を傾げた。
「つまり、どっちなん? 日本ってイシュテンを国として認めてるん? 認めてないん?」
「正式に、と言うと大分語弊がありますが。明示的承認を成立させるためにも、黙示的承認を行っている。そういう立場です。ゆくゆくは互いを国家として認める事を前提として、お付き合いしているといいますか」
「仮免許とか、許嫁みたいなもんか?」
佐上の言葉に、月野はこめかみに人差し指を当ててしばし考え込む。
「……まあ、そういうことでいいです」
この辺りは、マスコミでも分かりやすく解説しているかというと、そうでもないのでこんな理解でいいのかも知れない。そもそもネタとして取り上げられていない。親書交換の頃に、軽く触れられただけだ。
だが、そういう意味でも、あの親書交換の意味はかなり大きい。
「それで、インフラの話に戻りますが。国交の樹立をするために条約を交わすにしても、そのための設備が整っていません。各国の外交官が秋葉原やルテシア市に集って条約を交わすにしても、書簡を送り合うにしても、あちらの交通インフラや通信インフラの都合上、それが難しい訳です。どうやら、あちらの世界の外交官の人達、ルテシア市に来るまで船で結構な長旅をされたようですし」
「寄港する港も多いので、それで日数が余計に嵩んだというのもあるそうですけどね」
「そうか、電話も無いんじゃこっちの様子を伝えるのも大変何やな。アサのおとんも、それで最初はかなり心配していたらしいし」
「それで、そこはどうするんですか?」
「施設については、国際的に使える建物を用意する事になると思います。今は、ここに来るときにも見た建設中の仮設住宅ですが、近いうちに取り壊されて本格的に大きなビルになると思います」
「あそこ、既に近くにでっかいビルがあるんやけど? そこ、どうなるん?」
月野は数秒、虚空を見上げた。
「具体的なところは知りませんが。偉い人達が協議中らしいです」
「うわ、凄いのに揉めそうな気がする」
海棠の呻きに、白峰も同感だった。
「話を戻しますが、あとは通信と移動のインフラですね。やはり、あちらの世界での移動と情報のインフラは、どうにかしないと困るかと。ただ、これも模索していくことになると思います。そのためにも、既に言われていた話ですが、あちらの魔法について、もっと調査が必要になりますし、それが鍵になると考えられています」
「どういうことや?」
「こちらの知識や技術と、あちらの魔法の力を組み合わせる事で、解決出来る問題も多いのではないかということです。ただ、これについては調査団の交換もそうですが。その結果次第という点も大きいですね」
海棠が手を挙げた。
「そういえば、魔法についての調査で思い出しましたけど、あちらの世界の人達のゲノムがどうなっているのかみたいな話はどうなったんですか?」
「そちらも、また近いうちに行われる予定です。暫定の渡界管理施設が完成した頃に、あちらの世界から来て貰った学者とマスコミの方から、協力者を募ってDNAを採取します。勿論、きちんと説明をして理解を得られた上での話ですが。あ、それとアサさんとご両親もご協力頂けるようですね」
正直、協力者についてはあまり得られない可能性も考えられたのだが。噂レベルの話だが、それは杞憂に終わりそうだ。どうも、好奇心の方が勝るのか、是非調べて欲しいという人達の方が多いらしい。
「しかし、こう聞くとこれから結構、話の規模も大きくなってくるっぽいな」
「ですね。予算案がどうなるかによりますが、来年度からは人員ももっと増えそうですし。しばらく、外務省も採用枠を増やしそうです」
「取りあえず、ここまでの話を纏めましょう」と、月野は立ち上がり、ホワイトボードへと向かった。
大きな目標として「異世界の各国との国交の樹立」。
続いて、中目標として「体制とインフラ整備」「互いの世界の技術交換」。
小さな目標として「日々、各の仕事をこなし、誠実に友好的に応対する」。
そんな事を月野は書いていった。
「他に何か、ありますかね?」
白峰は手を挙げた。
「すみません。直近の予定として、懇親会について話をしたいのですが」
「ああ、そうでした。それもありましたね」
海棠が訊く。
「ドレスコードとか、やっぱりありますか? 私、そういう服は持っていなくて」
「うちもや。こっちで着る服はあるけど、あっちの世界で着るような、そんな立派な服は無いんよ」
「そうですね。そこは、佐上さんについてはこれまで着て頂いたようなスーツで大丈夫だと思いますが、念のためアサさんに確認してみましょう。海棠さんも、これでいきなり自腹というのは厳しいでしょうし、掛け合ってみます」
「よろしくお願いします」
海棠は頭を下げた。
「あの? それで、すみません。自分からも相談に乗って貰いたい事があるのですが?」
「なんですか? 白峰君」
恐る恐る、口を開く。




