異世界飲みニケーション(3)
21:00時かそこらには、飲み会はお開きということになった。
まだこのルテシア市の治安の実態が分からないということもあり、それにダラダラと席を占有していても店に迷惑だろう。それに、深酒もよろしくないわけで。
佐上と月野、そして白峰と海棠はそれぞれ帰り道の途中で別れた。佐上は月野に、海棠は白峰に家まで送っていって貰う格好だ。
出来れば、送って貰うのは月野よりは白峰の方が有り難いのだが。家の方角的にそうなってしまうのだから仕方ない。
「意外と、まだ人通りは多いな。ここら辺」
「そのようですね。街の中心近くということもあり、街頭も整備されているようですし。区画の封鎖も解除されて、徐々に人通りも戻っているのでしょう」
すれ違う人達の何人かから、視線を感じる。しかし、敵意は感じない。異世界の丸い耳の人間というのを目の当たりにして、少々驚いたといった程度だろう。
こちらから話しかければ答えてくるが、月野はそうでもしないと何も話してこない。
無言のまま歩くと、ほろ酔いのいい気分が早々に醒めてしまいそうで。佐上は適当に月野に話を振っていく。
空を見上げる。満月が浮かんでいた。
「日本やと、ファンタジーものの創作物では月が二つっちゅうところも多いけれど。こっちの世界も一つ何やな」
それも、大きさも地球の月と同じに見える。模様は大分違うが。日本から見えるウサギの模様ではなく。こっちの月は威嚇する海老のように見える。
しかし、月野は首を傾げた。
「いや? 私もうろ覚えですが、確かこちらの月はそうではないそうですよ」
「そうなんか?」
「はい。この大きな月の他に、小さな月が二つあるそうです。大きさは、あの月よりもかなり小さいらしいですが」
「ふーん」
もう少し、佐上は空を見渡してみる。しかし、そんな月は見えない。今はここから見えない位置にあるのかも知れない。
「こっちには、月見の風習とかあるんかな?」
「分かりません。ですが、あっても不思議ではなさそうですね。綺麗な月ですから」
一度、ここの人達に訊いてみてもいいのかも知れない。
月野が言うとおり、綺麗な月だ。こんな月を見ながら酒を飲むのも、悪くない。
「しかし、意外やったな」
「何がですか?」
「いや、おんどれの訛りがキツかったっちゅう話」
「絶対に、話しませんからね?」
低い声で、唸るように言ってくる。呑んでいる間、そのネタで絡みすぎたかも知れない。
佐上は苦笑を浮かべた。
「分かっとるて、もう言わんから。そういう事やなくてやな」
「では、何ですか?」
ぼりぼりと、佐上は頭を掻いた。
「いつの間にか、こっちの言葉まで勉強していたこともそうやけど。今まで、何事もそつなくこなすイメージしか無かったからな。せやから、意外やった」
月野が溜息を吐いてくる。
「何を言っているのかと。私はそんな、出来のいい人間なんかじゃありませんよ。他の人達に追い着くのに、毎日が必死です」
「全然、そうは見えんけどな?」
「あからさまに、努力しています。などという姿を見せるのは、格好悪いでしょう?」
「ええ格好しいか」
「ほっといて下さい」
少し拗ねた様な口調が返ってくる。気付けば随分と、こいつも感情的な反応を返すようになった様に思う。ひょっとしたら、酒が入っているせいかもしれないが。
「苦労したんか? 方言を直すの」
しばし、月野は押し黙った。
「そうですね。そうかも、知れません。東京に出て、何か話す度に色々と言われましたから。何より、通じなくて困らせてしまうのが嫌でしたね」
「そっか」
淡々と言ってくるが。ええ格好しいの男が「絶対に嫌だ」と言うくらいだ。こいつにも、色々とあったのかも知れない。
「じゃあ、ひょっとしてうちにしつこく大阪弁をあれこれ言うてきたんも、それ関係あったりするんか?」
「さあ? でも、そういう部分もあったのかも知れません。別に、方言が日本語としておかしいだとか、そんなことは考えていませんが。佐上さんもアサさんも、それで苦労する様子というのは、見たくありませんでしたから」
「ま、まあ。実際、少しアサに苦労させてしもうたしな」
乾いた笑いが浮かんだ。
少し話題を変えよう。
「ほんなら、地元に帰ったときとかは、方言で話すんか? 正月とか、お盆とか。世間と一緒な時期に帰るのかは知らんけど」
「いえ? 青森には帰りませんよ」
「そうなんか? でも、両親とか親戚とか、寂しがらんの?」
「さあ? どうなんですかね?」
「なんや。引っ掛かる言い方しよって」
月野を見上げる。無表情に、月野は月を見ていた。
「地元に帰っても、もう誰も私を出迎えてくれる人はいないので」
「それって?」
「私には、両親も親戚ももういないんですよ。確かに、墓参りくらいは、たまにはすべきなのかも知れませんが」
佐上は頭の中で呻いた。ヤバい、地雷踏んだかも。
「すまん。デリカシーの無いこと訊いたわ」
「気にしませんよ。この歳でそんな可能性、思い至る人の方が少ないでしょうから」
「そうか」
「でも、不思議なものですね。あんなにも青森から出て行きたかったというのに――」
そこで、月野は首を横に振り押し黙った。
「いえ、すみません。私も少し酔っているようです。こんな話、聞かされても困りますよね」
「別に、そんなことはないけど。何か、あったんか?」
月野は深く息を吐いた。
「そうですね。何があったというわけでもないのですが。もう、帰る理由が無くなったときは、思っていたよりも堪えたようです。あそこには、私にとって何も無いところだと。そう思っていたんですけどね」
「そっか。詳しいことはよく分からんけど。辛かったんやな」
「そうかも、知れませんね」
静かな口調が、返ってきた。
「そういえば佐上さんは、こちらに来てからも、ご両親とやりとりはよくされているんですか?」
「何や? 藪から棒に」
「いえ、スマホの件ですよ。柴村技研の仕事もそうですが、ご両親と連絡が取れなくて困るといけませんから。でも、まだ少し時間が掛かりそうで。暫定の渡界管理施設が出来るまでの、あと数週間程度には何とかなりそうですけど」
「あーそれな。東京に来て最初はまあ、数日おきに連絡していたけど。ここ最近はその頻度も減ったし、大丈夫やわ」
それに、それなら皇剣乱ブレードのイベントにも十分間に合う。
「そうですか。それならよかったです。佐上さん、ご両親に大事にされているようですから」
「ん~? そうかあ?」
子供の頃から、何度もアホと言われ、小突き回された思い出ばかりなのだが。
「そうだと思いますよ? 私が初めて佐上さんのお父さんに電話をしたとき、物凄い剣幕で怒鳴られましたから」
佐上は呻いた。
身内の恥を思い出す。よりにもよって、いきなりこいつに「君に娘はやらんっ!」とか言いよったアホンダラ親父。
「そ、その件はあんまり言わんといて? うちからも謝ったけど。おとん、マジで落ち込んでいたし」
「私は気にしていないと言ったんですけどねえ? それに、こういうのは過ぎてしまえば笑い話になるものだと思いますが」
月野は首を傾げた。
いや、お前が気にせんでも、こっちが気にするっちゅうねん。
「そういうもんかも知れんけど。でも、落ち込むわ。おとんもおかんも、アホばっかやし」
両親とも、先日にテレビでこのド腐れ眼鏡を見て、やっぱり皇剣乱ブレードの蒼司に少し似ているとか言いよるし。アホ過ぎる。
「でも、いいご家族だと思いますよ? 失礼ながら、毎日何かしら話題に事欠かなさそうで」
「まあな。それは言えるな。アホな話には事欠かんわ。一緒にいて飽きんし」
「楽しそうですよね」
「そんな愉快な話じゃないわ。こないだも、うちのおとんはな――」
そう言って、先日に電話で色々と母親から聞いた話を話し始める。
月野ほとんど無表情に近いが、それでも小さく楽しげな笑みを浮かべて、静かに聞いてくれる。
でもそれは、何故か佐上には泣き顔に見えた。
【ボツネタ】
月野「月が綺麗ですね」
佐上「死にとうない」
月野「何を言っているのですか?」
佐上「夏目漱石と一休禅師」
月野「勘ぐりすぎです」
次回から、次章です。多分?
でも、引越編とあまり変わらないかも知れない。
章タイトルは、どうしようかな?
 




