異世界飲みニケーション(1)
白峰視点なので、普通にイシュテン語が通じていると思って下さい。
他の面々は翻訳機を通して会話しています。
暁の剣魚亭に、白峰達は訪れた。
時間は18:00を少々過ぎたくらいだが、外はまだ大分明るい。イシュテンはこれから夏が本格化してくるため、今の時期の日照時間は長い。
引き戸を開いて、店内へと入る。
「いらっしゃいませ」
イシュテン語で、カウンターに立つクムハ=リンレイが出迎えてくれた。
白峰に続いて、他の三人も軽く会釈をして続く。
「全員で、四人でしょうか?」
「あ、はい。そうです」
「では、あちらの席にどうぞ」
店主が手で示した先には、四人用のテーブル席があった。
「他にお客、いないんですね。貸し切りなのでしょうか?」
「まだ、開店したばかりなのでは? 夕方ですし」
「せやけど、店の雰囲気はよさそうやな。うちは好きやで? なんか、庶民的というか、家庭的で落ち着くわ」
そんな声と共に、彼らは席に着いた。男女で別れる形で、壁側にそれぞれ月野と佐上が座る形だ。
と、店の奥から、とたたたと軽い足音が近付いてきた。
「こらっ! ちょっと待ってっ!」
そんな声も聞こえてくるが、声の主は捕まえることが出来なかったようだ。
店内に若草色の髪を持つ、小さな女の子が飛び出してきた。白峰達が座る席へとやってくる。
「いやっちゃいまぢぇっ!」
元気一杯に、大きな声で叫んでくる。
「な、なんや? 何て言ってきたん?」
佐上が目を白黒とさせた。
「ああいや、『いらっしゃいませ』って言ってきたようです。子供だから、少し舌っ足らずなのでしょう」
「ああ、なるほど。せやから翻訳出来んかったんか」
納得したと、佐上は頷いた。
「すみません。みなさん。娘が騒がせてしまったようで」
クムハ=リンレイが頭を下げる。
奥からクムハ=ハレイも続いて出てきた。
「ごめんなさい、娘が。って、あら? シラミネさん? 来てくれたんだ?」
「はい。今日は仕事仲間の皆さんと一緒に。実はこれまで、こうして互いにゆっくりと話し合う機会って無かったので、こちらに引っ越してきたついでに、一緒に呑もうかという話になりました。となると、気兼ねなく利用出来るとしたら。ここかなと」
「あらそうなの? ありがとう。そう言って貰えると嬉しいわね。これからも、ご贔屓に」
「はい。クムハさんは、今日はこちらに戻っていたんですね」
「そう。戻って来たばかり。だから、もうしばらくはこっちにいるわ」
「そうなんですね。お疲れ様です」
笑みを浮かべるクムハ=ハレイに白峰は頭を下げた。
「お知り合いですか? 白峰君」
「あ、はいそうです。アサさんの家で働いている飛行機のパイロットの方で、クムハ=ハレイさんと言います。アサさん達が書いた報告書を王都へと運んだりされているそうです。あちらのカウンターにいるのが、夫のリンレイさん。娘さんが、シィノちゃんだそうです」
「女性パイロット? 格好いいっ!」
海棠が尊敬の眼差しをクムハ=ハレイへと向ける。
そして、その隣を見ると佐上もまた目を輝かせていた。
「シィノちゃんかあ。可愛いなあ。ねえ、シィノちゃんは歳は幾つなんですか?」
「四ちゃいっ!」
シィノが四本の指を出して佐上に見せた。
「そっかあ。四歳かあ。くぅ~、可愛いなあ」
佐上が満面の笑顔を見せる。もう、デレデレといった具合だ。
「何だか、『飴ちゃん食うか?』とか言い出しそうな勢いですね」
「うっさいわっ! 持ってへんしっ! というか、なんで持ってへんねん、うち」
心底悔しそうに、佐上は顔をしかめた。これはひょっとしたら、今後は飴玉を常備するようになるかも知れない。
「佐上さん、子供好きだったんですか?」
「え? いや? これまで、そういうつもりは全然無かったんやけど。何かこう、急に胸に突き刺さったんや。胸がきゅんきゅんと締め付けられるような?」
胸の前で腕を抱え、佐上は切なそうな息を吐いた。
「幼女に恋とか変態ですかあなたは? くれぐれも、犯罪は止めて下さいよ?」
「佐上さん。真剣に、結婚相手を探した方がいいんじゃないですか?」
「クムハさん。この人はきちんと自分達が見張るので、安心して下さい」
途端に、佐上の眉が跳ね上がる。
「こらあっ! おどれら、うちをなんやと思ってるねん? 海棠はんもな? 探して見付からないから、辛いんやで?」
そう言って、佐上はむくれた。しかし、すぐに表情をにこにこの笑顔に戻した。
「でも、本当にシィノちゃんは偉いなあ。こうして、うちらお客さんを出迎えてくれたんでしょう? お父さんのお手伝い?」
「うんっ! それに、約束っ!」
「約束?」
「丸い耳のおじちゃん。前にここに来た。丸い耳の人達、来るから。仲良くして欲しいって」
「丸い耳のおじさん?」
はて? 誰だろう? と、面々は首を傾げた。
「サクラノさんという人のことだと思います。以前こちらに来ました。そのとき、娘にそんなことを言っていたんです」
クムハ=リンレイが答えてくる。
「ああ、桜野さんですか。あの人もこちらに来ていたんですね」
「はい。他にも何人かそちらの世界の方に来て貰いました」
どうやら、そんな感じで口コミが広まっているようだった。
「そっかあ。桜野さんと約束したのかあ。約束を守るシィノちゃんは偉い子やなあ。私達とも、仲良くしてね?」
照れくさそうに、しかし胸を張ってシィノは頷いてくる。
小さいながらも友好の種を植えてくれた桜野に、白峰は感謝した。
「それにしても、よく私達が来たことが分かりましたね」
そう言われてみれば、そうかも知れない。
「ねえシィノ? あなた、どうしてこの人達が来ること、分かったの?」
クムハ=ハレイが訊く。
「上から見てたもん。髪が黒で、耳が丸い人だったから」
「上?」
どうやら、二階の窓から見ていたとか、そんな感じらしい。
「そういうことかあ。シィノちゃんは目がいいんだねえ」
シィノは頷いた。
「そりゃあ。目が命の飛行機乗りである、私の娘だもの」
クムハ=ハレイは鼻息を荒くした。どうやら、彼女も親馬鹿らしい。親とは、どこの世界でもこんなものなのだろうか?
「それと、失礼でなければ私にも皆さんのお名前を教えて貰えませんか? これからも、お付き合いすることがあるかと思うので」
「では、私から」
海棠が手を挙げた。
「海棠文香です。広報と取材をするため、こちらに来ました。それとマスコミについて、色々と勉強させて貰おうと思ってます」
「じゃあ、次は私やな。佐上弥子です。この、翻訳機の調整をしています。もっと色々とこちらの言葉を上手に翻訳出来るように調査に来ました。あと、言葉の関係で問題が起きたとき、すぐに相談に乗れるようにと」
「では、次は私ですね」
月野が眼鏡をかけ直し、続ける。
「月野渡です。主に、日本では佐上さんと一緒にアサさんに色々と案内をさせて貰っていました。白峰と同じく外交官です。アサさんや、こちらの国々の外交官の方達と打ち合わせをしていくことになります。よろしくお願いします。シィノちゃんも、よろしくお願いします」
静かに、月野はシィノへと笑みを浮かべる。
しかし、シィノは母親の脚の後ろへと隠れてしまった。
「あの? シィノちゃん?」
「どうしたの? シィノ?」
月野とクムハ=ハレイが困惑した声を上げる。しかし、シィノはどこか怯えたように、少しだけ顔を出して頷くだけだった。
その様子に、佐上は腹を抱えて笑い声を上げた。
これ書いていて驚いたこと。
佐上さんが勝手に子供好き属性を身に付けた。キャラは成長するんだなあ。