アサと五ヶ国の外交官
なんやかんやと、ようやく異世界側の外交官や学者達がルテシア市に到着したようです。
そして、100話。100話かあ。気付けば長く書いている物だなあ。
星群の間。応接に使用する部屋の扉が開いた。
ティケアとミィレの導きに従って、彼らは部屋へと入ってくる。
全員が部屋の中に入った頃合いを見て、円卓の脇に立っていたアサは、胸に手を当てて丁重に会釈した。
「遠路はるばる、ルテシア市にようこそいらっしゃいました。私はアサ=キィリン。アサ伯爵家の長女にして、イシュテン外交宮の一員でもあります。これから、よろしくお願い致します」
「こちらの席にどうぞ」と、アサは円卓に手をかざした。彼らは頷いて、円卓へと寄り、着席する。
それを見届けて、アサも着席した。彼女の両隣に、ティケアとミィレが立つ。
アサの前には、三人の男性と二人の女性が座っている。いずれも、このルテシア市に派遣された各国の外交官だ。年齢は40代後半から60代まで様々と言ったところだろうか。
単純に、年齢だけから考えても彼らは外交官として豊富な経験の持ち主なのだろう。そして、ここに来ることを選ばれたという意味でも、その力量は確かなのだと窺える。
そこにいるだけでも感じ取れる存在感に、アサは微かな緊張を感じた。反射的に微笑みを浮かべる。
背筋を伸ばした。
臆してはいけない。確かに、自分は彼らに比べたら駆け出しのひよっこもいいところだ。けれど、それでも今の自分はイシュテンの代表を任され、彼らと対等の立場なのだ。今後は、彼らと一緒に、現地での異世界対応を任されることになる。
シヨイがお茶の入った湯飲みを順に、円卓へと並べていく。
「本日は、招きに応じて頂き、ありがとうございます。長旅でお疲れとは存じ上げますが、まずはご挨拶をさせて頂きたいと思いましたので」
詳細な時間は不明だが、彼らは昼前にルテシア市に到着し、港近くにある宿にチェックインしたばかりの筈だ。それから、今はまだ数時間が過ぎた程度だろう。
「いや、こちらこそ、その申し出は歓迎するところでした。お近付きになれて光栄ですよ。アサ=キィリンさん。その歳で、ここに至るまで異世界の人々と友好な関係を築くことが出来たことに、私も常々深く感じ入っているところです」
アサの隣に座っている、五十代程度の男がにこやかに笑み、答えてきた。他の面々も、同様に頷く。
そんな風に言われると、何だか気恥ずかしい。自分としては、やれる限りのことをやって、でもって出会ってきた人達がいい人だったから、こういう形になったというだけなのだが。
「さて、我々も自己紹介といきましょうか。まずは私から。そして、順番に隣の人間が自己紹介をしていくということでよろしいですか?」
「異論は無い」
「それで、構いませんわ」
「では、そういうことでいきましょう」
男の呼び掛けに、各が頷く。
「では、私から。ライハ=ザルドゥです。ミルレンシアの代表として参りました。よろしく願いします」
濃い浅黄色の髪をした男が頭を下げる。
「よろしくお願いします」
ライハの背格好は中肉中背で、どこにでもいそうな紳士に見える。父から、親馬鹿な部分を抜いたら、こんな感じかも知れない。ふと、アサはそんなことを考えた。
続いて、二人目。今度は渋めの茶色の髪を持つ、60代を過ぎた様に見える男だ。
「ディクス=レハンです。アルミラから来ました。よろしく」
「よろしくお願いします」
この男は、少し痩せぎすに見える。しかし、決して不健康という感じではない。目付きは鷹のように鋭く。心身共に充実している様が見えた。
「あのねえ。あなた達、もう少し面白みのある自己紹介しなさいよ。どうしてこう、ミルレンシアやアルミラの人間ってこうなのかしら」
ディクスの隣に座るピンク色の髪の女性が、呆れたような声を上げた。
ライハは面目なさそうに苦笑を浮かべ。ディクスはむぅと唸る。
「ルウリィ=ミルクリウスよ。シルディーヌ代表。これからよろしくね? あなたのような可愛い娘さんと知り合えて、嬉しく思うわ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
シルディーヌの人間は、特に女性は日頃から美容へのこだわりが徹底している。なので、ぱっと見40代に見えるが、見た目通りかは分からない。面倒なことにしかならないので、断じて年齢は尋ねない方がいいということだけは、確かなのだが。
決して、場の主役を奪うというほどでもないが、ルゥリィが着ている服は様々な装飾品で彩られている。このファッションセンスは、改めて見ると、イシュテンとは大分違うとアサは思った。
と、そんなルウリィが、にんまりと妖艶な笑みを向けていることにアサは気付く。
「あの? 私に何か?」
小首を傾げるアサに、ルゥリィは軽く首を横に振った。
「ううん? 何でもないのよ? 私にも外交機関で働いている娘がいるんだけどね? あなたより少しだけ歳が上の。その子のことを思い出しただけ。気に触ったなら、ごめんなさいね?」
「いえ、そんなことは。でも、娘さんがいらっしゃるんですか」
「ええ。そうなの。本当に、可愛いのよ。まるで、あなたみたいに」
何だろう? 妙にこう「可愛い」という言い方が、如何にも含みがあるような言い方をされている気がする。悪気も無いように思えるのだが。
美意識の違いからか、イシュテンの女性とシルディーヌの女性はあまり相性がよくないことが多いと、ジョークでは言われている。自分としては、そんなつもりは無かっだのだが、ひょっとしてこれがそうなのだろうか?
「そこまでにしておきなさい。あまり若い娘さんをからかうものじゃない。若い娘。それも特に、イシュテンの女性ともなれば、君達シルディーヌの女性と違って、純心なんだから」
「まあ、失礼ね。シルディーヌの女だって、純心なんだから?」
ぷんぷん。と、言わんばかりにルウリィが頬を膨らませる。その姿を見て、各国の代表達は苦笑を浮かべた。
とすると、あれはやっぱり、からかわれていたのだろうか? 年を経れば、こういう振る舞いにも、華麗に切り返せるようになるのだろうか?
アサはそんなことを考える。
ルウリィの隣に座った巨躯の男が咳払いをする。先ほど、彼女を窘めたのも彼だ。年齢は50代半ばくらいか。短く刈った、明るい赤色の髪をしている。
「ゴルン=ドガナッハ。ティレントの出身です。飯が美味いと評判なイシュテンで働くために、イシュテン語を覚えたんですが。まさか、こんな仕事に参加出来るとは思ってもみなかった。正直、イシュテン語を覚えておいて本当によかったと思っています」
「そうなんですね。ご期待に添えるかどうかは分かりませんが、様々な料理を楽しんで頂ければ幸いです。料理に興味があれば、日本の料理も美味しいので、楽しめるかと思いますよ」
「そうなのですか。それは楽しみだ」
満面の笑顔で、うんうんとゴルンは頷いた。
何事も大雑把と評されることが多いティレント人ではあるが、実際にこうしてイシュテンの料理に惹かれる人間は結構多いらしい。そんな話を、両親から聞いた覚えがある。なお、メシマズで知られるアルミラの人間がイシュテンに来た場合は、二度と祖国に戻らないという噂もよく聞く。
「でも、アサさん。この人、本当によく食べるんだから? 街中のお店に、手配書を貼るように言っておいた方がいいわよ?」
悪戯っぽく、ルウリィが笑う。それを受けて、ゴルンも頭を掻いた。大食漢であることは否定しないらしい。
「分かりました。ご忠告、ありがとうございます」
アサも、笑みを浮かべる。
「それじゃあ。私で最後ね。セルイ=アハシエ。ノルエルクの代表よ。ジョークの通り、私達流の挨拶をすると、ここにいる人達みんな寝てしまいそうだから、それは自重させて貰うわ。よろしく、アサ=キィリンさん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
セルイの年齢は50代半ばだろうか。癖の無い濃紺の髪を肩まで伸ばしている。しかし、ルウリィとはまた違った意味で若々しいように思えた。知性に溢れた女性。そんな印象だ。
「ところで、異世界の人達は今はどちらに? 一つ前の港では、彼らもここに住むと聞きましたが」
「今日は、今頃引っ越し作業をしていると思います。あと、明日も細かい物を買い出しや役所への書類提出などをされるようです」
「なるほど。では、ゲート管理の建物は?」
「先日から、工事を着工しました。規模は小さいし造りも簡素なものになりますが、あと数週間程度で完成の見込みです」
ふむ。と、ライハは顎に手を当てて頷く。
「では、近いうちに彼らとの挨拶と建物の確認にも行きたいね。可能ですか?」
「分かりました。明後日にはシラミネ=コウタがこちらに訪れると思うので、そのときにでも伝えます。皆さんは、どうされるのですか? 引っ越し等の準備はあると思いますけど、具体的な希望日時などは、ありますか?」
「いや、まだ未定です。だが、こちらの引っ越しが済み次第、速やかに挨拶が出来ればと思います。目処が立ったら、連絡しますよ」
「分かりました」
とすると、でも三日から五日程度で、日本の人達と彼らの会合を用意出来るようにすればいいのだろう。
「あと、それと君から見て、日本の人達がどんな人だったのか、教えてくれませんか?」
「と、いいますと? 私が王都に送った報告書などは、共有されていると聞いていますけど」
「ああいや、そういうのじゃなくてだね」
しばし、ライハは虚空を見上げた。
「もうちょっと、俗っぽいお付き合いとか、そういう話です。普段、世間話とかどんなことを話したのか? そういう話が有ったら、聞いてみたいと思ってね。その方が、彼らの人柄が分かりそうなので」
と、言われてもなあ。アサは眉根を寄せた。
「あの、僭越ながら」
アサの後ろで、ミィレが手を挙げた。
「例えばそれは。そうですね。先日、私は彼らの買い出しに案内役として付き合ったのですが。別行動したツキノさんとシラミネさんが、ふと見掛けたら工作用の道具を手にして、はしゃいでいるのを見掛けたんですけど。そういう話とかでしょうか?」
「え? 何? あの人達、そんなことしてたの?」
こくりと、ミィレは頷いた。
「カイドウさんも言っていましたが。あちらの世界の男の人も、そういうものが好きな人、多いみたいですね。サガミさんは、『玩具に夢中になる子供みたいだ』と、ぼやいてましたけど」
男達はそういうものが好きだと、子供の頃に母親から聞いたことがあるが。まさか、ツキノとシラミネもか。という思いだった。
視線を目の前に戻すと、皆一様に笑みを浮かべていた。
「そうそう。その通り。そういう話が聞きたいね。出来れば、もっと詳しく」
「畏まりました。あれは――」
ミィレがその時の状況を話し始めた。感情豊かに状況を再現するので、その時の様子が目に浮かぶようである。
まあ、確かにある意味ではこういう話の方が、人柄が伝わりやすいのかも知れない。けれど、やり過ぎて彼らの名誉を損なうような話だけは、出さないように気を付けないと。無論、ミィレやティケアがやらかしそうなら、止めるけれど。彼らがそんな真似するとも思えないけれど。
じゃあ、私はサガミが記者会見で怒鳴り込んできたときの様子でも、話してみようかしら?
海棠を入れて、登場人物の平均年齢を下げることに成功したつもりが。
ここで一気に跳ね上がった気がする。