ミリユイ商店街 -男性編-
ようやく魔法についてのもう少し細かい設定が出てくる回。
当たり前ではあるが、この世界では多くの道具は魔法の力を使っている。
故に、家電を売っているような店というものは存在しない。強いて上げれば、家具屋がそういう店に近いかも知れない。
「何というか、実際にこうしてやってみると、本当に説明しにくい感覚ですね」
サイリウムのように光る棒を手に、月野はしみじみと呟いた。この照明は、用途としては懐中電灯みたいなものだろうか。
ものは試し、と月野は店に許可を得て使わせて貰った。
「でしょう? 自分も、魔法を使う感覚ってどう説明したらいいのか参りましたから」
「しかも、本当に日本語でも反応するんですね」
「そうなんですよ。ミィレさんからの説明で、言語の種類は問わないって聞いたから、まさかなあと思って試してみたんですが」
「つくづく、どういう理屈なんですかね? いやまあ、この世界の人達も、その辺はさっぱり分からないのだと、報告は聞いていますけど」
「何なんでしょうね? 言葉よりも、それを伝えたときの頭の中にある意思とか、イメージが重要ということらしいですが」
それでいて、魔法が起動するのには、声に出して伝える必要があるという。
「消灯」と月野が言うと、彼が手にした棒から光が消えた。これも、別に「消灯」ではなく「消します」でも「光はもはや不要」でも何でもいいようだ。流石に、全く関係が無い言葉だと、反応しないようなのだが。ここの基準もまた、よく分からない。研究中らしい。
月野は照明を陳列棚へと戻す。お値段は、日本で懐中電灯を買うより、少々高いくらいである。結構長く使えるらしいので、値段には見合うのだろう。
「しかし、そういうよく分からないものを使いながらも、よくもまあこれだけ色々なものを生み出せるものだと思いますよ」
「確かに」
二人で、売り場を見渡す。照明の他にも、洗濯機やエアコン、電子レンジ、アイロンなんかに相当するような商品が並んでいる。
「物理学的に、どう考えたらいいんでしょうね? こういうの」
「世界中の物理学者が興味津々だそうですが? エネルギーをどこからどうして得ているのかも分からない上に、魔杖の魔法とかもどういうものなのか分かりませんし」
「ですねえ。金属が乏しいと聞いたので。あれ? じゃあ、鏡ってどうなっているのかと確認してみたら、普通にありましたし。でも、メッキじゃなくて石やプラスチックの板を魔法を使って鏡にするとか。滅茶苦茶ですよ」
「そして、報告によると、展延性に変化が無い以上、原子的に金属に変化したわけでもない。その上で、金属光沢を与えるような真似だと。量子力学的にどうなっているのかと」
様々なことが出来る一方で、だが施した魔法を調節するということは出来ないらしい。例えば、照明の光量を減らすとか、加熱する鍋やフライパンの温度をこまめに調節するだとか。
「まあ、我々が深く考えたところで、仕方ない話なんですけどね」
「そうですね」
地球上でも、身の回りの道具の原理や構造を知らなくても生活は出来たりする。つまりは、ここの世界の人間も、魔法に対する感覚としては、そんなものなのかも知れない。
「ただまあ、こういった魔法はどれも、神代遺跡の調査から分かったものらしいので。今度来る魔法学者の人達の調査によって、また何か新しい魔法が見付かったりするのかも知れませんね」
「例えば、我々の世界と行き来するための魔法のような? ですか」
白峰は首を傾げた。
「いやあ? それはどうでしょう? 何でも、過去の調査でもああいった遺物の解析って全然進んでいないらしくて。断片的に魔法らしきものを読み取って、再現してみようとしても何も起きないことがほとんどで、仮に起きたとしても、遺物の動きとは全く関係なさそうなことが起きたりすることが大半らしいですよ?」
「例えば?」
「どこの国の話だったか忘れましたが。確か、ただずっと周囲を暖かくする遺物があるらしいんですが。その遺物の調査で発見された魔法が、写真や印刷に使われる魔法らしいです。もう、ずっと大昔の話らしいですけど」
「本当に、何が何だか分かりませんね」
そういう意味では、魔法の研究は長く行き詰まっている。その突破口として、地球の物理学の知識もまた期待されているそうな。
「しかし、こうして実際に魔法を使った道具というのは、見てみると興味深いですね」
月野は顎に手を当て、ふむと頷いた。
「どうでしょうか白峰君? 大型の家具の類いは大体様子も分かりましたので、私としては今度はもっと小さな道具の類いを見てみようかと思うのですが」
「例えば、どのようなですか? 調理器具は、もうこの前のお店で確認しましたけど」
「そうですね。今度は大工道具の類いとか、どうでしょうか? 金槌とか、金属を使わないでどうしているのか気になります」
「なるほど。面白そうです。見てみましょう」
白峰も賛成し、家具屋の外に出た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
家具やら調理器具やら食器やら、あとついでに衣服の類いも結構見ることが出来た。男連中の視線を気にすることなくファッションを楽しむことが出来たのは、嬉しい。
最初は引っ掛かるものがあったが、別行動の提案はこれはこれでよかったなと、佐上はそんなことを考えていた。
しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。もうそろそろ、帰ることを考えなければいけない。ウインドゥショッピングをしながら、集合場所へと向かう。
「あれ? 月野さんと白峰さんがいますね?」
「ほんまや。あいつら、なにしとるんやろ?」
海棠の声に、佐上は彼女の視線の先へと首を向けた。その先で、連れの男二人を見掛ける。
「物 作る 道具 の 店 です」
看板の文字は読めないが、ミィレの言葉を考えるに、大工道具の店とかそんな感じだろう。
で、男二人は店の軒先で一心不乱に木材に色々としている。切っ先が輝くよく分からないもので穴を空けたり、デカい物差しようなもので切断したり。その度に、なにやら感心したような素振りを見せている。でもって、店員の話を熱心に聞いては楽しそうに談笑している。
秘密基地を作る少年ども。ふと、そんな言葉が佐上の脳裏に浮かんだ。あいつら、目をキラキラさせて何してんだマジで。
「何だか、あの様子だと完全に男の子回路が目覚めてしまっているようですね」
海棠がぼやいてくる。
「カ……イ?」
「ごめんなさいミィレさん。回路って、こちらには存在しない考えですね。ええと、まあとにかく、今あの二人は男の子の好きなことで夢中になっている状態です」
「どういうことやねん?」
訊くと、海棠は嘆息した。
「ああいえ。うちのお父さんがあんな感じなんですよ。どういうわけか、ホームセンターに行くと、訳も無く無駄にあの手のコーナーに立ち寄るんですよねえ。必ず男の人に当てはまるっていうわけじゃないんでしょうけど、どうも男の人って何かを組み立てたりとか工作するとスイッチ入っちゃうこと多いみたいで。実際にやるかどうかはともかく」
「ああ、少し分かるわ。うちらの会社で世話になってて、この翻訳機を作ってもろた会社の社長さんも、そんなところあるしなあ。工作機械とか大好きで。うちのおとんは、全然そんなことないんやけど。ああでも、叔父さんがプラモ作り大好きなんよな。あんな感じか」
ひょっとしたら、こいつらは結構長い時間ここにいるのかも知れない。仮に、一緒に行動していたらそれに巻き込まれていたかも知れない。そういう目に遭わなかっただけでも、やはり別行動で正解だったのかも知れない。佐上は再認識した。
というか、こいつら実は過去のデートでもそんな真似をやらかしたとか。そんなんやから振られたとかじゃないんか?
「シラミネ と ツキノ ここの イシュテン 男の人 達 と 同じです」
「そうなんか?」
ミィレは頷いた。
「男の 人 もの 作るの 好きな人 多い です。一生懸命 です。世界 の 冗談にも なっています」
そういえば、そんな話も聞いた気がする。イシュテンでは物作りのこだわりが半端ない職人達が多いのだとか。
「本も 多く 売っています」
「なるほど」
要するに、日曜大工の手解き書のようなものか。それを真似する趣味の日曜大工が多いと。
「佐上さん、どうしましょうか?」
「もう少し様子を見て、時間を忘れているようなら声かけようか」
ひょっとしたら、店員の影響もあるのかもだが。こいつら、変な趣味に目覚めたりせんやろな? いや、もう手遅れなのかもしれんけど。
ホームセンターの大工道具売り場とか、よく分からない機械売り場とか。
そこが言わば、大人になった男にとって、ある意味玩具屋みたいに感じる感覚、分かって欲しい。
ロボとか、ゴチャゴチャと部品が組み合わさって出来上がった機械とかって、男の浪漫なんです。