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未完結シリーズまとめ  作者: なおほゆよ
おっさんクエスト
74/77

おっさんよ、パパになれ

おっさんに失敗は許されない。


もう少し言うなら、おっさんに致命的失敗は許されない。


例えば、少年法というものがある。


ご存知の通り、犯罪という致命的失敗を犯した若者を救済するための処置だ。


若者はまだ未熟で先の長い存在…それ故に更生の機会も多く、変われるチャンスも豊富だ。


だが、おっさんの場合はそうはいかない。


おっさんが犯罪を犯してしまえば、たとえ執行猶予で終わったとしてもこれまでの日常には戻れないだろう。


懲役など食らってしまえばもはや社会復帰は絶望的と言っても過言ではないだろう。


ただでさえ職につくのは大変なのに、前科持ちの人間がまともな職につくなど宝くじであたりを引き当てるくらい難しい。


そして致命的失敗とはなにも犯罪だけではない。


例えば事故や病気で倒れる可能性もある。


ちょっとした不祥事で首を刎ねられる可能性もある。


いつなん時、この生活をぶち壊す嵐に見舞われるか分からない。


だからそんな嵐に吹き飛ばされないように、おっさん達は四六時中、荒波の中を進む船のマストにしがみついていなければならない。


少しでもこの腕に込めた力を抜こうものなら、忽ち嵐に吹き飛ばされかねない。


だから、おっさん達はいつなん時、いかなる場合でも、気を張っていなければいけないのだ。


嵐に吹き飛ばされ、社会からドロップアウトしてしまえば、再びその場に這い上がることが難しいことを知っているから、絶対に気を抜くわけにはいかないのだ。


…社会復帰の大変さは、この身に染みているから分かる。


しかも歳をとればとるほど、復帰は困難なものとなる。


だから歳をとればとるほど、おっさんになればなるほど、保守的にならざるを得ない。


そうやって荒波の中で一生、しがみつくことしかできなくなる…。


…俺はそんな未来に希望を見出せなくて、一度は自らその手を離した。


おっさんには失敗は許されない。


リスクを冒すことは出来ない。


だがしかし…リスクがなければリターンなど無いわけで…。


俺はそんなよく分かりもしないリターンのために、女子高生と二人で出かけるなどというリスクを冒している。


そしてよく知りもしない女子高生、須藤ユイとともにクソ映画を鑑賞し、そのあまりのクソさに号泣されたため、悔しくなってさらに彼女を連れ回すことになったのだが…。


さて…どこに連れていけばいいんだ?。


大した遊びも経験もない俺の安直なイメージだが、やはり大人の遊びといえばドライブなのだろう。


女の子を乗せて景色や音楽などを車内という独占的密室空間で満喫し、気が向くままに行きたい場所に行ける。


この独占的な密室空間の最大の利点はお出かけの際に退屈になりやすい移動という過程を楽しいものに演出しやすいという点だ。


これで移動も退屈させずに女の子に慢性的に(これ重要)楽しんでもらえるようになる。


だからドライブというのはなかなか良いものだ。


愛車がなくても最近はレンタルやシェアが充実しているし、割と気軽に利用できるのもグッド。


だがしかし、俺にはそんな選択肢は残されていない。


なぜならば…俺は免許を持ってないからだ。


周りの奴らは普段から車を乗るでもないのに学生時代のうちに取っていたが…俺は『必要になるかも』というだけの理由で高い教習代を払うのが馬鹿馬鹿しく思え、周りが『免許取れ免許取れ』と勧めてくる声を押しのけ、頑なに免許を取らないままこの歳まで生きてきた。


それ故に、今この場でドライブをするなどという選択肢は残されていない。


普段は本当に使う機会はないが、やはり免許があるのとないのとでは選択肢の数が違ってくる。だが、それでも俺は免許を取らなかったことを後悔したくない。


周りの声に惑わされず、自分の意思を貫いて導き出した答えを、間違いだなんて認めたくはない。


仮に今ここで免許が無いために楽しい遊びを演出できずによく知りもしない女子高生にため息を吐かれても俺は免許を取らなかったことを後悔したく無い。


免許なんか無くても、なにも問題はないことを証明してやる!!。


泣きじゃくる女子高生、須藤ユイを連れて喫茶店を後にした神谷は頭の中でそんなことを考えながら、やけにやる気に満ちて燃えていた。


ユイに『おっさんなんかと…』と揶揄されたことへの反発もあるのだが、『免許が無くても問題がない』ことの証明の方が強く神谷を突き動かしていた。


と、いうのも…神谷は学生時代の頃、周りのみんなが免許を取っている中、自分だけ頑なに免許を取らなかったことを白い目で見られたことがあるのだ。


神谷は自ら考え抜いた結果、『必要でもないのなら免許など要らない』と結論付け、それに従ってこうしている。


しかし、世間はそういう『みんながやっていることを一人だけやらない者』をそれだけで異端扱いする。


そして異端者は蔑まされる節がある。


だからといってその蔑みを実際に口や態度に出したりする人はそんなに多くはないし、全員が全員蔑んでいるわけではないが、それでも異端者を蔑む節がある。


それ故に、神谷は頑なに貫いた免許を取らない決意を蔑まされているような気分になり、免許が無いことをバカにされているのでは無いだろうかという不安から被害妄想に陥り、免許が無いことに一人で勝手に心の奥底で劣等感を覚えていたのだ。


そしてその劣等感から生まれる反骨心がさらに神谷を頑なに免許から遠ざけ、その反骨心が『免許なんか必要ない』ことを証明することへのエネルギー源となっているのだ。


『みんながやっているのに自分だけやらなかったこと』に劣等感を覚えるのも無理はない。『みんながそう』というのは考えうる限りこの世で最も普遍的な意見で、これ以上に説得力のある文言はそうないからだ。


そして身に覚えた劣等感というのは『自分もやらなければ』という焦燥感へと分解されるか、消化して反骨心となるか、消化しきれずトラウマとなるかのいずれかである。。


神谷もその例に漏れず、免許を取らなかった劣等感を反骨心へと消化して、いまの糧となっているのだ。


とは言ったものの、お世辞にも神谷は会話が上手な人間ではない。


普段から蓄積させた不満を絡めたクソみたいな蘊蓄ならば延々と話し続けることは出来る。


しかし、よく知りもしない女子高生相手に普段から綿貫に話しているようなクソみたいな話題をすることは相手を退屈させる可能性に富んでいることを神谷は承知していた。


自分のやりたいようにやって相手を退屈させて嫌われることは別に構わないのだが、今回に限っては世界中のおっさんの威信を背負った戦い、おっさんの代表としてここに立っているのだ。


他のおっさんの足を引っ張らないためにも、なんとかして須藤を楽しませる必要がある。


ならば神谷がしなければいけないことは一つ。


相手の話を聴く側に徹することだ。


誰かに話を聞いてもらうことは誰にとっても中々に喜ばしいものである。


おっさんの評価を上げるためにも、須藤にはそんな喜びを噛み締めてもらい帰ってもらう…神谷はそう考え、須藤について色々と聞いてみることにした。


「そういえば須藤さんは部活とかやってるの?」


「…軟式テニス部に所属してます」


よほどあのクソ映画に精神を侵食されたのか、今日出会ったハキハキとした彼女の姿はそこにはなく、鬱蒼とした声で彼女はそう答えた。


「へぇ、テニスか、いいね。昔からやってたの?」


「いや、高校からです」


「へぇ、どうしてテニス部に?」


「それは…テニスしてたらリア充になれるかなって…。まぁ、結果はクソ映画で精神抉られるほど乾燥した生活ですけどね…はははは…」


「…そんなに出会いないの?」


「皆無ですね。ウチの学校が女子校ってこともあって男性との関わりとか教師ぐらいしかいないし…でも歳も離れてるし男性として見れないというか…だって若くても自分の年齢の2倍ぐらいある人たちですし…」


「…うっ…2倍、か…」


30を手前にした神谷は須藤の言う高校生の2倍くらいの年齢に当たる歳のため、もうあの時の2倍も生きてるのか…という懐古心と共に、2倍もたってしまったという現実が押し寄せ、胸が締め付けられるような思いに駆られていた。


「女子校でも一部の人は男と遊びまくってますけど…私には縁のない世界ですね…」


「そんなに出会いないの?」


「だって私、家族以外の男の人とこうして二人でどっかに出かけるとかいつぶり…あれ?そもそも男の人と二人で出かけたことなんてあったっけ?…あれ?もしかして私…これが人生初デート?」


気がついてはいけない真実に足を踏み入れてしまった須藤は顔を真っ青にしながらその初デートの相手たる神谷の方へと恐る恐る振り返った。


神谷も神谷で深淵に足を踏み入れ、顔を真っ青に染め上げた須藤の姿から、『私の初デートの相手…おっさん?』という禁忌に気がついてしまったことを察し、神谷は慌てながらこんなことを口にした。


「ち、違う!これはデートなんかじゃない!。大丈夫!!これはデートなんかじゃないから!!」


「…でも、これがデートじゃないなら…これは一体なんなの?」


「大丈夫!これはデートなんかじゃない!!これは…これは…」


己のバージンがよく分かりもしないおっさんに穢されたのではないかと危惧し、頭を抱えながら体をカタカタと震わせながら今にも崩れ落ちそうになっている須藤を気遣い、神谷は身を削る思いでこんなことを口走った。


「これは…これは…パパ活だから」


苦肉の策で神谷は自らの行いを『デート』ではなく、『パパ活』と称した。


「パパ…活…?」


「そ、そう、これはパパ活だから…お父さんとのお出かけをデートに換算しなくていいのと一緒で、パパ活はノーカンだから…大丈夫だから…」


自分で言っておいて、自らパパ活などという得体の知れない沼にダイブして突っ込んでしまったことに神谷は若干の抵抗を覚えていた。


「そ、そっか、これはパパ活であってデートではないのか…そっか、私のヴァージンはまだ守れているのか…」


「そ、そう、これはパパ活だから…パパ活だから…」


いくら須藤の純情(?)を守る為とはいえど、自らの口でパパ活と称するたびに神谷は激しい後悔の念に苛まれていた。


「そ、それで…パパ活ってなにをするの?」


「えっと、それは…買い物とかじゃないのか?。娘の機嫌を取るなら何かを買い与えるのが一番手っ取り早いだろ」


「え…でも、他人から物を買ってもらうとか気が引けるし…」


「いいんだよ、親子の間に遠慮なんか要らないだろ」


もういろんなことを考えるのがめんどくさくなった神谷は開き直ってパパに徹することにした。


「いや、でも…それはあくまで親子だからだし…」


「いやいや、ここで遠慮しちゃパパ活じゃなくてデートになってしまうんだよ。これが人生の初デートになんかなっていいのか?」


「…それは困る」


「だったら素直にパパから物を買ってもらうんだな」


振り切った神谷は自らを指差しながら投げやりに『パパ』と称した。


「なるほど…これはパパ活、デートではない。これはパパ活…これはパパ活…」


神谷の説得に納得したのか、須藤は自己暗示をかけるかのようにブツブツとそんなことを口にした。


親子の契りが交わされたことを確認した神谷は振り返って須藤に背中で語りかけるように前を歩きながら一言こう言った。


「では…デパートへ参ろうか、娘よ」


「…お伴しましょう、マイダディ」


自分に与えられたロールが明確になり、やるべきことが分かったのか、元来ノリのいい須藤は若干の照れ臭さを隠すように冗談っぽくそう答えた。


こうして、二人は買い物へとさせ参じることになったとさ。







よく知りもしないおっさんとよく知りもしない女子高生というまるで接点も共通点もなかった二人だが、人間とは自分に与えられた役割を遂行したがる傾向があるのか、偽りとはいえど、親子というロールを与えられ、明確な関係性を位置付けられた2人のやり取りはそれなりに弾んだ。


当初の緊張感もなく、神谷も周りからの視線が若干気になってはいたが、それなりに楽しむことができた。


その後、小一時間ほどのショッピングの結果、神谷は須藤に行くつかの服をプレゼントした。


「ありがとう、ダディ」


いくらこの関係をパパ活にする為とはいえど、人から物をもらうことに慣れていない須藤の口からは若干の遠慮と躊躇いが見て取れた。


そして、夕食をとるのにいい感じの時間に差し掛かったこともあって、2人はそのまま夕食を共にすることにした。


普段、休日でも特に出かけたりしない神谷はお金の消費の機会が少なく、余裕もあった為、今日は奮発してそれなりに高い寿司屋へと須藤を連れて来ていた。


「ダディ、いいの?ここ結構高そうだけど…」


「いいんだよ、今日は俺に初めて娘ができた記念日だから、今日くらいは奮発しないと…」


「誕生日みたいな言い方だね」


そしてご飯を食べながら、神谷は実のお父さんっぽく、須藤にそれとなくこんなことを尋ねた。


「…最近、学校の方はどうなんだ?」


「…おぉ、今のお父さんっぽい。娘の進捗が気になりつつもそれを表面に出すのは恥ずかしいから無理して興味ないふりをしつつ尋ねて来てるって感じがポイント高い。30パパポイントくらいの価値がある」


「そのポイント、溜まるとなんかあるの?」


「1000ポイントで呼び方が『パパ』に変わります」


「パパまであと970ポイントか…先は長いな。…で、最近学校の方はどうなの?」


神谷にそう尋ねられた須藤は神谷に対抗してそっけない態度でこう答えた。


「別に普通…」


「…おぉ、今の娘っぽい」


「でしょでしょ?」


「実生活をわざわざ父親に話すのは恥ずかしいし、面倒くさいけど無視するのは申し訳ないから最低限の会話で済まそうとしている娘の感じが上手く表現出来ている。70娘ポイント贈呈します」


「そのポイントって溜まるとどうなるの?」


「1万ポイントで結婚式で号泣します」


「先が長過ぎる割にゴールがしょぼい」


こうして神谷と須藤のパパ活はそれなりに順調に幕を閉じていったとさ。


そして帰り際…神谷が須藤の最寄り駅まで送り届けると、去り際に須藤は神谷に向けてこんな発言を口にした。


「今日のパパ活楽しかったです!またパパになってくださいねー!!」


それなりに混雑していた駅の構内での発言ということもあってか、須藤の意味深な発言に神谷の方を振り返ってきた人の視線が痛々しかった。


その後、神谷は自宅へ帰るべく、電車に揺られながら小さく一言、こんなことを吐き出した。


「あー……疲れた」


そうは言いつつも、神谷は久方ぶりに充実した休日を送ったとさ。






おまけ


明日、学校にて…。


「ユイ、神谷さんとの映画どうだった?。失礼なこと言わなかった?」


なにやら心配そうにそう尋ねてくる綿貫に、須藤はニヤッと笑いながらこう言った。


「心配するな、上手くやったさ、マイマザー」


「…マザー?」


綿貫は1人、須藤の意味不明な言葉に終始困惑していたとさ。

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