新学年
「そして世界は腐に堕ちない」はここまでです。コメディーとしては面白いんですけど、もう一つ魅力が欲しいところ…例えば恋愛要素とか。ご冥福をお祈りします、南無。
春の日差しの眩しい桜が舞う通学路を友と共に歩む。
たわいのない談笑を交わしながら歩むいつもの道は新学年の幕開けということもあって、慣れた道であるはずなのにどこか新鮮さが伴っていた。
みんな新たな出会いに期待しているのだろう。心機一転、気持ちを改めて学び舎へと向かっていた。
その中に混じっていた海斗と大智もその一人であった。
海斗「見ろよ、大智。桜が綺麗だな」
大智「ああ、この桜が散る前に新学年をお前と迎えられて良かったぜ、海斗」
平凡な会話を交わして二人並んで歩くその姿はどこからどう見ても仲の良い友人のそれであった。
二人に特におかしな様子はない。いたって普通の高校生達だ。
ただ、強いておかしな点を挙げるとするならば…二人の上空を翼をパタパタとさせて飛ぶ天使の姿と、その手から海斗と大智の間に垂らされたラップの存在であった。
海斗「また新たな一年が始まる。…これからもよろしくな、大智」
大智「俺の方こそよろしくな、海斗」
新たな一年を前に桜の木下でラップに隔てられた二人はがっちりと握手を交わした。
するとその時、一陣の春風が桜並木を通り過ぎた。
花びらをさらうかのようにいたずらに駆け抜けるその風は制服のスカートとミカエルの持っていた二人を隔てるラップを吹き飛ばした。
その瞬間、先ほどまでの和やかな雰囲気が一変し、海斗の顔は般若のように変貌し、大智の顔は鬼のごとく怒りをあらわにした。
海斗「さぁ、お前にとって人生最後の一年が始まるぜぇ?クソ大智」
大智「なんか桜だけじゃあ物足りないと思ったら…血の花びらが足りてねえんだな」
二人を隔てるラップが吹き飛んだだけでたちまち一触即発の状態になる二人は相手の手を握る手に力を込め、握りつぶすつもりで握った。
そんな二人に見かねたミカエルは慌てながら懐からラップを取り出し、二人の間に垂らした。
すると先ほどまで殺し合いをしてもおかしくないほどの憎しみに満たされた二人がたちまち笑顔になり、握った拳をそっと優しく放した。
大智「おい、海斗。髪にゴミがついてるぜ?」
海斗「そうか?。教えてくれてありがとうな」
微笑ましいほどの優しい空気で場が満たされたが、お茶目な春風がそれを吹き飛ばすようにミカエルの持っていたラップごと連れ去ってしまった。
再び二人を隔てるラップがなくなるのを皮切りに、再び二人の中に険悪な空気が流れ込む。
大智「間違えた、髪にゴミがついてるんじゃねえ。髪がゴミについてるんだ、ゴミ海斗」
海斗「ああ?それは俺自身がゴミとでも言いたいのか?クソ大智」
お互いに相手の胸ぐらを掴み合い、今にも殴り合いに発展しそうになった時、美空が二人の間に割って入った。
美空「朝っぱらからなんて器用な喧嘩の仕方してるのよ!?」
海斗「止めるなよ、美空。クソ大智の命綱であるラップがなくなった瞬間、こいつの命は尽き果ててるんだよ」
大智「あ?ラップに守られてたのはお前の方だろ?。ラップがないお前なんてシャリとネタとわさび抜きの寿司くらい価値のないゴミだろ?」
海斗「あ?寿司からネタとシャリとわさびとったら無しか残ってねえじゃねえか、あ?」
美空「ミカエル!!ラップ!!」
ミカエル「はい、ただいま」
美空の命令でミカエルは新しいラップを二人の間に垂らした。
するとあら不思議、あれほどまでにいがみ合っていた二人がたちまち笑顔に…。
美空「あんた達…確かに私はラップ越しに仲良くするように妥協したけど…これあまりにも極端すぎない!?」
海斗「仕方ないだろ。ラップがないと俺の中に眠る大智への憎しみが抑えられなくなるんだからさ」
美空「ラップはそんな大それたものまで密封できませんー!せいぜい品質を保湿するのが精一杯ですー!」
大智「いやいや、ラップをなめちゃいけないぞ、美空。現にラップが俺たちの憎しみを密封しているのは確かだ」
美空「あんた達の薄っぺらいラップに対する厚い信用はなんなの!?」
ミカエル「それでもいいじゃないですか、こうして現に二人仲良くしてくれているんですし…」
海斗「そうだよ、こうしてラップ越しとはいえど、大智とこんなに仲良くできるなんて自分でも驚いてるんだぜ?」
大智「これまでのことはラップに包んで忘れて、これからの関係を築けると思うんだ」
ラップ越しとはいえど、二人の間には確かに友情が芽生えていた。
もしかしたら…ラップ越しなら本当に仲良くできるかも…。
その場にいたものがみんなそんな考えが頭をよぎったその時、やんちゃな春風がラップを吹き飛ばし、試合開始のゴングを鳴らした。
麗らかな春の通学路に桜の花びらに紛れてそれはそれは真っ赤な血飛沫が華麗に舞い散ったとさ。
海斗達が通っているのは間寺吉高校。彼らは今日からそこの2年生である。
海斗達の家から歩いて15分ほどの近場に位置しており、生徒数1500人を誇る私立高校である。
一見するとどこにでもある普通の私立高校、だがこの高校には一つ変わった点があった。
それは…入試の時、女子生徒の面接の採点に見た目という項目があり、この項目が点数の大きなウェイトを占めているのだ。
要するに…この学校は入学する女子生徒を見た目で選ぶのだ。一説にはとびっきりの美人ならば他の点数が0でも入学できるとかなんとか…。
そういうわけで、この学校の女子は可愛い子しか存在しないのだ。
もちろん、このような採点方式に世間が納得するわけがない。採点項目の改ざんを訴える声は後を絶たない。
しかしながら、この学校の校長にして理事長である間寺吉之助は頑固としてこの採点方式を貫いた。
『可愛いは正義』がモットーであり、生き様である彼はどんなに非難の声を受けようとも決してその信念を曲げることはなかった。
その甲斐あってか、可愛い女の子しかいないという口コミが広がり、その可愛い女の子を目当てに全国から飢えた男どもが群がるように受験するようになり、今では男子の倍率が1500倍を超えるほどの超人気高校へと成長したのだ。
勉強が得意というわけではない海斗はこの高校に入るがために血反吐を吐くほど勉強して、なんとか合格したのだ。
倍率1500倍という超難関を見事乗り越えた海斗はその時、『念願の彼女を作るために神様が俺にチャンスを与えてくれたのだ』という天命を垣間見たと言う。
そういう過程もあって、自分に可愛い女の子と接する機会を与えてくれた間寺吉高校と、自分の入学を認めてくれた校長の間寺吉之助に対して、海斗は深い恩義を感じていた。
必ずこの高校で彼女を作って、恩義に報いてみせよう。
海斗は一年前の入学式で密かにそのような誓いを立てていた。
しかし、念願の高校生活に緊張してしまった海斗はスタートダッシュに乗ることが出来ず、これといった成果もあげられないまま気がつけば2学年を迎えることになった。
1年生の頃は高校生活に慣れるための一年間、本番はこの2学年からだ。
始業式の最中、尊敬して止まない間寺校長先生のありがたいお言葉を傾聴しつつ、海斗は新たに決意を固めていた。
間寺「…で、あるからにして私から最後に諸君らに一言、この言葉を送ろう。…可愛いは正義!!」
校長先生のありがたいお言葉に海斗は涙を流しながら精一杯の拍手を送った。
海斗「なんと…なんと啓蒙高いお言葉なのだろうか…」
ミカエル「泣く要素ありましたっけ?」
涙を流す海斗を冷めた目で見つめるミカエル。しかしながら、周りを見渡せば海斗と同じように校長のありがたいお言葉に涙を流す生徒がちらほら見受けられた。
ミカエル「おぅ…イカれた方が点在してますね、この学校」
彼女はこの高校の部外者だが、なぜかしれっと混じっていた。海斗とあまり距離を取れない以上、仕方のない処置なのだが…。
やがて始業式を終えた生徒は1年生の頃の教室に集まった。そこで初めて2年生のクラスが発表される仕組みになっているのだ。
海斗「俺の次のクラスは…E組か…」
海斗は配られた名簿を見て、次の自分のクラスを確認した海斗は1年生の頃の同じクラスの級友と別れを告げ、新たな教室へと向かった。
1年生の頃は高校生活に慣れるための1年。だから彼女が出来なくても仕方がない。本番はこの2年生の頃からだ。この一年で確実に彼女を作ってみせる。
新しい教室に海斗はたどり着いた。みんな1年生の頃の級友との別れで忙しいのか、まだ誰も教室にはいなかった。
ミカエル「どうやら一番乗りみたいですね、海斗」
海斗「ここが俺の新しいホームか…」
新しい学年、新しい級友、新しい出会い。
海斗は自分の座席を確認した後、期待に胸を膨らませながら自分の席で待機した。
海斗の苗字は『あ』で始まるため、比較的出席番号は若くなるため、端っこの方の席だろうなと考えていたが、どういうわけか海斗の席は教室のど真ん中であった。
海斗「さぁ、俺はここでどんな女の子と出会うのかな」
自分の級友となるはずの女の子を待ちわびて、海斗はワクワクしていた。
まずはクラスの女子に話しかけて仲良くなる。
同じクラスならば接点も多くなるだろうし、自然に話しかける機会は多いはずだ。
そして女の子と仲良くなり、その子を起点にその子の友達と仲良くなり、さらにその子の友達へと領域を芋づる式に増やしていく。
女の子の知り合いが多くなれば自ずと女の子と接する機会は増えてくるし、そうなれば一人くらい彼女ができるはずだ。
題して芋づる式女の子収穫大作戦。
作戦は完璧だ。
後は作戦の起点となるクラスの女の子と仲良くなるだけ。
そのためには女の子に積極的に話しかけねば…。
そんな海斗にミカエルは申し訳なさそうに話しかけた。
ミカエル「海斗…一つあなたにお話ししておかなければいけないことがあります」
海斗「なんだ?」
ミカエル「天使の能力については覚えていますよね?」
海斗「運命を覆す力だっけ?。確か願った通りになるんだろ?」
ミカエル「正確に言うと、願った通りになるのは人と人が接する機会だけです。私が願えば希望する人と人の接点が増えるようになるんです」
ミカエルとそんな話をしている間、新しいクラスメートがちょくちょく教室へと入って来ていた。
残念ながら海斗が望む女の子はまだ来てなかった。
海斗「それで、その能力がどうかしたのか?」
ミカエル「この能力は願うというより、考えるだけで発動するんです。ですから私が心底願っているような人物の接する機会でしたら、もはや無意識で能力が発動してしまうんです」
海斗「ふむふむ、それで?」
ミカエル「海斗もご存知の通り、私は腐ってます。腐天使です。ですから深層心理では海斗には男の子と接してもらいたい願望で埋め尽くされています」
海斗「つまり?」
ミカエル「ですから、無意識のうちに能力が発動して、海斗は男の子と接する機会がよく起きると思うんですよ」
海斗「なるほど」
言われてみれば、ミカエルと出会ってから男とたまたま出会う機会は多かった。たまたまランニングしていたクソ大智は度重なる通行止の結果、たまたま俺に出会ったし、この前不自然に紛れた少年誌に手を伸ばした時、たまたま手が当たって出会った椿も男であった。
今考えれば不自然な状況はミカエルの能力によって仕組まれたものだったと理解できる。
海斗「俺はミカエルといる限り偶然誰かに会うときは男である確率が高くなるのか…」
ミカエル「要するにそういうことですね…」
海斗とミカエルがそんな話をしている間にも続々とクラスメートが教室へと入って来ていた。
クラスのほとんどの生徒が教室に集まって来たとき、海斗は重要なことに気がついた。
海斗「女子が…来ない?」
そう、海斗の言った通り、クラスメートのほとんどが集まっているにもかかわらず、女子が一人も見受けられないのだ。
海斗「こ、これは…一体どういうことだ?」
やがて、クラスの担任の松崎先生が入って来て、生徒に着席を促した。
先生「よし、E組は全員いるな。担任の松崎だ…これから一年間よろしくな、みんな!!。なにか質問があるやつはいるか?」
海斗「せ、先生!!」
海斗は手を挙げて席から立ち上がった。
松崎「お?どうした?秋元」
海斗「お、女の子は?女の子は何処に?」
松崎「なんだ?聞いてないのか?。今年度から試験的に男子しかいないクラスを立ち上げることになったんだ。E組はその第一号というわけだな」
海斗「男子しかいないクラス…だと…」
なぜよりによって俺が男子しかいないクラスに!?しかも今年から試験的に!?。
偶然にもほどがある、まるで誰かが仕組んでいるかのような…。
その時、ハッとあることに気がついた海斗はミカエルの方をゆっくり振り返った。
ミカエル「要するに…これが天使の力というわけです」
海斗「ふざけるなあああああああああああああ!!!!!!!!!!」
女の子と絡むために血の滲むような努力をして入った学校で、その女の子と絡むための重要な機会である女の子のクラスメートを奪われた海斗の怒鳴り声が、桜のように乱れ舞ったとさ。
おまけ
ミカエル「でも学科によっては男子クラスとか普通にありますよね?」
海斗「まぁ、そうなんだけどね」