腐に堕ちた天界と腑に落ちない展開 中編
ミカエル「そういうわけで、あなたの生命活動を維持するために私にBLを提供してください」
海斗「ふざけるなあああああああ!!!!!!!」
生きるためにBLを提供するというわけのわからない事態に陥った俺の魂の叫びが河原に木霊した。…ちなみに言い忘れていたかここは昼下がりの河川敷である。
ミカエル「別にふざけてなどいません!!私も切実なんですよ!!最近じゃ二次元だけじゃあ満足出来ない身体になって困ってるんですよ。人間界に来たのも萌えルギーの補給のためなんです」
海斗「天使の事情なんて知るか。そもそもなんで天使がBL同人誌なんか持ってんだよ?」
ミカエル「何を隠そう最近天界ではBL同人誌が流行っているんですよ。手軽に簡単に萌えルギーを確保できて便利なんですよ。…でも、どんな物にも飽きというものが来てしまうんですよね。ここ数日では生半可なBLでは十分な萌えルギーを確保できなくなったBL中毒の天使が次々と人間界に降り立って人間界にBLをもたらそうとしているんですよ。かく言う私もその一人です」
海斗「人間界にBLをもたらそうとしてるだと?…どうやって?」
ミカエル「天使が人間の恋愛に直接干渉するのはタブーです。ですが我々は萌えルギー確保のために人間の恋愛を促進させる必要があります。そこで我々天使には特別な能力が付与されているんです」
海斗「特別な能力?」
ミカエル「運命を覆す力です。私たち天使の思念によって人間の運命をある程度変えることが出来るんです。この力によって、私たちは自らが進展を望む恋愛を促進させることが出来るんです」
海斗「ん?よくわかんないな」
ミカエル「例えばですね。私があなたとA君にくっ付いて欲しいと願ったとしましょう。するとあなたがA君と接する機会が多くなるんです。例えば学校で隣の席になったりとか、曲がり角でぶつかるようになったりだとか。とにかく私たちが望めば二人の仲は進展しやすくなるんです」
海斗「なるほど、まぁなんとなくはわかったよ」
ミカエル「で、先ほど言った程度の運命なら想うだけで覆せるんですけどね。干渉が困難な運命…例えば死の運命とかは萌えルギーを消費しないと覆せないんですよ」
海斗「じゃあ、俺が蘇ったのもその能力のおかげなのか?」
ミカエル「はい、そういうことです。…正確に言うならば死の運命を覆したのではなく、先送りにしているだけなんですけどね」
海斗「先送り?」
ミカエル「はい、私程度ではそれが限界なんです。死という抗えない運命を覆すのならばそれ相当の萌えルギーが必要になるんです」
海斗「なるほど…じゃあ俺が最高の萌えを提供すれば、死の運命を覆せるのか?」
ミカエル「はい、十分な萌えルギーが溜まった暁にはあなたの死の運命を覆しましょう。…もともと私のせいで死んだんですから…」
海斗「オーケー、とりあえず状況は把握した」
ミカエル「…っていうか、あなたってまともに会話が出来るんですね。さっきまで会話のキャッチボールが成立してなかったのに、今はスムーズなキャッチボールが出来てますよ」
海斗「さっきまでは天使に会えて浮かれてただけ。…いまは悪夢で目が覚めた」
ミカエル「悪夢も捨てたもんじゃないですね」
海斗「それは天使のセリフとは思えないんだが…」
ミカエル「あ、そうだ、そろそろあなたの名前を教えてくれませんか?これからの暮らしで名前も知らなきゃ不便ですし…」
海斗「あぁ、俺は秋元海斗。海斗、もしくはダーリンって呼んでくれ」
ミカエル「強制的に下の名前で呼ばせるえげつない選択肢ですね、それは」
海斗「女の子に気兼ねなく下の名前を呼ばせるための俺なりの常套句だ。結構使える」
ミカエル「もはや脅迫の領域ですよ、それは」
海斗「っていうかいま『これからの暮らし』とか言ってたけど、どういう意味なの?結婚するの?日取りは?」
ミカエル「それなんですけど、実は天使の運命を覆す力は近くいればいるほど強い力を発揮するんですよ。だから海斗の死の運命を覆す力も私に近ければ近いほど有効なんです。より少ない萌えルギーで海斗の生存を維持するために私は海斗のそばにいないとダメでしょう?」
海斗「そういうことか…俺が不甲斐ないばかりに申し訳ない。責任持って結婚するよ。日取りはいつにする?」
ミカエル「そういうわけでしばらく海斗のそばにいさせてください」
海斗「でもいつ俺の死を覆すほどの十分な萌えルギーが貯まるかもわからないんでしょう?。1,2年…下手すれば何十年もかかるかもしれないんだよ?そこまで一緒にいるとかさ…これもう結婚した方が面倒がなくていいな。日取りはいつがいい?」
ミカエル「さっきからめちゃくちゃ日取り気にしてますね」
海斗「どうせなら大安の日がいいじゃん」
ミカエル「この状況でそんな些細なことを気にしてる場合ですか?」
海斗「天使が縁起物を些細なこととか言うんじゃねえよ」
ミカエル「天使が仏滅なんて気にするわけないですよ」
海斗「…それもそうか」
そんな世間話に花を咲かせていると遠くから一人の同い年の男がこちらに向かってランニングしているのが見えた。
海斗「…あっ、クソ大智だ」
ミカエル「…クソ?。もしかしてあの殿方とお知り合いですか?…まさか彼氏とか?」
海斗「残念ながら生まれてこのかた、人とお付き合いしたことはない」
ミカエル「じゃあ片思いですか?」
海斗「とりあえず恋人候補から外してくれないかな?。あいつは花帝大智、俺と同い年で家が隣の腐れ縁のただの幼馴染だ」
ミカエル「へぇ…実質、恋人みたいなもんですね」
海斗「…うーん…愛し合うどころか殺し合うような関係なんだがな…」
やがて俺たちに十分に近づいた大智はランニングの足を止めて声をかけて来た。
大智「よぉ、偶然だな、ゴミ海斗」
海斗「ご機嫌麗しゅう、クソ大智…お前っていっつもこの場所走ってたっけ?」
大智「いや、本来はもっと別の場所を走る予定だったんだがな…工事による通行止めとか事故による通行止めとかでたまたまここを走ることになったんだ。…その上お前に出会う羽目になるなんて…今日は厄日だな」
ミカエル「なるほど…運命に導かれて二人は出会ったんですね」
海斗「気持ち悪い言い方するなよ」
大智「で、隣にいるのはどちら様で?」
海斗「ふっふっふ、聞いて驚けよ。この人はなんと…天使のミカエルなんだよ!!」
大智「ふーん」
海斗「『ふーん』ってお前、信じてないだろ?」
大智「いや、だってお前って大体の女の子を天使扱いしてるからいつものことだろ」
海斗「確かに俺にとって女の子は天使だが…それはこれとは別だ、今回は正真正銘の天使だ」
天使であることを主張する俺を無視して大智はミカエルに話しかけた。
大智「ごめんな、こいつわけのわからないことをよく言うけどそう言う時は無視した方がいいよ。つけあがるから」
ミカエル「はい、重々承知しております。…それはそうと大智さん、彼氏さんとかいらっしゃいますか?」
大智「…え?彼氏?」
海斗「ごめんな、こいつわけのわからないことをよく言うけどそう言う時は無視した方がいいよ。つけあがるから」
大智「なるほど、似た者同士と言うわけか…。で、お前らはこんな道端で何やってるんだ?」
海斗「うーん…いろいろありすぎてどう説明すればいいかわからないんだが…かいつまんで話すと空から落ちてきた天使を受け止めようとして死んで、蘇ってBL提供しなきゃなんねえ」
大智「なるほど、お前頭打ったんだな。…いや、元からか」
海斗「そう言うわけで身近な同性愛者を紹介してくれないかな?」
大智「お前…いくら女の子に振り向いてもらえないからって…もう人間なら誰でもいいのか?」
海斗「いや、さすがに人類規模ほど俺のストライクゾーンは広くねえ」
ミカエル「大智さんの言う通りです。誰から構わずアタックしても仕方がありません。運命の人っていうのは意外にもすぐそばにいるんですよ?例えば家が隣の腐れ縁の幼馴染とか…」
海斗「俺的にはそれより空から落ちてきた女の子との出会いの方が運命を感じるんだが?」
ミカエル「ははは、あなたには私なんかよりもふさわしい男がいますよ」
海斗「そういえば美空は一緒じゃないのか?ランニングの時はいつも美空が付き添ってただろ?」
大智「ランニングの途中で激安タイムセールが目に入ってな、美空はそれに飛び込んでいった」
海斗「あいつもすっかり主婦が身についたな」
ミカエル「その美空さんというのはどなたですか?」
海斗「俺たちのもう一人の幼馴染でこいつの奥さんだ」
大智「息をするように嘘を吐くな。あいつはただの幼馴染だ」
海斗「ただの幼馴染だぁ?毎朝部屋まで起こしにきてくれてご飯まで作ってくれる女の子をただの幼馴染呼ばわりするのかぁ?お前はそんなに俺を怒らせたいのかぁ?」
大智「それはあいつが勝手にやってるだけで…」
海斗「よし、決めた。お前は俺が殺す、そのうち殺す、必ず殺す」
大智「…そろそろ俺は行くわ。ランニングまだ残ってるし、お前と話して無駄にする時間はねえ」
海斗「そうか、せいぜい短い余生を楽しむといい」
ミカエル「さようなら、死相が出てるんで気をつけてくださいね」
大智「…死相?。まぁ、じゃあな」
そして大智は逃げるようにその場を去って行った。
ミカエル「いやぁ、いいもんですね。犬猿の仲の二人が次第に愛し合う関係って…」
海斗「あはは、殺し合いなら上等なんだがな」
ミカエル「ははは、照れちゃって」
海斗「それはそうと、離れられないからこれから一緒に暮らすんだろ?。俺の家で暮らすのか?でも家族がいるからなぁ…仕方がない、心臓売ってその金で新居を借りよう」
ミカエル「どうして海斗はそう心臓に対して執着心がないんですか?」
海斗「憧れの女の子の二人暮らしのためなら心臓を捧げる決意は出来ている」
ミカエル「私は別に海斗の家で構いませんよ?」
海斗「でも家族になんて説明すればいいのか…。天使なんだから特定の人にしか姿が見えなくなったりとか出来ないのか?」
ミカエル「そんな都合のいい力はありません。私が家族から見つからないように運命を覆すことは不可能ではないですが…そうなると海斗の寿命がマッハで消耗しますね」
海斗「つまり萌えルギーを消費するってわけか…。どうするかな…とりあえず俺の家に来るか?この時間なら家族はいないだろうし」
ミカエル「そうですね、お邪魔しましょう」
とりあえずミカエルを連れて俺は部屋に帰った。
海斗「あんまり広くはないけどゆっくりしてくれ」
ミカエル「…意外にも普通なんですね」
ミカエルが俺の部屋をキョロキョロしながらそんなことを呟いた。
ミカエル「てっきり私は女の子のポスターとかフィギュアとかで満たされた部屋なのかと…」
海斗「そういうのはあんまり趣味じゃないんだよね。それはそうとどう家族に説明するかだけど…」
その時、『ただいま』の声と共に玄関の扉が開き、誰かが階段を上がってくる音が聞こえてきた。
ミカエル「女の子の声でしたけど、どなたでしょうか?」
海斗「多分妹の七海だな」
ミカエル「へぇ、妹がいらしたんですか。こんな兄を持ってかわいそうに…」
海斗「そうだな。兄が俺みたいなイケメンだと家でも落ち着かないもんな」
ミカエル「ははは、戯言を…。っていうか、私バレませんかね?」
海斗「まぁ、そんなに俺の部屋には来ないだろうし大丈夫…」
俺がそう口にしたその時、俺の部屋の扉が開かれ、七海が姿を見せた。
七海「お兄ちゃん、女物の靴があったけど美空ちゃん来て…」
七海がそう口にすると同時に部屋の中にいるミカエルの存在が目に入った。
七海「そんな…お兄ちゃんが…美空ちゃん以外の女の子を部屋にあげてる…」
海斗「七海、これはだな…」
七海「…いくら払ったの?」
海斗「なんで金で連れて来たことになってんだよ?」
七海「違うの?」
海斗「さすがに兄に対して信用が無さすぎるだろ」
七海「金じゃないだと…そんなバカな…まさかお兄ちゃんが自力で女の子を連れて来たってこと…」
七海が一人で考えるようにそう呟いていたその時、玄関から母親の『ただいま』の声が聞こえて来た。
七海「お母さーん!!今日は晩御飯赤飯炊いてー!!」
海斗「お、おい、七海…」
ミカエル「…どうやらもうご家族にバレちゃったみたいですね」
海斗「はぁ…もうどうすりゃいいのか…やっぱり結婚するしかないのか。日取りいつにするよ?」
ミカエル「事あるごとに求婚するのやめません?」
こうして、ミカエルの存在は早速家族にバレてしまった。