洋館殺人事件編 中編
ミスリー「状況を整理しよう。事件は私達が浮気調査の一環で訪れた山奥の別荘のお屋敷で起きた殺人事件だ。事件発覚当時、被害者には背中には包丁が突き刺さるほど深い刺し傷が見られていた。容疑者は3人、この屋敷の主人の奥様、若い女性メイド、そして奥様の愛人の男」
ヨメル「で、愛人の男が犯人な」
ミスリー「おまけにこの屋敷の電話線と車がパンクしたせいで警察に連絡することが出来ない。…くそ、一体誰の仕業なんだ…」
ヨメル「犯人はお前な」
ミスリー「さらに驚くべきことに、事件発生当時、被害者に突き刺さっていたはずの凶器と思しき包丁が、いつの間にか我々の目の前から無くなっていたのだ!!」
ヨメル「お前が投げたからな」
ミスリー「これは、密室で起きた凶器とその他諸々の証拠が何者かによって消えて行く高度なトリックが張り巡らされた難事件」
ヨメル「だいたいお前のせいだけどな」
ミスリー「途中で誰かさんが自首しようとしてたような気もするけど、この難事件、私がいる限り迷宮入りになんてさせない!。…さぁ、ミステリーショーを始めよう!」
ヨメル「いや、これはもはやただの茶番だろ」
ミスリー「何を言っているのだ、ワトソン君。事件はまだまだ始まったばかりだよ。料理のフルコースて言うとまだ前菜だよ?」
ヨメル「いや、もうお会計だろ。そもそも、凶器ぶん投げたり、服についた血痕を消したりで現場を荒らして被害者に悪いと思わないのか?」
ミスリー「考えてみなよ、ワトソン君。君だったらこんなアホみたいな事件に殺されるのか、それとも謎が謎を呼ぶ難事件で殺されるか、どっちがいいよ?」
ヨメル「どっちでもいいよ」
ミスリー「私だったら断然後者だね。せっかくの命をただのいざこざの延長戦で失うよりも、全人類が困惑するほどの幾つものトリックが重なり合った難事件で殺される方がよっぽどマシだね。アクション映画の死体役よりも、ミステリー映画の死体役の方が重要だとは思わないかね?。つまり、私のこれは私なりの死者への弔いなのだよ」
ヨメル「いや、どう考えても死者への冒涜だろ」
ミスリー「…っていうか、探偵なんて事件が無ければただの便利屋なんだぞ!?せっかくの殺人事件なんだから、感謝して臨まなきゃいけないだろ!?」
ヨメル「そのためにいろいろ犯罪に手を染めてるんですが、それは…」
ミスリー「細かいことは気にするな。それより、もう一度容疑者に事件当時の様子を聞いておこうじゃないか」
とりあえず、もう一度メイドから供述を聞くことにした二人。
ミスリー「えっとまずはその…被害者との関係性を教えていただけないでしょうか?」
メイド「はい。殺されたのは阿蘇微人、奥様の二人目の愛人です」
ミスリー「なるほど、被害者は愛人その2、と…」
ヨメル「二人も愛人がいたとはね…知らなかった」
ミスリー「全くだ。ここ数ヶ月、この屋敷の主人に浮気調査を頼まれたから奥様の人間関係を調べていたが…まさか二人も愛人がいたとは…」
ヨメル「定期的に成果を報告していた依頼主には申し訳ないことしたね。俺たちの調査力不足のせいで二人も愛人がいたことを教えてあげられなかったよ」
ミスリー「大丈夫さ、問題ない。なぜなら二人目はもうこの世からいないからな」
ヨメル「くっそ不謹慎だな」
メイド「もしかして…お二人は浮気調査の一環でこのお屋敷に訪れたのですか?」
ミスリー「そうだ」
メイド「なるほど、ご主人様もとうとう奥様の浮気癖に重い腰を上げたのですね」
ヨメル「っていうか、さらっと浮気調査で来たとか言っちゃっていいの?。依頼内容の守秘義務すら守れないなんて探偵失格じゃない?」
ミスリー「事は浮気調査どころではないだろ!?目の前で人が死んでるんだぞ!?分かっているのか!?」
ヨメル「お前にだけは言われたくねえよ!!」
ミスリー「それで、事件が発生したと思われる19時ごろ、あなたは何をしていましたか?」
メイド「先ほども申した通り、ご夕食を片付けた後、ずっと奥様とお話ししておりました」
ミスリー「夕食の片付けが終わった後というのは、具体的に何時くらいでしたか?」
メイド「そうですね…正確な時間は分かりませんが、だいたい10分くらいですかね」
ミスリー「なるほど…つまり、あなたのその10分にはアリバイが無いというわけですね?」
メイド「そうですね…確かにこの10分は私のアリバイを証明してくれる方はおりません。ですが、その15分以内に犯行は流石に不可能かと…」
ミスリー「と、申しますと?」
メイド「どんなに素早くやっても、10分で殺人とお片づけをこなすのは無理だと思いますよ」
ミスリー「なるほど。…そういえば、被害者の第一発見者はあなただったそうですね」
メイド「はい。お声をかけてもお返事が無かったため、心配になってマスターキーで鍵を開けてお部屋をのぞいたら…」
ミスリー「なぜ被害者の部屋に?」
メイド「ご夕食の時、阿蘇様は体調不良を訴えておりましたので…なにかお薬でもお持ちしようと思って声をかけたのです」
ミスリー「なるほど。…マスターキーはあなたがお待ちで?」
メイド「はい。私が管理しております。私はこの屋敷の専属のメイドで、私の他にこの屋敷にはメイドがいないため、この屋敷の管理の一切を任されております」
ミスリー「…では、あなたならあの部屋で密室殺人が可能というわけですね?」
メイド「え?ま、まぁ…可能ですけど…」
一頃四太郎という確定的に明らかな犯人がいるにも関わらず、犯人であることを疑われていることに釈然としない顔をするメイド。
ミスリー「なにか、あなたは犯人では無いというものを証明するものはありますか?」
メイド「確かに…犯人でないとは証明出来ませんが…」
ミスリー「なるほど、捜査のご協力、ありがとうございました」
それだけ言うと、ミスリーとヨメルはメイドの元から去っていった。
ヨメル「一応言っておくけど、メイドさんは犯人じゃないからね。すでに心を読んでそれは分かってるし…犯人は愛人の男、それは間違いないよ」
ミスリー「ワトソン君、いくら君が人の心が読めるからって、君は全てを知ったつもりでいるのかい?。だとしたらそれは単なる奢りだよ、ワトソン君。自惚れるのもいい加減にしたまえ、ワトソン君」
ヨメル「ワトソンワトソン連呼するなよ。ミスリーはどうせワトソン君って言いたいだけだろ?」
ミスリー「別に、犯人が誰とかは問題じゃないんだよ。しっかり逃げ場を潰しておいて、崖っぷちまで追い詰めて『お前が犯人だ』ってやりたいだけだよ」
ヨメル「…ただの自己満足、と」
ミスリー「そうだとも。それが探偵というものだよ、ワトソン君」
その後、屋敷の主人の奥様と犯人の四太郎の元に訪れた二人。
ミスリー「ご夕食の後のお二人の行動を教えていただけますか?」
奥様「私はここで食堂で食事の後のお茶を飲んだ後、夕食の片付けを終えたメイドと談笑してましたわよ?」
ミスリー「なるほど、メイドさんとの主張と一致するな」
ヨメル「そりゃあ、嘘をつく意味もないしね」
ミスリー「それで…四太郎さんはその間何を?」
四太郎「えっと…その…被害者の阿蘇の部屋にいました…」
ミスリー「ほう、殺人現場にいたという事ですか?」
ヨメル「そりゃあ犯人だからね」
ミスリー「どうして阿蘇さんの部屋に?」
四太郎「いや、その…あの部屋から見える景色は格別だから、景色を見させてもらおうかと…」
ミスリー「なるほど、景色のためですか、それなら納得ですね」
ヨメル「いや、違和感だらけだろ。そもそもこんな暗い山奥のあの時刻に景色が見えるわけないだろ!?。…っていうか、景色なんでどこも一緒だろ!?」
奥様「あら?そんなことありませんわよ。四太郎の言う通り、あの部屋からの景色だけは格別ですわよ?」
ヨメル「え?そうなの?」
奥様「そうですわ。あの部屋は山と山の間から麓の町が見下ろせる唯一の部屋で、夜になれば町灯りが灯って綺麗な夜景が見えるんですわよ?。ですから本来、あの部屋は私が宿泊する予定だったのですが、今回はこの屋敷に初めて訪れた阿蘇に景色を堪能してもらうべく、あの部屋を阿蘇に譲ったのですわ」
ミスリー「なるほど。…つまり奥様や四太郎さんはこの屋敷に訪れたことがあると?」
奥様「もちろんですわ。四太郎なんてつい1週間前もこの屋敷に宿泊しておりましたから」
ミスリー「宿泊?。奥様と一緒にですか?」
奥様「いいえ、旦那と一緒にですわ」
ヨメル「…え?旦那さんと一緒に?」
奥様「そうですわよ?」
ヨメル「嫁の浮気相手とわざわざこんなところに宿泊するのか?」
奥様「ええ。もともと旦那と四太郎は同じ釣り仲間で、旦那経由で私は四太郎と知り合いましたし。この近くには川がありますから、釣りにはうってつけなんです」
ミスリー「なるほど」
ヨメル「嫁の浮気相手と知りながら同じ屋根の下で寝泊まりしていた旦那さんの心境は一体…」
ミスリー「それもそうだね。私達の調査で四太郎の浮気はバレてたはずなのにね」
ヨメル「釣り友達他にいなかったのかな、旦那さん」
ミスリー「それはさておき…事情聴取を進めよう。それで、阿蘇さんの部屋に訪れた四太郎さんはそこで何かしましたか?」
四太郎「え?いや、えっと…それは…」
メイド「…はぁ、もうやめましょうよ、こんな茶番は」
四太郎が言葉を詰まらせていると、メイドがそこに現れて水を差してきた。
メイド「四太郎さん、ご夕食の時に阿蘇さんと喧嘩をしてましたよね?」
ミスリー「喧嘩?」
メイド「えぇ。きっとそれがキッカケで今回の事件を起こしたんですよ」
ヨメル「殺人事件に発展するような喧嘩…一体どんな喧嘩だったんだろう…」
メイド「お菓子はキノコの山か、タケノコの里、どちらが至高か喧嘩してましたよね?」
ヨメル「お菓子で喧嘩とか小学生か!?」
ミスリー「うーむ、キノコかタケノコかなら喧嘩も仕方ないな」
メイド「そうですね。古来から続く戦争ですもんね」
奥様「敵対勢力を潰すためなら殺人も致し方ありませんわね」
ヨメル「え?おかしいと思うのって俺だけ!?」
メイド「とにかく、ご夕食の時にタケノコ派を主張する阿蘇さんと揉めていたじゃないですか、四太郎さん」
四太郎「だって仕方ないだろ!?。こんな近くに敵対勢力がいたなんて許せるわけないだろ!?」
メイド「確かにキノコに忠誠を誓った私達にはタケノコ派が憎いのは分かりますが…」
奥様「あら?あなたたちもしかしてキノコ派だったのかしら?。由々しき事態ですわね、こんな身内にも卑しいキノコに侵食されていたなんて…」
ヨメル「…なんでこの人たちキノコかタケノコでこんなに険悪にあるんだよ?」
ミスリー「この戦争の傷跡は深いんだ。そう簡単には消えないからな…」
ヨメル「…ちなみに、ミスリーはどっち派なの?」
ミスリー「いや、正直どっちでもいい」
ヨメル「どっちでもいいのかよ!?」
メイド「とりあえず、キノコタケノコはさておき…四太郎さんはご夕食で阿蘇さんと喧嘩して、その腹いせに包丁持って阿蘇さんの部屋に行ったんですよね?」
四太郎「ち、ちちちち違うよ!!ほ、包丁を持って部屋に!?バカなこと言うなよ!?それじゃあまるで俺が犯人みたいじゃないか!!」
ヨメル「『犯人みたい』じゃなくて、犯人なんだよなぁ…」
メイド「でも四太郎さん、私が夕食の片付けをしている時に、キッチンから包丁を持って行きましたよね?」
四太郎「そ、そそそそそそんなわけないだろ!?な、ななななな何かの見間違いだろ!?しょ、証拠はあるのかよ!?」
ミスリー「そうだそうだ!証拠はあるのか!?」
ヨメル「なんでミスリーまで擁護するんだよ?」
メイド「証拠ですか?…それは…」
四太郎「しょ、証拠もないのに人を犯人扱いしてたのかよ!?」
ミスリー「そうだそうだ!証拠を見せろ!」
四太郎とミスリーの『証拠を見せろ』という抗議にメイドは呆れながら口を開いた。
メイド「っていうか…屋敷の廊下に設置された監視カメラにバッチリ映ってますよ、四太郎さんが包丁を持って部屋に入る様子が」
映像付きの動かぬ証拠にさすがに逃げ場を失った四太郎は諦めた表情をして膝から崩れ落ちた。
四太郎「そうさ…阿蘇を刺したのは俺さ。メイドの言う通り、犯人は俺…」
ミスリー「待った。まだ早い、あともう少し、あともう少しでいいから頑張ろ?。せめて私の見せ場をあと一つか二つ作ってから、せめてそれから諦めよ?」
四太郎「いや、もう無理さ。いくらなんでもこれ以上言い逃れは…」
ミスリー「お願いだよおおおおおおおお!!!!!せっかくの殺人事件なんだよおおおおおお!?!?!?後生だから、せめて…せめて私に『犯人はお前だ』って言わせてよおおおおお!!!!!このままじゃ私はただの便利屋でしかないんだよおおおおおおお!!!!お願い!!お願いだから、私を探偵にさせてくれよおおおおおおおお!!!!なんでもするからあああああああああああ!!!!」
脇目も振らずに泣きわめき、なんども頭を地面に擦り付けて土下座をしながらミスリーは懇願した。
もうプライドもクソもない。どんな茶番でもいいから、憧れの決め台詞を言いたいのだ。
今も探偵という肩書きではあるが、そんなものはただの紛い物でしかない。事件を解き明かしてようやくミスリーは探偵になれるのだ。
ずっと憧れていた探偵…そしてこの殺人事件はそれに近づくためのようやく掴んだ足ががりなのだ。
それを知っていたヨメルは恥を捨てて必死で懇願するミスリーに同情したのか、申し訳なさそうに四太郎に声をかけた。
ヨメル「あのさ…こんなこと言うのもなんだけどさ、茶番でいいから、もう少しだけこいつの探偵に付き合ってもらえないかな?。こいつ、どうしても探偵になりたくてこんな殺人事件にずっと憧れててさ…ようやく掴んだチャンスなんだよ。だから…体裁だけでいいから、こいつの夢にもう少しだけ付き合ってあげてくれないかな?」
四太郎「…わかった、体裁だけでいいなら…」
ヨメルの言葉と、まだ十代の少女による乙女を捨てての渾身の説得に同情したのか、四太郎は事件を続けることを許諾した。
メイド「え?まだ捜査続けるんですか?。もうこれでもかっていうぐらい証拠も揃ってますのに…」
ヨメル「ごめん、メイドさん。もうちょっとでいいから付き合ってくれないかな?」
メイド「でもこれは殺人事件なんですよ?残忍な殺人犯をのさぼらせておくってことですか?」
四太郎「それについてなんだけど…信じてもらえるかは分からないけど、俺は本当に殺すつもりで部屋に入ったわけじゃないんだ。ちょっと脅してやろうっていう出来心で包丁を持って行っただけなんだ。でも部屋が暗くて…転んだ拍子に誤って包丁を刺してしまったんだ。…人を刺したのには変わらないけど、俺、本当に殺す気なんてなかったんだ…。警察に連絡できるようになったら必ず自首をする。だから…今だけは好きにさせてくれないか?」
メイド「そう言われましても…」
ヨメル「ねぇ、四太郎さん。今言ったことって本当?」
四太郎「ああ、本当だ。信じてくれるかどうかは分からないけど…」
ヨメル「いや、信じるよ、俺は人の心を読めるし。…そういうわけでメイドさんも、今だけはそっとしてあげてくれないかな?」
メイド「…分かりました。そもそも私のか弱い力では男性である四太郎さんを拘束なんてできそうにありませんし…警察の方が来るまでは付き合いましょう」
ヨメル「奥様もそれでいいかな?」
奥様「よろしくてよ。四太郎に人を殺す勇気などないことは承知してますし」
ヨメル「だってさ、みんな協力してくれるって。よかったな、ミスリー」
ミスリー「…もういいよ。こんなの、ただの茶番だし…」
薄々感じてはいたが、ただの茶番に成り下がってしまった殺人事件にすっかり意気消沈してしまったミスリーはその場で燃え尽きてしまった。
奥様「とりあえず、今日は夜も遅いから、二人をお部屋に連れて行ってくれない?」
メイド「かしこまりました」
メイドに案内されて二人は大きな客室に案内された。
メイド「アポイントメントもなく、急なご訪問でしたので…少し部屋が散らかっているかもしれませんが、ご自由におくつろぎください」
メイドの言う通り、ミスリーとヨメルは浮気調査のために屋敷の外から様子を観察する予定であったが、事件が起きた関係で屋敷を訪れることになったため、二人の部屋は用意されてはいなかった。
しかし、それでも掃除や整頓が行き届いているいい部屋であった。
ヨメル「準備されてないって言ってるけど、十分綺麗な部屋だね」
メイド「はい、旦那様から急なご来客にもいつでも対応できるようにしておけと言われておりますので…」
ヨメル「なるほどね」
メイド「それと…もし小腹が空きましたら、部屋の戸棚にお菓子をご用意させていただいてますので、ご自由にどうぞ」
ヨメル「へぇ、急な来客なのに、準備いいんだね」
メイド「はい、このような時のために全部の客室にはお菓子を常備しておりますので…」
ヨメル「さすがメイドさんだね」
ヨメルがそう言って戸棚を開けると、お菓子のキノコの山とタケノコの里がお出迎えした。
ヨメル「なぜキノコの山とタケノコの里なんだ…」
メイド「旦那様から両派に対応出来るようにと言われておりますので…」
ヨメル「…無駄な気遣いだなぁ」
メイド「それではごゆっくりおくつろぎください」