はなの香りは織りなす雲のように
ぽわわわわん。
朝7時に起床。早起きは苦手なようで、毎朝、身体中からお星様やお花が飛び散り、軽く浮いているように見える女の子。その名は、はな。可愛い名前のくせに、もう29歳。白白で、ぽてっとした肌、ふわふわの髪の毛。笑うと目が細くなる。動きはとてものろくて、少しカピバラに似ている。とてもアラサーには見えないほどの不思議なオーラを放っている。
朝起きて1番にすることは、一緒に暮らしている航平を起こすこと。
「おきて〜。ふわぁ〜。はぁ。」
大あくびをしながら航平の背中をポンポンと叩き、起こす。
そして、朝ごはんを作って、航平に食べさせる。
航平は、25歳の男の子。浪人生活を何年か続け、やっと社会へ出たところだ。はなとは、5年前に友達の紹介で付き合い始め、航平の就職とともに同じアパートで暮らし始めた。
「……。」
朝は、2人ともテンションが低い。無言で天気予報を見ながらパンをかじる。
その後、急いで歯を磨き、航平の方が少し早く出勤する。
「いってらっしゃい…。」
「……。」
ぶっきらぼうの航平は、よほど電車の時間が迫っているのか、はなの声が聞こえなかったようだ。
急ぎ足で玄関へ向かい、無言で家を飛び出し、走って会社へ行ってしまった。
「……。」
少し寂しい気持ちにはなるが、まぁ、いつものことか…いつもの航平だ…と納得する、はな。
すぐに気持ちを切り替え、掃除や洗濯などの家事を一通り済ませてから、はなも出勤した。
はなは、朝9時から18時まで仕事をしている。仕事の後にスーパーで買い物をし、帰宅時間は夜7時頃。
そして、夕ご飯を作って、航平の帰りを待つ。
今日の晩ご飯は、ちくわの天ぷらと、蒸し野菜の黒酢あんと、アスパラと豚肉と卵のお味噌汁。
はなは、毎日、バラエティ豊かなメニューを考えている。
晩ご飯を作り終えて、お風呂に入り、寝る支度をすると、時計は夜10時を回っていた。
しかし、今日は仕事が忙しいのか、航平はなかなか帰ってこなかった。
まぁ、いつものこと。
こんな時は迷わず先にご飯を食べてしまう。はなは、夜中まで待っている女ではない。
航平は、帰ってくる時間もバラバラで、夜ご飯も食べる時と食べない時がある。
航平のために作ったご飯は、冷蔵庫へ入れ、はなは先にベッドへ入った。
朝起きて、いつものように航平を起こそうとすると、まだその姿はなかった。
はなは、いつも通り家事を済ませ、出勤した。
通勤電車の中でウトウトしていると、友達の陽子ちゃんからメールが入った。
お誕生日おめでとう!
はなは、目が飛び出るほど驚いた。
その日は、はなの30歳のお誕生日であった。
平坦な生活を送っており、自分の誕生日でさえもスッカリと忘れていたのだ。
はなは、ありがとう(^_^)とすぐに返信した。
仕事が終わり、その日、家に帰ると、航平は部屋で寝ていた。
いつものように夜ご飯を作り、食べていると、航平が起きてきた。
「ご飯、食べる?」
すぐに、はなは航平に聞いた。
航平は眠たそうに目をこすりながらうなづいた。
「……。」
2人は無言で食事をしている。はなは、毎週見ているドラマに夢中であった。相変わらずテレビの音だけが聞こえている静かな部屋の中であった。
これまで、航平は、何回も家に帰ってこなかったことがある。連絡もよこさない。でも、数日たってもいつかは帰って来る。出張もあるらしいが、いつどこで仕事をしているのかもわからない。面倒くさがりやの2人は、お互いの予定も把握していない。しかし、不思議と浮気を疑ったり、喧嘩になったりすることもなく、穏やかに時が流れていた。
ご飯を食べ終え、しばらくすると、航平はすぐに自分の部屋へ帰って行った。
はなも、ドラマが終わるとすぐにベッドへ入った。
ある日、はなが近所のスーパーで買い物をしていると、偶然バッタリ陽子ちゃんと会った。
「はな!久しぶり!」
陽子ちゃんは大きく手を振りながら近づいてきた。
「陽子ちゃん!」
はなもすぐに気が付いた。
「元気にしてるの?航平はどう?相変わらず?」
陽子ちゃんは、会うたびに航平とはなとの関係を気にしている。
「お誕生日は、ちゃんと祝ってもらったの?また忘れてて、すっとぼけたんでしょう?ほんとイラッとすんだから!あんたもあんたよ!たまにはガツンと言ってやりなさいよ!」
そして、いつも航平に対しての怒りの火山が爆発している。
「うん〜。そうだね〜。」
はなは、陽子ちゃんをまた心配させてしまっている…悪いなぁ…と感じつつ、緩やかな口調で返事をして反応する。
「航平は、自由だからね〜。家事なんてしないでしょうね。帰りの連絡だってよこさないでしょ。」
いつも陽子ちゃんは、航平の行動全てにイラついている。
「まぁね〜。そうなんだけどね。」
和やかに答える、はな。
「だからってね、いいところがあればまだ許せるんだけれども、いいところも思いつかないのよね〜。たまには、花でも買ってきてもらいなさいよ?」
「う〜ん。そうだね〜。」
苦笑いを浮かべるはな。
「まぁね、何かあったらすぐ言いなさい。うちに泊まりに来てもいいんだからね。あんなぶっきらぼうな男と生活してたら息がつまるでしょう?」
陽子ちゃんは、心配していつも泊まりに来いと誘ってくれる。
「ありがとう。でも大丈夫だよ。航平くん、そんなに悪い人じゃないし。気遣わなくていいし、私も楽なんだよね。」
はなは、ニッコリした。
「あんた本当に優しいね〜。うまくいってるならいいのよ。じゃ、また連絡するわね!」
まるで母親のような手荒れ気味のガサガサとした大きな手を振って、帰って行く陽子ちゃんであった。
家に帰ると珍しく航平が先に帰っていた。
すると、航平は冷蔵庫から何やら取り出した。
「これ、取引先の人がくれた。」
それは、ビニール袋に入った大量のトマトであった。
「やったぁ!」
はなはトマトが大好物なので、ビニール袋に飛びついた。
はなは、すぐに晩ご飯の支度を始め、はなと航平の変わらない生活がまた続いて行った。