機械仕掛けのクララ
これは黒髪のねじ巻き人形が眠るある街の、遠い未来の物語。
偏屈で孤独で不幸だった富豪の老人が、一体の人形によって賑やかで幸福な館の主となったお話は、
長く長くその街に語り継がれました。
館は彼の孫が管理を引き継ぎ、やがて彼にもお嫁さんが来て、子供が出来て、孫が産まれ。
雇われた人々もまた、子々孫々と館で幸せに暮らしておりました。
それは、とてもとても幸福な物語。
いつしか街の人々は「機械人形のエリー」に強い憧れを抱くようになりました。
特に、今の自分が不幸だと思う人々はこう言います。
「自分にもエリーのような素敵なメイドがいてくれたら、きっと幸せになれるのに」
それどころか、自分が不幸なのはエリーがいないから。
そんな風に思う人まで現れました。
教会まで押しかけて、眠るエリーのガラス箱を破壊しようとする不届きものが現れるに至り、とうとう、お屋敷の新しい御当主も、困り果ててしまいます。
このままでは、街がよくないことになってしまう。
エリーはきっと、そんなことを望んではいないでしょう。
御当主は、一家で代々守ってきたエリーの平穏な眠りと、街の平和のために、一計を案じることにいたしました。
まず、御当主は遠い街からエリーを作ったD博士の親戚である、N博士を呼び寄せました。
そしてお願いします。
エリーのような機械人形を作って欲しい。
お金はいくらでも用意しましょう。
ただし、注文があるのです、と。
N博士はその注文を聞くと、大笑いしました。
「良いでしょう。それは素晴らしく、面白いお考えです。
あなたの望む機械人形を、私が作って御覧に入れましょう」
こうして、一体の新しい機械人形が産まれました。
彼女の名前はクララ。
ねじ巻き人形のクララです。
クララが初めてのねじを巻かれると、御当主は彼女を街の人々の前に連れて行き、こう言いました。
「彼女の名前はクララ。エリーと同じ、機械人形です。
しかし、彼女にはまだ御主人様を設定しておりません。
彼女に”あるキーワード”を心から伝えた者に、このクララを与えましょう」
街の人々は沸き立ちました。
憧れの、自分だけの機械人形を、それもタダで手に入れることが出来るなんて、夢のようです。
本当の御主人様が決まるまで、クララは街中の人達のお手伝いをすることになりました。
街の人達の中にはもうほとんど、動いていた頃のエリーを知っている者はおりませんでしたが、老人達の中にはたまーに幼い頃エリーと遊んでもらった記憶のある者がいて、彼等はクララの訪れを大層喜びました。
クララも、老人達との触れ合いに微笑みで応えました。
けれど、多くの者はクララを「便利な機械人形」として扱います。
皿洗いや掃除洗濯、靴磨き。
重いものを持たせたり、危険な場所へ向かわせたり、宿題を代わりにやらせたり。
そうして時々思い出したように「あるキーワード」を聞き出そうとするのですが、クララはにっこり笑うだけで、それについては絶対に答えようとしませんでした。
街の人達は、夜、クララがお屋敷に帰った後、こっそり集まって話し合います。
議題はいつも「クララのキーワードをどうやって手に入れるか」です。
N博士を呼び出して、お酒をたんと呑ませてしゃべらせようとか、お屋敷のメイドに探らせようとか、いっそ御当主を誘拐してみてはどうかとか。
みんな、なんとかクララを手に入れようと、悪いことを考えています。
そのうち、みんなの気持ちはある方向に流れて行きました。
「今みたいに、クララがみんなのために働いてくれるなら、別に自分だけのものにしなくても良いんじゃないか」
たった一人の御主人様が決まってしまう方が、みんなにとっては損になるかもしれないと気付いたのです。
それに、いざ自分が御主人様として選ばれてしまったら、話し合いに参加しているみんなの恨みや妬みの的になりかねません。
今までの話し合いを思い返してみたら、その時、自分が何をされるのか、恐ろしくなってきたのです。
「では、クララはみんなの、共有物ということで良いですね」
議長をしていた男がそうまとめたので、街の人々は深く頷き、互いの意思を確認しあって、それぞれの家に帰っていきました。
人々が去っていった後、残されたのは一匹の猫でした。
彼女の名前はアーニャ。
真っ黒な毛並みに白い手足がチャーミングな、この街のマドンナです。
アーニャが屋根に駆け上がり、にゃーんと妖艶に一鳴きすると、街中から猫達が集まってきます。
彼等を前に、アーニャは言いました。
「おまえ達、長老の遺言を覚えておいでだね?」
「へい、姉御」
体格のいい一匹の猫が応えました。
「ねじ巻きエリーは、あっしらこの街の猫にとって、大事な恩人。
あっしらは子猫孫猫曾孫猫のその先まで、その恩義を忘れずエリーのために尽くすようにと言われておりやす」
「そうとも」
アーニャはしっぽをピンと立てました。
「いいかい野郎ども、人間達はクララを、自分達の欲望のままに使おうとしているよ。
そんなことを許しちゃいけない。
エリーの妹は、あたし達の妹も同然さ。
絶対に守ってやらなくっちゃ」
「へい、姉御。もちろんです。で、具体的にはどうするんで?」
「それを考えるのはおまえ達の役目だよ」
「えー、そんな無責任な!」
「うるさいねぇ。ほら、さっさとお行き!」
まったく横暴でした。
でもクララを守りたい気持ちはどの猫も同じだったので、みんな輪になってこれからのことを考えることにしたのでした。
真っ白な毛並みの若い雄猫、スノウが立ち上がります。
「そうだ、僕達が人間より先に、キーワードを見付けてしまおうよ。
クララを幸せにするためには、悪い人間より早くキーワードを見付けて、クララを一番大事にしてくれる人間に、キーワードを教えるしかない!」
「でも、人間達に出来ないものを、猫の僕等に出来るってのかい?」
「猫だからこそさ。
ほら、僕達はあの木から木へと、飛び移れるじゃないか。
人間より早く、風のように塀の上を駆け抜けたりも出来る。
狭い隙間を抜けて、秘密の通路から人間の家の中を覗くこともできるよ」
「人間には出来なくても、私達には出来るかもしれないのね!」
「そうだよ! それにね」
スノウは言いました。
「クララを思う気持ちは、僕等、人間なんかにゃ負けやしない」
そうだそうだと、猫達は大合唱!
「なんだいこの野良猫ども、ああもう、うるさいうるさーい!」
最後は近所のおばさんに水をぶっかけられて、にゃーにゃー鳴きながら夜の街へと散っていったのでした。
それからの猫達は大忙しでした。
人間を出し抜いてクララのキーワードを探しながら、クララの御主人様に相応しい人間を探すのですから、それはもう大変です!
そんな事とはつゆ知らず、街中を駆け回る猫達を人間はただただ物珍しそうに眺めるばかりでした。
猫達が西へ東へと奔走する傍ら、クララは今日も人間のために働きます。
無茶を言い付けられても、我侭に振り回されても、機械人形のクララは嫌な顔一つしません。
にっこり微笑んでこう言うのです。
「はい、かしこまりました、仮の御主人様」
それは街の人達を十分に満足させました。
そんなある日のことです。
クララがご奉仕に訪れたのは、街外れの小さな孤児院でした。
そこには若い娘と、身寄りを亡くした七人の子供達が住んでおりました。
娘は、クララの来訪に大層驚きます。
何故ならクララは街の中のことで手いっぱいで、こんな街外れの孤児院のことなんて、気にかける暇はないと思っていたからです。
「まぁ、クララ。
こんな所にまで、来てくださるなんて。
あなたはなんて心優しいお人形なのでしょう」
「いいえ、仮の御主人様。
クララは館の御当主様より、街のすべての人間を見て来るようにと申しつけられました。
私は、その言葉に忠実に従っているだけなのです」
「それでも私は、こうしてあなたに会えて嬉しいわ、クララ。
子供達もきっと喜ぶでしょう。
あの子達と遊んであげてちょうだいね」
「それはご命令ですか?」
「いいえ、これは私からあなたへのお願いよ」
「かしこまりました、仮の御主人様」
いつも厳しく物を言い付けてくる街の人々との違いを覚えながら、クララは丁寧にお辞儀を返しました。
娘のお願いの通り、クララは子供達と遊びます。
「わぁ、クララだ、クララが来たよ!」
「追いかけっこしようよ!」
「ばっかだなぁ、クララは女の子なんだから、
もっとおしとやかな遊びが良いに決まってるじゃないか」
「じゃあ、おままごとをしましょうよ」
「わたし、おかあさん!」
「クララは? クララはなんにする?」
「クララはねぇ……わんちゃん!」
子供達は無邪気におままごとをはじめます。
ペット役におさまったクララは、優しく微笑んで子供達の安全を見守ります。
子供達をクララに任せた娘は、楽しそうに歌いながら、元気にお洗濯をしています。
8枚のシーツがひらひらとはためいて、とても綺麗です。
そんなクララと娘達の姿を、物陰からそっと覗いているものがありました。
それは白猫のスノウでした。
彼はこの様子を見て、確信しました。
この家こそ、クララが幸せに暮らせる場所に違いない。
あの娘にクララの御主人様になってもらわなきゃ!
そうと決まれば、思い立ったが吉日です。
スノウは一直線にアーニャの元に戻ると、彼女にこのことを報告しました。
アーニャもまた、ことのほかこれを喜びました。
「よし、こうなったら、博士に直談判しにいこうじゃないか。
みんなで、博士にキーワードを聞いて、その娘に教えてあげるんだよ。
あたし達がみんなでお願いして、めろめろにならない人間なんていないさ!」
これを聞いて、猫達は一斉にお屋敷に向かい行進を始めました。
猫達の行進は、まるで一つの大きな生物のように膨れ上がりながら、お屋敷へと向かって行きました。
街の人々はそれに至り初めて、クララのキーワードを探していたのが自分達だけではないと知りました。
人々はひそひそと何かを話し合いながら、去っていきます。
その頃猫達は、博士のいるお屋敷に到着していました。
もっふもふの猫軍団に囲まれて、博士はびっくりです。
「おいおい、おまえ達、一体何をするつもりだい。
何をされても、私はキーワードを教えたりはしないぞ」
「何をされても?
その覚悟がどれほどのものか、見せてもらおうかね。
さぁ、おまえ達、やっておしまい!」
アーニャの号令が響くと、猫達は一斉に博士に飛び掛かり――
「ごろごろ、にゃーん」
子猫達は博士の体中にまとわりついて、可愛く喉を鳴らしました。
雌猫達は甘い声で「抱っこ」をおねだりし、屈強な歴戦の雄猫達も、それぞれ得意の芸を見せ、博士を楽しませようとしました。
引っ掛かれるかと身構えていた博士はびっくりです。
思わず生唾飲んで、可愛い猫達に釘付けになります。
「どうだい、言いたくなってきただろう」
「……い、いやいや、こんなことでは惑わされないぞ。
私は御当主様と約束したんだ。キーワードは誰にも絶対、教えないと」
「それは人間同士の約束だろう。
あたし達は猫だよ。だから言ってしまっても良いじゃないか」
「いやいやいや。そういうわけにはいかないさ」
「強情な男だねぇ。
それじゃ、これでどうだい」
博士の我慢強さに業を煮やし、真打登場。
アーニャが前に進み出ると、それまで博士を囲んでいた猫達が一斉に距離を取り、代わりに手拍子足拍子、鳴き声をあわせて怪しい音楽を奏ではじめました。
その音楽にあわせて、アーニャは妖艶に体をしならせ、求愛のダンスを踊ります。
アーニャのダンスに、見ていた雄猫達もうっとりしながらしっぽを揺らしました。
それまで我慢していた博士ももうたまりません。
「くっ……も、もう駄目だ!
教える、教えるから君を撫でさせてくれ!
むしろ、私だけの猫になってくれ! 私は君が欲しい!」
「よしよし、いい子だね。クララが幸せになるのを見届けたら、あんたに飼われてやることも、考えてやらないこともないよ」
すっかりアーニャの魅力にメロメロになった博士は、思わずキーワードを口走りました。
それを聞いたスノウが、飛び出します。
「あの娘に、そのキーワードを伝えてきます!
大丈夫、彼女ならきっと、クララに相応しい御主人様になれるよ!」
スノウとその仲間達は、一直線に孤児院を目指しました。
人間には通れない狭い道、高い塀、屋根の上。猫達は走ります。
しかし、その時。
突然、大きな網が猫達の上に降りかかりました。
「な、なんだこれは!?」
網にかかった猫達はびっくりして暴れます。
そこに現れた人間達が、にんまり笑って言いました。
「おまえ達、クララのキーワードを聞いてきたな。
それを我々に教えてもらおうか」
棒を持った人間が、猫達ににじり寄ります。
網をかわすことが出来た猫達は、仲間を守ろうと勇敢に人間の前に立ち塞がりました。
「やれるものなら、やってみろ。
僕達は絶対、負けないぞ! クララを幸せにするキーワードは、誰にも絶対、渡さないぞ!」
「そうだそうだ、クララは幸せにならなきゃいけないんだ!
僕等の恩人エリーの妹、大事なクララを守るんだ!」
一匹の猫が、スノウを突き飛ばしました。
「ここは任せて、おまえは行け!
早くあの娘に、キーワードを教えるんだ!」
クララに御主人様が決まれば、人間達も諦めるでしょう。
そうすればみんなも怪我をせずに済みます。
それを悟ったスノウは、強く頷きました。
「任せとけ、必ず僕はやり遂げる!」
スノウが駆け出すと共に、人間と仲間達の争いが始まります。
スノウを追いかけようとする人間を、猫達は得意の猫パンチで迎撃しました。
そして、網につかまっていた猫達を助け出すと、軽い身のこなしと鋭い爪で人間を翻弄します。
しかし所詮、猫は猫。体の大きい人間にはかないません。
猫達は一匹、また一匹と捕まり、袋詰めにされてしまいました。
「まったく、しぶとい猫どもめ。
あの白猫がどこに行ったか、吐かんと、えらいめにあわせるぞ!」
一人の男が木の棒を振り上げました。
それを見た友達思いの雌猫が、にゃーんと悲鳴を上げました。
「やめて、やめて! その子にひどいことをしないで!
孤児院よ! スノウは孤児院に行ったのよ!」
「ばかっ、なんで言っちゃうんだ!」
「ごめんなさい、許して! でも仲間が傷付くのは見たくないの!
でもでも、もうスノウはきっと、彼女にキーワードを伝えたわ!」
泣きべそをかく雌猫をよそに、人間達は猫達を袋のまま放りだすと、急いで孤児院へ向かいます。
一方、仲間達に送り出されたスノウの足は風のように速く、人間達よりずっとずっと早く孤児院へ辿り着きましたが、すぐに娘を見付けることが出来ませんでした。
娘はちょうど買い物に出たところで、そこには子供達とクララしかいなかったのです。
今から商店街に向かっては、入れ違いになってしまうかもしれない。
でも、その間に仲間がひどいめにあわされているかもしれない。
ジレンマに苛まれながら、スノウは娘の帰宅を待ちました。
そして娘が孤児院に戻ってきた時――
そこには招かれざる客が伴われていたのです。
それはクララを一人占めしたいと思う、悪い人間達でした。
悪い人間は、娘にナイフを突き付け、スノウに言います。
「さぁ、畜生め。
この子の命が惜しければ、キーワードを言え!」
戸惑うスノウに、娘は優しく微笑みました。
「私なら大丈夫。猫ちゃん、私のことは気にせず、逃げなさい」
スノウには、娘を見捨てることが出来ませんでした。
「くそう……くそう、こんな人間達に、クララが仕えなきゃならないなんて」
ぼろぼろ泣きながら、スノウは秘密のキーワードを口にします。
それはかつてのエリーが旦那様との間に結んだ絆そのものでした。
「キーワードは……Seraunefamille. 『家族になろう』だよ」
人間達は狂喜しました。
やっと、クララの秘密の言葉が手に入ったのです。
彼等は我先にとクララの前に立ち、口々にそのキーワードを口にしました。
「クララ、クララ! 私の家族になりなさい!」
「Seraunefamille! 聞いているかい、クララ!」
「家族になろう! ほら、家族になろう、クララ!」
しかし、クララは微笑んで立っているだけ。
まったく、反応がありません。
そのうち苛立った人間達は、スノウに当たりました。
「おい、この畜生め! 俺達に嘘を教えたな!」
「嘘なんて教えるものか!
それが本当の、キーワードに間違いないよ。
クララがあんた達を主人と認めないなら、それにはそれだけの、理由があるんだ」
スノウは噛み付くように言い返します。
それを庇うように、娘が飛び出しました。
「この子の言葉が嘘だというなら、その言葉、私が言っても良いですね?」
人々は顔を見合わせ、鼻で笑いました。
「そうだな。どうせ、この猫も、博士に嘘を教えられたに違いない」
「言いたければ、言ってみるがいいさ」
娘はクララの前に跪き、その手を取ります。
他の誰とも違う、大切なものを扱う仕草でした。
娘は解っていました。
クララのキーワードの意味。
それに秘められたお屋敷の御当主の想い。
エリーというねじ巻き人形の物語。
その本当の意味を思い出してほしいという心を。
だから精一杯の愛を籠めて、言いました。
「クララ……Seraunefamille.
どうか、私の家族になってください」
その時です。
今まで悪い人達の言葉にはぴくりとも反応しなかったクララが、にっこりと鮮やかに微笑んだのは。
そして応えたのです。
「はい、喜んで。あなたが、クララの大切な御主人様です」
悪い人達はぽかんと口を開けました。
次の瞬間には、沸騰したように、または茹で上がった蛸のように、真っ赤になって怒り出しました。
「ばかな! 納得がいかないぞ!」
「私達とその娘の、何が違ったというの!」
「きっと、ペテンだ。博士に騙されたんだ!
その娘は、もっとずっと前からクララにキーワードを言っていたに違いない!」
「ずるい、卑怯だ!」
人間達は暴れ出し、娘の孤児院を滅茶苦茶にしようとしました。
子供達は小さくなって、成り行きを見守っています。
スノウのような猫一匹では、人間を止めることは出来ません。
娘は一人、冷静に、クララに命じました。
「お願いクララ、私達を守って」
「かしこまりました、御主人様。
クララは、あなたと、あなたの大切なものを守ります」
そこからはクララの独壇場でした。
クララは機械人形としてのパワーを全開にし、あっという間に人間達をけちょんけちょんにして、丸めて転がしてしまいました。
但し、もちろん、大切なご主人様の願いを汲み取って、誰にも怪我などさせませんでした。
クララは気遣いの出来る立派なメイドなのです。
「クララ、どうして俺達じゃ駄目だったんだ」
それでもやっぱり納得のいかない様子の人間が食い下がります。
クララは娘と彼の間に立ち、その秘密を明かします。
「クララには、嘘が解ります。
人間の表情や心拍数、血の流れと筋肉の動き。
そのひとつひとつから、言葉の真実を見抜くことが出来るのです。
みなさんの言葉には真実の愛がありませんでした。
みなさんも最初に、聞いておいででしょう。
クララのキーワードは、心からの真実の言葉によってしか、意味をなさないのです」
エゴと偽りにまみれていた人々は、その言葉に崩れ落ちました。
そうしてようやく、とぼとぼと街へ帰っていきました。
そこにようやく、アーニャ達他の猫達と、N博士、そしてなんとお屋敷の御当主がやってきました。
クララのキーワードが解き明かされ、真の御主人様が決まったことが解ると、御当主は娘に言いました。
「おめでとう。
あなたはこの街で一番誠実で、愛に溢れた人だと、クララに認められました」
「そんなことはありません。
私はただ、御当主様、あなたならきっと、こう望まれるはずだと思い、そのままに行動しただけです」
「私もきっと、あなたならそうしてくださると、あなたこそがクララの主人になってくださると、期待していたのかもしれません。
そしてそんな人こそが、私と共にこれからも子々孫々と、エリーとクララを見守っていってくださると、私はとても嬉しいのですが」
娘はびっくりしました。
それはまるでプロポーズのように聞こえたからです。
私は耳がおかしくなってしまったかしら、と彼女はきょろきょろあたりを見回します。
猫達は一斉に頷いて返しました。
御当主を見上げてみると、彼もまた、微笑んで頷きます。
娘は真っ赤になってうつむきながら、やっぱり愛に溢れた仕草と声で、クララのように応えるのです。
「はい、喜んで」
こうして、孤児だった子供達はお屋敷の子供となり、御当主と娘のキューピットとなった勇敢な野良猫達も、みーんなお屋敷を自由に出入りできる猫になりました。
N博士もアーニャの尻に敷かれながら、仲良く暮らしています。
クララを手に入れようとずるく卑怯なことばかり考えていた人々は、誠の心、真実の愛がクララを得る唯一つの方法だったと知り、クララを便利な道具扱いしてきたことを、大層反省しました。
やがて御当主様と新しい奥様の仲睦まじい姿を見て、心を入れ替えた人々は、自分の力で努力し、自分だけの真実の愛を手に入れようと考えるようになりました。
街には明るい活気が戻り、人も猫もねじ巻き人形も、末永く幸せに暮らしたということです。