ヒステリック
「次!」
取り調べの準備が終わり、木下は次の人物を呼ぶように催促する。ドアが開き、男性が入った。
「氏名・年齢・職業・住所・入社してから今までの月日を––––」
「名前は一条和彦……二十六歳です。職業はアシストディレクターです。一応今はテレビ局の寮に住んでます。入ってからは二年ほどです」
「ほう。では青木さんとは同期ですか?」
「はい。彼と私は産まれた年が同じでして。年齢も同じだから気が合ってよく飲みに行ったりしてたんですよ」
先ほどまでのたどたどしい口調とは打って変わって元気な声になる。
「青木さんの証言によると、え––––と誰だったかな? そうだ。一条さん、三原さん、朝倉さん大田さんと相部屋だったそうですね」
「はい。彼らは私と同じ部屋ですが?」
「では、今日の零時頃から一時頃にかけて何を?」
「零時……って十二時ですか?」
「もちろん」
「その時間なら多分みんな部屋にいたと思いますよ。私はiPhoneでゲームしてました」
「ではiPhoneの光が、あなたのアリバイを証言するわけですね?」
「はぁ……まぁ」
「まあいいでしょう。では、あなたは六年前に起きた老人の事件をご存知ですか?」
「なっ––––。なぜ刑事さんがそれを……」
「ご存知なんですね?」
木下は今度はきつい口調で強調する。
「知りませんよ。そんなこと私は全く知りません」
「隠すとためになりませんよ」
「隠してない! 私は何も知らないんだ」
一条は机を強く叩いた。
だめだこりゃ。
木下はふぅとため息をつく。怪しいことは怪しいがこれ以上木下に一条を拘束できる権限はなかったからだ。
「わかりました。非常に気になりますがこの件はもう聞かないことにしましょう。最後の質問です。亡くなられた金塚さんのことをどう思っていましたか?」
「––––してやりたい」
最初の部分がごにょごにょしていて聞き取りにくかった。木下は「もう一度お願いします」と復唱させる。
「俺が殺してやりたかったよ。あの金塚の野郎はな」
堂々とした動機の提示に木下は一瞬面食らった。
「こ……殺してやりたかった……。それは穏やかではありませんな。なぜです?」
「誰だってそう思うさ! 俺の父ちゃんは放送テレビのせいで大怪我を負い右足はもう治らない重症になったんだ。しかも父ちゃんは有名な大工だ! 仕事が入らなくなって父ちゃん一昨年自殺したんだ!」
一条はだんだん怒気が強くなる。興奮してフーフーと荒い息を立てる。
「放送テレビのせいで父親が自殺したのに、なぜあなたは放送テレビに?」
「事件がもみ消されて俺たち家族は戦えなかった。俺は放送テレビに潜入して証拠を掴むために入社したんだ。フッ。入るのは簡単だったよ。多少資格の勉強をして型通りの試験。そして夢にまでまた放送テレビの潜入だ。俺の父ちゃんは金塚の率いる放送部にやられた。毎日毎日奴の顔を見るたび殺したくて殺したくてうずうずしてたさ! でも俺は殺してない」
これほど明らかな動機があり、六年前の事件のことも何か知っているとなるともうこれは犯人確定なのでは––––?
「わかりました。よーーくわかりました。次の方」
一条を部屋から離し、次の人物を入れた。男だった。
「氏名・年齢・住所・職業・職歴を」
「朝倉海斗……です。二十二歳で、今年入ったばかりです。実家が大阪でしたので今は寮生活です。職業は主に雑用です」
「そうですか。零時から一時までは何を?」
「ベッドにいましたね。横になってました」
「部屋から出て行ったりした者は?」
「トイレは中にありましたので、特に部屋を出た人はいませんね」
これも一条や青木との証言とも一致する。
「金塚さんのことをどう思ってました?」
「私は今年入ったばかりなので、まだよく人間関係はわからないんです」
「そりゃぁそうか。ありがとうございます。次の方〜」
木下は次の者を入るように促すが、なかなか次の人物は入ってこなかった。
何をしているんだ。
イライラして爪をトントンと小気味好く机を叩く。
「うわあああぁぁぁあぁああぁぁぁっ」
突然、男の悲鳴が轟く。慌てて木下は取り調べ室から出て外を見ると、男が慌てて外へ走って行った。
「脇田さん! 待ってください!」
どうやらあの男は脇田という名前のようだった。脇田の後を追い、外へと出る。足跡がついていて脇田の後は追いやすかった。足跡を見ながら走ると、旅館の離れに着いた。その時、激しくドアを閉める音が聞こえた。恐らく脇田だろう。
「脇田さんっ! 脇田さんっ! いるんでしょう?」
男がドアをノックする。
「うるさいっ! 放っておいてくれ!」
男はドアノブを回すが、鍵をかけていて壊さない限り開けるのは難しそうだった。
「どうしたんだよ。こんな朝っぱらから」
と、多田野は眠たい目をこすりながら現れる。
「おま––––時間見ろよ。もう八時回ってるぜ。てか、それどころじゃない! 脇田さんっ! 頼みます。開けてください」
木下も加勢し、男性と同時にドアをノックする。
「だから放っておいてくれって言ってるだろっ! 俺は誰とも会わない!」
木下は男性と目が合い、お手上げというポーズを取る。
「ん? なんだ? 何かあったのか?」
と、この状況に全く似合わない言葉を発したのはやはり多田野だった。木下はこれまでの過程をざっくりと説明する。
「えぇっ! 金塚さんが密室で毒殺⁉︎ 犯人はあのジェイソンだって! 大事件じゃないか! なのに警察は雪で地崩れしてしばらく来れないだなんて––––」
「まあそういうことだ。それで今取り調べをしてたんだが––––。仕切り直しだ。皆さん、ここはひとまず彼の頭を冷やしましょう。いつまでも我々がここにいては彼をますます興奮させてしまう」
心配そうに脇田が入っている部屋を時々見ながら戻る者もいれば、そのままスーっと戻る者もいた。
「とりあえず取り調べでいちいち聞くのが面倒になりました。みなさんの名前を教えてください」
一人ずつ名前を言わせ、木下の手帳にサインさせる。青木、一条、朝倉、大野、久保、三原、村上。容疑者に名前を書かせ、事情聴取がまだ終わっていない久保、三原、村上をそれぞれ待たせる。
「久保さん、どうぞ」
と、木下は病院の待合のように言う。
「久保香織さんですね?」
木下は久保に確認する。久保は小さく頷いた。
「では職業と年齢と住所と職歴を」
「ニュースキャスターです。年は二十三––––。住所は浅草です。入ってからは二年ほど経ちますかね」
「そうですか。昨日の零時から一時頃はどちらに?」
「部屋で寝てました。零時頃栞が大浴場に行くって言って、誰か行かない? って誘われたんだけど、さすがに眠くて今もう十二時だよって言ったけど夜の風呂もいいよって言いながら行ったので覚えてます」
「つまりアリバイはあると?」
「はい」
「亡くなった金塚さんのことをどう思ってました?」
「セクハラまがいなことをされてて正直顔は合わせたくなかったですね」
「これは女性みなさんの意見ですが、やはり金塚さんはよくそういったことを?」
「ええ。しょっちゅうしてましたね」
「六年前の事件––––何かご存知ですか?」
「えっ? 六年前……ですか? いや、特には知りませんね」
久保は首をかしげる。
「わかりました」
以降も取り調べが続いたが、特に新しい情報は入ってこなかった。