六年前の殺人
一通り現場を調べ終えるが、他にめぼしい物は見当たらなかった。見つけた証拠を写真に撮る。しかし、謎は深まるばかりだった。ジェイソンと名乗る犯人が殺害したというのは恐らく確定的だが、ジェイソンが使った方法がわからなかった。考え方を変えたらどうだろうか? 部屋を密室にしてから出るのではなく、部屋の外から密室を作ることができたら……? しかし、鍵は被害者の部屋の中にあった。使われた形跡もない。鍵を糸で回してきてそこに置くという方法もなくはないが、糸を回せるような物はそこには置いていなかった。なぜ、糸を使ったトリックを思いついたのだろうか? ベッドの下に吊るしてあるタコ糸を見たからだった。木下の推理は迷走する。
どうやって密室にしたのか? ではなく、どうすれば密室にすることができたのか? について考えて見るべきか? 合鍵を持っていた––––? 犯人がコッソリと合鍵を作ることは可能だろうか? それを使い、被害者を毒殺した後普通に部屋を出て鍵を閉める––––。現実はそんな物だろうか? だが、何だか今回はそれではないような気がする。他にないだろうか? 部屋を密室にする方法が。
木下の推理はそこで行き詰まる。気分を変えるために大きく深呼吸をする。
そうだ。死亡推定時刻––––。それを確かめよう。
木下は再び死体と相対する。警察学校時代に研修したことを思い出す。
遺体の体温はかなり下がっており、死後硬直が始まっていて身体が硬い。身体から鮮やかな赤色の死斑が現れている––––。
木下は現在の時刻を確かめる。時間は午前七時五十分。恐らく死亡推定時刻は七時間から八時間前。今の時間から逆算しておよそ零時〜一時辺りだろうというのが予測される。
「とりあえず、関係者の皆さんを事情聴取したいと思います。こういうのは長野県警の仕事ですが、警察が到着できない今仕方ありません。順番を決めたいので五十音順で取り調べをします。では、五十音順の一番早い方」
「は……はい––––」
手を挙げたのは男性だった。取り調べが初めての体験なのか、声がかすれている。
「すいません、使われていない部屋か何かありますか?」
木下は従業員に聞いた。
「でしたらこちらの部屋で––––」
従業員の一人がVIPルームと書かれた部屋を指差した。木下は頷き、男性と二人で入る。
「では、氏名・年齢・住所・職業を教えてもらえますか?」
「は……はい。青木達郎……二十五歳です。住所は東京です。一応カメラマンしてます」
「放送テレビの?」
「はい」
「放送テレビに入ってから何年経つんですか?」
「ェーーと、多分二年くらい––––ですかね」
「というと、就職なさったのは二十三歳頃?」
「そのくらいですね」
「昨日––––正確には今日ですが、零時頃から一時頃はどちらに?」
「寝てましたよ。それは私と同じ部屋にいた一条や三原、朝倉、大田が証明してくれますよ」
イチジョウ、ミハラ、アサクラ、オオタ。
木下は青木が今言った人物をメモ帳に書き込んでゆく。
「六年前の殺人を忘れるな」
木下はポツリと呟く。
「は?」
「いえね、被害者の胸ポケットにそんなことが書いてある紙が見つかったのですが、何か心当たりありますか?」
「私が入ったのは二年前ですよ。そんな昔のこと知るわけないでしょう」
木下は「確かに」と同調する。
「では、ズバリ亡くなられた金塚さんのことどう思ってました?」
「普段は厳しくて苦手なんですけど、あの怒った顔でいい仕事をすると「よくやったな」ってニッコリ笑ってくれるんです。いつも怒られてるけど、あの顔を見たいために頑張ってるんですよ」
「つまり、被害者にそれほど殺意はないと?」
「まあ、はい」
「わかりました。次の方!」
青木が出て行くと同じタイミングで若い女性が入る。木下は先ほどと同じ質問をする。
「では、氏名・年齢・職業・住所を教えてください」
「う……上野彩香……二十六歳で、職業は放送部でアナウンサーしてます。住所は品川に住んでます」
「なるほど。放送テレビには何年前に入社しました?」
「四年前に入れさせていただきました」
「四年前? 二十二で入ったんですか。お若いですねぇ」
「はい。元々アナウンサーになりたくて専門学校でそういう勉強をしてましたので」
「なるほどなるほど。今日の深夜零時から一時頃、どちらに?」
「零時頃でしたら寝る前にもう一っ風呂浴びようと思い大浴場に行ってました。零時からはあそこしか空いてませんから––––それから戻ったのが一時頃です」
「では、それを証明できる方は?」
「一人で入ってたのでいませんよ。まさか刑事さん……私を疑ってるんですか?」
「いえいえ、これは誰にでも聞いている形式的な質問です。お気分を害されたのなら謝ります。すいません」
木下は頭を下げる。
「はぁ––––」
「六年前の殺人を忘れるなという手紙が被害者のポケットにあったのですが、四年前ですので知りませんよね?」
「六年前の殺人を忘れるな? なんですかそれ」
「いえ、私にもわかりません。最後に、亡くなられた金塚さんについてどう思ってました?」
「スケベなおっさん––––てとこですね」
「おやおや、これはまた大胆に言いますね」
「亡くなられた人を悪く言いたくないのですが、私は放送部でよくあの人と行動を共にする機会が多いんです。それでよく「仕事終わり、二人で食事でもどうだい?」なんてしつっこく誘われたりして––––」
「それはあなただけですか?」
「いえ、他の女性社員にもしてたと思います。女性社員はみんな嫌がってましたね」
「よくわかりました。次の方を呼んでください」
上野が部屋を出ると、別の女性が出てきた。やはり若い女性だった。
「氏名・年齢・職業・住所・入社して何年かをどうぞ」
いちいち同じ質問をするのが面倒になり木下は端的に言う。
「大野栞。二十四歳。ニュースキャスター。渋谷。三年。これでいい?」
大野は大胆な性格で刑事の木下を見てもビクともしていなかった。
「結構です。昨夜の零時から一時の間は何を?」
「そんなのベッドでゴロゴロしてたに決まってるでしょ。そんな時間。香織と美穂とおしゃべりしてたわよ」
「香織? 美穂?」
「久保香織と村上美穂。美穂は昨日あんたと一緒にいた子よ」
ああ––––。あの子か。
木下は美穂と呼ばれていた女性の顔を思い出す。
「三人部屋なんですか?」
「いや、私の先に取り調べを受けた彩香いたでしょ? 彼女も同じ部屋なんだけど、あの子は「またサッパリしてくるね」って言って確かそのくらいの時間に出て行ったわよ。だから覚えてるの」
それは上野の証言とも当てはまった。
「そうですか。六年前、放送テレビで何かあったのをご存知ですか?」
「えっ––––」
「六年前の殺人を忘れるなって手紙があったんですよ」
と、木下が言うと大野は俯いて何やら考え事を巡らせている。
「知っているんですか?」
「いや、私もそこまで詳しくなくて都市伝説で見たんだけど、昔放送テレビのバラエティで老人が火の中をくぐる––––みたいな内容のやつを放送していて、老人が大火傷を負ったけど放送テレビは出演料のお金を渡してそのまま放置して亡くなったって事件があったって聞いたのを思い出して––––それが確か六年前なの」
ニオウな。
「わかりました。被害者のことは殺したいほど恨んだりしてましたか?」
「まあ、恨んでたのは恨んでたけど、ぶっ殺したいほど憎んでないわね。あの人いっつもいっつも私を二人っきりの食事に誘ってきたから」
ここも上野と同じだった。
「わかりました。ありがとうございます」
それから同じ取り調べが続いた––––。




