殺人事件
男女に連れられ、二人は宴会場に行った。そこには『放送テレビ御一行様方』と看板が立てられている。
「ははぁ、テレビ局の人ですか」
看板を見ながら木下は言った。
「はい、今日は今年最後の慰安旅行なんです」
「それは楽しみですね」
警察は年中無休だ。
「テレビ局もこの時期は忙しいのですが、まだ今はマシな方でしてね。大晦日ほどではありませんよ」
テレビ局の裏の事情を知り、なぜか同情する。
「とりあえず話は中に入ってから」
ふすまを開け、木下達は「お邪魔します」と言いペコペコしながらスリッパを脱いで中に入る。
「美穂ちゃん、だぁれ? その人達」
座っていた若い女性が、木下達を連れてきた女性に話しかける。
「え、と、刑事さん」
「何ィ! 刑事だと?」
二人の会話を聞いていた男性が机を激しく叩き立ち上がった。年は六十代の後半ほど、白髪が目立つ男性だった。
「はい」
木下は小さく頷いた。
「なんで刑事がここにいる!」
「いや、私も偶然刑事さんと知り合って……」
「いえ、少々有給が余っていたのでもう冬だし使ってしまおうと思いましてね」
「全く! どうしてあんなことで刑事なんか連れてくるんだ! ただでさえ今ウチは厳しいんだ! そこに警察なんか来てみろ! マスコミのカッコウの餌にされるではないか!」
女性を指差しながら男は叫んだ。木下はその二人の間に割り込み、「まあまあ」となだめる。
確かに放送テレビは視聴率のニュースばかり目立っている。やれ今回のドラマの視聴率は四.五%で打ち切り説が飛び交うだとかネットで炎上だとかそういう暗いニュースばかりだ。そこで警察が関わったと知られたらと考えると男の気持ちもわからないではない。
「で、ですが今日は問題のその日です」
「そういう気持ちがだめなんだ! 向こうがますます図に乗る! いいか? あいつはこういう脅迫状を出してこっちの反応見て楽しんでいるんだ。そいつを余計楽しませてどうする!」
男性のテンションは更にヒートアップする。
「しかし、相談だけでもしておいた方が……」
「くどい! 帰ってもらえ」
「そういう訳にはいきません。イタズラだとしても調べる必要はあります。これは立派な威力業務妨害です」
木下は頑とした態度をとる。引き下がらないと思ったのか、男性は大きくため息をついた。
「こちらが、その脅迫状なのですが……」
女性がポーチから小さな紙を取り出し、それを木下に渡した。
”十二月十三日旅館で誰かが死ぬ。ジェイソン”
内容はそれだけだった。しかし、赤色で書かれており、何かの血で書かれているようだった。
どうやらジェイソンという人物が送った手紙のようだ。しかし、誰かが死ぬというのは曖昧すぎる。確かにイタズラと言われればそれだけだが、血で書かれているとなると警戒しておく必要がある。それに今日は十三日だ。
「この脅迫状はいつ?」
木下の目は刑事の目になっていた。
「一週間前です。ディレクター宛に手紙が届いて開けてみるとそれが……」
女性の声は震えていた。脅迫状のことが気が気でなかったのだろう。
「一週間前……つまり十二月三日ですな。消印は二日……。今日慰安旅行に行くことは社員は?」
「ここにいる者のみです」
「旅行の計画はいつから?」
「二ヶ月ほど前から企画されていました」
「幹事は?」
「大岡さんです」
「その大岡さんは?」
「私だ」
と、男が立ち上がった。木下は男の方を向き、質問する。
「今回の旅行の件、ここにいる者以外に話しましたか?」
「いや、話してはおらん。どこに行きたいかなどは投票で決めた」
「誰か、今回の慰安旅行のことを話した人はいますか?」
木下は全員の顔を見ながら言う。スタッフ達はキョロキョロと他の人の顔を見合わせ、全員首を横に振った。
「どうやら、脅迫状の主はこの中の誰かだと思われます」
木下は静かに告げる。
「なぜだ! どうしてわかる?」
「簡単です。旅館で誰か死ぬってくだりですよ」
「バカバカしい! 誰だ! こんな物を出したやつは! 許さんぞ! 私が計画した旅行を台無しにしおって!」
「そんな態度ではますます出にくくなりますよ」
「チッ。あんたのせいでせっかくのメシがマズくなる!」
悪態をつきながら男は自分の席に座った。
「あんたももういいだろう! 出て行ってくれ」
「いや、しかし」
「毎年この時期に我々は社員旅行に来ている。勘の鋭い奴なら時期ぐらい特定できるわい! あんなバカな脅迫状を出すやつなどここにはおらん! わかったらとっととこの場から離れてくれ!」
男の啖呵になおも木下は引き下がろうとしたが、そこまで関われる権限はなかったので仕方がなく戻って行った。
ジェイソンは部屋で荷物から色々と取り出し、トリックのセッティングの準備をしていた。
––––フッフッフッ……バカな男だ。自分の身可愛さに刑事の要請を断るとは……それが最後の晩餐になるとも知らないで。
ジェイソンはニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。決行は深夜だった。これまで何度も頭の中やパソコンで綿密にシミュレーションした。結果は色々と弄ったりしたが、全てOKだった。問題無い。それにターゲットの二人には既に別の脅迫状を出してある。今頃は震えているはずだ。
––––あの人は苦しみながら死んでいった。お前らだけのうのうと生きていいはずがないだろう。
ジェイソンは歯をギリギリと噛み、殺意を剥き出しにしていた。
“六年前の殺人忘れるな。ジェイソン”
金塚は手紙を開けてそれを見ながらブルブルと震えていた。
––––六年前……まさか、あのことじゃないだろうな……。
金塚の頭の中であの事件がフラッシュバックする。振り払うように頭を左右に振った。
ええい。そんなはずはない。あの事件は世間から忘れ去られた。もう風化した事件だ。それを今更……。それに鍵もしっかり閉めたんだ。誰も入ってこれまい。
考え事をしている金塚だったが、身体に妙な違和感を覚えた。
頭が揺れ、意識がもうろうとなった。
はぁっ……はぁっ……。
喉がやられ、息がしにくくなる。
息が……苦しい。
肺もやられ、金塚は歯を食いしばり、「ぁ……ぁ……」と苦しく呻き声を上げる。心臓を強く掴み、もがいている。
––––死ぬ……俺は……死ぬのか?
瞳孔が開き、金塚の額からは脂汗がダラダラと流れている。喉が焼けるように熱い。苦しい。苦しい。そして金塚の目はゆっくりと閉じていき、二度と開くことはなかった。