脅迫状
新幹線はあっという間に長野についた。ホームに降り、木下と多田野はレンタカーを借りに行った。
「すいません、予約した多田野ですけど」
店に入り、カウンターにいる女性に話しかける。女性は「少々お待ちください」と言い予約帳をめくる。名前を見つけると、予約帳をカウンターの下にしまった。
「多田野様ですね。確かにご予約を承っております。こちらに」
「ありがとう」
女性に案内され、木下達は車の方に向かった。女性は四人乗りのワゴン車の前で止まった。
「こちらです。清掃等は既に完了しています。どうぞ」
「おっ、なかなかいいじゃん」
木下はワゴン車をじろじろと眺める。多田野は女性から鍵をもらい、ドアのロックを解除する。
「まあ入れよ」
「おう」
木下は多田野に促され中に入る。座り心地はまあまあだ。座席は高いから頭が痛くない。多田野は運転席に座り、木下は後部座席に座った。
「トランクの中にチェーンが入っておりますが、サービスでお付けしましょうか?」
「あー、いや、いいです。付け慣れてますから」
「よく長野へ?」
「まあ、三年前までね」
多田野は運転席から出ると、トランクが開けチェーンを出す。金属が擦り合う音がなんだか不快だった。多田野はタイヤの下にしゃがみ、チェーンを車に巻きつけている。確かに慣れていて器用にチェーンを噛み合わせている。数分でタイヤ四つ全てチェーンを付け終え多田野は運転席に戻った。
「お気をつけて」
女性は木下達がレンタカー屋を出るまで、頭を下げていた。
数時間車を走らせていると、軽井沢に近づくにつれ雪が酷くなる。レンタカー屋でチェーンを付けておいて正解だった。車に付いているナビがピポンと気持ちいい音を出す。
『二百メートル先、右折です。その先、目的地周辺です』
「お、あれだな」
多田野はハンドルを回し右折させた。
『目的地周辺です。お疲れ様でした』
「あれじゃね?」
木下は目の前にある看板を指差した。看板には「葵この先」と書かれている。
「多分あれだ。さんきゅ」
スマートフォンをスリーブモードから解除させ、溜まっているメッセージを返信していく。しかし、こちらから返信はできなかった。電波が入らなく、一本立つのがやっとか圏外かが混線している。
「ちっ、ここ圏外かよ」
「まあ長野の山奥だからな」
再びスマートフォンをスリーブモードにしてカバンに突っ込んだ。圏外なのは残念だった。車を数分走らせていると、旅館らしき物が見えてくる。多田野は車を中に入れる。入ると、従業員らしき男性が駆け寄った。
「お客様、長旅お疲れ様でした。お客様はお先にロビーへどうぞ。お車は我々が駐車場の方へ送りますので」
「ありがとう」
多田野は座りながら頭を下げると、男性は「いえいえ、仕事ですので」と遠慮がちに答える。
旅館のロビーに入り、フロントに行った。
「予約した多田野ですが」
「多田野様ですね。確かにご予約を承っております。多田野様と木下様でいらっしゃいますか?」
「はい」
木下は頭を下げる。
「鍵はこちらとなっております。お部屋へはこちらの方がご案内します。さ、水無月さん、ご案内差し上げて」
「はい。お客様こちらへ」
水無月と呼ばれた女性は美人で和服がよく似合っていた。女性が歩くたび、布と布が擦り合う。
「こちらです」
鍵は二〇五と書かれていて、部屋のナンバーも二〇五だった。木下達は早速中に入った。
「ひゃぁ……いい部屋……」
部屋は畳の匂いがふわっと漂い、いい感じだった。外もよく見えている。しかし、今は冬なので雪が積もり銀景色だった。
「お食事はこちらにお持ちしますか? 宴会場になさいますか? お食事時間は何時になさいますか?」
「うーん……七時でいい?」
「ま、そのくらいだな」
木下は頷く。
「あ、食事はここじゃなくて宴会場でお願いします」
「七時ですね。かしこまりました。ごゆるりとおくつろぎください」
「よし! 早速風呂入りに行こうぜ」
木下はカバンからタオルや下着を出した。この旅館は露天風呂が付いている。冬の寒い時に暖かい露天風呂に入る。考えただけでも最高だった。これが楽しみの一つだった。温泉に行き、服を脱ぐとタオルで下半身を隠し中に入る。温泉に浸かる前に頭と身体を洗い、綺麗にしてから入った。温泉が身体に染みていくのを感じた。唸りたくなる気持ちを何とか抑える。気持ちいい風呂だった。何十分と入れそうだ。室内の風呂から出ると、露天風呂へと続くドアを開ける。風が身体に来てかなり寒かった。小走りで露天風呂に向かい、ゆっくりと足をつける。最高に気持ちよかった。ゆっくりとしていると、いつの間にか時間は六:五十分になっていた。慌てて風呂から出て着替えを済ませる。
「遅いぞ」
「すまんすまん、つい長居しちまった」
木下は恥ずかしそうに頭をかいた。二人は部屋を出ると宴会場に向かった。
「いいんですか? 警察に相談しなくて……」
「何回も言っただろ? あんな脅迫状相手にするだけ無駄だ」
宴会場に向かっていると、若い女と年配の男がヒソヒソ話している光景を目撃した。内容を聞かなければ親子で旅行に来たか不倫かのどちらかと思ったが内容を聞いてしまい刑事の癖が出る。
「脅迫状? 穏やかじゃないですね」
木下は二人の間に図々しく割り込む。
「何だね、あんたは」
「警察だ」
木下が言おうとしたセリフを、後ろにいた多田野が偉そうに言う。しかし、効果があったのか二人は急にオロオロし始める。
「して、脅迫状とは?」
「あなた達、本当に刑事ですか?」
「正確には達ではなくあなたです。刑事は私です」
「手帳……あります?」
「今はない。部屋にあります。多田野、取って来てくれる?」
多田野は「何で俺が……」とブツブツ文句を言うが、しぶしぶ部屋に戻って行った。
「脅迫状って、どのような内容なのですか?」
木下は男に聞いた。
「フン! あんたが刑事だという証拠がない限り話さん!」
男は話す気は無かった。
「私たちはこういう者だ!」
手帳を取ってきた多田野は手帳を開き、木下の顔と所属が書かれているページを開ける。
「なっ! 本当だったのか?」
「フン! どうだ」
木下は先ほどの男と同じ態度を取る。
「わかりました。刑事さん、まず私達の宴会場へどうぞ」