目撃される場所
一週間後、有給の申請が許可されたので週末の金土日の三日間休みを取った。
我ながら人がいい。
木下は自分の性格に嫌気がさしていた。しかし、ネットでその旅館を検索してみるとなかなかいい旅館だったので良しとした。旅行前日になり、木下は荷物をまとめている。服や下着、サイフ、食べ過ぎてしまった時用の胃薬などを鞄に入れる。木下は布団に寝転びながら明日行く旅館「葵」のことを調べていた。どうやら、仙人がいる噂はネットのにちゃんねるなどではかなり有名なようだ。突撃調査をしたユーザーもいるらしく、そのユーザーが目撃してしまいまさにミイラ取りがミイラという状態だったそうだ。
仙人。
木下の頭の中で、なぜそれが仙人に見えたのか考えていた。
旅館従業員の誰か……もしくは組織的に行われた客寄せのための行動……あるいは客の誰かのイタズラ……考えられるのはこの二つ。しかし、一回だけでなく複数回……しかも決まって週末に目撃されている。もし客の誰かなら必ず今週もチェックインするはずだ。まあこの程度は犯罪とは程遠いがどうしてこんなことをするのか興味がある。目立ちたいのか? そんなところだと思うが。
考え事をしていると、いつの間にか眠ってしまった。
翌日、七時に目覚ましが鳴り、その音に反応して木下は布団から上半身を起こした。起き上がる際に背骨が音を鳴らした。今日は九時に多田野との待ち合わせ場所に行き、新幹線に乗らなければならない。パンをトーストし、コーヒーを淹れる。やはり朝はコーヒー飲まなきゃ始まらない。焼きあがったパンをかじり、投函されていた今日の新聞を広げる。特に大きなニュースなどはない。しいてあげれば有名俳優が不倫していたなどというニュースだけだ。どうせこういうのは必ずバラエティなどで何度も何度もしつっこく扱われる案件だ。全く、偏向報道も甚だしい。最近のニュースやバラエティのせいで少年事件が増加しているような印象操作をされるが、実際はそんなに増えていない。昔はニュースになどあまりされたりしなかっただけだったからだ。そういう偏向報道が嫌いで、木下はあまりそういうバラエティは好まない。数十分で朝食を平らげ、木下はささっと食器を洗う。トイレで用を足し、荷物の確認を済ませると、しっかりと鍵をかけ部屋を出る。
五十分ほどで多田野との待ち合わせ場所に到着し、先に来ていた多田野と合流し同駅の新幹線に乗った。長野までは一時間二時間といったところだ。
「来てくれて助かるよ」
と、駅弁を食べながら多田野は言った。
「まあ……な」
木下は曖昧に誤魔化す。
「それにしても、お前ほんとに刑事になったんだな」
木下の顔をじろじろと見ながら多田野は言う。
「試験面倒だったけどな」
「手帳ある?」
「あ?」
「ケーサツ手帳だよ! バッ! ってやってくれよ」
「あのなぁ、警察手帳はそういうことに……」
反論しようとした木下だったが、「いいからいいから」と多田野が木下の上着の胸ポケットを探り、手帳を取り出す。
「おい、壊したりするなよ、始末書とか面倒なんだからな」
「わかってるって。私はこういう者だ! なーんてな」
多田野は木下の手帳を開け、遊んでいる。紛失すると本当に始末書どころではなくなるので手帳を取り上げ、ポケットにしまった。
「なぁ、仙人……なんだと思う? 正体は」
駅弁を食べ終え、パックを閉じて百五十ミリのウーロン茶を飲みながら多田野は言った。
「そうだなぁ……」
と、木下は続ける。
「昨日考えたんだが、やっぱり客のイタズラか従業員が客寄せにやってるとしか考えられない。現にその旅館、客入り良くなったんだろ? 仙人様様じゃないか。ところで、その仙人さんはどこでよく目撃されるんだ?」
「温泉だよ。露天風呂。そこでいつも出てくるってよ」
しかし、「けど」と多田野は口ごもる。「けど?」と木下は多田野に続けさせようとした。
「そこ……女湯なんだよ」
「はぁ⁉︎ なんだって⁉︎」
「いや、女湯……だから、俺たち多分見られない」
「なんだよそれぇ! なんで長野まで行くの? おかしくない?」
「まあまあ、運がよかったら男湯にも出て来てくれるかもしんないし」
多田野は怒る木下を何とかなだめている。
可能性は薄いな。
付き合ってあげた自分が本当に情けなくなった。