解答編①
「よし! 久保さんが仕掛けた第二の事件のトリックを暴く! 多田野も手伝ってくれ」
というと、多田野は元気そうに「任されよう!」と返事をした。多田野は今まで自分に何も手伝いをさせてくれず鬱憤が溜まっていた。それを木下は理解していてこういう事を言えばついてくるとわかっていてあえて言ったのだった。一人より二人の方が捜査の効率も上がるし、何より危険度も少なくて済む。これ以上手がかりを得られたくないために殺されるというのはミステリーではよくあることだ。その時部屋に多田野一人いたのではやられてしまう恐れも考えられた。さすがに遺体を調べるわけにはいかないが、浴槽を調べる時はいてもいいだろうと思った。もちろん指紋はつけさせない。さっき一度調査に来た時に触ったあのプルプルした何かがヒントになることは想像がついた。部屋に出て、露天風呂に行く前に容疑者を集めている部屋へ向かった。久保がいるか確認するためだ。
「すいません、久保さん……いますか?」
「はい……」
部屋に入ると、久保が座って本を読んでいた。ただ名前を呼ぶだけでは怪しまれてしまう恐れがあるので少し取り調べをするとごまかし、取り調べ室であるVIPルームに呼んだ。多田野を部屋に残し、二人が入る。
「何かしら?」
久保は座った途端、挑戦的な笑みを浮かべる。
「自首する気はありませんか?」
単刀直入に言う。
「は?」
「私は犯人があなたであると確信しました。あなたが仕掛けた第一の殺人のアリバイトリックもすでに解き明かしています……キッカケは小麦粉でした……」
「小麦粉?」
「脇田さんが殺されていた離れに、小麦粉が落ちていたんです。そして、取り調べをした後あなたの座っていた椅子を確認するとあなたにも小麦粉が付着していた……そんな偶然って、あり得ますか? 到底ないでしょう。これから私は第二の事件のトリックの解明に向かいます。いえ、大体の予想はついているんです。私は先ほど女湯に入り捜査をしました。その時に湯船に何かプルプルしたものが落ちていたんです。あなたは何か道具を使い、プルプルさせた––––違いますか?」
木下の推理を聞いていた久保はゲラゲラと笑いだす。
「違うも何も、大不正解よ! あんた、そんなことで私を犯人だと思ってるの? なんなら、名誉毀損で訴えるわよ?」
口元を手で押さえ、笑いを堪えるポーズを取る。その時、ピンク色の絆創膏を貼ってあるのが見えた。
「そのケガ、どうしたんです?」
「えっ––––」
途端に久保は動揺する。
「こ……これはちょっと爪が引っかかって……」
「私は先ほど脇田さんの遺体を確認しました……その時、最初の捜査では気づきませんでしたが脇田さんの爪に皮が入っていたんです。その傷と照合すればすぐにわかりますよ……」
「グッ……」
「私の話は以上です。ジェイソンがあなたでないことを信じます」
木下は頭を下げ、久保を残し取り調べ室から離れた。その時青い顔をした久保を木下は見た。嫌なものだ、犯人当ては……と木下は思った。
部屋に戻り、残していた多田野を呼んだ。
「行くぞ」
「いや、それがさぁ……トリック解けちまったわ」
「あ?」
「さっき携帯で『水の上を歩く方法』で検索をかけるとさ、ダイラタンシーって現象を使ったら歩けるようになるらしいんだ」
「まさか……」
「それがそのまさかなんだよなぁ……しかも、材料は水と粉なんだぜ?」
「粉……小麦粉……」
「そういうことだ。お前、確か一瞬だけだけど湯船に入ってたよな? どうだった?」
「そういえばドロっとした感触が––––」
「ならやっぱりダイラタンシーを使ったトリックだよ。足がくじいたふりをしてみんなを湯から遠ざける。そして残った久保さんは湯の上を歩きドアに向かう。そして離れに先回りし被害者を刺殺。その後湯船に戻ってダイラタンシーを解除。その後みんながいる離れに何食わぬ顔で戻る……という算段だ」
「返り血は?」
「それは多分雨ガッパか何かを着て防いでいたんだろう」
「まだ実験してみないとわからない––––」
「その通りよ」
突然女の声が聞こえ、木下と多田野は同時にその方向を見た。声の主は久保香織だった。
「ジェイソン……」
多田野はつぶやいた。
「ふふ。そう、私が真犯人ジェイソン。脇田殺しのトリックも、あなたが言った通りよ。それを使って私は湯の上を歩けるように細工して離れへ行く時間を短縮し、一人先回りして殺したの。ただし返り血を防ぐトリックは雨ガッパなんてチャチなものじゃないわ。それに、あの時私はそんな物持ってたかしら? ここからジェイソンさんのクエスチョン。返り血を防いだトリックは何かしら? 答えはこの部屋にもあるわ」
この部屋にある?
そう聞き、木下と多田野は部屋を探した。あるのはカバン、机、ゴミ箱、ベッド、トイレ、洗面所などだ。ここにあるもので一体どうやって……。
「まさかっ!」
多田野は何かに気づいたようだった。
「あら? どうやらお友達は気づいたようよ? 刑事さんがこんなのでいいのかしら?」
「くそッ」
木下はヤケになり部屋を物色する。しかし、トリックは解けなかった。
「はい、時間切れ。どうせ私が犯人だってバレて
るし、答えを教えるわね。正解はビニール袋を被って脇田をぶっ刺した––––でした」
「でも……そんな人が被れるような袋なんてどこに……そうか! ゴミ袋!」
「ピンポンピンポーン」
「やっぱりそうだったのか……」
と、多田野。
「あなたが言った通り、この傷は脇田を殺す前にうっかり引っかかれたもの……迂闊だったわ」
「では、ここからは俺のターンです。第一の殺人は、あなたはまず厨房に行き昨夜使われたスダチと氷、そして第二の事件で使う小麦粉を拝借したあなたはその足でスダチを絞り、その汁を氷につける。その後紙コップにシアン化ナトリウムを入れて金塚さんの部屋に行き、タコ糸に時限装置である氷を結ぶ。そしてその下に第一の事件の目玉であるシアン化ナトリウムを置いた。そうして準備完了です。そして被害者が暖房をつけるとあなたの仕掛けたトリックが発動します。金塚さんの胸ポケットには『六年前の殺人を忘れるな』という手紙がジェイソン……あなたから届いていた。それに反応した金塚さんは部屋に鍵をかけ、一人の部屋を取り篭る。それで密室が完了です。つまり、犯人は部屋を出た後密室にしたのでもなく、密室にさせた後殺したんです」
「さすがね。ダメ出しすると大野さんはいつも夜中に温泉に入り直していたの。それを見越して私は大体十二時に死ぬよう設定した。綿密な化学式を用いてね」
「でも、どうしてあなたは二人を? それに、六年前とは一体……」
「それは今から説明するわ」




