アリバイあり––––犯人なし
この後どうすれば––––。
木下の頭はパンクしかかっていた。悲鳴が聞こえた時、全員同じ部屋にいた。それを指示したのは他でもない木下自身だったからだ。最悪悲鳴はテープや合成などでなんとかなるかもしれない。しかし、殺されたのは確かについさっきなのだ。これはまぎれもない事実だった。しかし、第一の殺人事件のトリックは既に暴かれている。今度も同じようにするだけだ。ここで手がかりになるのは被害者のそばに落ちていた小麦粉だ。これをジェイソンは何かに利用したのだろうか? ジェイソンは頭のいい犯人だ。しかし、殺人をするのは初めてのはず。ついうっかり証拠を残すということもあり得る。やはりもう一度取り調べをした方がいい––––。
そう思い、木下は部屋から出た。そして本館に容疑者を集めてる部屋に行く。
「すいません、もう一度取り調べを行います。面倒なのでジャンケンで順番を決めてください」
木下は投げやりになる。
全員が一斉にジャンケンをし、最初に勝ったのは久保香織だった。木下は久保を呼び、昨日取り調べを行なった部屋に連れて行く。足をくじいている久保は足を引きずりながらついて行く。
「では、取り調べを行います」
「でも、プロデューサーが悲鳴をあげた時私たち全員中にいたじゃないですか。これは全員アリバイ成立なのでは?」
久保のイタいツッコミに木下はグゥの音も出ない。
「確かにその可能性もありますが、テープを使い被害者の悲鳴を時間差で流したというトリックも考えられます」
「なるほど––––。じゃあ死亡推定時刻はどうなの?」
「うぐっ––––。それは……殺されたのは十分から二分ほど前かと」
「それは無理ね。あなたもみたでしょ? 私はあの時慌ててて段差に気づかなくて足を踏み外して転んだの。満足に走れやしないわ。それに、あの離れに行くにはあなた達が通った玄関を出て行かないと離れには通れない。逆に言うと私が犯人ならその時に鉢合わせてないとおかしいわよね? 私、あなた達と合流したかしら?」
「言い訳の仕様もありませんな」
「強いてあげれば女湯から通る方法だけど、あなた一瞬入ったのよね? どうだったかしら?」
「正直暑すぎて長く入っていられなかったですな」
「それに、私があなた達と合流した時私の服は濡れていた?」
木下は首を振る。それは久保犯人説を自ら否定するものだった。
「じゃあ、もういいわよね?」
「足––––」
「は?」
「足首を見せてもらえませんか?」
「あらあら、私が演技をしているみたいね。はい」
と言うと久保は長ズボンの裾をめくり、木下に見せた。久保の足は確かに真っ赤に腫れている。
「他に何か?」
「いえ、もう結構です。どうぞ」
久保の迫力に負け、木下は退室を命じる。久保は椅子から立ち、足を引きずりながらゆっくりと部屋を出て行った。
ジェイソンは誰だ––––。
木下はジェイソンの正体を掴めず、俯いた。その時––––。
「え?」
久保が座っていた椅子に白い粉が少量ついていた。それは、被害者のそばに落ちていた粉と同じものだった。それをスマートフォンのカメラで記録する。
他の容疑者も取り調べを行なったが、満足のいく結果は得られなかった。
……。
ジェイソンは部屋に戻り、一人物思いにふけっていた。
––––あの刑事、何かに気づいた?
何か嫌な感覚がジェイソンの胸を締め付ける。粘っこい何かがまとわりつき、それがどんどんと身体に侵食していくような嫌な感覚だった。そんなことはないと無理やり自分に言い聞かせる。二人を殺し、気分が高揚している。流石に何回も斬りつけたあの感覚は今でも鮮明に覚えている。犯人がわかったと脇田に教え、脇田が出てきた時にまず顔を切った。出てきた瞬間に急所を刺して息の根を止めることもできたがあえて脇田を苦しめるために何回も刺して痛めつけたのだ。最初に顔を切り、脇田が怯んだところに間髪入れずに腹をさした。その勢いで脇田を倒し、そして一気にナイフを振りかざした。あの身体にナイフが入ってゆく感覚は気持ちが悪かった。しかし、これで復讐は完了した。あとは時が来るのを待つだけだった。




