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数々の短編集

練習村の勇者さまと優しい村人 「武器や防具は装備しないと効果がないぞ」

作者: 数々

「武器や防具は装備しないと効果がないぞ」

 こんな当たり前のアドバイスをする。それが俺の役割だ。

 ほとんどの人が聞きやしない。いる意味がない存在なのだ。

 しかし、そんな俺でも必要とされる時がある。

 あれは休日に昼寝をしていた時だ……。


 ****


 あれ? ここはどこだ? 俺は部屋で昼寝をしていたはず……。


「ここは異世界と現実世界の狭間だ」

 誰だ? このおっさんは……。


「我は異世界の神。お前を呼び寄せた者だ」

 なんだ異世界転生か……え? 俺、死んでしまったの!?


「安心しろ、お前は死んでない。ぐっすり睡眠中だ」

 なんだ、生きてるのか……。じゃあ、なぜ俺が呼ばれたんだ?


「近頃は異世界乱立で人手不足でな。死者だけでは転生者が足りないのだ」

 そんな理由かよ! そろそろ乱立も控えないとね……。


「任務が終われば、ちゃんと戻してやる。正確に言えば、転生ではない。ある仕事のための一時的な転移……異世界転勤と言うやつだ」

 誰が上手い事を言えと……。その間、現実世界はどうなるんだ?


「それは大丈夫だ。異世界の一ヶ月は、現実世界では1時間ぐらいだからな」

 それなら、かなり猶予はあるか……。どんな異世界に転生するんだ?


「お前の役目はRPGゲーム、ファンタジークエスト世界への転生だ」

 おなじみのゲームへの転生か……。FQは、クリア済みだから知識チートができるな。ちょっと楽しみになってきた。


「そこで勇者の手助けをしてくれ」

 俺が勇者ではないのか!?


「勇者はお前の妹だ」

 妹? 優香のこと? そう言えば朝から見てないけど……まさか優香は……。


「それも心配ない。お前の妹は、昼頃にようやく目覚めたが、すぐに力尽きて二度寝中だ。かれこれ3時間は眠っておる」

 無事だったか……。しかし、部活で疲れていても寝すぎだろ……。


「この勇者が、既に二ヶ月も経過しているというのに、まったく進まないのだ……。我も、ほとほと困りはてていた所だ。お前は兄として責任を取るべきだぞ?」

 なんで俺が責任を…………わかったよ! あいつ、どこで詰まってるんだ?


「その勇者をバレないように手助けしてくれ」

 何をやれば良いんだ? 仲間の僧侶か? 戦士か?


「それは――」


 ****


 ファンタジークエスト。略してFQ。勇者が魔王を倒す。ありふれたゲームだ。

 そして、ここはFQのチュートリアルにある練習の村。

 あまりゲームを知らない人のために説明すると、チュートリアルとは操作や基本的なルールを覚える練習の場だ。

 そう、妹の優香が、ずっと詰まってるのは最初の練習なのだ。

 スタートラインにすら立っていない。そんな所で二ヶ月……。


 そしてFQ世界での、俺の役割は…………親切な村人だ。


「武器防具は装備しないと効果がないぞ」

「宿屋に泊まると体力が回復するでしょう」


 こんな当たり前すぎることを話す。そんな村人を知らないだろうか?

 おそらく、ゲームでよく遊ぶ人でも覚えていない。ほんとんどの人が存在意義を見いだせない存在。それが俺の役割だ。

 なぜ俺のような村人が必要なのか? それは妹のような勇者がいるからだ。


 ****


「親切な村人さん。こんにちは!」

 俺の元に、勇者に転生した妹がやってきた。

 勇者と言っても、まだ軽装備で村娘風の姿だ。それでも、普段着がジャージな妹だから新鮮に見えた。


「村人さんのアドバイスのおかげで楽になりました!」

 装備しろって教えただけ……。ゲーマーには当たり前でも、妹は全くゲームしないから仕方ないのか? でも常識的に装備ぐらいはするよな……。

 さて、今日もアドバイスしなければ……。


「宿屋に泊まると体力が回復するでしょう」

 自分でも何を言ってるの? と思うほど基本的な事だ。


「それは変ですよね? 大怪我が一晩眠ったぐらいで、回復するのでしょうか? もし、治るのであれば、宿屋ではなくても休息すれば良いと思うのですが?」

 妹は変なところで理屈ぽいんだよな……。ここはあれでいくか。


「宿屋のベッドは魔法のベッドなんですよ」


「そうだったんですか!」

 なんとか納得してくれたようだ。もう一つ言ってみるか。


「戦闘中でも、薬草を使うと体力が回復しますよ」

 少し高度か?


「それは変ですよね? 薬草とは煎じて傷口に塗ったりする物ですよね? それを戦闘中に行う余裕がないと思うのですが? それに自然治癒力を高める効能が薬草です。瞬時に効果が出るのはおかしいと思います!」

 めんどくせー! 冷蔵庫にある優香のプリン食べるぞ!

 ……落ち着け。俺は、あくまで親切な村人だ。笑顔で対処しなければ……。


「あれは、魔法の薬草なんですよ!」

 魔法。まさしく魔法の言葉だ。


「そうだったんですか!」

 ごく普通の事を教えるだけで、これだ。本当に面倒な妹である。


「村人さん。アドバイスありがとうございました!」

 満面の笑みでお礼を言う優香だったが、俺は、それを直視できなかった。

 まあ、許してやろう……。


「それでは頑張ってきますね!」

 妹が冒険に出発する。今日こそ大丈夫だろうか?

 俺はスキル【存在感消失】を使用した。異世界神から唯一もらえたチートスキルだ。

 その名の通り、ただでさえ薄い存在感が消失して誰からも認識されなくなる。こちらの声や音も聞こえず、うっかり音を出しても平気だ。

 ただし、本当に存在が消えるわけではない。攻撃したりすると見つかるし、範囲攻撃にも巻き込まれる。そこまでチートでもないチートスキルだ。


『さて、後をつけるぞ』

 どうせ聞こえないせいか、独り言が多くなってしまうな。

 スキルの使い道は、妹を陰ながら見守る事。言っておくが俺はシスコンストーカーではないぞ? 後をつける理由があるからだ。


「きゃあ!! 気持ち悪い!」

 かけつけると、すでに戦闘が始まっていた。

 大の苦手とする魔物【大いも虫】が相手だ。いつも気持ち悪がって、不意をつかれている。あいつ虫苦手なんだよな……。


 『いい加減に慣れないと……。そんなに気持ち悪いか?』


 さらに大いも虫は、複数回の弱攻撃をしかけてくる。ちゃんとした防具なら大丈夫だが、軽装備だと……。


<大いも虫の攻撃! 勇者は倒れた>


 『……またやられたか。見守るしかできないのは、つらいな……』


 FQ世界では、たとえ戦闘で倒れても本当の死ではない。戦闘不能の仮死状態になるが、教会で蘇生儀式を行えば復活できるのだ。

 倒れた勇者を教会まで連れて行くのも村人の隠れた役目。俺は妹を担いで村へと向かった。


「神父さま。いつものお願いします」

 教会で蘇生をお願いする。費用は手持ちゴールドから天引きだ。

 デスペナルティで所持金の半分を没収するのは、意地悪で奪っているわけではない。ちゃんと使い道があるからなのだ。


「あ! 蘇生費用分のゴールドも持ってない……」

 妹は15Gしか持っておらず、蘇生費用の20Gに足りなかった。こんな時のための積立金も既に0だ。死にすぎだろ……。


「神父さま。なんとかお願いします」

 なんで俺が頭下げなきゃならない……。


「いいですよ。いつもの事ですから……」

 そう言いつつも神父さまは顔が引きつっていた。

 こんな事では、いつ先に進めるのやら……。


 ****


 今日も、優香が嬉しそうにやって来る。


「村人さんのおかげで3回も連続で勝てちゃいました」

 まだ3回なのね……どうしよう? もう少しヒントを与えてみるか?

 あまり露骨に教えるのも優しい村人に反するが……。これも妹のためだ。少しだけ難しい話をしよう。少しだけね。


「勇者様が装備している武器は蝶のナイフですよね? それは、魔法使いや踊り子などの軽装備しかできない職業用の武器です。重装備が可能な勇者様なら、他の武器が良いですよ。この村ならコストパフォーマンスに優れた棍棒か、一番威力のある銅の剣がオススメです」

 これぐらいは常識だよな。


「このナイフ、可愛いから♡」

 可愛いとか、そんな問題じゃないだろ! なぜ女は装備の外見にこだわるかな?

 ……落ち着け。問題は防具だ。武器はどうにかなる。


「防具を装備されていませんよね? 防具は皮の防具シリーズがオススメです。一式装備することによりシリーズ効果が発生して、防御力にボーナスが付きます。特に皮の盾は回避力アップの効果があるので、鎧を鎖帷子にするとしても、盾は皮の盾がいいですよ」

 これは説得力あるだろ!


「可愛くないから嫌です!」

 可愛くないのはお前だ! 絶対にプリン食べてやる!

 ……落ち着け、落ち着くんだ。親切な村人は、これぐらいで怒らないはずだ。

 でも、どうしよう? 武器防具が縛りプレイ……これは無理だな。


「……やっぱり私が勇者じゃ駄目なんでしょうか?」

 らしくない弱々しさで妹は言った。

 どうしたんだ? 急に落ち込んで……。


「村の人たちも最初はすごく期待してくれたんです。今も良くしてくれますけど、子供を可愛がる感じになってるんですよね……」

 おじいちゃん、おばあちゃんが孫を見る目になってるよな。


「私、なんだか申しわけなくって……」

 優香は少し涙目になっていた。


 ……俺が兄失格だったな。優香はどこでも変わらない。変えるべきは俺のアドバイスなんだ! 超ゆとりプラン発動だ!


「苦手な敵からは逃げましょう」

「勇者が逃げていいんですか?」

「いいんです。勇者こそ逃げるべきなんです!」


「お金が貯まったら、すぐに買い物しましょう」

「貯金がなくても平気でしょうか?」

「死んでしまうとお金が減りますからね。持ってなければ平気ですよ」

 俺がいくらでも頭下げてやる! 神父さん。スマン……。


「いろいろと、ありがとうございます! ……村人さんって、なんとなく兄に似ているんですよね」

 何気ない一言にドキリとした。まさかバレてないよな?


 勇者は、徐々に高度なアドバイスも身につけた。


「【おおきづち】が力を貯めたら、防御で回避専念です」

「わかりました!」


「【ゆうれい】は閃光魔法で撃退できます」

「わかりました!」


「毒消し草で毒が消せます」

「え? そうなんですか!?」

 高度か……?


 こうして勇者は少しずつ戦いを覚え、道具袋には薬草が貯まっていった。

 そして、ついにチュートリアルのボス【大目玉】に挑む日がやってきた!


『大丈夫かな……』

 当然、俺は後をつける。

 大目玉は、大きい目玉に手足が生えている魔物。もちろん弱点は目玉だ。アドバイスはしてある……。頑張れ!

 いよいよ戦いが始まった! 序盤、大目玉の魔法に苦戦するが薬草を使って粘る。徐々に相手の魔力は弱まり、膠着状態に持ち込んでいく。あとは弱点を狙えば……。


「村人さんは、弱点があると言ってましたけど……どこ何でしょう?」


『どう見ても目玉だろ! なぜわからない!?』

 俺は、聞こえもしないのに大声で突っ込んだ。やきもきさせるな……。


 じわじわと押されて薬草が減っていく……。手が打てないまま、ついに薬草が尽きてしまった。


 これは負けだな……。また薬草集めから再開か……。

 しかし、優香は諦めなかった。


「私わかるんです! もうすぐあの村人さんが、どこかに行ってしまうのが……」

 優香……!


「私が一人でやれないと親切な村人さんが安心して帰れないんです!」

 どこかで聞いたセリフだが……よく言った!


 なんとかアドバイスできないか? 声は聞こえないし……そうだ!

 俺は手鏡を使って、光を大目玉の目に反射させた。多少ひるんだが、この程度では効果は薄い。狙いは別にあるのだ。この光の意味に気づいてくれれば……。


「目に光があたってる……弱点は光!?」

 

『惜しいけど違う!』


「そうだ【閃光魔法】を使えば! お願い!」

 閃光魔法により大目玉が眩んだ。このスキに目を狙わないと……。


「まぶしい! よく見えないよ……」


 なんで優香まで眩んでるんだよ! 使うときは目を瞑るのが普通だろう!

 しかし、目が見えない妹の、まぐれの一撃が大目玉の目に炸裂した!


<勇者の会心の一撃!!! 大目玉は倒れた>


「やった! やりました!」

 優香は飛び跳ねて大喜びしていた。

 大目玉が消滅し、次のエリアに進む旅のゲートが現れる。


<おめでとうございます! チュートリアルをクリアしました>

 

 なんとかチュートリアルをクリアか、この先が思いやられるよ……。

 ところが、妹はゲートに入らずに村の方へと走って行く。

 どこへ行くんだ? やばい! 急いで戻らないと……。

 俺はなんとか先回りして所定の位置へと戻った。呼吸を整えていると、妹が駆け寄って来た。


「親切な村人さん。私、やれました! ありがとうございました!」

 優香は頭を下げつつ大声でお礼を言う。……まったく手間のかかる妹だ。


 ****


 気がつけば自室のベッドだった。

 現実世界へと戻ってきたのか? それとも、あれは夢だったのだろうか?

 疑問に思いつつも、妹を探して回った。

 優香はリビングに居た。ソファーで足を投げ出し、気持ち良さそうに眠っている。

 ……まったく、だらしないな。俺は、そっとタオルをかけてあげた。


「……お兄ちゃん……ありがとう……」

 え!? ……なんだ……寝言か……。


「優香、頑張れよ……」

 俺は気分良く、プリンを片手に部屋へと戻るのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] プリン、やっぱり食べちゃうんだー。(笑) ゲームのわからない私としては、妹目線で楽しめました。 こういう異世界の書き方は初めて見ました。面白かったです。
[良い点] 兄ちゃん、…愛だねぇ。 兄ちゃんらしい兄ちゃんだなあ、と思いました。 妹思いってほど妹思いでは無いところに、逆に『兄妹あるある感』が出てる様な気がします。 年齢差も関係するのかもしれない…
[良い点] 微笑ましい作品で、とても良かったです。兄妹の絆がよく書けていました。 [一言] 小学生が、R15くらいのゲームで遊ぶとありがちな感じがします。僕も、小5でモンハンを遊んで、防具というものす…
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