練習村の勇者さまと優しい村人 「武器や防具は装備しないと効果がないぞ」
「武器や防具は装備しないと効果がないぞ」
こんな当たり前のアドバイスをする。それが俺の役割だ。
ほとんどの人が聞きやしない。いる意味がない存在なのだ。
しかし、そんな俺でも必要とされる時がある。
あれは休日に昼寝をしていた時だ……。
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あれ? ここはどこだ? 俺は部屋で昼寝をしていたはず……。
「ここは異世界と現実世界の狭間だ」
誰だ? このおっさんは……。
「我は異世界の神。お前を呼び寄せた者だ」
なんだ異世界転生か……え? 俺、死んでしまったの!?
「安心しろ、お前は死んでない。ぐっすり睡眠中だ」
なんだ、生きてるのか……。じゃあ、なぜ俺が呼ばれたんだ?
「近頃は異世界乱立で人手不足でな。死者だけでは転生者が足りないのだ」
そんな理由かよ! そろそろ乱立も控えないとね……。
「任務が終われば、ちゃんと戻してやる。正確に言えば、転生ではない。ある仕事のための一時的な転移……異世界転勤と言うやつだ」
誰が上手い事を言えと……。その間、現実世界はどうなるんだ?
「それは大丈夫だ。異世界の一ヶ月は、現実世界では1時間ぐらいだからな」
それなら、かなり猶予はあるか……。どんな異世界に転生するんだ?
「お前の役目はRPGゲーム、ファンタジークエスト世界への転生だ」
おなじみのゲームへの転生か……。FQは、クリア済みだから知識チートができるな。ちょっと楽しみになってきた。
「そこで勇者の手助けをしてくれ」
俺が勇者ではないのか!?
「勇者はお前の妹だ」
妹? 優香のこと? そう言えば朝から見てないけど……まさか優香は……。
「それも心配ない。お前の妹は、昼頃にようやく目覚めたが、すぐに力尽きて二度寝中だ。かれこれ3時間は眠っておる」
無事だったか……。しかし、部活で疲れていても寝すぎだろ……。
「この勇者が、既に二ヶ月も経過しているというのに、まったく進まないのだ……。我も、ほとほと困りはてていた所だ。お前は兄として責任を取るべきだぞ?」
なんで俺が責任を…………わかったよ! あいつ、どこで詰まってるんだ?
「その勇者をバレないように手助けしてくれ」
何をやれば良いんだ? 仲間の僧侶か? 戦士か?
「それは――」
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ファンタジークエスト。略してFQ。勇者が魔王を倒す。ありふれたゲームだ。
そして、ここはFQのチュートリアルにある練習の村。
あまりゲームを知らない人のために説明すると、チュートリアルとは操作や基本的なルールを覚える練習の場だ。
そう、妹の優香が、ずっと詰まってるのは最初の練習なのだ。
スタートラインにすら立っていない。そんな所で二ヶ月……。
そしてFQ世界での、俺の役割は…………親切な村人だ。
「武器防具は装備しないと効果がないぞ」
「宿屋に泊まると体力が回復するでしょう」
こんな当たり前すぎることを話す。そんな村人を知らないだろうか?
おそらく、ゲームでよく遊ぶ人でも覚えていない。ほんとんどの人が存在意義を見いだせない存在。それが俺の役割だ。
なぜ俺のような村人が必要なのか? それは妹のような勇者がいるからだ。
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「親切な村人さん。こんにちは!」
俺の元に、勇者に転生した妹がやってきた。
勇者と言っても、まだ軽装備で村娘風の姿だ。それでも、普段着がジャージな妹だから新鮮に見えた。
「村人さんのアドバイスのおかげで楽になりました!」
装備しろって教えただけ……。ゲーマーには当たり前でも、妹は全くゲームしないから仕方ないのか? でも常識的に装備ぐらいはするよな……。
さて、今日もアドバイスしなければ……。
「宿屋に泊まると体力が回復するでしょう」
自分でも何を言ってるの? と思うほど基本的な事だ。
「それは変ですよね? 大怪我が一晩眠ったぐらいで、回復するのでしょうか? もし、治るのであれば、宿屋ではなくても休息すれば良いと思うのですが?」
妹は変なところで理屈ぽいんだよな……。ここはあれでいくか。
「宿屋のベッドは魔法のベッドなんですよ」
「そうだったんですか!」
なんとか納得してくれたようだ。もう一つ言ってみるか。
「戦闘中でも、薬草を使うと体力が回復しますよ」
少し高度か?
「それは変ですよね? 薬草とは煎じて傷口に塗ったりする物ですよね? それを戦闘中に行う余裕がないと思うのですが? それに自然治癒力を高める効能が薬草です。瞬時に効果が出るのはおかしいと思います!」
めんどくせー! 冷蔵庫にある優香のプリン食べるぞ!
……落ち着け。俺は、あくまで親切な村人だ。笑顔で対処しなければ……。
「あれは、魔法の薬草なんですよ!」
魔法。まさしく魔法の言葉だ。
「そうだったんですか!」
ごく普通の事を教えるだけで、これだ。本当に面倒な妹である。
「村人さん。アドバイスありがとうございました!」
満面の笑みでお礼を言う優香だったが、俺は、それを直視できなかった。
まあ、許してやろう……。
「それでは頑張ってきますね!」
妹が冒険に出発する。今日こそ大丈夫だろうか?
俺はスキル【存在感消失】を使用した。異世界神から唯一もらえたチートスキルだ。
その名の通り、ただでさえ薄い存在感が消失して誰からも認識されなくなる。こちらの声や音も聞こえず、うっかり音を出しても平気だ。
ただし、本当に存在が消えるわけではない。攻撃したりすると見つかるし、範囲攻撃にも巻き込まれる。そこまでチートでもないチートスキルだ。
『さて、後をつけるぞ』
どうせ聞こえないせいか、独り言が多くなってしまうな。
スキルの使い道は、妹を陰ながら見守る事。言っておくが俺はシスコンストーカーではないぞ? 後をつける理由があるからだ。
「きゃあ!! 気持ち悪い!」
かけつけると、すでに戦闘が始まっていた。
大の苦手とする魔物【大いも虫】が相手だ。いつも気持ち悪がって、不意をつかれている。あいつ虫苦手なんだよな……。
『いい加減に慣れないと……。そんなに気持ち悪いか?』
さらに大いも虫は、複数回の弱攻撃をしかけてくる。ちゃんとした防具なら大丈夫だが、軽装備だと……。
<大いも虫の攻撃! 勇者は倒れた>
『……またやられたか。見守るしかできないのは、つらいな……』
FQ世界では、たとえ戦闘で倒れても本当の死ではない。戦闘不能の仮死状態になるが、教会で蘇生儀式を行えば復活できるのだ。
倒れた勇者を教会まで連れて行くのも村人の隠れた役目。俺は妹を担いで村へと向かった。
「神父さま。いつものお願いします」
教会で蘇生をお願いする。費用は手持ちゴールドから天引きだ。
デスペナルティで所持金の半分を没収するのは、意地悪で奪っているわけではない。ちゃんと使い道があるからなのだ。
「あ! 蘇生費用分のゴールドも持ってない……」
妹は15Gしか持っておらず、蘇生費用の20Gに足りなかった。こんな時のための積立金も既に0だ。死にすぎだろ……。
「神父さま。なんとかお願いします」
なんで俺が頭下げなきゃならない……。
「いいですよ。いつもの事ですから……」
そう言いつつも神父さまは顔が引きつっていた。
こんな事では、いつ先に進めるのやら……。
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今日も、優香が嬉しそうにやって来る。
「村人さんのおかげで3回も連続で勝てちゃいました」
まだ3回なのね……どうしよう? もう少しヒントを与えてみるか?
あまり露骨に教えるのも優しい村人に反するが……。これも妹のためだ。少しだけ難しい話をしよう。少しだけね。
「勇者様が装備している武器は蝶のナイフですよね? それは、魔法使いや踊り子などの軽装備しかできない職業用の武器です。重装備が可能な勇者様なら、他の武器が良いですよ。この村ならコストパフォーマンスに優れた棍棒か、一番威力のある銅の剣がオススメです」
これぐらいは常識だよな。
「このナイフ、可愛いから♡」
可愛いとか、そんな問題じゃないだろ! なぜ女は装備の外見にこだわるかな?
……落ち着け。問題は防具だ。武器はどうにかなる。
「防具を装備されていませんよね? 防具は皮の防具シリーズがオススメです。一式装備することによりシリーズ効果が発生して、防御力にボーナスが付きます。特に皮の盾は回避力アップの効果があるので、鎧を鎖帷子にするとしても、盾は皮の盾がいいですよ」
これは説得力あるだろ!
「可愛くないから嫌です!」
可愛くないのはお前だ! 絶対にプリン食べてやる!
……落ち着け、落ち着くんだ。親切な村人は、これぐらいで怒らないはずだ。
でも、どうしよう? 武器防具が縛りプレイ……これは無理だな。
「……やっぱり私が勇者じゃ駄目なんでしょうか?」
らしくない弱々しさで妹は言った。
どうしたんだ? 急に落ち込んで……。
「村の人たちも最初はすごく期待してくれたんです。今も良くしてくれますけど、子供を可愛がる感じになってるんですよね……」
おじいちゃん、おばあちゃんが孫を見る目になってるよな。
「私、なんだか申しわけなくって……」
優香は少し涙目になっていた。
……俺が兄失格だったな。優香はどこでも変わらない。変えるべきは俺のアドバイスなんだ! 超ゆとりプラン発動だ!
「苦手な敵からは逃げましょう」
「勇者が逃げていいんですか?」
「いいんです。勇者こそ逃げるべきなんです!」
「お金が貯まったら、すぐに買い物しましょう」
「貯金がなくても平気でしょうか?」
「死んでしまうとお金が減りますからね。持ってなければ平気ですよ」
俺がいくらでも頭下げてやる! 神父さん。スマン……。
「いろいろと、ありがとうございます! ……村人さんって、なんとなく兄に似ているんですよね」
何気ない一言にドキリとした。まさかバレてないよな?
勇者は、徐々に高度なアドバイスも身につけた。
「【おおきづち】が力を貯めたら、防御で回避専念です」
「わかりました!」
「【ゆうれい】は閃光魔法で撃退できます」
「わかりました!」
「毒消し草で毒が消せます」
「え? そうなんですか!?」
高度か……?
こうして勇者は少しずつ戦いを覚え、道具袋には薬草が貯まっていった。
そして、ついにチュートリアルのボス【大目玉】に挑む日がやってきた!
『大丈夫かな……』
当然、俺は後をつける。
大目玉は、大きい目玉に手足が生えている魔物。もちろん弱点は目玉だ。アドバイスはしてある……。頑張れ!
いよいよ戦いが始まった! 序盤、大目玉の魔法に苦戦するが薬草を使って粘る。徐々に相手の魔力は弱まり、膠着状態に持ち込んでいく。あとは弱点を狙えば……。
「村人さんは、弱点があると言ってましたけど……どこ何でしょう?」
『どう見ても目玉だろ! なぜわからない!?』
俺は、聞こえもしないのに大声で突っ込んだ。やきもきさせるな……。
じわじわと押されて薬草が減っていく……。手が打てないまま、ついに薬草が尽きてしまった。
これは負けだな……。また薬草集めから再開か……。
しかし、優香は諦めなかった。
「私わかるんです! もうすぐあの村人さんが、どこかに行ってしまうのが……」
優香……!
「私が一人でやれないと親切な村人さんが安心して帰れないんです!」
どこかで聞いたセリフだが……よく言った!
なんとかアドバイスできないか? 声は聞こえないし……そうだ!
俺は手鏡を使って、光を大目玉の目に反射させた。多少ひるんだが、この程度では効果は薄い。狙いは別にあるのだ。この光の意味に気づいてくれれば……。
「目に光があたってる……弱点は光!?」
『惜しいけど違う!』
「そうだ【閃光魔法】を使えば! お願い!」
閃光魔法により大目玉が眩んだ。このスキに目を狙わないと……。
「まぶしい! よく見えないよ……」
なんで優香まで眩んでるんだよ! 使うときは目を瞑るのが普通だろう!
しかし、目が見えない妹の、まぐれの一撃が大目玉の目に炸裂した!
<勇者の会心の一撃!!! 大目玉は倒れた>
「やった! やりました!」
優香は飛び跳ねて大喜びしていた。
大目玉が消滅し、次のエリアに進む旅のゲートが現れる。
<おめでとうございます! チュートリアルをクリアしました>
なんとかチュートリアルをクリアか、この先が思いやられるよ……。
ところが、妹はゲートに入らずに村の方へと走って行く。
どこへ行くんだ? やばい! 急いで戻らないと……。
俺はなんとか先回りして所定の位置へと戻った。呼吸を整えていると、妹が駆け寄って来た。
「親切な村人さん。私、やれました! ありがとうございました!」
優香は頭を下げつつ大声でお礼を言う。……まったく手間のかかる妹だ。
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気がつけば自室のベッドだった。
現実世界へと戻ってきたのか? それとも、あれは夢だったのだろうか?
疑問に思いつつも、妹を探して回った。
優香はリビングに居た。ソファーで足を投げ出し、気持ち良さそうに眠っている。
……まったく、だらしないな。俺は、そっとタオルをかけてあげた。
「……お兄ちゃん……ありがとう……」
え!? ……なんだ……寝言か……。
「優香、頑張れよ……」
俺は気分良く、プリンを片手に部屋へと戻るのだった。