#5 あなただってそうでしょ?
「昼間ぶりだね張作霖、さて今後の話をしよう」
「今後……?」
得意げな顔をするアドラー。今さっき出てきたばっかりの人の態度ではない。
「君がぼこぼこにした奴らなら引いていったよ、今頃脅しの道具が聞かなかったことを残念がっていることだろう」
「脅し……そうだあの子は!?」
「君の子供かい? 安心するといい、奴らは君の子供に指一本触れられることはないよ」
パブロと張がきょとんとする。
「奴らはこの施設の外に危害を及ばすことなんか出来やしない。奴らがまず施設の外に出られない上にこの施設の管理者もいくらどんな利益を得たって外の人間に害を与えるなんてリスクの高いことはしないのだよ」
「でも人身売買とか出来るのなら……」
「それは話が別さ、人身売買で管理者がやってるのはここの囚人を「模範囚」として特定の住所に送り届けるだけ。法律に触れてるように見えないからリスクなんか無いに等しい」
2人から緊張が抜けていく。
「じゃああの子の居場所をなんで奴らは知ってるんだい?」
「大方管理者に資料を見せて貰っただけだろう。それだけならタダだし」
なんだか呆気ない話だ。
「では改めて挨拶をするよ、私はアドラーという者だ。これからよろしく頼むよ」
「……そういえばちゃんと返事して無かったね……一つ聞く。あんたらは何をしようとしてんだい?」
「独立国家を作るのさ」
間髪入れずの即答。アドラーの自信の源は一体どこからくるのだろうか?
しかしあの少女のような口から発せられる言葉にはどこかハッタリに思えない
ものがあった。
「わかったよ……手を貸せばいいんだろ?」
「歓迎するよ張作霖! ではささやかなお礼として明日キミの子供に会う機会を与えてやる、」
「「は?」」
藪から棒に突拍子もないことを言い出した。パブロも張も唖然とする。
確かにパブロも同じことを言ったがそんないきなり叶うものなのか。
「嘘偽りは無い。もちろん考えはある。どちらもね」
アドラーが不敵に笑った。
詳しい話はまた明日。そう言い残し解散となった。
パブロは今日一日を振り返るとアドラーという狐につままれた気分が抜けない。
「妙な人だよな……」
アドラーは外に出る手段を知っているそうだがどうにも解せない。
この施設においてアドラーは今どれほどの情報を持っているのか?
この施設においてアドラーの協力者は今どれほどいるのか?
そもそもアドラーはもともと何者なのか?
前世がアドルフ・ヒトラーであることも疑ってしまいそうだ。
「少しいいかね?」
考えればアドラーだ。声のあとにノックが3回聞こえた。
「アドラー?」
ドアの前にいたアドラーはもこもこの上下桃色のパジャマを着ていた。
「少し2人でで話したくってね」
「俺もです」
「それじゃ失礼するよ……なかなか殺風景な部屋だねぇ」
「そりゃ昨日来たばっかですから」
「そうだったかな?」
遠慮なしでアドラーは部屋のど真ん中に座り込んだ。
「何から話そうか?」
「張さんに手紙を送ったのはアドラーさんですか?」
「その通り」
「あの手紙で張作霖をおびき寄せて俺を試したんですか?」
「試したというより「そうなるだろうな?」って初めから思ってたよ。取引という形ではあるけど彼女を味方に引き入れたろう?」
その核心は一体どこからくるんだ? アドラーは気にせず続けた。
「更に言うと申し訳ないがカポネファミリーに情報を渡したのは私だ」
「はい?」
「脅しにどうだ? と奴らに持ち掛けたのさ、びっくりするくらい食いついてきたよ」
絡まれたのも追いかけっこをすることになったのも全部アドラーの差し金か。
「アドラーさん……あなた……」
「作戦とはいえキミを振り回したことを謝りたくってね」
「おかげで散々でしたよ……」
「そのはずだ……申し訳ないことをした」
しばらく二人は黙りこんだ。
振り回された挙句今日起こったこと丸ごと全部仕組んだことだったと知れば怒りは湧き上がってくる……
しかし相手が女の子だとは言え怒鳴りつけたり手をあげたりする気になれない。
今日一日のゴタゴタの首謀が目の前で素直に謝ってきたのだ。責める気分にもなれない。
というよりなんで昨日の今日で誤ってきた?
「黙っていてもよかったでしょうに」
率直な感想……疑問。
やっと口から出た言葉がこれだった。
謝ったことも何かの狙いか? それを知れば余計妙な憤りが沸き起こってしまうかもしれない。
「私は……私はヒトラーじゃないから」
「え?」
昨日今日の偉そうな口ぶりが消えた時、彼女の周りの雰囲気が即座に変わったのが分かった。
彼女の妙な怪しさ、妖艶さから”何か”が消えている。
「私の前世はアドルフ・ヒトラー……それは違わない、けどね……だからって私はヒトラーなんかじゃないの!」
アドラーの目に何か光るものを見た。涙?
そこにいたのはただの女の子だった。
「ヒトラーやるのも疲れるよ……けど悔しいでしょ? 前世が何? いくら同じ才能を持ってたって私は私! ヒトラーじゃない! あなただって……そうでしょ?」
アドルフ・ヒトラー(1889~1945)①
オーストリアのハンガリーで生まれる。もともとオーストリア人であったが1932年にベルリン駐在州公使館付参事官になった際にドイツ国籍を取得する。もともと画家になるためにウィーン芸術アカデミーを受験したが「頭部デッサン未提出など課題に不足あり」とのことで不合格になった。その後第1次世界大戦にてドイツ帝国の構成国であるバイエルン王国の伝令兵として西部戦線に従軍。二級鉄十字章、一級鉄十字章と2回その活躍が認められて勲章を受勲されたが終戦時の階級は兵長とさほど低い階級のまま第1次大戦を終えた。その後ヒトラーはミュンヘンの評議会委員会となり政界進出を果たす。1919年にヒトラーは軍属諜報員として正式に諜報組織の末端となった。その際の任務がナチスの前身である「ドイツ労働者党」の調査であった。しかし逆にヒトラーは党首であるアントン・ドレクスラーの演説に感銘を受けて取り込まれてしまう。アントンもヒトラーの演説の才を高く評価し党員に加えた。1920年、ドイツ労働者党は「国家社会主義ドイツ労働者党(別称ナチス)へと改名、1921年党内で分派闘争が起きるとアントンから一時的に追放されるかクーデターによりヒトラーが第一議長に指名される。
ヒトラーは紹介すると長くなるので次回に続きます。