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シロイ市 じねんじゃー

第3話


 カラムーチョが、ない。

 また部活帰りに勝手に寄り道をしている中学2年生のオレは、仕方なくピザポテトを手にとる。ここ千葉県トウガネ市にあるジャスコと呼んだ方がしっくりするサンピアの中のイオンで、おやつを買うオレ。明日の土曜日は午前練習だから、午後はウチでゲーム以外はしないことに決めている。

 夏休み中、トウガネ市非公認ゆるキャラやっさくんに勝手に呪われたオレの左手首には、5ミリ程の鉛筆の芯が埋まっている。だからどうした、といわれても何もない。無駄にサラサラな長髪美少年が転校してくることもないし、朝目がさめたら一緒に寝ていたはずの猫が美少女に変身していることもない。っていうか、ウチに猫はいない。


「やっぱり、ここでも売り切れか…」

振り向くと、同級生のホソダくんがいた。彼も部活帰りに寄り道をしているらしい。ぼくに気付いて、言葉を続ける。

「やっぱり台風の影響?北海道のポテト工場、壊れちゃったんだっけ」

「オレも買おうと思ったけど、ピザポテトで妥協した」

「あー、ピザポテトかぁ。ちょっとコッテリだよね~」

コッテリしたものが好きそうなホソダくんの体型は、会う人全てに誤解を招くだろう。食が細いのに太ってしまうホソダくんとオレは、小学4年生の時同じクラスだった。

「あ、すいません、カラムーチョって売り切れですか?」

品出し中のパートらしきおばちゃんに聞くと「そこになきゃ、ないですね~」と当たり前の返事が来た。

ホソダくんが空の棚を見て、言う。

「しょうがない、次はベイシア行ってみるかな」

「カスミのほうが近いじゃん?ていうか、コンビニにねぇの?」

「…部活帰りにコンビニ寄ると以外と目立つからね。カスミは、タマ店もオシホリ店もなかったって母さんが言ってた」

どんだけ欲しいんだよ。

「カラムーチョじゃないと、だめなんだよね、僕」

ホソダくんの、その、理不尽そうな不満顔でオレは思い出す。


 小学4年生くらいって、ギャングエイジって言われるくらい荒れる。

 なんだろう、成長期だからしょうがないのか、自分でもダメだってわかってるのに人をいじめたりする。オレのクラスにもちっちゃな子どもっぽい「いじめ」はあった。でも、隣りのクラスが荒れまくっていて、授業中なのに先生の罵声と児童の嬌声が響いてくる毎日にオレのクラスの全員がうんざりしているうちに、いじめはなくなった。

「ほんと、お前って、デブだよな」

 そんな中、ホソダくんはたまにいじられていた。1ヶ月に1回くらい、だれかが思い出したように彼に言う。「いじめ」とまでは言えないけど、嫌なキモチになるいじられ方だ。言われるホソダくんは理不尽そうな不満顔をしたあとに、いつもすまなそうに、へへ、と笑っていた。

「デブって、何か迷惑なことなわけ?」

オレも成長期のギャングエイジなわけだ。イミもなく、全く関係ないのに、気付くとオレはソイツに言っていた。ソイツにイライラをぶつけた。一瞬の静寂のあと、

「そーだよー」

「ひどいよねーそーいうこと言うのー」

「帰りの会で、先生に言うよー」

女子群の声があがる。ソイツは自分の不利に気付いたのか

「俺、ホソダ好きだから、いじっちゃうんだよなー」

「げ。ホモだー」

「ホモじゃねえよー」

 クラスの空気がいつもどおりの、まったりとしたものに戻る。当のホソダくんはキョトンとしてオレを見てたっけ。


「じゃ、僕、行くね」

「おう」

 今日のオレはヨーグリーナじゃなくて、メッツのグレープでも買おう。安いし。

 ホソダくんと入れ替えで、イオンの社員らしき兄ちゃんが段ボールの箱を持ってくる。そして、カラムーチョを棚に並べ始めた。



「前振りが長過ぎる」

頭の中で嫌な声がする。うるせえよ。

「1週間ご無沙汰しておりました。やっさくんです」

お前が自己紹介を始める理由がわからん。で、またオレの左手の中に、小さなそいつのゆるキャラストラップが出現した。

「装着ぅ~」


 いきなり左側からぶん殴られたと思ったら、オレはまた、ゆるキャラに変身していた。イオンの天井が邪魔だからか、今回は横からきやがった。

「このゆるキャラはシロイ市の『じねんじゃー』。ねばーランドの王女トロロ姫を探している、じねんじょの忍者だよ」

トロロ芋に手足が生えたような着ぐるみは、この前のよこぴーより確実に軽い。

「さあ、走って、ホソダくんにカラムーチョがあるってことを伝えに行くんだ!」

は?なんで?なんでこの格好で?

「ほら、忍者だからきっと足、早いし。トロロ芋でポテト繋がりだし」

やばい。そばにいた幼稚園児がオレを見て泣き出した。ギャルママにスマホでばしばし撮られてる。っつーか、このままじゃ警備員が来る。

 オレは全力でホソダくんに向かって走り出した。足袋みたいな足が高速で動く。頭についているツルがヒーローのマントのように後ろになびくが、今のオレはカッコいいのかわからない。

 やっとホソダくんに追いついた。息がめっちゃ切れる。このキャラの話す語尾もわからないが、伝えなくちゃ。

「う、あー、とぅ、ともだちが、っげほ、よんで、る、あっち、っげほげほっ」

 叫び声に近かった。びっくりしたホソダくんは怯えた顔で会釈をしてイオンのお菓子売り場に小走りで向かって行った。イオンの兄ちゃんが年配の警備員を引っ張ってくるのが見える。

「任務完了1分後に、装着消えるからね~ふふふん~」

忌々しい声が、頭の中でまた聞こえる。鼻歌歌ってんじゃねえよ、やっさくん。今一番タイムリーな「オリンピック」と名のついたパン屋の脇のトイレにオレは駆け込む。大、の、個室は…空いてねえし!

「はい、時間切れ」

 小便器の前に立ち尽くしたままの姿でオレの体から着ぐるみが消えた。まあ、いいや。もう知らん。とりあえず小便しよう。

 振り向くと、オレがよこぴーに変身した時にオレを凝視していた、通りがかりのおっさんが小便してた。よく会うな。っていうか、おっさんの心臓に負担かけてねぇか、オレ。よく見ると「トウガネ市観光課」って書いてあるジャンパーを、おっさん着てた。なんで市役所じゃなくてサンピアにいるんだ、公務員。

 イオンに戻ったら、ホソダくんはもういなかった。オレも、もう帰ろう。


 買ったカラムーチョを食べようと袋を開けると、中にやっさくんのぬいぐるみストラップが入っていた。

「手首の鉛筆の芯、また0.3ミリ縮んだよ。よかったね~」

オレはそいつをつまみ上げて、そいつの付近についてたカラムーチョ数枚と一緒にゴミ箱に突っ込んだ。

 ふざけんな。


※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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