フッツ市 ふっつん
第22話
まさか中2男子のオレが、バレンタインにチョコを渡すはめになるとは思わなかったんだよ、まじで。ふつー、女子が男子に渡すもんだろ、あれ。ふざけんな。
チバ県の極東トウガネ市に住むオレのバレンタインの悲劇の始まりは、思えば1月の「親子校庭清掃奉仕作業」から始まってたんだ。土曜日が登校日になって、午前中は授業参観、午後は親子で校庭の清掃作業、っていう思春期まっただ中のオレらにとっては嫌な事この上ない行事だ。別に親のことはキライじゃないのに、「友達に自分の親の姿を見せる」という行動にはどうして拒否反応を示してしまうんだろう。
奉仕作業に行くと言う母親に、全力で授業参観には来るなって拒否って、母親も「まー、奉仕作業だけでも、いーや」ってなことになった。
親子で奉仕作業言っても親子で組んで何かをする訳ではなく、親達は「子供には危ない作業」を代わりにやったりする。倒木の除去とか、用水路で詰まってる枝の排除やらを親がやってる間、オレ達のクラスはなぜか「野球場にある石拾い」をこなしていた。どーして野球場に石が落ちているのかが謎だが、気にしない。適当に固まりになって友達とだべりながら、ちまちまとオレは石を拾っていた。
「手作りに、しようと、思う」
近くで固まってる女子群の中から、オレと同じ班のサガワの声がした。あいつの声って特徴があって、どうしても耳に入ってくる。色白で童顔で、ウサギのような弱さと可愛さを醸し出すサガワは、オレと同小学校出身だ。ほかの女子の「わたしもそうしよっかなー」っぽい声も聞こえるが、かなり聞き取りにくい。「本命」「義理」「家まで?」「呼び出し」っていう単語が順繰りに聞こえてきてるってことは、多分バレンタインの話でもしてるんだろう。教室にある黒板消しレベルで目立たないオレには、全く関係のない話だ。
「でも、カノジョさんに悪いかな。きっと、受け取ってもらえないよ」
あ?サガワ、何気にすごいこと言ってない?
「平気ー」「思いが伝わればー」「だいじょぶー」周りの無責任な応援の声の断片が聞こえる。こういうところが、女子の恐いところだと思う。っていうか、サガワの好きな人、だれだろう。
「お前の母ちゃん、ストレス溜まってんなー」
あいかわらず筋肉でジャージがぴちぴち気味の頼れる男、3年生のカノジョ持ちのミカワが、オレをつつきながら言ってきた。指さす先を見ると、オレ母が用水路に詰まっていたらしい大降りの枝を、満面の笑みで、フルスイングでゴミ置き場にぶん投げていた。
すっげー楽しそうだが、今すぐやめてくれ、母よ。
で、2月14日、火曜日の、放課後。
「ほんとに、1個も、もらえないんだねー」
オレの頭の中で、ヤツのむかつく声がする。コイツはトウガネ市の非公認ゆるキャラ、やっさくんだ。オレはコイツに呪われている。って言うか、憑かれてんだろうな。おかげで、オレは困った人に会うと強制的にゆるキャラに変身させられるカラダにさせられてしまった。ほんとに、迷惑だ。学校で、未遂も含めたら2回も変身させられてる。誰か、こんなオレを助けてくれ。
バレンタイン当日も普段と全く変わらない日常を過ごしたオレは、部活を終えて、頭の中でオレをディスるやっさくんの声を完無視しつつ体育館から出ようとしていた。で、見つけてしまった。いわゆる「チョコを渡したいけど勇気が出ないから友達についてきてもらっている女子とサポート軍団」ってやつを。体育館と隣りの剣道場の間の陰になってるところに隠れてるつもりらしいが、バレバレだぞお前ら。ほら、校舎から出て来てる吹奏楽部の1年に指さされてるじゃねぇか。オレを見て、あからさまにサポート女子が「チッ」って顔しやがった。ほんと、迷惑なやつらだ。
「部活、みんな終わっちゃった?」
女子の群れから、オレに声をかけるサガワの姿を見つける。サガワ、お前友達選べよ。お前がチョコ渡そうとしてんの?
「体育館組は、オレが最後。いつも最後の最後まで残ってるのは、校庭組のサッカー部だと思う」
「ありがと」というサガワのお礼の言葉を「ほら、大丈夫じゃん!」「もう来るって、きっと」っていう友達の声が掻き消す。お前ら、ほんとにサガワのこと応援してんのか?面白半分で付いて来てんじゃねぇの?サガワって小動物っぽいから、保護欲を湧かせる子っていうのは小学生の頃から知ってる。で、それで本人が困ってる姿を何度か見てる。そう、あの「私が助けてあげなくっちゃ、この子は弱いから」って、勝手にグイグイ来るお節介女子に、くっつかれてるのを。
今のサガワの困った表情を、オレは小学生の頃、見たことがある。困りきって、とうとう泣き出した、あの頃のサガワの姿を思い出す。
「オトコなら、助けてあげなきゃ、じゃない?」
頭の中で、やっさくんの声がする。うん、助けるし。お前に言われなくても。って、左手の中にやっさくんのぬいぐるみストラップが出現した感覚があった。これが、オレがゆるキャラに変身する合図だ。
「ちょっと忘れ物思い出したっ!」
捨て台詞を残し、オレは体育館に走り戻る。「装着ー!」というやっさくんの声を頭の中で聞きながら、誰もいない体育館の中で、オレはゆるキャラに変身した。
「このゆるキャラは、フッツ市の『ふっつん』。見たとおり、『ふ』の文字、そのまんまだ」
体育館の窓ガラスに写ったオレの姿は、黒い大きな瞳を持つ、白いまん丸のカラダを縁取るように緑色の「ふ」の文字がデザインされているゆるキャラに変身している。両手が見事に文字のハネの部分だ。
「頭に飾ってあるのは市の木のサクラで、のんびり屋さんな性格だよ」
頭の中でやっさくんの説明が続くが、気にせずオレは体育館のドアを開け、外へ出る。困った人を助けないと装着は解けないし、サガワを早く助けたい。
幸い、校舎と体育館部活組が帰り切った後らしく、周りには人はいなかった。迷わず体育館の陰に向かう。
「キミたち、何してんの?」
オレことふっつんは、躊躇なく、サガワと群れている女子に声を掛けた。
「何なの、アンタ?」
一番面倒くさそうな「サガワの友達」である女子のひとりが、一歩前に出てくる。さぁ、どうしようか。
「…トウガネ中学校の、七不思議、知ってる?」
身じろぎひとつせず、ふっつんことオレは、可愛いゆるキャラの姿なのに、低い声で話し出す。
「バレンタインの悲劇、っていう、七不思議。2月14日、体育館の脇に、女子が4人、4時44分に集まると、異次元に連れてかれる、ってやつ」
微動だにしない未知の物体、姿に見合わない低い声、そしてどんどん暮れていく、夕陽。
「キミたち、おかしいと思わないの?ここ学校でしょ?」
女子達が一歩、後ずさりする。
「どうして、学校に、学校の中に、ゆるキャラみたいな姿の、理解できないものが、いるの?」
ふっつんの白い顔に暮れかける夕陽が当たって、真っ赤に染まる。緑の文字の部分は群青色の陰になって、大きな真っ黒い瞳が何かを吸い込みそうに見える。
とうとう女子達は、後ずさりしつつ、地面に置きっぱなしだった自分達の鞄を、ふっつんの顔から目が離せないまま、手探りで探し始めた。
「…さぁ、一緒に行こ?」
全く動かなかったゆるキャラが、突然、凄まじい勢いで女子を捕まえようと、動く。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーー」
お前ら、ほんとに、間抜けな声で叫ぶんだな。サガワの運動神経が凄まじく劣っていることを知っていたオレは、最後尾で走る、というか、競歩にもならない速度のサガワの手を掴む。小学生の頃みんなで鬼ごっこしてたから、知ってるんだ。サガワは捕まると、諦めてしゃがみ込むクセがある。
「あのね」
さっきとはうってかわった可愛らしい声を作って、オレことふっつんは、声をかける。しゃがみ込んで震える背中を見ながら、言葉を続ける。
「さっきの七不思議には、続きがあってね」
サガワの震えが、止まる。
「チョコを持ってる子だけは、ふっつんは、味方になってあげるんだよ」
ゆっくり、立ち上がりながら、サガワが振り向く。驚いた顔で、ふっつんを見つめる。
「ふっつんはね、『ふふふスマイル』っていう得意技があってね、会う人を、笑顔にできるの」
うん、うん、頷く、サガワ。
「これから、チョコ渡すんでしょ?ほら、ふっつんが笑顔にしてあげるよ」
安堵から、サガワはゆっくりと笑顔になっていく。
「チョコはまだ、鞄の中?もう、出して用意しないとまずいんじゃない?」
サガワはまた、うん、うん、頷いて、鞄からきちんとラッピングされたチョコを取り出した。
「かわいー!メッセージカード付き、なんだねぇ」
うん、と頷く。
「カノジョがいても、渡したい?」
ちょっと戸惑った顔をして、でも、小さく、うん、と頷く。サガワがチョコ渡したい相手、オレ、なんとなく、わかってたんだ。
「ミカワくん、同じクラスなんでしょ。渡して、気まずくなったとしても、後悔しない?」
ふっつんの大きな、何もかも包み込みそうな大きな瞳をしばらく見つめたあと、サガワは、うん、と頷いた。
「じゃあ、ふっつん、全力で応援する!」
しばらくして、いつも最後に部活を終えるサッカー部の連中が校庭からやって来た。そうだよ、あいつらいっつも団体行動だよ。どうしよっか。こっちに呼ぶか?いや、ふっつんをサッカー部員達が見つけただけで、あいつら軽くフィーバータイムに入るだろ。
すっかり怖じけづいたサガワと一緒に、ふっつんことオレは体育館の陰で動けずにいた。
「はぁ…」
と、サガワはため息をついて、悲しそうに笑って、チョコを仕舞おうと鞄を開けた。
諦めんなよ、サガワ。
「ミカワ!パス!」
オレは、オレの声で叫んで、ふっつんの姿で、サガワから奪ったチョコをミカワにぶん投げた。ミカワともう7年以上友達やってる。アイツの反射神経を、信じてる。
「あー?」
サッカー部員の中には、オレの友達が他にもいる。声に反応して、2年の数人が振り向いて、飛んできたチョコをキャッチしようとみんなで腕をのばす。
なんとか落下せず、キャッチリレーみたいになってミカワの手元にチョコが届いた。その時にはもう、サッカー部全員が、オレことふっつんと、ふっつんの陰で小さくなるサガワを見つけていた。
「なんだあれー」「丸いし」「着ぐるみ?」「うぇーい」
部員の中の数人が駆け寄って来る。やべえ。フィーバータイムだ。オレ、もみくちゃにされる。
「やめとけ」
ミカワが、一喝する。
「ありがとな」
そう言って、手を振るミカワ。ぺこぺこお辞儀しまくる、サガワ。
「先輩かっこいー」「惚れるー」
ミカワを中心に、サッカー部員達がはやし立てながら帰って行く。サガワが、成し遂げて、満足した表情で自分の鞄を拾おうとかがんだ瞬間、ふっつんであるオレは、ダッシュで体育館に向かった。頭の中で、ゆるキャラの装着が解けるカウントダウンを始めている、やっさくんの声がしていた。
体育館の中で無事に装着を解いたオレは、そのまま無事帰宅し、結局チョコは1個ももらわず、チョコを成り行き上1個渡す、という、訳のわからないバレンタインデーを終えた。
で、次の日学校に行ったら「バレンタインの悲劇」の学校七不思議の噂で持ち切りだった。どうやらサッカー部員達に見られたのが致命傷だったようだ。とうとう先生が動いて、放課後体育館脇で実況見分みたいのをしてた。まー、先生達は不審者の進入、ってことで調べてたらしい。
サガワは相変わらず先に逃げやがった友達と一緒にいたけど、何て言うか、関係がちょっと変わったように見えた。ミカワも、サガワといつもと変わらない態度で接してる。
オレといえば、2月15日に、同じクラスの女子のマツバラから
「来年は本気出す」
って急に言われた意味がよくわからないまま、いつもの日常の生活に戻って行ったんだ。あの、トウガネ市役所観光課の色黒おっさんが、職員室で校長先生にあんな申し出をしていたなんて、何も知らずに。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。




