─住人たち─
「あのー、すいませーん!誰かいませんかー?」
お隣の部屋のドアをたたきながら、わたしはずっと叫んでいる。原因は、人の気配があるのに、ちっとも住んでいる人が出てくれないことだ。
参ったな……。早くかえってユリの様子を見たいのに。
「お嬢さん、203号室に引っ越してきた人?」
「ほえぇ!?」
変な声がでて、話しかけてきたお婆さんもかなり驚いたようだ。
「ご、ごめんなさいね。驚かせるつもりはなかったの」
「いっ、いえ!あの、この部屋、誰も住んでいないんですか?」
「住んでいるわよ。ただ、出ることは出来ないわ。……ごめんなさい、これ以上はいえないの」
お婆さんは申し訳無さそうに口をつぐむ。
「い、いいんです。あの、それより、201号室の方ですよね?わたし、引っ越してきた山里花梨です」
手を口に当ててほほえむお婆さんは、優しそうな雰囲気をまとっていた。
「201号室の城崎恭子です。花梨ちゃん、よろしくね」
「こちらこそ!恭子さん、色々教えてくださいね!」。
ふふふと笑った恭子さんは、70代前半だろうか。まだまだ元気そうだ。
「じゃあ、私はこれで。このハイツに住んでいる全員に挨拶しに行くんでしょ?頑張ってね」
そう言って立ち去ろうとした恭子さんのポケットから、紙が落ちた。
拾ってみると、その紙は写真だった。四隅が丸まっていて、若干黄ばんでいる。大切にし続けている証拠だ。
写真には私と同じくらいの年の男の人が写っていた。お孫さんだろうか。
「恭子さん、落としましたよ?」
振り向いた恭子さんは、電光石火の速さで写真を奪った。
ビックリしているわたしに、あわてていう。
「ごめんなさい!この写真、大事なものだから……、つい必死になっちゃって。ごめんなさいね」
それだけいうと、逃げるように201号室に駆け込んでいった。
──変なの……。普通、あそこまで必死にならないよ。
変だ変だと思いつつも、一階の住人たちに挨拶にいくこととした。
103号室には、三人家族が住んでいた。
「私が優奈で、旦那が加藤歩。今はねている息子が、悠よ」
穏やかそうな奥さんは、そう言って微笑んだ。
「わたし、山里花梨です!よろしくお願いします」
「はいはい。これからよろしくね。旦那は今出掛けているから、話しておくね」
短い挨拶を終えて、ドアが閉まった。
良かったー、普通の挨拶だった。ほっとしながら、次のドアを叩く。
「引っ越してきた山里花梨です。いらっしゃいませんか?」
すぐに返事が来た。
「帰ってくれ」
「え?」
「だから、帰ってくれ。人と関わりたくないんだ」
感情のこもっていない、くぐもった声……。何故かぞくっとし`て、逃げるようにして201号室に向かった。
「はい、ぼくが丸谷政人だよ」
「引っ越してきた山里花梨です。よろしくお願いします」
101号室の丸谷さんはこれから仕事があるそうで、早めに切り上げた。
ドアが閉まる寸前に、丸谷さんは言った。
「それと、ぼく、同居人がいるから」
深く意味は考えず、ユリの様子を見るため、階段を駆け上がった。