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奉光  作者: 鯣 肴


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07.散りゆく花。

 彼女が死んだ。

名前は桜。

彼女は美しい、花のように。

人ならざる美しさを持った彼女。

しかし、どこか儚げに見えた彼女。





 人のいない山。誰も訪れない山。

ここには桜の木がたくさんある。春には絶好の花見スポットになるのだ。

それを知るのは、僕だけ。

そう思いながら、少年は桜の木の様子を見に来た。


既に固い青い(つぼみ)は鳴っている。

これが多いところほど、花がたくさん咲いて(きら)びやかになるのだ。


すると、視界に人影が入った。

その方向を見つめる。

人だ。

それも女の子。

こんな誰も来ない山に、女の子。


彼女を始めて見た僕は、そんな彼女から目が離せなかった。

僕が桜を見に来ると、彼女がいつもいた。

たやすく見つけられたが、向こうが声をかけてこないので、こちらも声をかけない。

しかし……目で追ってしまう、どうしても。

それからも気になり、見るだけでなく見つめるようになり、お互いに目があって―――


「君のことが好きです、付き合ってください。」


「いーよ、でも2週間だけね。」


俺は彼女に告白していた。彼女の名も知らないのに。

もちろん、彼女も俺の名前を知らない。

そうして、期間が限定されたお付き合いが始まることとなった。





 まずは、お互い、名前を知らなくてはならない。


「僕は、幹大樹(みきたいき)。君は?」


「私は、花野桜(はなのさくら)

 あなたのことは"大樹さん"と呼ぶわね。

 私のことは"(さくら)ちゃん"とでも呼んで、……自分で言うと恥ずかしいわね、これ。

 大樹(たいき)さん。」


「桜ちゃん、……僕も恥ずかしいよ。でも、いいね、こういうの。」


「そうね、私も楽しいわ。」


「桜ちゃん、なんで僕とのお付き合いをOKしたのはなぜなの。お互い、顔しか知らないのに。」


「それはね、大樹さんのことを私はずっと見ていたからよ。

 私この辺りに住んでてね、

 山に登ってはまだ咲いてもいない桜を見て撫でてる大樹さんを見たの。

 それからもちょくちょくと見てたんだけど、私も桜に触れてみたくなったの。

 きっといいものなんだろうなと思って。」


「そうだったんだ。僕も、ここで君を見てから」


彼女は、ふと手に付けている時計を見た。


「そろそろね。私そろそろ帰らないと。用事があるのよ。

 次は、そうね、13日後でいいかしら。」


「え、それって、桜ちゃんの彼氏でいられる最後の日じゃないか。え、僕振られるの?捨てられるの?」


「大丈夫よ。心配しないで。私、絶対(・・)、大樹さんのこと捨てないから。

 楽しみにしててね。」


自分のせいでとてもぎこちなかった気がしたが、

愛想つかされなかったみたいだ。

よかった。

その時の彼女の笑顔は一際眩しかった。

同時に少し儚げにも見えた。


これがその後を暗示していたことに僕は気づけなかった。





 最後の日。

彼女と会うことができる最後の日に、その日がなってしまった。


 待ち合わせ場所で待つ僕。

一日目と同じ時間と言われていたのに、彼女は姿を現さない。

待つ。

待つ。

待つ。

来ない。

僕は、桜の木にもたれ、しゃがみこんでいた。


「捨てられたの、僕……」


 すると、聞こえてくる足跡。

顔を上げる。

しかし、それは―――





 そこに現れたのは彼女ではなかった。白い白衣を着た、医者。

ここは、大きな病院の裏にある山。

その病院から来たのだろう。

僕と桜ちゃん以外にも、桜を咲かせていない桜の木を愛でる人がいたのだということだろう。


「君が、大樹(たいき)くんか?」


「はい、そうですけど。」


僕は戸惑った。見ず知らずの医者が僕の名前を知っていたからだ。


「よかったら一緒に来てくれないか?

 (さくら)ちゃんから、君を連れてきてほしいと頼まれたんだ。」


僕は、黙って医者の後について行く。

病院の最上階。

ついて歩く。

止まる。


「ここだよ。ここから先は君だけで行くんだ。」


扉に手を掛ける。

表札を見る。


花野蕾(はなのつぼみ)


表札の字が、彼女の名前と違う。

これは一体。




 扉を開けた。

中には彼女が。

……眠っている。


「桜ちゃん……」


僕は気づいた。

彼女がもう二度と目覚めることはないということに。


ベットの傍の机に置いてあった紙。

三つ折りになっており、そこには、


遺書


と書いてあった。




 開く。中身に目を通す。一体何が書かれているのだろうか?


『花開くことのない蕾だった私を、好きになってくれてありがとう。

 それと、騙してごめんなさい。

 それでも許してくれるなら、私の右手に握ってあるものを持って帰ってください。

 あわよくば、永遠に大切にしてください。

 


 桜になりたかった蕾のままの私から大樹くんへ捧ぐ』


僕は、もう動かない彼女の右手を開く。

そこにあったのは、蕾。


まだ、緑色の、開くことのない蕾。

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