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奉光  作者: 鯣 肴


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04.契約と願い

「汝何を望む。」

「我は悪魔(デーモン)。汝の望むものを与えよう。代わりに魂を頂く。」


 成功した。私の執念が通じたのだ。

長年かけて、古今東西から集めた魔導書。

あるときは、真っ赤な偽物を渡され。

あるときは、支払ったお金を持ち逃げされ。

あるときは、教会の異端審問官を差し向けられ。

あるときは、襲い掛かられた。


それでも、辞めなかった。

諦めなかった。

諦められなかった。


「いいでしょう。私の魂でよければ捧げます。こんな穢れた魂でもよければ。」

「汝、卑下してはならぬ。汝の魂の輝きが我を呼び寄せた。」

「私は、魂を捧げます。それを対価に望む私の願いは―――」


その若い女は回想する。自身の過去を。

どうしてその願いに至ったのかを。

未練を。


ただ、奇蹟を求めた。天国への道が塞がれようとも構いはしない。

覚悟は決まっていた。





「いっしょに逃げましょ、フィール。ここにいたら貴方、殺されてしまうわ。」


今よりも少し若かりし頃の女。

目の前の男にそう訴える。


「僕はもういい。キャロル。僕のことは諦めてくれ。

 僕は、(にえ)となる。

 もう逃れられない。これ以上ここにいると、君も巻き込まれるぞ。」


男は悲しそうにそう言う。

男の命運は決している。逃れられはしない。

たとえ今逃れられたとしても、それはただの先延ばし。

先に待つのは、愛しい人を巻き込んだ破滅。


教会地下。犠贄牢(ぎしろう)

生贄となり、犠牲にされる者が、ただその時を待つためだけの牢。


彼女は牢を後にした。





彼女は夢を見る。彼と出逢ったその時のことを。

彼女を閉じ込める箱庭。修道院。

そこに迷い込んだ少年。


「そこのあなた、こっちよ。」


誰にも見つかることなく、少女は少年を修道院の裏口まで連れて行った。

特定の偉い人だけが使用する出入り口。

めったに使われることはない。

当然、人目につかず、誰にも会うこともない。


「もう迷い込んじゃだめよ。」


「君、名前は?僕を助けてくれた恩人の名前を聞かないわけにはいかないなあ。」


「ル・フィール。これでいいでしょ。早く行って。」


「僕はシール・キャロルさ。覚えておいて。また来るよ。」






 それから少年は、たびたび少女へと会いに来るようになった。

きっかけは、少女の目に映った()い。

それに気づいた少年は、最後にとってつけただけの、守るつもりのなかった一言を現実にすることにした。


そう。少女は寂しかった。誰一人として、これまで彼女の元へ訪れる人はいなかったのだ。誰一人。

その日を境に、それは打ち破られた。


頻繁に会う少年と少女。

誰にも気づかれないように。

秘密の密会。

二人だけの秘密。





 年月は流れ。少女と少年の触れ合いは形を変えていた。

ただ遊ぶだけの子供から、恋を知る青春へ。愛を知る大人へと。


しかし、不幸の足音が忍び寄る。

彼女に結婚の話が来た。

相手はこれまで見ず知らずの男性。


愛を知る彼女は、自身の身に降りかかった不幸に泣いた。





 かつて少年だった男は、目の前にいるかつて少女だった女を抱きしめる。


「逃げよう、僕といっしょに。」

「でもどこへ……」

「君が行きたいところならどこでも。僕なら君をそこへ連れて行ける。」

「お花畑、一面が花で覆われた、あの山を越えたところにあるお花畑。そこへ行きたいわ。」

「君が話してくれた、ここに来る前、君がお母様と最後に過ごしたあの場所だね。」

「今でも道は覚えているわ。」

「さあ、行こうか。日が昇る前に。」


彼女の結婚式三日前、二人は修道院を抜け出した。

彼は気づいていない。彼の掴んだ花は、彼の身を傷つける毒の棘で覆われていたことを。

彼女も気づけなかった。





 辿り着けなかった。

あのお花畑を見ることは叶わなかった。

男は捕まり、女は連れ戻された。


閉じた箱庭で、願う。

透明な翼をはばたかせて、君とともに飛び立ちたいと。

君の瞳を見ながら旅立ちたいと。


女の結婚式は二日後に執り行われることとなった。

彼女は頼んだ。せめて彼に別れを言う時間を与えてほしいと。


そして、彼と話し、諦めた。

彼女は逃げた、どこまでも。彼と逃げたときよりもより上手く、より遠くへと。





 数年後、彼女は魔女と呼ばれるようになっていた。

数多の魔術書に手を伸ばし、悪魔を呼ぼうとする狂った女、魔女。

彼女は、かつて明日を夢見ていた。

彼と共に過ごす明日を。

実態のない透明な翼を羽ばたかせて、彼に会いに行きたい。

世界の果てまでいけば、彼と会えるかもしれない。


いや、彼は死んだ。

それは絵空事だ。

そう、そうと知っていても、諦めることはできなかった。





 願いを言い終え、彼女は窓の外を見つめる。

窓の外に広がる、一面の花畑。


ためらわず窓を開けて、太陽を浴びたい。

くだらない日々に抱かれて、彼とともにお互い以外何もかも捨て去りたかった。





 夢をみる。


僕は逆さに堕ちていく。ただ深淵(しんえん)へと。

罰だろうか。罰だ。僕は罰を受けるのだ。彼女を(たぶら)かした罪を。

堕ちる。堕ちていく……

彼女のことが思い出される。

どうか、無事で、どうか……

そこで、何かに体を掴まれる。引き戻される。

彼女が消失する幻想を見た。


儚い夢から目が覚める。

いつもの夢。

窓の外を見る。

一面の花畑。


「君が傍に居てくれたなら……」

そうして、彼は窓から背を向けた。

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