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奉光  作者: 鯣 肴


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10/11

10.茨姫

 窓の外に見える星空。

あの日見た星空の続き。

しかし、私はもう二度と、あの星空の下を歩くことはできない。

そう。

二度と。

胸に秘めた彼との誓いだけが残る。





 彼と初めて会った日。

こっそりと城を抜け出した私は彼と出逢った。

月明かりの下、星空の下で。

その笑顔に私は囚われた。


たくさん話をした。

とはいっても、何も知らない私は彼にいろいろ聞いてばかり。

彼は私の聞くことに答えるばかり。


あなたはだあれ?

あなたはどこからきたの?

お城の外ってどんなところ?

わくわくするような世界が広がっているって本当?

どんなところなの?

そこって遠いの?

いつか私を連れて行ってくれるの?


世間知らずの私は彼に聞いてばかり。

それでも私にわかりやすく話してくれる彼は素敵だ。

最後に彼と約束ができた。

私を、遠くてきれいなどこかへ連れて行ってくれると。

そのかわり、今日のことは二人だけの秘密だと。


私はその約束を受け入れた。






 彼女は待った、いつまでも待った。

しかし、彼は来ない。

幾年もの年月が流れた。

しかし、彼は来ない。


彼女はそれでも無垢(むく)に信じ続ける。





 男は、思い悩んでいた。


この近くに美しい姫がいる。まるでその名の通り、純真無垢で美しい姫。

白薔薇(しろばら)姫。それが彼女の名前だった。


俺は彼女を一目見ようと、城へ忍び込んだ。

すると、びっくり。お城から抜け出そうとする、白いドレスを着た花のような女がそこにいた。


その女は俺に話しかけてきた。

俺はそれから質問攻めに遭った。

こちらからは何も聞けなかった。


俺は、ジャイル・ピエール。

俺は、城の外から来たんだ。

ここよりずっと広くて開放的なところさ。辺り一体が綺麗な風景画みたいなものさ。

とても遠くさ。とてもね。

いつか君と一緒に行ってみたいところだね。


お、誰か近づいてくる。そろそろ潮時か。

俺は彼女に約束を取り付けた。俺のことがばれないように。


君を、その場所へいつか連れていくと。

そのかわり、今日のことは二人だけの秘密だと。


俺は、その場を立ち去った。

美しい姫だったが、二度と会うことはないだろう。

最後に青臭いことを言ってしまった。






 幾年もの年月が流れた。

時間は掛かったが、ついに約束を果たすときが来た。


「姫よ、お迎えに上がりました。あの場所へといっしょにいきましょう。」


俺は、そう言って姫に手を差し出す。


「……待ってたわよ、ピエール。信じてたわ。」


姫は、その手をとってくれた。


俺と姫は、その場所へと向かい、そこで平和に暮らした。






 男は、隣国の王子だった。

しかし、序列は最下位。

上には数十人の王候補たち。

さらに、彼はその中で最も優れた資質を持ちつつも、王の座に興味はなかった。


彼は、各地を放浪していた。

各国の貴族や上級騎士たちの元を転々とし、気ままに過ごしていた。


そんな時、彼は、ある国にいる姫について聞いた。

自分の兄の一人の許嫁(いいなずけ)である姫。

この姫が、明るく純真無垢な心を持ち、薔薇のように美しいらしい。


それを聞き、彼は、その姫を一目見ようと城へと忍び込んだ。

門番に少しばかりの心持ちを渡す。

こういったことは手馴れている。彼は各国でこのようなことをしていた。

あっさり、城の中に入り、姫を探そうというとき、


まさかの、姫本人からお出まし。


これには百戦錬磨の男もびっくりした。

さらに、向こうから話しかけてきた。


始めから向こうにペースを奪われつつも、最後に主導権を取り戻す。

で、例の約束をして、立ち去った。


しかし、遊びのつもりだったその男。

なぜか彼女のことが忘れられない。

よりによって、兄の将来の結婚相手である。


しかし、

どうしても、どうしても、

気にかかる。

約束がある。

あれを彼女が忘れなかったら?

冗談だと気づかなかったら?

ありうる。

いや、間違いなく信じ切っている目だった。


しかし、このままでは約束を果たすことはできない。

男は覚悟を決めた。






 幾年もの年月が流れた。

その日、彼は王となった。


覚悟を決めたその日、彼は自身の国に戻り、王にお願いをした。


「父上。単刀直入に言います。私はかの国の白薔薇姫が欲しい。

 兄の許嫁のかの姫です。

 どうか私に時間をください。功績を上げる時間を。」


「そなた何を言っているか分かっておるのか?」


「分かっています。私に無茶振りでも何でもしてください。

 それを全て乗り越えることができたなら、私に姫を(めと)る権利をください。

 既に姫との顔合わせは済ませております。」


「分かった。でも一度でも失敗した場合どうなるか分かっておるな……」


「ありがとうございます。」


「本気なのだな……もう何も言うまい。」


それから、彼の戦いは始まった。

王、大臣たち、他の王子たち、有力貴族たちから大量の問題事が持ち込まれる。

それを彼は、培った人脈と知恵で(ことごと)く平らげた。


そうして、その国の者は、誰もが彼を称え、彼を次の王へと望むようになった。


ある日、彼は王に呼び出された。


「何の御用でしょうか。どんな困難であっても解決して見せましょう。」


「いや、今日はそういったことでお前を呼んだのではない。

 実は、お前に王の座を譲ろうと思っている。

 今すぐにでも。」


「?、私の願いは王座ではありませんよ。」


「お前はあれから予想以上の活躍に次ぐ活躍を重ねている。

 誰もがお前に期待などしていなかったが蓋をあけてみるとこうなっていた。」


「話が分かりませんが……。」


「馬鹿者。みんな認めたから、たったと行って姫を(めと)って来いということだ。

 王座は、あまりに凄い活躍をしたおまけとでも思って受け取っておけ。

 ほら、行け。

 早く行け。

 たったと行かんか。」






 白薔薇妃は、それを聞いて笑う。

ピエール王は、苦笑いするしかなかった。


そう、美しい薔薇には棘がある。

彼は彼女に触れたときにそれが心に刺さってしまっていた。

ただそれだけのことだった。


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