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あんちのえんち  作者: 窪良太郎
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リターンズ

登場人物

大仁田銀矢おおにた・ぎんや〈18〉

            満夏の孫、主人公

大仁田結月おおにた・ゆづき〈53〉

           旧姓金守、満夏の娘

大仁田我聞おおにた・がもん〈59〉

           結月の夫、銀矢の父

金守満夏かなもり・みちか〈92〉

              銀矢の祖母

金守飾志かなもり・かざし〈47〉

          満夏の息子、結月の姉

金守辰流かなもり・たつる〈享年15〉            満夏の亡き長男

金守吉八かなもり・きっぱち〈享年49〉

             満夏の亡き夫

森永恵もりなが・めぐみ〈18〉

              銀矢の恋人

日向坊子ひなた・ぼっこ〈25〉

日向欣治ひなた・きんじ〈50〉

保健所の主任職員〈45〉

~前回までのあらすじ


 主人公の、大仁田銀矢は、東京の不良として、果敢な青春時代を過ごしていた。

 高校球児だった銀矢は、高校にも行かず、恋人にも巡り合わないまま、堕落した人生を送っていた。

 そんな銀矢の家に、母方の祖母の、金守満夏が、長崎の田舎からやって来る。

 東京で、銀矢と、両親と、祖母の、4人暮らしが始まる。

 なかなか都会暮らしに馴染めない満夏。

 しかしその満夏の登場で、銀矢に、家族の絆が芽生え始める。

 満夏が居ることで、銀矢が、素直な頃の自分に戻っていく。

 その銀矢の変化が、満夏にも現れる。

 満夏が、銀矢の先輩不良にカラまれる出来事が起こる。

 そこで銀矢が、満夏をかばう。

 銀矢の、「家族だよ!」という言葉で、満夏の過去の出来事が蘇ってゆく。

 命は、生まれ変わってゆくもの。

 その満夏が、長崎に帰ることが決まり、学校に行っていない孫の銀矢も、田舎についていく。

 満夏の故郷では、金守家の過去と向き合う。

 満夏は、亡くした息子と同じ年の銀矢が、ダブって見える。

 銀矢の叔父の、満夏の息子の飾志から、人生を教わる。

 長崎から、東京に帰ってきた銀矢は、真面目に高校に通うことになる。

 そこで前から銀矢のことが好きだった、森永恵と付き合うことになる。

 銀矢は、どんな事が起こっても、たくましく前を向いて歩み始めることになる。

 子供から、孫に、孫から、ひ孫にバトンタッチされる、家族で支え合いながら生きるという、家族の宿命を描く。

T「前回のお話から3年後~」

N(銀矢)「その訃報は突然だった……」

○大仁田邸(夜)

   電話口は、メモ帳や、タウンページや、   生活道具で散らかっている。

   都会の狭い集合住宅の大仁田邸の一   室で、夜の暗闇を明るく照らす照明の   下の固定電話の下で、風呂上がりの大   仁田結月おおにた・ゆずき〈53〉   が一報を聞いて、愕然としている。

結月「え、っ!? 満夏カアちゃんが亡くな ったの!?」

   電話の相手先の、結月の弟の、金守飾   かなもり・かざし〈47〉が、   震える声を絞り出して伝える。

飾志「カアちゃんは、入院した病院で、死ん だんだ……」

   結月は手をあたふたしながら、電話口   で取り乱しながら、声だけは冷静に、   飾志に伝える。

結月「わかった、今から東京から、長崎に行 く。父さんの我聞ちゃんは今、仕事でいな いけれど、息子の銀矢も連れて、私たちも おばあちゃんのところに行くから」

   真剣に受話器を見つめながら、結月は   呆然として、電話を切る。

   そのまま結月は、自宅のリビングでソ   ファーに寝転びながら、テレビを見て、   風呂上がりで歯を磨きながらくつろ   いでいる、息子の大仁田銀矢(おおに   た・ぎんや)〈18〉に、悲痛な訃報   を伝える。

結月「銀矢、聞いてちょうだい。悲しいお知 らせがあるの」

   銀矢はテレビの方を見ながら、声だけ   で応える。

銀矢「うん、何?」

   結月は目にうっすら涙を浮かべなが   ら、震える声で言う。

結月「満夏おばあちゃんがね、死んじゃった の」

   銀矢は、口に入れている歯ブラシを落   とし、驚愕する。

銀矢「えっ?」


○駅のホーム

   人々が、ひっきりなしに交差している。

   その中を縫うようにして歩き、結月と、   銀矢は、新幹線に乗り込む。

   結月と、銀矢は、指定席に座る。

   ほかの乗客も乗り込み、だんだんと席   が埋まる。

   新幹線のドアが、チャイムとと共に閉   まる。

   新幹線が、ゆっくりと進みだす。

   次第に高速になり、線路沿いを、別の   列車とスレ違いながら、目的地の長崎   へと突き進む。


○長崎駅

   新幹線から、人がどっと湧き出てくる。

   その中を潜るようにして、手をつない   だ結月と、銀矢が出てくる。

   駅のターミナルから、金守家の家があ   る町に行くために、バスに乗り込む。

   バスの2人席に座り込む二人。

   バスの席は、まだらだ。

   バスの発車音が鳴り響き、出入り口の   ドアを閉める。

   バスはゴトゴト揺れながら、目的地ま   で突き進む。

   次第に都会の風景から、田舎の風景に   変わっていく。

   しかしこんな懐かしい思い出の風景   と出会いながらも、結月は悲しそうな   顔をして、一言も喋らない。


○バス停

   二人を乗せたバスは、金守家がある町   に到着して、結月と、銀矢を降ろして、   発車する。

   ここからは徒歩で、結月の実家まで進   む。

   結月は、緑の懐かしい光景を見ながら、   満夏ばあちゃんとの思い出を思い出   し、涙ぐみながら歩く。


○金守家

   金守家は、通夜の格好をしている。

   玄関には喪中の紙を貼り、家の外には、   近所の親戚たちが来たことを示す車   が、何台も停まっている。

   家の裏の外には、飼っている犬用の犬   小屋があり、そこには母犬のペロと、   その5匹の子犬たちが、紐に繋がれて   いる。

   母親のペロは、最初は銀矢たちに警戒   していたが、3年ぶりの銀矢との再会   に気づいて、銀矢に親しく寄ってくる。

ペロ「く~ん、く~ん」

   犬たちも、ご主人様がいなくなったこ   とを理解して、悲しく鳴く。


○金守家

   金守家は、喪服を着た知り合い達が、   狭い居間に座って、満夏おばあちゃん   とのお別れを、嘆いている。

   結月と、銀矢が、金守家の敷居を跨ぐ   と、親戚連中と共に、喪主の金守飾志   が、黒のスーツを着て、てっぺんがハ   ゲかかっている髪をクシで整髪した   ように、目を真っ赤に腫らしながら現   れた。

飾志「姉さん、俺もう……、…銀矢くんは、3 年ぶりだね、ようやく来てくれたかい」

   飾志は、温かく二人を迎え入れる。

   結月も動じながら、飾志に伝える。

結月「銀矢はちゃんと連れてきた。我聞ちゃ んは仕事があって、通夜には参加しないけ れど、あすの葬式には来れるって」

   金守家は、葬式の前に行われる、通夜   の会場になっている。


○金守家の仏間

   二人は、仏間で眠っている満夏おばあ   ちゃんに会いに行った。

   仏間は畳の部屋で、祭壇が飾られて、   別れの品々が届けられている。

   中央の棺桶の中に、満夏おばあちゃん   が、白い着物を着せられて、窮屈そう   に横たわっている。

   その顔にはちゃんと、死に化粧されて   いる。

   娘の結月は、その顔を見たとたん、母   親が死んだことが信じられなかった   気持ちだったのだが、本当に死んだこ   とを認めざるを得ず、満夏おばあちゃ   んの体をさすりながら、急に泣き崩れ   ます。

結月「カアちゃん! カアちゃん!」

   その様子を隣で見ていた銀矢も、目か   ら涙を流すことをこらえながら、もら   い泣きします。

   その様子に、親戚連中も涙ぐむ。

飾志「姉さん、カアちゃんが具合が悪くて、 モノも食べたくないって言ってたんだ。そ れから病院に連れて行ったんだけど、すぐ に入院になっちゃって、そのまま逝ってし まったんだ。俺がそばにいたのに、……具合 が悪いことを俺が早く気づいてあげてい たら、そのまま死なずに済んだんじゃない かって、もっと長生きさせられたんじゃな いかって……あのまま銀矢の家で暮らして た方が、カアちゃんのためだったんじゃな いのか……」

   この言葉に、結月は下を向き、涙がつ   たる。

   しかし涙目の銀矢は、堂々と伝える。

銀矢「おばあちゃんは、自分が生まれた場所 に戻ってきたから、安心して、思い残らず、 退くことができたんだと思うよ。人は使命 があるから生きていけるから、おばあちゃ んには、心配事がなくなったから、安心し て、先に進むことができたんだ」

   満夏ばあちゃんは、安らかな表情を浮   かべる。


T「翌朝・葬式」

○バス内

   車内の窓から、陽が差す。

   結月や、銀矢は、バスに揺られて、葬   儀場に向かう。

   バスが葬儀場に着く。

   結月と、銀矢が、バスから降りる。

○葬儀場

   市内の街どころに、広大な駐車場が完   備された、葬儀を行う、巨大な一階建   ての建物がそびえ立つ。

   玄関の看板には、金守満夏という名前   が記されている。

   金守家だけではなく、黒い服を着た、   残され人たちが、葬儀場に集う。

   銀矢が会場の中に入ると、祭壇の中央   に満夏おばあちゃんの写真と、その前   におばあちゃんが入った棺桶があっ   て、周りには大きな花が飾られている。

   祭壇の向かい側に、百人規模の椅子が   並べられてあって、既に座っている人   もいるが、ほとんどの人は雑談もせず、   偲びながら、すすり泣いている。

   銀矢は満夏ばあちゃんに挨拶しに、棺   桶に寄って、小窓からおばあちゃんの   顔を覗き込んだ。

   満夏おばあちゃんの顔が、笑顔に見え   る。

銀矢「やっぱり、おばあちゃんは悔いがない 顔をしている」

   

○会場内

   葬式が始まる。

   既に多数の椅子に、残された人たちが   座り、お坊さんの到着を待っている。

   その間、支配人のアナウンスで、葬式   が開始する。

   そのナレーションで、満夏おばあちゃ   んの半生が紹介されている。

支配人「皆様、本日はご多忙中にもかかわら ず、ご参列預賜りまして、誠にありがとう ございます。長らくお待たせいたしました が、只今より、永眠されました、故、金守 満夏殿の葬儀を執り行います。故、金守満 夏殿は、92年前、5人兄弟の長女として、 尾戸の町に生まれ、学業に励みながら、両 親の手伝いをし、幼い兄弟の世話もすると いう、面倒見が良い長女として育ってまい りました。同じ町の夫となる、金守に嫁い で、3人の子宝に恵まれました。家業の農 家を継いで、その3人の子の1人とは、生 前、死別してしまいましたが、残る2人の お子さんは、何不自由なく、立派に育て上 げました。晩年は、家業の農家をしながら、 山野に草花を訪ねるなどして、穏やかな  日々を過ごし、92年の生涯を全うするこ とができました。それでは本日、導師を務 めていただきますのは……」

   結月の隣に、銀矢が座っている。

結月「我聞ちゃん、まだかしら?」

   そう言うと、間が良いように、髪を整   髪した大仁田我聞おおにた・がもん   〈59〉が到着する。

   ヨレヨレのスーツを着て、ワイシャツ   の襟がぐちゃぐちゃの状態で、デカい   図体を揺らしながら走ってくる。

我聞「悪い、悪い、遅くなった」

   我聞が椅子に座ったのと同時に、喪主   の金守飾志が、お別れの挨拶を発する。

飾志「故、金守満夏の告別式にあたり、遺族 を代表して、謹んでご挨拶を申し上げます。 生前、病気療養中にも、ご丁寧なお見舞い、 励ましの言葉を数多く頂戴いたしまして、 故人も喜んでいたと思います。しかし皆様 に愛された金守満夏は、一昨日に他界いた しました。ここに故人に代わりまして、長 い間のご厚情に対しまして、心からお礼申 し上げる次第でございます。晩年はデイケ アに通いながら、好きだった畑に通い、穏 やかな日々を過ごし、92年という生涯を 全うして、一昨日、力尽きました。その生 き方を模範として、私ども子供、親戚一同、 心を合わせて、精進を重ね、努力をしてま いりたいと思います。本日は、遠路はるば るご会葬賜り、誠にありがとうございまし た。簡単ではございますが、お礼の言葉に 代えさせていただきます。本日はありがと うございました」

   この弔辞が終わったと同時に、装飾さ   れた仏具を着たお坊さんが三人、会場   に入ってくる。

   お坊さんは、位置に着いた途端、儀式   を行いながら、お経を読み始める。

   それが数十分続く。

   銀矢はその間、椅子に座りながら、足   をもぞもぞとし始める。

   お坊さんのお経が終わる。

   するとさっさと、三人のお坊さんは、   会場をあとにする。

   すると支配人が現れて、最期の儀式で、   満夏ばあちゃんの口に、葉っぱで死に   水を垂らして、唇を濡らし始める。  

   それから思い出の品々と、綺麗なお花   を、満夏ばあちゃんと共に、棺桶の中   に入れる。

   銀矢は、満夏ばあちゃんが好きだった、   自分で買ってきたヨーグルトを入れ   る。

   銀矢は最期に、満夏おばあちゃんの額   を撫でる。

   これは最後の、ふれあいだった。

   ついに棺桶の蓋が閉じられる。

   中には、たくさんのお花でいっぱいだ。

   物言わぬおばあちゃんが、まるで「逝   ってくるぞ」と伝えたようだった。

支配人「以上をもちまして、故、金守満夏殿 の、葬儀ならびに、告別式は、滞りなく終 了いたしました。ご多忙中にもかかわらず、 ご会葬くださいました皆様に、心より厚く お礼申し上げますとともに、世話役の皆様 のご協力にもあわせて感謝申し上げる次 第でございます。まもなく出棺いたします が、皆様の最後のお見送りをいただきたい と存じます。本日は、誠にありがとうござ いました」

   女性軍は、会場の外に出る。

   部屋の中では感じなかったが、建物の   外は、すべてを明るく照らす、太陽で   包まれている。

   男性軍が、棺桶を担いで、霊柩車に運   び込む。

   満夏おばあちゃんの出棺を、みんなで   見守る。

   棺桶を運び込み、みんなが待っている   外で、霊柩車からはクラクションが鳴   る。

   ついに霊柩車が発車する。

   銀矢は、おばあちゃんが離れていくと   感じ、涙をこらえる。

   遺族たちはバスに乗り込み、霊柩車の   あとを追う。

   バスの中は、沈黙で覆われている。

   緑が豊かな山間の火葬場まで、ゆらゆ   らと自然が連なる。

   人里離れた、人がいない小高い丘で、   霊柩車と、遺族たちを乗せたバスが停   る。

   太陽の光を緑で遮る、コンクリートで   固められた火葬場は、一階建てで、不   気味さを醸し出している。

   準備は全て揃った。

   あとは燃えて、空に向かうだけだ。

   銀矢には、その覚悟ができている。

   満夏ばあちゃんの躰が、焼却炉に横た   わる。

   火が点火される。

   満夏おばあちゃんの人生が、全て燃や   されて、空に還っていった。

   結月は、その間、悲痛な表情を浮かべ   る。

   しかし全て灰になってからは、葬式が   終わったことに、安堵感が漂う。

銀矢「これでもう、おばあちゃんのことで泣 くことはなくなるだろう…」

   これで日本の葬式が終わった。


○金守家(夕)

   陽が落ちようと、色を変え始めた頃。

   残され人たちは、自分が乗ってきた車   に乗り込み、金守家に到着する。

   金守家では、ペロ一家が淋しく鳴いて   出迎える。

   家に入った一同は、最後の仕上げとし   て、宴会で酒を飲み交わす。

   畳の座敷に、座布団に座った遺族たち   は、悲しいながらも、めいいっぱい明   るく振舞う。

   テーブルの上には、たくさんのご馳走   と、酒が置いてある。

   銀矢は未成年ということもあり、コッ   プにオレンジジュースを注ぎ、飲んで   いる。

   我聞は酒を飲まされて、もう酔っ払っ   ている。

N(銀矢)「あとは四十九日後まで、毎週七 日間に、満夏おばあちゃんを供養する儀式 が残された」

   銀矢は、母親の結月に決意する。

銀矢「ねえお母さん、俺、飾志叔父ちゃんが 一人で淋しいだろうから、四十九日が過ぎ るまで、この家にいて、おばあちゃんを供 養してあげたいんだ」

   その発言に、結月は驚く。

結月「私たちは仕事があるから、これで帰ろ うと思っていたけれど、あんたが残りたい というなら、そうしなさい。でも恋人の、 森永恵ちゃんには伝えとくのよ」

   これで宴が終わる。

 

○天国

   満夏おばあちゃんが、笑顔で喜ぶ。

   おばあちゃんは、誰かを見つける。

満夏「わいは辰流か? 辰流や、辰流、会い たかったぞ! やっと逢えたな。辰流や、 こがんとこおったとか」 

   満夏おばあちゃんは、金守辰流(かな   もり・たつる)〈15〉と手を握り、   喜んではしゃぐ。

   辰流も笑顔ではしゃぎ、満夏と楽しく   遊ぶ。

   すると満夏おばあちゃんは、もう一人   の故人の家族に出会う。

満夏「なんや、父ちゃんやないか!? 吉八 (きっぱち)〈49〉もおったとか~! お いは嬉しかぞ。やっと逢えたな~。こがん とこにおるとば知っとったら、もっと早く 来とったばい! 死ぬのも悪かことばか りじゃなかぞ」

   一つの星が、キラリと光る。


T「翌朝」

○金守家(朝)

   銀矢は、客室が葬式で埋まっているの   で、遺品が残る満夏おばあちゃんの部   屋で、寝ている。

   部屋の中は殺風景で、生活用品や、家   電も置いていない。

   銀矢は、満夏ばあちゃんの布団の中か   ら目覚める。

   掛布団をめくり、上半身だけ起き上が   る。

銀矢「おばあちゃんが遊んでいる夢を見た… …きっと、悲しいことばかりじゃないん  だ」

   銀矢は起きて、居間に移動する。

   銀矢が廊下を通っていると、仏間から   すすり泣く声が聞こえます。

   銀矢がその仏間を覗くと、飾志が祭壇   の前で、座布団に正座しながら、満夏   ばあちゃんの遺影を握り締めて、泣い   ています。

   その脇には、オスの子犬のロロと、そ   の友達のぬいぐるみが、寂しそうに寄   り添います。

ロロ「く~ん」

   飾志は、犬のロロに、満夏ばあちゃん   が死んだことを、寝転ぶジェスチャー   で教えます。

飾志「ロロ、カアちゃんはな、コロッとなっ たの。死んだの。コロって、死んじゃった の」

   するとロロは、ポーズを真似して、仰   向けになって寝転ぶ。

   それを見た飾志は、今度はうれし涙に   変わる。

飾志「ははっ、ロロは犬のくせに、天才だな」

   するとロロは、飾志の涙を舐め始めま   す。

   飾志の顔に、笑顔が戻る。

   今度は、ロロが目の辺りを前足で擦る   ポーズを見せて、飾志に伝えます。

   そのジェスチャーが、飾志に伝わる。

飾志「なんだロロ、『泣かないで』って言っ ているのか!? ロロ、ありがとう」

   そう言うと、ロロがうなづく。

   すると飾志は、撫でながら、ロロを優   しく抱きしめる。

   それを銀矢が、襖から見守る。


○金守家

   銀矢は、生活道具や、家電や、本で散   らかっている居間で、新聞を読んでい   る。

   するとチャイムが鳴る。

   周りを見ても、飾志がいないので、銀   矢が玄関に行く。

   玄関を開ける銀矢。

   すると若者の、ギャルらしい格好をし   た、女性の可愛らしい日向坊子(ひな   た・ぼっこ)〈25〉が立っている。

坊子「おはようございます。私、日向と申し ます。あっ、お葬式以来ですね。満夏おば あちゃんに、お参りさせてもらってもよろ しいでしょうか?」

   銀矢は動揺しながら、

銀矢「あっどうぞ、どうぞ…」

   日向は、さっさと金守家にあがり込み、   仏間に進む。

   銀矢は玄関で、チーンという鐘の音を   聞く。

   銀矢は仏間に行く。

   すると日向は、線香をあげて、手を合   わせながら、祈りを捧げている。

   日向は祈り終わったあと、すっと立ち   上がり、バックを持って、仏間を出ま   す。

   日向は、銀矢に伝えます。

坊子「また来ますね!」

   日向は玄関から出ていく。

   銀矢は、見慣れなかった顔の坊子に対   して、不思議な顔をする。


○金守家(夕)

   銀矢は、仏間で、線香をあげて祭壇に   飾っている満夏おばあちゃんの遺影   に手を合わせながら、冥福を祈る。

   銀矢が散らかっている居間に戻ると、   リードを外されたペロとその5匹の   子犬たちも上がり込み、動き回りなが   ら勢ぞろいしてるところに、飾志が台   所から料理を作って、持ってきます。

飾志「今日の夕飯は、パラパラチャーハンだ。 旨いぞ~、チャーハンは、お店のようにパ ラパラにするのが難しいんだ。そしてペロ たちにも、ペット用の肉を炒めた、ワンパ クチャーハンだぞ!」

   ロロは人間の言葉も分かり、味を占め   たことがあったのか、興奮している。

   飾志は人間用のチャーハンを、ちゃぶ   台の上に置く。

   するとロロは、頭を後ろに振るポーズ   をして、次は前足をカイカイする動き   を見せて、ジェスチャーで訴えます。

   銀矢はそれを見て、飾志に尋ねます。

銀矢「ロロは何を言っているのですか?」

   飾志は、ロロの動きを観察して、説明   します。

飾志「この子はね、頭が良くて、ジェスチャ ーで、人間と会話ができるんだ。これはね、 頭を後方に動かす意味は、『ボク』自分の ことを指しているんだ。そして前足を漕ぐ 動きは、『いっぱいちょうだい』という意 味なんだ。そんなに焦がらなくても、ちゃ んとみんなに食べさせるさ」

   飾志は、ワンパクチャーハンを、犬用   の大きな皿に入れて、床の上に置きま   す。

   するといっせいに、犬たちが争うよう   に食べ始める。

   その姿を見ながら、銀矢たちもチャー   ハンを美味しく食べる。

   そんな犬たちとの、笑顔で楽しい触れ   合いを感じながら、そのまま暗くなり、   今日一日が終わる。


○トラック内

   飾志の軽トラックは、緑を切り開いた   山道を、左右に舵を切りながら進む。

   飾志と、銀矢と、6匹の犬たちは、軽   トラックに揺られながら、目的地まで   進む。

   車内から見れる風景は、田舎の田園で   す。

   銀矢は、飾志に聞く。

銀矢「今日はどこに行っているんですか?」

   飾志は、トラックを運転しながら答え   る。

飾志「犬たちの、健康診断だよ。この町に一 つだけある動物病院に行っているのさ」

   しばらくすると、外見が白い一戸建て   の家の、動物病院に着く。


○動物病院

   銀矢は、その動物病院の看板を見る。

銀矢「日向動物病院か……」

   飾志は犬たちをリードでつなぎ、動物   病院内に入る。

   病院内では、金持ちそうな服を着た、   マダムの先客の女性が、入口からは見   えない、受付で嘆きながら、外に出て   いる。

先客「うちのゆりちゃんは、ここでお世話に なって、きっと良かったわよね。亡骸は日 向さんちのところの、ペット霊園にします わ。うちの家族だから、やっぱり亡くなっ たら、寂しいわよ」

   先客が病院から出て、行き違いに、飾   志たちが入る。

   病院内は、長い椅子が有り、新聞置き   と、観葉植物と、受付が見える。

   院内は、病院ということもあり、清潔   でピカピカしている。

   すると奥から、ピンク色の看護婦の格   好をした、日向坊子が現れます。

坊子「あれ、金守さんじゃないですか? ど うしたんですか今日は?」

   飾志は犬を連れながら、笑顔で、

飾志「こいつらの、健康診断で来たんです… …」

   日向は、銀矢の存在にも気づく。

坊子「またお会いしましたね。私、看護婦や ってるんです。満夏おばあちゃんは残念だ ったけど、私も近所の知り合いということ で、葬式にも参加していたんですよ。覚え てますか?」

   銀矢は、美人の日向に、少し照れる。

銀矢「あ、いや、それは……」

飾志「日向ちゃん、この子ら、診てくれるか な?」

   日向は軽くうなづき、

坊子「わかりました。たしか名前は、ペロ・ ララ・リリ・ルル・レレ・ロロちゃんたち でしたわよね。受付ました。さぁ、診察室 にどうぞ」


○診察室

   診察室は狭い仕切りの中にあって、医   療道具や、薬品や、施術台がある。

   隅にデスクがあり、そこの椅子に、聴   診器をからって、白衣を着た、髪をオ   ールバックにした獣医師の日向欣治   (ひなた・きんじ)〈50〉が座って   いる。

   銀矢は受付所で待って、飾志と犬たち   が、緊張しながら診察室に入ります。

欣治「あぁ、金守さんですか、今日は犬の健 康診断よろしいのですか?」

   飾志は、患者用の椅子に座りながら、

飾志「えぇ、この子たちは、私の大事な家族 なんで」

   欣治は、診察の準備をしながら、

欣治「わかかってますよ、それでは、ワンち ゃんの異常を調べていきますからね」

   欣治先生は、看護婦の坊子と共に、犬   たちの健康状態を調べて、採血します。

   これで健康診断が終わる。

   診察室から出る飾志と、犬たち。

   そこで看護婦の坊子が、説明する。

坊子「ワンちゃんたちの診断結果は、結果が 出てから後日、電話で伝えます。今日は診 療費をお支払いになって、自宅で電話を、 お待ちください」

   飾志と、銀矢は、動物病院を出る。

   坊子は、礼儀正しく、外に出てまで応   対する。

   飾志は笑顔で、車内から日向に手を振   る。

飾志「あの人たちは、親子なんだ。どうだい、 坊子ちゃんは、可愛いだろ?」 

銀矢「ただ、名前が坊子というのが、親子の 仲を裂いたことがあったと思う」

   飾志は笑顔で、いつまでも坊子に手を   振っている。


○金守家

   飾志が、満夏おばあちゃんの部屋で、   遺品整理している。

   年寄りの部屋だけに、持ち物も少なく、   質素な部屋だ。

   飾志が、母親との思い出が蘇ってきて、   目にうっすら涙を浮かべながら、満夏   との思い出の品々を、片付けている。

   銀矢はそれを、目撃する。

銀矢「飾志叔父ちゃん、僕も手伝おうか?」

   飾志は、銀矢の方を振り向く。

飾志「そうかい? じゃ頼むよ」

   満夏おばあちゃんのベッドはそのま   まにして、写真の数々や、引き出物、   衣服類を袋の中に入れて、整理整頓す   る。

   銀矢が、満夏おばあちゃんの部屋にあ   った、手作りグローブを見つける。

銀矢「飾志叔父ちゃん、このグローブも要ら ないですよね?」

   飾志は、そのグローブを見て、しみじ   みと思い出す。

飾志「それはダメだ。そのグローブは、カア ちゃんが大事にしていた、辰流兄さんの形 見なんだ。それは私が、仏間に置いとくよ」

   持ち物を袋に入れたあと、銀矢が掃除   機を持ってきて、床をきれいに吸い始   める。

   その間、飾志は、窓や壁を、雑巾で拭   く。

   遺品整理を始めてから、部屋はキレイ   になる。

飾志「はぁ~、やっと終わった。葬式も終わ ったし、あとは四十九日だけか……、しっ かし、この家も淋しくなるな。カアちゃん が家にいないって、考えもしなかったな。 これから俺は、この家に一人で住む……、 想像もできないよ。俺も奥さんを作ろうか な」

   飾志は部屋を出て、外に出る。

飾志「タバコを吸いに行くよ」

   銀矢も部屋を出る。

   銀矢が居間に戻ろうとしている途中   に、仏間の襖を突破しようとしている、   子犬のオスのロロと、そのぬいぐるみ   を見つけます。

銀矢「ロロ、何してるんだ?」

   すると飾志がタバコをくわえながら   やってきて、行動を説明します。

飾志「おっ、祭壇に飾っている、お供え物を 狙っているな? ロロは、非常に賢いから、 教えたら言うことを聞ける犬なんだ。俺た ち人間の言葉を理解できるし、言いたいこ とがあったら、自分から訴えることができ る。会話ができるんだよ。だから私が、フ ィリピンに農業研修に行った時も、1人じ ゃ淋しいから、このロロを連れて行ったん だよ。ロロも一緒に、現地の人と交流して、 楽しかったな、ロロ?」

   飾志は、手を2回合わせるポーズをし   て、指をバッテンに作ります。

飾志「お供え物、メッメッ!」

   ロロは声を漏らしながら、うなづく。

ロロ「く~ん」


○金守家の墓

   大村湾を見晴らせる高台に建つ、恐々   とした墓石が集合した墓地。

   飾志と、銀矢と、ペロ一家が、揃って、   金守家のお墓に、参拝している。

   飾志は、持ってきた線香に火を焚き、   銀矢に配りながら、説明する。

飾志「ここがな、金守のお墓だ。今、仏間に ある満夏カアちゃんの遺骨は、四十九日の 時に、ここに入れられるんだ。銀矢の吉八 おじいちゃんや、叔父の、辰流兄さんも、 ここに眠っている。だからカアちゃんも、 独りじゃないから、寂しくないね」

   銀矢は、お墓に線香を上げて、ご先祖   の冥福を祈る。

   飾志は、風を受けて、大村湾を眺めな   がら、

飾志「私も、ゆくゆくはここに入る。だから 俺がもし死んだら、銀矢、この墓を頼むよ」

   銀矢は、悲しい表情をしながら、

銀矢「おばあちゃんが死んだ直後に、そんな こと言わないでくださいよ」

   飾志は、犬たちを撫でながら、

飾志「この近くにな、この子たちのお墓も建 てようと思ってるんだ。生まれたこの場所 で、一緒に眠る。カアちゃんが死んだあと、 自然に、自分の散り際を考えるんだ。死ん だあとくらい、わがまま言ったって良いだ ろ?」

   飾志と、銀矢と、ペロ一家は、湾の先   を向きながら、風に吹かれる。


○金守家

   金守家の玄関。

   玄関は、葬式前に掃除されており、靴   や、宴会用の酒瓶ケースや、満夏おば   あちゃんの杖が置いてある。

   チャイムが鳴る。

「ピーーンポーーン」

   居間で新聞を読んでいた銀矢がチャ   イムに気づき、立ち上がって玄関に向   かう。

   玄関を開ける銀矢。

   横戸を開けると、白衣を着た日向欣治   と、ピンクのナース服を着て、泣いて   下を向いている日向坊子が、犬用のゲ   ージを持って現れる。

   この異様な光景に、飾志も出てきて、   用事を尋ねる。

飾志「あら、日向さん、わざわざどうも。電 話があるって聞いてたんですが、今日は、 犬たちの健康診断の結果を、直接、伝えに 来たのですか?」

   日向欣治が、重い口を開く。

欣治「すいません、今日は、たいへん私共も、 驚いておるんですが、重要なお知らせをし に来ました。今、お時間よろしいですか?」

   飾志は、訪問までして来たことに、先   行きを危惧する。

飾志「はぁ、時間はあります……えっ、まさ か、あの子たちの中で、癌が見つかった子 がいるとか!?」

   欣治は、苦渋の表情をしながら発言す   る。

欣治「この国にとっては、もっと重要なこと です」

   銀矢は、欣治の言葉に引っかかり、

銀矢「国……?」

   欣治が、冷静に伝える。

欣治「実は……、お宅のオスの犬の、ロロち ゃんですが……その犬の検体から、日本で は半世紀程確認されていない、狂犬病ウイ ルスが検出されてしまいました」

   飾志はその言葉を聞き、愕然としてい   る。

   銀矢は、飾志がロロを、フィリピンに   連れて行ったという発言を思い出す。

欣治「ですので非常に申し訳ないのですが、 ロロちゃんを、うちで殺処分したほうが良 いと判断して、今日ここに、やって参った しだいでございます」

   人間の声が聞こえる、家の裏にある犬   小屋で、ロロが悲しい声を出す。

ロロ「ク~~ン」

   この欣治の発言に、銀矢が噛み付く。

銀矢「ちょ、っと、待ってくださいよ! 殺 処分ってなんですか? そんなこと許し ませんよ!? 何の権利で、そんな事を言 っているのですか?」

   欣治は、険悪な顔で反論する。

欣治「日本には、狂犬病予防法という法律が あります。狂犬病は、非常に危険な病気で す。人が感染したら、99%死に至ります。 もしロロちゃんに噛まれて、人間にまで広 まったら、一大事です。人命に関わる問題 なのです。ウイルスは、犬だけではなく、 猫や、コウモリなどにも感染します。そう なれば、人間社会の危機です。今、秩序が 保たれている、この安全が脅かされます。 今のうちに、ウイルスを死滅させて、拡散 しないようにしなくてはいけません。残念 ながら、ロロちゃんには、お亡くなりにな ってしまうほかないでしょう……」

銀矢「そのためなら、ロロが死んでも良いっ てことですか!?」

   飾志が、深刻な表情で問いただす。

飾志「保健所には、保健所には通達したんで すか?」

   欣治は、冷酷に答える。

欣治「すでに、保健所には通達しました」

   この答えに、飾志は頭を抱える。

欣治「ロロちゃんは、どこで飼ってらっしゃ るのですか?」

   銀矢が、つれなく言う。

銀矢「会わせませんよ」

   その発言に、欣治が難しい表情をする。

欣治「わかりました。急な申し出でしたので、 今日は我々の施設に、連れて帰りません。 ただし、また明日、来ます。それまでに、 ロロちゃんには、お別れをしといてくださ い。それでは、保健所の者と共に、明日お 尋ねします。それでは」

   欣治と、ただ泣きながら下を向いてい   る坊子が、車に乗り込み、自宅に帰る。

   それを見送ったあと、飾志が半べそか   きながら、犬小屋に行き、ロロをしっ   かりと撫でる。

飾志「ロロ、ロロ、父ちゃんはな、お前を死 なせたりしないからな! お前は何も悪 くない。悪いのは俺だ!」

   ロロは静かに、悲しい声を出す。

ロロ「ク~~ン」

   その様子を、銀矢は頭を抱えながら、   ただ見守ることしかできない。


T「翌朝」

○金守家(早朝)

   太陽がまだ完全に昇っていない、薄暗   い闇で覆われた、金守家の外から、『バ   リバリバリ』という機械音が聞こえる。

   その音で、遺品整理された満夏の寝室   で寝ている、銀矢が目覚める。

   銀矢は早朝、薄暗い廊下を通りながら、   居間に行き、電気を点ける。

   銀矢は、玄関に行って、新聞受けから   新聞を取り出し、居間に戻る。

   居間で銀矢が新聞を開くと、一面に    『長崎で狂犬病発見!!』という記事   が載っている。

銀矢「なんだこれ!?」

   銀矢が、窓から外を見る。

   するとペンとメモ帳を持った、記者ら   しい格好をした人を見つける。

   銀矢は小声で、

銀矢「うちのことだ……」

   銀矢は、急いでカーテンを閉める。

   銀矢は、そわそわしながらテレビを点   ける。

   するとニュース番組に、バリバリと音   を立てているヘリから、金守家の上空   を撮影した映像が流れて、アナウンサ   ーが、ロロの狂犬病について報道して   いる。

   この出来事に、銀矢は困惑する。

   銀矢は急いで、新聞を持って、自分の   部屋で寝ている飾志に伝える。

銀矢「叔父ちゃん、叔父ちゃん、大変だよ!? テレビがうちを、嗅ぎつけている!」

   飾志は急いで起き、メガネをかけて、   新聞を読む。

   こわばった表情をしながら、銀矢に指   示をする。

飾志「銀矢、とりあえずロロを家に入れて、 見つからないところに隠してくれ!」

   銀矢は家の外に出て、6匹いる犬小屋   から、ロロとそのぬいぐるみを連れて、   家に入る。

   そして満夏おばあちゃんの祭壇が飾   ってある仏間の、物入れ室の引き戸を   開けて、ロロを隠して、閉める。

   それと同時に、金守家のチャイムが鳴   る。

   意を決した飾志が、玄関に向かう。

   銀矢が、仏間から玄関に移動する。

   すると金守家のチャイムが何度も鳴   り、玄関をドンドンと叩く音が聞こえ   る。

   外から大勢の人が、ざわざわと騒ぐ声   が聞こえる。

   そして何度も鳴らしているチャイム   と共に、訪問者の大きな声が聞こえる。

訪問者「金守さ~ん、保健所の者です。開け てくださ~い!」

   覚悟した飾志が、玄関の鍵を開ける。

「カチャ」

   保健所の人が、玄関の横戸を、勢いよ   く開く。

   すると金守家には、戦々恐々とした、   薄い青色の制服を着た保健所の職員   たちが、横並びで、勢揃いしている。

   保健所の主任〈45〉が、飾志に向か   って通達する。

職員「我々は、保健所の者ですが、日向動物 病院から連絡がありまして、金守さんが飼 ってらっしゃる犬から、狂犬病の反応が出 たということで、我々は事情をお伺いにや ってまいりました。狂犬病予防法に基づき、 もう一度、その犬を検疫しまして、引っか かったら処分しますので、飼ってらっしゃ るお犬さんをですね、引取らせてくださ  い」

   飾志は、メガネを調整して、言い放つ。

飾志「何度も言うようですが、ロロはうちの 家族です! 責任もって、父ちゃんの私が、 死ぬまで責任を持ちます。だから、お引き 取り願ってもらいますか?」

   保健所の職員たちは、訝しむ様子。

   すると職員の後ろから、欣治が玄関に   入ってきて、一番前に立って、飾志に   説明する。

欣治「このままロロちゃんをほったらかしに していたら、この尾戸おどの町が、風 評被害で壊滅するよ! 金守さんも、そこ までの責任は持てないでしょうが!」

   職員たちも、同調して加勢する。

職員「そうだ、そうだ!」

   しかし飾志は、

飾志「法律がなんですか! 日本のあなたた ちに、犬が病気だからといって、殺す権利 がどこにありますか!!」

   銀矢は、飾志の男らしい発言に、涙ぐ   む。

   職員たちは、堂々と、権利を訴える。

職員「狂犬病はですね、とても恐ろしい感染 病でしてね。飼い主の金守さんだって、噛 まれたら死ぬんですよ! それが金守さ んだけなら問題ない。しかしこの病気は、 家畜にも感染する。そこからさらに広がり、 外に感染者が出たら、あなた訴えられます よ! 逮捕されますよ!」

   保健所の職員も加勢する。

職員「そうだ、そうだ!」

   飾志は、震える声を出しながら、大き   な声で訴える。

飾志「それでもです!! 我が子が殺されそ うになっているのに、それを指をくわえて、 黙ってられる人がどこにいますか!?  もう俺は、大切な家族が死ぬのを見るのは 嫌なんだよ! もう懲り懲りなんだよ! これ以上、家族が減るのは、たくさんなん だよ! だからお願いします。ロロを、ロ ロを許したってください! とても良い 子なんです……、注意したら、守る子なん です。お供え物を取ったら、ダメだと言い 聞かせたら、ちゃんと守れる子なんです、 だからお願いします。ロロを殺さないでく ださい……、お願いします職員さんっ…」

   泣きながら訴える飾志を、欣治は深刻   に見守る。

   職員たちは、泣き崩れる飾志に手を焼   くように、職員同士で話し合っている。

   職員たちは、一つの結論に至り、冷酷   に伝える。

職員「それでは金守さん、狂犬病予防法によ り、行政執行の手続きに入りますか?」

   その瞬間、引き戸に隠していたロロが   出てきて、玄関に向かう。

   その様子は勇ましく、決心してスイス   イと玄関に進む。

   その姿に、銀矢は気づく。

銀矢「ロロっ、バカ、隠れてろって!? 出 てくんな!」 

   職員たちも、ロロの存在に気づく。

職員「この犬ですか……!?」

   欣治は、深くうなづく。

   泣き崩れている飾志も、ロロに気付く。

飾志「何してんだよロロ。俺はお前を、絶対 に殺させないからな、だからおとなしく、 部屋に戻りなさい」

   ロロは飾志のところに行き、涙を舐め   る。

   職員たちは、犬用のゲージを持ってき   て、連れて行こうとしている。

   そこでロロは、遺言をポーズで、飾志   父ちゃんに伝える。

   それを飾志が、訳する。

   まず、頭を後ろに引くポーズをする。

飾志「ボクが……」

   次に、仰向けして、コロッととするポ   ーズをする。

飾志「死んでも……」

   次に、目を擦るポーズをする。

飾志「泣かないでね……」

   次に、前足で、2回手を合わせるポー   ズをする。

飾志「お供え物……」

   最期に、前足を何度も掻いて、漕ぐポ   ーズをする。

飾志「いっぱいちょうだい」

   飾志は感心する暇もなく、ロロの遺言   を聞いて、目から涙がこぼれる。

飾志「何ってんだよロロ、お前はそんなこと 考えなくて良いんだよ。ロロは心配しなく て良いんだ。自分のことだけ心配してれば 良いんだ。ロロは、父ちゃんが絶対に死な せないから、だからロロ、部屋に戻ってな さい…!」

   ロロは、決心した目で、しばらく飾志   の顔を見つめます。

   そして父ちゃんに、感謝の想いを届け   たあと、顔を背けて、保健所が用意し   た犬用のゲージに、躊躇することなく、   素直に、スイスイと入る。

飾志「何やってんだよロロ、お前はそんなと こに入らなくても良いんだよ。だから戻っ て来いよロロ、お前は犬のくせに、頭良す ぎるんだろ…! 人間の都合を、ロロが理 解しなくて良いんだよ…。必ず俺が解決す るから、お前は気を利かせなくても良いん だよ…、だから父ちゃんの言葉が分かるな ら、また俺の言うこと聞いて、父ちゃんの ところに戻ってくれよ!」

   ロロをゲージに入れた保健所の職員   たちは、冷酷に伝えます。

職員「それではこの犬を、もう一度、検査し て、ウイルスが見つかれば、殺処分いたし ますので、飼い主さんには、辛い宣告には なりますが、人間社会のためです。最期の 姿として、お見送りください」

   飾志は、母親も看取れなかった経験も   あって、泣き崩れて、自ら名乗り出て   きた子供のロロのことを、まともに見   れない。

   欣治は残酷な表情をして、金守家から   出る。

   それにロロを抱えながら、職員たちも   付いて行き、金守家から出る。

   報道陣で陣取られたエリアを通って、   乗ってきた車に乗り込む。

   そのまま保健所の人を乗せた車は、報   道陣がじゃまになり、クラクションを   鳴らす。

   そのクラクションが、満夏おばあちゃ   んの、出棺を思い出させて、フラッシ   ュバックする。

   銀矢も、飾志が泣き崩れる姿を見て、   発車して行く車が滲む。

   銀矢は何もできないまま、玄関口から、   車を見守る。

   飾志は玄関で、崩れながらへたり込む。

○金守家・仏間

   銀矢は呆然としながら、仏間を通る。

   すると仏間には、辰流の手作りグロー   ブの隣に、ロロのぬいぐるみが、ポツ   ンと置いてあります。

   銀矢は、ロロとの思い出が、蘇ってく   る。

銀矢「なんだよロロ、形見のつもりかよ……、 自分の命を差し出して、遺言を残す犬なん て、聞いたことねぇよ…!」


○日向動物病院

   欣治と、保健所の職員たちは、審査結   果を待っている。

   欣治は、検査キットの反応を見る。

   欣治は確信する。

欣治「私が狂犬病検査キットで検疫した結果、 ロロちゃんの検体から、ウイルスが検出さ れました。間違いなく、この犬は、狂犬病 に感染しております」

   保健所の職員からは、深い溜息。

   主任職員が、欣治をねぎらう。

職員「この犬は、うちの保健所で、安楽死に 近い、注射で薬殺という方法もありますが、 コストがかかるし、仮に噛まれたら大変で すから、炭酸ガスによる窒息死で、処分す る準備を整えます。これで、確実に病気を 押さえ込むことができました。日向さん、 ご協力ありがとうございます。あなたが通 達してくれたおかげで、疫病が侵入してき ても、こうやって死滅させることで、この 日本の感染病が流行しない安全が保たれ ました。実はですね、日本の狂犬病予防法 では、飼い主さんがいる該当犬の命を、奪 う法的拘束力はないのですよ。私は、人間 の掛け替えのない営みを保証しない、それ がこの法律の問題点だと、思っておりま  す」

   それを聞いた欣治は、職員の肩を叩い   て伝えます。

欣治「この犬は、ここから遠い保健所に連れ て行くまでもなく、うちで処分しますよ。 整備が整っているうちの殺菌室で、ウイル スが完全に死んだことを確認したら、お宅 に報告しますので、後日、写真と報告書を 送付するということでよろしいですか?」

   これに職員もうなづく。

職員「あっ、そうですか、実はうち、感染病 を密閉して押さえ込む殺菌施設がなかっ たんです。それでは専門的な施設がある、 日向さんのところで、処理してもらえばあ りがたいです。それでは報告書を作成して いただき、ウイルスが死滅後、我々が最終 処分を致します。それまでの工程は、お願 いしてもらって、我々はこの地方の周辺に、 狂犬病ウイルスが蔓延していないかとい う、時間と、手間がかかる調査までしなく てはいけません。もしウイルスが見つかっ たら、土壌除染しなくてはいけません。と りあえず今日は、この町から職場に戻りま す。日向さん、最後までご協力のほど、申 し訳ないです」

   欣治は軽くうなづく。

   すると保健所の職員たちは、動物病院   から去っていく。

   保健所の人たちは、ひと仕事終えたと   いうような様子だ。

   職員たちが去ったあと、ゲージに入っ   ているロロと、娘の看護婦の坊子が残   される。

欣治「坊子、お前、この犬殺せるか?」

   坊子は、下を向いて震えながら、応え   る。

坊子「私、金守さんちの、ロロちゃんは、殺 せません!」

   欣治は、ため息をつく。

   微動して、震える坊子が、父親に気に   なった事を聞く。

坊子「ところで父さん、うちには、殺菌室な んてないわよね。どうしてそんなこと…」

   欣治は優しい表情になる。

欣治「飼い主にあんなことを聞かされて、俺 も殺せる訳無いだろ。俺は獣医師だぞ!  殺菌室はない。しかし隔離室はある。その 中なら、噛まれる心配はないだろう。この 子は、そこでうちで飼おうか?」

   坊子はハッとする。

   欣治は、にやりとした表情になって、

欣治「報告書は、適当に書くよ。写真は、ロ ロちゃんが、コロッと仰向けになった写真 で良いだろう。これは、墓場まで持って行 く内緒のことだ。絶対に言うなよ」

   坊子は感心する。

坊子「父さん……」

   二人は、親子で抱きしめ合う。

   ロロが、嬉しく鳴く。

ロロ「ワオ~~ン」


T「満夏おばあちゃんの四十九日」

○金守家 

   再び、金守家には、たくさんの親戚一   同が勢ぞろいして、車がたくさん停車   している光景。

   これから飾志と、ペロ一家しかいない   家が、賑わっている。 

   金守家には、娘の結月や、その夫の、   我聞や、親戚一同、近所の人達が集ま   っている。

   お坊さんが来るまで、老若男女が雑談   している。

   喪主の飾志と、銀矢も、黒いスーツを   着て、お坊さんの到着を待っている。

   後から、日向坊子も、黒い服を着てや   って来る。

   飾志は、その坊子を見つめる。

   金守家に、お坊さんが到着する。

   お坊さんは、みんなに挨拶したあと、   祭壇の前に座って、お経を読み始める。

   みんなが、数珠を持ち、おばあちゃん   の冥福を祈りながら、座布団に座って、   順番にお焼香を指先でつまみ上げ、香   炉の中に落とす。

   みんな、足のしびれを我慢しながら、   お坊さんのお経を聞く。

   ついに、長いお坊さんのお経が終わる。

   一同、しびれた足を、気持ちよく伸ば   す。   


○金守家お墓

   天候は、澄み切った快晴。

   大村湾の先に、対岸の土地が見渡せる。

   不気味な様相を示す、お墓の集合地の   一角の、金守家のお墓に、一同が揃う。

   その墓石は堂々としていて、参拝して   くれる客たちを出迎える。

   喪主の飾志が、満夏おばあちゃんの遺   骨を持ってやってくる。

   我聞が、お墓の引き戸を開ける。

   飾志は祈りながら、満夏おばあちゃん   の遺骨を、丁寧に入れる。

   参列者が、火をつけた線香を、お墓に   供える。

   四十九日に参加した人々が、手を合わ   せ、満夏おばあちゃんに思いを届ける。

   急に風が吹き始める。

   風により、一同の髪がなびく。

   満夏おばあちゃんは、天国でほがらか   な笑顔を見せる。

○天国

   満夏おばあちゃんが、みんなを優しく   包み込む。

満夏「飾志、結月、天国から、見守っとうぞ。 初孫の銀矢、あんがとな」


○金守家

   金守家は、葬式の期間が終わり、最後   の宴会に集合する人たちで、盛大に盛   り上がる。

   金守家の居間で、みんなが宴会を行っ   ている。

   飾志は、酒を飲まされて、酔っ払って   いる。

   銀矢の携帯が鳴る。

『ピッピッピッピッピッ!』

   銀矢は携帯を見る。

   すると相手先に、『森永恵』という名   前が表示される。

   銀矢は電話に出る。

銀矢「もしもし、大仁田です……」

   相手先は、恋人の森永恵〈18〉だ。

   森永恵は、東京から、なんだか嬉しそ   うに、お腹を押さえて、流暢に話し出   す。

森永「もしもし銀ちゃん、私、恵、今日は、 忙しいだろうけど、大事なことがわかった の。デキたみたい。赤ちゃん」

   銀矢は、それが当然だったみたいに、

銀矢「そう、デキたんだ。わかった。一生、 責任もつよ。俺たちまだ18だけど、東京 に帰ってきたら、結婚しよう。明日、長崎 から戻るよ。やっと終わったよ、おばあち ゃんの葬式……、うん、うん、そう、それ じゃ、また電話するよ。またなっ」

   森永恵は、電話口で、嬉しすぎて興奮   している様子。

森永「えへ、待ってるから、早く帰ってきて ね。お父さん」

   銀矢は、電話を切る。

銀矢「俺にも、子供が出来たんだな。せっか くだったから、おばあちゃんに、抱いて欲 しかったな」

   銀矢は、オメデタを、両親に報告する。

   結月も、我聞も、驚いた表情。

   叔父の飾志も、喜んでくれる。

   すると飾志が、突然の告白をする。

飾志「実は私も、報告しなければいけないこ とがあるんだ。実は、日向坊子ちゃんと、 付き合ってるんだ。そしてロロだけど、密 かに坊子ちゃんちの、日向動物病院で匿っ てもらっている。これは僕らだけの内緒だ よ。ようやく四十九日が終わったし、ロロ のところにでも会いに行こうかな。昔みた いに、じゃれ合えないけどね。総理大臣だ って、可愛い子供を殺す権利はないんだ。 人間だってそうだろ? 感染症にかかっ たって、社会から隔離されるだけだ。感染 病を持っているから、殺そうなんて言う人 いないだろ? 子供はね、親にとっては、 どんな子でも可愛いものだよ。そんな子供 がいなくなったら、どんな親でも悲しいも のだ。親はね、子供の顔を見られるだけで 良いんだよ。カアちゃんは、天国で、辰流 兄さんに逢えたかな?」


○保健所

   保健所の職員が、ロロがコロッと仰向   けになっている写真を見る。

   それを確認した職員は、軽くうなづき、   その場から去る。


○金守家外

   金守家には、大仁田一家しか残ってい   いない。

   家の外には、大仁田一家を乗せるタク   シーしか停まっていない。

   家の前に、大仁田一家が勢ぞろいして   いる。

   飾志が、金守家の前で、手を振りなが   ら、見送る。

銀矢「叔父ちゃん! 四十九日が終わったか ら、東京に帰るね」

   ロロを除く、ペロ一家も、別れを悔や   むように、銀矢に懐いて離れない。

   別れを惜しむように、ペロ一家が、悲   しい声を出しながら、見送る。

飾志「銀矢くん、ここは、あんちのえんちた い! いつでも帰っておいで」

   大仁田一家は、タクシーに乗り込む。

   銀矢は、タクシーの窓を開け、

銀矢「子供が生まれたら、飾志叔父ちゃんと、 満夏おばあちゃんに会わせにくるよ!」

   銀矢は車窓から、飾志に向かって手を   振る。

   タクシーが発車する。

   飾志は、その車に、いつまでも手を振   っている。

   金守家から、緑豊かな尾戸の町が映し   出される。


○日向動物病院

   牢屋で囲まれている一室で、ロロが楽   しそうに、ぬいぐるみと遊んでいる。

   そこに欣治がやってきて、檻の外から、   食事を与える。

   ロロはその食事を、勢いよく、美味し   そうに食べ干す。

   欣治は、その様子を、優しそうに見守   る。


○病院内・分娩室の外

   ま夏真っ盛りの病院には、清涼感が漂   っている。

   その病院の待合室で待っているのは、   銀矢だけだ。

   分娩室が使用されていることを示す、   ランプの灯りが点いている。

   銀矢が、汗を垂らして、そわそわしな   がら、子供の誕生を待っている。

   その場に、赤ちゃんの活きが良い、産   声が聞こえる。

   銀矢は、分娩室を見つめる。

   分娩室の、使用されていないことを示   すランプが消える。

   分娩室の扉が開かれる。

   手術服を着た助産婦の先生が、分娩室   から出てきて、父親の銀矢に告げる。

先生「元気な娘さんですよ。今日からあなた は、一家の主です。これからは、自分だけ のためではなく、今日生まれた家族のため に、頑張っていきましょう!」

   銀矢は先生の手を握って、

銀矢「先生! ありがとうございます。俺、 今日から頑張ります!」

   産婦人科の賑わいに、結月と、我聞が   やってくる。

   銀矢と、結月と、我聞は、三人で分娩   室に入る。

   すると分娩台で、汗水垂らしている恵   が,赤ちゃんを抱いている。

銀矢「恵、よく頑張ったな」

   結月と、我聞は、母子を見守る。

結月「この子は、恵さんに似て、とっても可 愛い子だわ」

我聞「今日は初孫の誕生日、家族みんなで、 銀座の寿司でも食べに行くか?」

結月「あなた、恵さんは出産直後でしょ!」

   我聞は気を取り直し、

我聞「それじゃ、恵ちゃん、今何が食べたい? お義父さんは、なんでも買ってくるぞ!」

   恵は腹を押さえながら、

恵「お義父さん、今は、腹持ちが良いそうめ んくらいで良い……」

我聞「それじゃ、恵ちゃんが落ち着いたら、 そうめん流しに決定だな!」

   銀矢は、娘を大事に抱く。

   銀矢は、娘を見ながら、父親としての   決意がみなぎる。

恵「あなた、この子の名前、何が良いかしら?」

   銀矢は、娘を見守りながら、

銀矢「今、真夏だろ? そしてそうめん流し ……だから……、るか。流夏でいこう。こ の子の名前は、大仁田流夏おおにた・る か〈0〉だ! 流夏、パパだよ」

   流夏は、生まれたばっかりで、元気に   泣きながら、父さんの顔をしっかりと   見つめる。

   結月は気づく。

結月「辰流兄さんの、流と、満夏おばあちゃ んの、夏が入っているわね」

   銀矢は、流夏を抱きながら、うなづく。

   今度は、流夏を、結月が抱く。

結月「分かった、流夏ね。流夏ちゃん、おば あちゃんですよ~」

   このまま家族の団欒が過ぎてゆく。


T「8月15日・お盆」

○金守家

   銀矢と、流夏を抱いた妻の恵が、車の   中から、金守家前に降りる。

   銀矢が、賑やかな金守家の玄関のドア   を開けて、家の中に入る。

銀矢「ただいま~」

   流夏を抱いた恵が、その後に付く。

   銀矢と、恵が、玄関で靴を脱いで、敷   居を跨ぐと、飾志が迎えに来る。  飾志「やぁー、銀矢くん、そして、奥さんの 恵さん、いらっしゃい! 東京からの長旅 は、キツかったろ? おぉ、噂の流夏です な? ほんと、可愛かなぁ。今日は満夏お ばあちゃんの、初盆だから、長崎では、精 霊流しといって、海に舟を流すんだ。なん てことない行事だから、さぁ、居間に入っ て、宴会をしよ!」

   銀矢が居間に入ると、日向坊子と、そ   の父の欣治や、親戚や、近所の人たち   が、わいわいがやがやと、宴会を開い   ています。

   居間から見える仏間には、満夏おばあ   ちゃんの写真が、辰流と、吉八おじい   ちゃんの隣に、並べてあります。

   仏壇には、目新しい品が、供えられて   いる。

飾志「さぁ銀矢くんと、恵さん、席に座って」

   銀矢は、席に座る前に、

銀矢「お母さんたちは、遅れてきますので」

飾志「わかった、精霊流しは、夕方から始ま るから、それまで宴会だ」

銀矢「それと…ロロたちは、どこにいるんですか?」

飾志「ロロはね、ワクチンが効いて、もうすぐ退院できるんだ。ペロたちは、犬小屋だよ」

   銀矢たちは、夕方まで、宴会に交じり   ます。

   日向坊子が、恵に話しかける。

坊子「銀矢くんの、奥様ですか?」

恵「はい、結婚しました」

坊子「あぁ、羨ましいな……私も早く結婚し たい」

   恵は、坊子の左手の薬指にはめられて   いる、指輪を見つける。

恵「ご結婚なされていないのですか?」

坊子「あ、これ? これは、婚約指輪。俺が 一人前になるまで、待っててくれって、言 われているの」

恵「へぇ~、おめでとうございます!」

飾志「女性同士で、何の話をしているのか  な?」

坊子「え~、はやくもらってくれなきゃ、別 の男性のところに行っちゃうぞって、話し ていたの」

   日向欣治が、咳を込む。

欣治「ゴホンっ!」


○金守家外

   多くの車が駐車している外に、一台の   車が停る。

○金守家の玄関

   結月と、我聞が、金守家に入る。

結月「ただいま~!」

   銀矢は、両親が来たことが分かる。

   居間に、結月と、我聞が入ってくる。

飾志「やぁ、姉さん! わざわざ東京から、 お疲れ様でした。そしてお兄さん、お久し ぶりです」

我聞「いや~、宴会ですか? 私たちも交ぜ てください。よ~し、飲むぞー」

飾志「もうすぐ、お坊さんが到着するようで すので、」

我聞「なんだ飾志くん、私が飲んではいけま せんか?」

   玄関から、お坊さんが、家に入ってく   る。

   するとみんな、仏間に移り、お坊さん   のお経を聞く。

   みんな辛抱強く、座布団の上に座って、   行事の終わりを待つ。

   犬小屋にいるペロ一家も、大人しい。

   お坊さんがお経を読み終わると、忙し   いのか、さっさと、家から帰っていく。

   みんなは、足を崩し、家で談笑する。


○金守家外(夕)

   陽はもう暮れている。

   外に置いている2メートル近い精霊   舟を、銀矢も含めた、男連中が担ぎ、   満夏おばあちゃんが好きだったもの   を、舟の中に入れて、側面にロウソク   を立てて、ロウソクに火を点ける。

   夕闇の中を、幻想的な光を放つ精霊舟   が、見物人を引き連れながら、移動す   る。

   満夏おばあちゃんの、行事の最期に、   ペロたちも連れていかせた。

   結月は、酔っ払っている夫の我聞を、   介抱する。

   途中、満夏おばあちゃんが好きだった、   ゲートボール場に寄って、最後の寄り   道をする。

銀矢「おばあちゃんが好きだった、ゲートボ ール場だよ……」

   そのまま、精霊舟は、妖しい光を放ち   ながら、近くの海に移動する。


○海岸(夜)

   この海には、近所の初盆を迎えた一家   が、同じ精霊舟を運びながら、到着す   る。

   銀矢たちが、海岸についたときは、初   盆の家族たちが、花火をぶっぱなして   いる。

銀矢「長崎では、お墓でも、お盆でも、花火 をするんだ…」

   男連中が、おばあちゃんの舟を下ろし   て、銀矢たちも、持ってきた花火に火   をつけて、満夏おばあちゃんの最期の   行事を、盛大に送る。

   すると、恵に抱かれていた流夏が、突   然泣き出す。

   それを見たペロが、流夏の顔を舐める。

   男連中が、精霊舟を、海に下ろして、   ついに、精霊舟を、海に委ねる。

   思い出と、希望を乗せた舟が、しっか   りと海に浮かぶ。

   花火の煙の中で、満夏おばあちゃんの   旅立ちを、みんなで見守る。

   だんだんと、舟は沖に進む。

   その光景を、遺された者たちが、胸に   刻む。

   涙ぐんでいる銀矢に、恵が声をかける。

恵「今の自分たちに、やれたことは、やった んじゃないの?」

銀矢「この世から、消えていっても、この世に、新たに生まれてきながら、命を繋いでいくんだな…」

   すると、流夏がぼそっと、泣く。

流夏「えしゅ、ばぁば…」

   銀矢は驚く。

銀矢「今、喋ったよね?」

恵「そんなわけないよ、まだ0才なんだか  ら!」

銀矢「いや、確かに聞こえたぞ!?」

恵「空耳よ!」

銀矢「いや、間違いないって!?」

   ペロが、鳴きながら、最期のあいさつ   をする。

   満夏おばあちゃんの舟が、地平線に消   えていく。


○天国

   満夏おばあちゃんが、天国からみんな   を見守る。

満夏「流夏、ひ孫の流夏か、ほんなこつ可愛 かなぁ。ひいおばあちゃんが、天国から見 守ったるけんな。絶対、元気で暮らせよ~。 おいは天国で、楽しかぞ! 辰流も、吉八 もおって、また会われるっとぞ。新しか家 族に迎え入れられとっとぞ。ここは、おい の、えんちたい! あんちたちも、いつか こがんとこ来たら、仲良うやろうで。そい まで、しばらく、さいならさん」

                 〈了〉

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