表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

空き缶ひとつ

作者: 夢海

そういえば、あの日から連絡していない。

都会の夜空は明るい。それを知ったのは自分の故郷を出てすぐだった。子どものとき、夜は自分の部屋の窓からよく夜空を見上げていた。街灯もほとんどない所だったので、星がよく見えた。それはもう宝石箱のようで。祖母が星座に詳しかったので、宝石の中から星座を見つけるのは得意だった。神話だって話せる。上京するまでは毎日のように夜空を見上げた。星を見ているときは自分を忘れられたから。

だが、上京したその日。夜空を見上げてから、今日まで一度も夜空を見ることはなかった。田舎育ちの自分には都会の夜空は明るすぎた。星が見えない。それよりも繁華街のネオンサインの方が明るく、目を刺激する。自分の唯一の安らぎの時間は無くなってしまった。


「お前、本当にいいのかよ。てか急すぎだろ。」

電話越しからきこえる声。こちらに来て最初に出来た友人である。

「もしかして前から決まってたの?」

大学のゼミで一緒になった彼とは、卒業してからも連絡を取り合った。気さくでいい奴なのだ。

「まぁあれだ……悪い、呼ばれちまったから一回切るわ。」

電話の向こうからヘルプ頼むーと声がした。どうやらバイト中にもかかわらず出てくれたようである。本当にいい奴だ。彼が最後に何を言いたかったのか少し気になる。だが、もう電話をとる気はなかった。もう電車がくる。

ふと今まで腰掛けていたベンチから立ち、ホームの自販機へ向かう。ポケットの中を探って130円あることを確認する。小銭を入れて、しばし迷って缶コーヒーのボタンを押す。ガコンと夜には大きい音をたてて落ちてきた、コーヒーを取り出す。プルタブに爪をひっかけ、まぬけな音をだしながら先程のベンチに座る。そしてコーヒーをあけて、ゆっくりそれを飲んだ。口の中に苦味が広がっていく。

ーまもなく_番線に…ー

電車の到着を告げるアナウンスが流れる。と同時に携帯も鳴る。タイミングの悪いことだ。コールを無視してコーヒーを一気に飲み干す。空き缶はベンチの下に放置する。今回だけだ。許してほしい。ホームに電車が侵入した。サイレンを響かせスピードをゆるめていく。やはり電話をとるべきかなと、今さら思う。あちらに着いたら連絡くらいはしてやろうか、と考える。彼ももしかしたら最後にそれを言いたかったのかもしれない。

電車が停車した。まだコールは続いている。だが止むことはなかった。ホームにはコーヒーの空き缶がカラカラと、むなしい音と共に転がっていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ